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日常の最終日

  世の中には、持つ者と持たざる者がいる。

 運動の才能、勉強、容姿、エトセトラ...

  その才能を持つ者は、世のため人のために能力を精一杯行使すべきだ。これが、現代社会の考えである。

  しかし、残念ながら才能を持つ者全員がそう考えているわけではない。

  俺は俺のやりたいようにやる!

  そう考えている者も少なくないのが現実である...




「......」

「.........」


  夏の暑さが顔を出し始めた、ある6月中旬の放課後。その時期にしては珍しい(うら)らかな日が射し込む剣道場で、二人の男子が竹刀を持ち睨み合っている。二人とも、防具無しの身軽な格好である。

  片や防具の下から着る道着姿、筋肉隆々でありながら無駄な筋肉は一切ない引き締まった体。そんな奴が竹刀を構え、油断なく相手の出方を窺っている。その佇まいを見ただけで、剣道の実力が半端じゃないことが容易にわかる。

  笹倉(ささくら)浩二(こうじ)、剣道全国大会第3位、この高校の剣道部で最強と言われている文句無しの実力者である。

  それに比べて、そんな実力を持つ笹倉が一切油断しないほどの実力者が誰なのかと笹倉の視線の先を見ると...


「はぁ...」


  そこに立っていたのは、身体は鍛えてはいるようだが平均的な男子高校生レベルと言うだけで、見た目全くの凡人と言われてもおかしくない様な男子だった。

  しかも服装は制服姿で、竹刀をだらん、と先端が床につくほど落としている。挙げ句の果てに、心底迷惑そうにため息までついている始末だ。

  全国の剣道少年、少女が見れば全員が思うだろう。

  剣道を馬鹿にしてるのか?と。

  しかし、取り巻きにいる剣道部の部員たちも、それをさらに遠くから見ている野次馬たちの目も真剣そのものだった。

  神谷(かみや) (いつき)、この少年もまた、才能を無駄にする全国の運動部少年たちの敵である。


神谷(かみや)。今日こそ俺が勝ったら、お前には剣道部に入部してもらう!こっちも手加減せん!全力でこい!!」

「俺はそんな約束した覚えが一度もないんですけど...」


  二人の間の空気が張り詰めていく。

  それに伴い、集中力が極限まで高まり、時間感覚が引き延ばされていく様に樹は感じていた。

  その感覚が研ぎ澄まされていくのと同時に、笹倉の動きがスローモーションでも見ているかの様にゆっくりとしたものになっていく。

  (さぁ...どこから攻めてくる...?)

  時間加速感覚の中、樹は常人の数倍はあろうかというほどの思考速度で、考えを巡らせる。

  (あの構え...重心が少し前に乗ってるな...突進からの突きか?)

  その時、笹倉の身体が動き、恐ろしいほどの速度で樹に向かい突進してきた。

  (ビンゴ!)

  そう心の中でガッツポーズをし、樹も動き出す。

  (流石に先輩の突きは速い!...でも、来ると分かってりゃかわせないものじゃない!)

  笹倉の竹刀の動きに合わせて、樹は身体と竹刀を、笹倉の死角へと滑り込ませる。そして...

  (......そこぉぉ!!!)

  パァァァァァァァンッッ!!!!!

  笹倉の利き手である右手に、樹は渾身の一撃を叩き込む。


「ぐッ...」


  そのあまりの衝撃に、笹倉は思わず顔をしかめる。


「しょ...勝者、神谷!!」

「「「うぉーーー!!!」」」


  その見事な剣さばきに、審判、野次馬たちも興奮し、どこからともなく拍手が湧き起こった。

  剣道部でもまず真似できない程の、素晴らしい芸当だった。

  これが、笹倉が学校最強ではなく剣道部最強にとどまっている理由である。

  樹はその類い稀なる運動神経で、大抵のことはうまくできる。

  他のスポーツは初めての割にはかなりうまい...というレベルだが、剣道に関しては何故か全国レベルの剣道部の猛者たちを叩きのめすほどの実力を持つ。

  それでいて剣道部に入っていないのだから、この学校の剣道部員たちに恨まれることとなっている。


「ふぅ...じゃ、俺は行きますね。先輩」

「ちょっとまて...」

「?」


  その場を立ち去ろうとする樹に、笹倉が声をかける。


「お前..本当に初心者なのか?剣道部に入っていたことがあるんじゃないか?」


  聞かずにはいられなかった。樹の実力が、あまりにも桁外れで、そう考えずにはいられなかったのである。


「...何度も言いましたけど本当ですって」

「「「「!!!!!」」」」

「やっぱり、剣道初心者なだ...」

「嘘に決まってんだろ。あんな動きできるわけないじゃん」

「でも俺、あいつが笹倉さんに引っ張られて体験入部に来た時に剣道教えたけど、本当に何も知らなかったぞ?」


  改めて本人の口からその言葉を聞き、周囲がどよめく。


「それじゃ、俺は行きますね」


  そう言って樹は、唖然とする笹倉とギャラリーに背を向け、ひとり剣道場を去って行った。







「ヤッホー、お疲れ!」


  剣道場から続く廊下を歩いていると、後ろから溌剌(はつらつ)とした、それでいて聴き心地の良い少女の声が俺にかけられ、同時に背中を叩かれる。

  その声と背中の後ろから伝わる雰囲気に当てはまる奴は、俺は一人しか知らない。


「なんだ(かおる)か...」


  俺は振り返りもせずに答える。


「なんだとは何よー」


  そう言いながら、その少女は俺の前に立ちはだかり少し頬を膨らませた。その仕草に、俺の鼓動は無意識に高まる。

  雨宮(あまみや) (かおる)、栗色の髪をポニーテールにした女の子。俺の幼馴染だ。


「言葉通りだ。て言うか、いつから後ろにいた?」

「剣道場出てすぐ」

「......」


  全然気付かなかった。俺は改めて薫の凄さを思い知る。こんな事、俺には絶対に無理だ。


「お前...ひょっとしてステルス機能付いてんの?」

「ひょっとしなくても付いてないし、ひとを戦闘機扱いしない!」

「へいへい...」


  いつもの様に他愛もない会話をしながら、家へと帰る。これが、俺と薫の8年以上続く日課だ。

  高校へ入り、約1年が過ぎた今でも、その日課は継続中である。


「で、お前の方はどうだったんだ?この間の大会」

「優勝したよ」

「やっぱりか...」

「...何なの?そのちょっと落胆した顔は。素直に喜んでいいかわかんないんですけど...」


  廊下を歩く時特有の音を立てながら、薫がこちらを向き、ふくれっ面をする。

  元々足が速かった薫は、先生の勧めで中学校から陸上部に入り、持ち前の粘り強さと頑張りで全国5位へと登り詰めた努力家である。

  それでいて筋肉隆々という訳ではなく、女子にしては高身長、出るところは出て引っ込んでいるところは引っ込んでいるモデル体型。それに加えて10人中9人は可愛いと答えるであろう容姿を持っている。

  その気にならなくてもすぐに彼氏が出来そうなのだが、薫は今のところ誰とも付き合った事がない。噂では、澪には既に好きな人がいるらしいのだが。

  薫の気持ちに気が付かない鈍感野郎は一体誰なのか。そんな奴がいるならこの目で見てみたい。


「樹はどうなの?最近」

「一言で言う。「疲れた」」

「あー...笹倉先輩のせい?」

「...正解」


  自慢するわけではないのだが、薫曰く、俺は運動神経に関しては他の人よりもかなり優れているらしい。今まで何とか誤魔化してきたのだが、最近ひょんな事からそのことが露見してしまったのだ。

  そのせいで、俺を何としても手に入れようと、現在、様々な部活が躍起になっている。

  そのため俺は、毎日半強制的に部活へと駆り出され、ぼろぼろになるまで練習をさせられているのだ。

  正直なところかなり迷惑な話だ。

  ちなみに何で隠していたかというと、只々面倒くさいからという理由なのだが...

  その中でも剣道部部長「笹倉 浩二」この人に目をつけられたのは、運が悪かったとしか言いようがないだろう。

  笹倉は、一度目をつけられたらそいつが入部するまで離さない。

  何でも、その圧倒的な実力から来る己の勘が教えてくれるらしい。

 〔こいつは、素晴らしい逸材だ〕と。

  そして運悪く、俺の活躍した場に笹倉が居合わせ、それが彼の目に止まってしまった、というわけである。


「はぁ...何で高2になってまで部活せないかんのだよ...」

「ご愁傷様(しゅうしょうさま)...」


  持ち前の運動センスがこんなにも裏目に出たとは...薫が同情の目を向けているのがわかる。


「それに加えて、毎日見る謎の夢...」

「謎の夢?」

「ああ、それがさ...」


  俺がその夢について話そうとした時、誰かが俺の肩を掴んだ。

  後ろを振り返ってみれば、古典の石神だった。


「探したぞ、神谷」

「.........」

「おい、俺に何か言うことがあるんじゃないのか?」

「......ご、ご機嫌麗しゅう」

「違うわボケェ!」


  バシッという音を立てて、俺の頭に石神チョップが炸裂する。

  「古典の石神」、課題とテストが悪い者を何処までも追いかけ、新たな課題をお恵みくださり、成績赤点を免れさせてくれる。国語の出来ない者にとっては正に神様の様な存在の先生だ。それ故か、俺を含めた一部の生徒からは、石神様と崇め奉られている。

  授業は決してつまらないわけではなく、むしろ解りやすいと評判である。

  よって、俺の古典の点数が悪いのはこの先生のせいでは無く、俺が寝ているのが原因なのだろう。


「な、何用でしょう?」

「赤点回避課題はどうした。締め切りは今日だぞ」

「あ...」

「樹...また赤点だったんだ...」


  忘れていた。完全に忘れていた。思い返せば、石神特製の赤点回避課題の提出日は今日だった様な気がしなくもない。

  石神の赤点回避課題が出せないという事は、夏休みの補習が確定するということに等しい。

  それだけは何としても避けなければ。


「はい..今日中に出します...」


「うん、よろしい。それなら補習は勘弁してやる。だけどわかってるな?もしも、もしも課題が出せなかったその時は...」


  石神は俺の肩に手を置き、


「...一緒に夏休み頑張ろうな?」

「ひっ...!」


  そう言い残し、固まる俺に背を向けて廊下を引き返して行った。

  そして玄関には、俺と薫だけが残った。


「薫。今俺が出来ることはひとつしか無いと思うんだが...」

「...はい?」


  今から終わらせるのは俺ひとりでは絶対に無理。

  だとすればやる事はひとつ。

  こうして、放課後の玄関で男子が女子に土下座をするという、世にも珍しい光景(シチュエーション)が生まれたのであった。








「.........」

「............」

「......終わらん...」

「頑張って。あと少しだから」


  俺たちが今いるのは教室。

  パフェひとつ、と言う条件で薫の協力を得る事に成功した俺は、教室で黙々と赤点回避課題をこなしていた。

  しかもこの課題、問題がワークと異なるので写す事が出来ない。何故長文10個を答えなしで渡してくるのだろうか。一部では、石神がわざとそうしている、と言う噂である。

  まあ、俺が赤点を取ったのが悪いのだが...


「あー、半分終わった...」

「お疲れ。ちょっと休憩しようか」


  薫の有難い助言を貰いながら、何とか半分まで課題を終わらせた俺は、がくり、と椅子にもたれかかった。


「はい」

「かたじけない...」


  そこに薫が、自販機で買ってきたオレンジジュースを俺に渡してくれた。

  脳は糖分を栄養としているらしい。

  それを考えると、疲れた身体に甘いオレンジジュースが心地よい。

  更に、体力が回復してきている様な気分になるので不思議だ。


「...ねえ、樹」

「ん?」

「さっきの夢ってどんな夢だったか詳しく教えてくれない?」


  暫く黙っていた薫が、俺に尋ねてきた。


「あぁ。気が付いたら俺が何処かにいるんだ。その場所は毎回違うんだけど」

「それで?」

「そこで誰かが呼んでる気がするんだよ。声も聞こえないのにさ」

「ふ~ん」


  そう、ここ数日、俺はかなり不思議な夢を見ている。

  夢にしては意識がはっきりとしており、夢の中を自分の意思で自由に動き回れるのだ。

  場所は草原だったり洞窟だったり様々だが、毎回誰かに見られている気がしてならない。

  実に不思議な夢だ。


「.........」

「おい。どうした薫?」

「昨日は草原...」

「!!?」

「一昨日は氷の洞窟...その前は太陽の降り注ぐ常夏の砂浜...」

「ちょっ、ちょっと待て!何でお前がその夢を知ってるんだ?」


  俺だけが見ていた不思議な夢。何故薫がその内容をはっきりと言い当てられるのだろうか。

  まるで、ずっと前から知っていた様に...

  まるで、自分も同じ夢を見ていたかの様に...


「お前..まさか...」

「うん。実はね、私もその夢見てたの。今まではただの不思議な夢くらいにしか思ってなかったんだけど...」


  何という偶然だろうか、薫も全く同じ夢を見ていたらしい。しかし、そんな事があるのだろうか。


「なんか...すごい偶然だな」

「2人して同じ夢を見るなんて、もしかしたらこれ出しても夏休み補習、みたいなことが起こるかもね」

「止めてくれよ。笑えねぇ」

「さあ、休憩終わり。続き頑張ろ?」

「よっしゃ、やりますか」


  いつもと同じ学校、いつもと同じ教室、いつもと同じ学校生活。本当にそれまでは、俺はその生活がずっと続くものだと思っていた。

  俺たちが謎の光に包まれるまでは...


「!!?!」

「ちょっ...何これ!?」


  思わず薫が叫ぶ。

  俺たちの足元に姿を現したのは、俺たちがよく知っているものだった。


「魔方陣...?」


  明らかに日本語では無い文字が円状に俺たちを囲み、その内側には大きな星がひとつ、異様な輝きを放ちながらゆっくりと回転している。

  それは、テレビアニメでよく見る魔方陣そのものだった。

  魔方陣は、光を増しながら回転を続ける。

  光が増すごとに、視界が歪み、教室が酷く歪な形になっていく。


「やべぇっ!」


  思わず俺はそう口にした。

  これはまずい。

  何が起こっているのか皆目見当もつかないが、それだけははっきりとわかる。理屈じゃ無い。人間の本能が警鐘を鳴らしているのだ。


「薫ッッ!」

「きゃっ!!」


  とっさに俺は、薫を抱えて魔方陣から脱出しようとした。


「がァッッ!!?」

「うっ...くっ...」


  しかし、突如動くことすらままならない程の凄まじい頭痛が俺たちを襲い、思わず膝をついたことでその目論見は潰えた。

  (せめて..こいつだけでも...)

  それでも俺は、最後の力を振り絞って薫を魔方陣から突き飛ばした。


  あとほんの少し、あとほんのコンマ数秒その決断が速ければ、結果は変わっていただろうか...


  薫が魔方陣から飛び出す直前、魔方陣から溢れ出す光に亀裂が走り。

  光もろとも魔方陣が爆散、跡形もなく消滅した。

  異様な静けさに包まれた教室には、俺たちの姿は何処にもなかった。


~次回予告~

いつもの学校生活、いつもの日常が続くと思っていた神谷 樹。

だが、突然の事件の後、目覚めた樹の前に広がっていた光景は、衝撃のものだった。

次回、異世界幻想曲、召喚編、「起」

「welcome to wander land 」

冒険は、ここから始まる。


お読みくださりありがとうございます。

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