はじまりの庭
小屋に帰ってきたオレは自分の丘全体を見回した。
今は霧もなく、春のような温かい日差しでポカポカとしている。
これからこの丘を発展させていくと思うと楽しみだな。
水晶玉を覗いて見るとベントールの名前といくつかの情報がでてくる。ベントールいわく『石版の盟友』というやつを結んだからだ。
設定や条件を満たせばこちらからベンの方に押しかけることも可能なようだ。
オレは黄金長イモの種をアイテムボックスにしまい、トムの道具屋に顔を出した。
また商品のラインナップが増えている。
鉄条網を買うつもりでマナを貯めていたが、あのスマートかつ高性能の魔法陣を見てしまった後ではちょっと買う気がしない。
となると……目指すは『女弓兵・監視塔付』になってしまうのかな。
鼠を狩ってもマナは貰えないが経験値は貰えるので、もうしばらくは鼠の相手をしてやってもいい。
それに武器の問題もある。
「店主よ、この鋼の剣についてどう思うか率直な意見を聞かせてほしい」
そう、トムに質問する。
トムは残念そうな目で鋼の剣をチラリと見た。
「うーん、強い武器だとは思うがね、ただそれをちゃんと扱うにはそれなりの力と技量が必要だからなあ。そして使いこなせるだけの能力があるのなら、他にもっと手ごろで強い武器がいくらでもあるっていうか……」
やはりそうなのか。
使いこなせていないという自覚は、はっきりとあった。
トムは鋼の剣をツルリと撫でた。
「ただ武器の状態はいいから、もし売るのならそれなりの値は付けられると思うぜ」
このゲームには、剣、斧、爪、槍、混などの多種類の武器がある。
そして同じ種別の武器を長く使い続けるとスキルを覚えるらしい。
剣との関係は最初から躓いてしまったようなので、できれば他の武器に変えたい。
「ありがとう、少し考えてみるよ。ところでこの『工作台』と『変換機』というのはなんだい。随分と安いようだが」
「ああ、それは昨日入荷したんだ。中古品だし、あんたとは長い付き合いになりそうだからその値でかまわないよ。変換機というのは収穫物を種に戻す装置だ、もちろん失敗の可能性はあるけどな。工作台というのはそのまんまの意味だな」
いつのまにか解放条件を達成していた基本設備のようだな、貰っておくか。
「毎度あり、少し時間はかかるがあんたの家に送っておくからな」
オレはトムに礼を言い家に帰ると、すでに変換機と工作台が部屋の隅に設置されていた。
説明書をチラ見すると長文の説明があったので、後回しにする。
よし、種を稼ぎがてらアポロを『はじまりの庭』に連れてってやるか。
むずがるアポロを抱っこして石版に手を触れる。
――――『はじまりの庭』に移動しますか?
yes
視界の光が消えると、前に来た時と同じ平和な光景が見えた。
煉瓦の壁、咲き誇る花達、噴水にモンシロチョウ。
期待した通りアポロは大喜びだった。オレも嬉しくなり、無駄にローリングしまくってアポロを追っかけたり、壁の剣士の絵に丁重な礼をしてみたりした。ハイテンションのオレとアポロは遊びつつ小動物を狩っていく。
しばらく、はしゃぎ回っていると、ふと人の気配を感じた。
庭を見回すと、屋根付の小さなベンチに美形の男性が座っていた。
静かな微笑を浮かべこちらを見ている。
やべっ、いつから見られてたんだろう。
オレは少し顔が赤くなるのを感じた。
おずおずと美形の男性の方に歩いていく。
男性は長い髪の毛を一つに束ね、民族衣装のような服を着ていた。
なんてやさしそうな顔なんだろう。
オレは自然と敬語で話しかけていた。
「あの……庭を荒らしてしまって、すみません」
「かまいませんよ、ここはそのための場所ですから。あなたは石版との契約者ですね、私はこの庭の主セムルスと言います」
美形の男性はやさしく言った。
「セ、セムルスさん。初めましてレオンといいます」
「素敵な名ですね。私にかまわず訓練を続けてください、ここは珍しい種が出ることもありますよ」
セムルスは惹きこまれるような笑顔で言った。
「ありがとうございます、そうさせていただきます」
もう少しこの人と話していたい気もするが、言う通りにするのがいいだろう。
そういえば、屋敷の方から聞き覚えのあるピアノの曲が聞こえてくる。
「この曲なんというのでしたっけ?どなたかピアノを弾いていらっしゃるんですね」
なにげなくそう言うと、セムルスの微笑がほんの一瞬だけ消えた。
オレ、なにかまずい事言っちゃたのか?
「レオン……あなたはピアノを知っているのですね。これは驚きました。あなたは他の者たちとは違うようです」
セムルスはそう言うとベンチから立ち上がった。思ったよりも背が高い。
優しい笑顔に戻っている。
「あのピアノを弾いているのは、かつては勇者と呼ばれていた者です。良ければ、お引き合わせしましょう。屋敷に来ませんか?」
惹きこまれるような静かな声でそう言う。
もちろんオレに異論はない。元からあの屋敷には行ってみたかったのだ。
オレが夢見心地で一歩、踏み出しかけたその時――――
「フギャーーーーーーーー」
アポロがセムルスに向かって激しく威嚇した。
爪を地面に突き立て、毛を逆立てている。
ぼーとしていたオレはハッしてアポロをなだめる。
「やめろ、アポロ失礼だぞ」
なおも威嚇を止めないアポロを抑えつけようと手を伸ばすと、アポロはオレの指に咬みついた。
こんな事は初めてだった。
「ご、ごめんなさい。いつもはこんな奴じゃないのに、どうしちゃったのかなあ。庭で遊んで興奮しちゃったのかな」
オレは愛想笑いをセムルスに向ける。セムルスもほほえみ返してきたので怒ってはいないようだ。
「フレイムタイガーの末裔、フレイムキャットですか。ふふ、元気のいい子ですね」
セムルスは静かに笑う。
「どうやら今日は日が悪かったようですね。ピアノの演奏も終わってしまったので、屋敷へはまた後日」
セムルスはそう言うと、宙を浮く様な軽やかな足取りで屋敷に向かって去って行った。
オレは立ち去るセムルスの背中をぼんやり見ていた。
「なんだか不思議な感じのする人だったなあ、また会えるかな」
アポロを見るとシュンとした顔でオレのことを見ていた。
そっと手を伸ばすと先ほど咬みついた場所を、アポロはペロペロと舐めた。
――――バトルフィールド『ゴブリン養畜都市ドライフォレスト』が開放されました。
感想ありがとうございました。
自信を失いかけていましたが、また新たな気持ちでやれそうです。感謝します。