ベントール
食糧の買い出しのため近所のスーパーマーケットに行った。
その帰りに少しだけ漫画喫茶に立ち寄る。
新刊のマンガ本を積み上げつつ、パソコンで今やっているゲームの名前を打ち込んでみた。
クリアするまで攻略情報は見ない主義だが、ゲームの評判が気になった。それに出来れば他のプレイヤーと交流がしてみたい
しばらく検索してみるがなかなか出て来ない。人気のないゲームだからしょうがないがこんなに出ないもんかな。時間だけが過ぎていく。
漫喫で居眠りしている人をたまに見かけるが、それはミネラルウォーターで歯を磨くのと同等の贅沢だと思う。
オレは検索は後日やることにして、マンガ本に手を伸ばした。
――――――――――――――――――――――――
一時間ほどで家に戻る。
さて、ゲームの続きだ。畑仕事の遅れを取り戻さねば。
当面の目標は鉄条網の購入とバトルフィールドの開放、そして他プレイヤーとの交流の3つにしよう。
早速、水晶玉を触ってみる。
他プレイヤーに召喚されるには登録する必要があった。登録はかなり細かく設定する事が出来て、報酬の額あるいはアイテム、時間拘束のあるなし、成功報酬制にすることも出来るようだ。召喚者は登録の内容を見てから、選んだ人を召喚出来る。
知らない人を召喚したら、放置されてマナだけ持って行かれたらたまらんものな。
とりあえず時間拘束なし、報酬はただ同然の額で登録しておく。
アポロと恒例の鼠ゲーを再開。
フレイムキャットのアポロは少しずつ大きくなっている。
そして一緒に戦う時間が多くなるにつれて、意思の疎通というか、連携がとれるようになってきている。
レベルと同じく数値化はされないが、使い魔との親密度的な要素があるのだろう。
連携をいろいろ試しつつ鼠を狩っていると、メッセージがでた。
――――石版の契約者ベントールに召喚されています。
オレの心臓が少しだけドクンとする。
ついに他プレイヤーとの交流の機会がきたか。
チャット機能があるので若干の恐怖も感じるが、やらない手はないだろう。
オレはアポロを胸に抱きかかえ、召喚されるのを待った。
すぐに、視界が光でいっぱいになる。
光が徐々に収まってくると、やはり別の場所にワープしていた。
レオンの体全体が白いオーラで包まれている。この白いオーラは召喚された者の印だろうな。侵入者は黒いオーラを纏っていた。
目の前にややふっくらした貴族のような恰好をした男が居て、親しげな表情でこちらを見ていた。
とても温和な顔である。
オレはとりあえず丁重に一礼をした。向こうも丁重な礼を返す。
揺れるアフロヘアーが少し恥ずかしい。なぜこんな髪型にしたのだろうか。全然おもしろくないのに。
「初めまして、僕はベン・トールと申します」
「こんにちはベン・トールさん、自分はレオンといいます」
「僕のことはベン・トールかベンと呼んでくださいね」
ベントールはにこやかにそう言う。いい人のようだ。
辺りを見回してみる。
オレの畑と同じように小高い丘の上にあるが、いろいろと違っている。
まず家が立派なお屋敷であり、それとは別に風車小屋がある。畑の大きさは変わらないが、畑一面にいろんな作物がぎっしりと植えられている。ガロモロコシはないようだな。
「すごいですね。ゲーム始めてどれくらいでここまでになるんですか?」
と聞いてみる。
「ゲーム? なんのことですか? ああ、石版との契約のことですか。僕が契約したのは一つ前の新月の夜です」
ん? なにいってんのかな、怖い人なのかな?
「これ、百円で買ってきたんですけど、けっこーおもしろいですよね。さすがに過疎ってるみたいですけど」
「百円? 過疎? 何のことですか? たしかに石版と契約するのは容易なことではありませんが」
????????
???????? ピーン
ははーん、なるほどそういうことか。
こういうオンラインゲームをやっていると、たまにキャラになりきって遊んでいる人がいるのだ。
世界観を壊さずによりゲームの世界にのめり込むために、言動、服装など完全にキャラになりきってしまうのだ。
うーん、少し面倒くさいがしかたない、乗ってやるか。
「えーと、ベントールはどんな経緯で石版との契約を果たされたのですか?」
そう聞いてみると、ベントールはよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに目を輝かせた。
「はい。僕は地方のそこそこの貴族の三男として生まれました。家は裕福なのですが三男ではどうにもなりません。そこで一念発起して、帝国所有の石版を得るために選抜試験に挑戦しました。15から始めて試験に通るまで5年かかりましたが、なんとか石版との契約を果たしました」
なるほどね。
説明書によると、このファンタジーな世界には石版という物が存在する。いくつかの方法で石版を手に入れた者たちが石版と契約することで、ゲーム上の世界からさらに異世界にワープして、富や名声を得ていく――――という設定である。
「へー貴族なんですねー。ちなみに石版と契約した後には元の世界には戻れるんでしたっけ? あと元の世界の物を持ち込んだりは?」
ちょっといじわるな質問をしてみる。そこまでの設定は説明書には書いていなかったはずだ。
「もちろん両方できますよ。ただそのいずれも大量のマナが必要になるので、簡単にはできませんが。僕が石版の世界にマナを使って持ち込んだのは、この貴族の服一着だけです。故郷に帰るのはいつのことになるやら……」
ベントールは淀みなく答えた。
細かい自分設定まで煮詰めているようだ。なかなかやりおる。
「レオンさんはどういう経緯で――――」
その時メッセージが出た。
――――バイオレットベアーに侵入されました。
オレは反射的に鋼の剣を抜き放った。ベンの畑を守ることが今のオレの役割なのだから。
ブラックホールからバイオレットベアーが出現した。
でかい。
そしてよだれをダラダラと垂らしている。
オレは指示を求めるようにチラリとベントールを見た。
ところがベントールはのん気な顔で笑っていて、武器を抜く気配すらない。
どういうことなのか頭をめぐらしていると、向こうの畑の影から人がスッと現れてバイオレットベアーに斬りかかった。
――――バイオレットベアーを撃退しました。
一撃で熊を倒した全身鎧の人物は何事もなかったかのようにスタスタと歩き、畑の端にある大きな石に腰を掛けた。
「か、彼はどなたですか?」
オレはかすれた声で尋ねた。
「彼は我がトール家に仕える剣士、ボウドです。僕が皇帝から石版を賜った際に、父上よりお祝いの品としていただきました」
ベントールは笑いを絶やさぬままそう答える。オレが困惑しているとさらに言葉を続けた。
「ほら、石版との契約の時に、一つだけ無償でこの世界に持ち込むことができるでしょう?僕は剣士ボウドを選びました」
ベントールはそう言うと、レオンの鋼の剣を残念そうな目でチラリと見た。
……くっ。
そういえばキャラ設定の時、ボーナスアイテムの選択というのがあったが、その中に『従者』というのがあった気がする。それがあの超強い剣士ということか。
オレは誇らしげに構えていた鋼の剣をそそくさと鞘に納めた。
「キャラ設――――えーと、石版との契約の時に一つ特殊スキルをもらえましたよね。ベントールは何にしたんですか?」
そう尋ねると、ベントールはふくよかな顔を嬉しそうに歪めた。
「ええ。元の能力によって選べるスキルが全然違いますが、私はなかなかいいスキルが出ましてね。とても迷いましたが品種改良にしました。天候操作と最後まで悩んだのですが、結果こっちにして正解でした。レオンは何を選びましたか? 肉体強化ですか? それとも神聖魔法ですか?」
「……ぶ……たぁ……」
「え? なんですか、もう一回お願いします」
「……豚殺しにしました」
「……」
二人の間に気まずい沈黙が流れる。
豚殺しはやはり地雷スキルだったのか。
出だしの苦しい展開は鋼の剣と豚殺しという、地雷のコンボが炸裂したせいだったのか。
ベントールが悲しい目でこっちをチラチラと見てるし。
ベントールがフォローを入れてくる。
「で、でもこの先オークなどと戦う時がきたら役立つと思いますよ。『豚殺し』は豚に近い種族に広く効果を発揮すると、噂できいたことがありますし、たぶんレアスキルですよ」
噂とか言われてもなあ。というかこのベントールって奴、二週目くさい匂いがプンプンするが、うまくやっていけるのだろうか。
「さあ、そんなことより僕の畑を見ていただけませんか」
いつまでも落ち込んでいてもしょうがないので、促すベンについていく。
アポロとベンの三人で畑の周りをプラプラと歩く。
見たことのない草や木がたくさん生えている。
あの葉っぱはパイメロンかもしれないな。
「そういえば鉄条網もないのに鼠が侵入してきませんね」
「ああ、それはですね。あれのおかげです」
ベントールの指差す場所を見ると、直径二メートルぐらいで紫色の魔法陣が地面に描かれている。
「あの魔法陣が弱いモンスターの侵入を防いでくれるのです。ちょっと前までは鉄条網を使っていましたが」
ふーん。喉から手が出るほど欲しいが顔には出さないでおこう。
「そういえばガロモロコシをほっぽり出してこっちにきてしまったなあ。鼠に食われちゃっただろうな」
そう独り言をいうと、ベントールが今度は遠くの場所を指差した。
そっちを見ると小高い丘があり、貧相な小屋が立っているのがぼんやりと見える。
「あ、あれはまさか」
「そうです。あそこがレオンさんの領土です。召喚されてる間やバトルフィールドに行っている間は、畑の時間が止まっているので、レオンの作物は無事ですよ。仲間が出来れば、仲間に任す事も出来ますが」
有益な情報サンクス。
お近づきの挨拶ということで呼んでくれたのかもな、やはり他の人と一緒に遊ぶというのはいいもんだ。
逆の方を見ると丘の上にある砦が、自分の小屋から見るよりもはっきりと見えた。
「あっちの砦は凄いですね。どんな人か知ってますか?」
そう尋ねるとベントールは渋い顔をした。
「あの砦の所有者はあまり評判の良くない方でして……」
言葉を濁す。
他のプレイヤーを侵入略奪しまくって、あの砦を建てたのだろうか。
なおも突っ込んで聞こうとしたオレの目の端に見覚えのある物が映った。
ベントールの畑の一角だけ、五メートル四方の鉄柵でがっちりと守られている場所がある。そして、その中にはなんの変哲もない葉っぱが生い茂っている。
だがこのクタッと垂れた葉っぱ、地を這うように伸びる茎。
見覚えがある。
これは――――おっおっおっ黄金イモじゃねーか!!
「こ、これは黄金イモじゃ?」
鉄柵を思わず握りしめながらオレは言った。
「ええ、そうですよ。良くご存じですね」
相変わらず余裕のある笑顔で言うベントール。
ああ知っているとも、忘れようと思っても忘れられるものじゃない。
オレは一度この葉っぱの上を転がったことがあるのだ……首だけの姿で。
オレは急に挙動不審になり、辺りをキョロキョロと見回した。
奴がくるぞ、ブラッドデビルモンキーが。
100メートルを五歩で駆け抜ける奴だ、逃げ場などないぞ。
いや、落ち着け。剣士ボウドがいるじゃないか、彼ならやれるのか?
その可能性を考えてみる。さっきボウドの戦いっぷりを見たときは確かに驚いたがやはり無理だろう。世界チャンピオンとB級ボクサーの違いぐらいは素人でもわかるもんだ。
オレの膝がガクガクと震えている。
「ベン、いやベントールさん、黄金イモっていくらなんでもやばいんじゃないですか? オレちょっと嫌な思い出があって。あっ、そろそろ塾の時間が……」
オレの言葉を聞いたベントールは何故か喜びを爆発させた。
「はっはっはっは、大丈夫ですよレオン。いや驚かれるのも無理はありませんな。はっはっはっはっは、これは失敬しました」
なおも嬉しそうに膝をペチペチと打ち鳴らすベントール。
……いいから早く説明しろやぁ、その膝ぶった切るぞ。
「さっきの話の続きにもなるのですが、これは黄金イモを品種改良して作った『黄金長イモ』です。普通の黄金イモはボス級のモンスターを呼び寄せてしまうのでよっぽどの強者か、馬鹿でもなければ埋めることはできませんがこれは違います」
まあ知らずに言ったことだから許そう。
「僕が作ったこの黄金長イモは埋めてから収穫まで非常に長い時間がかかります。また長イモといっても取れる黄金の量も三分の一程度です。そのかわり、強いモンスターを惹きつけることはありません」
得々と喋るベントール。
「苦労しましたがもうすぐ初めての収穫が出来るはずです。さっきのバイオレットベアーなどはこれ目当てでしょうね。やらせはしませんが」
高らかに笑うベントール。
品種改良か、便利そうなスキルだな。さすがにこういうスキルは後々オレも取得できるような気はするが。
「驚かせてしまったお詫びに黄金長イモの種をいくつかお分けしましょう。もう少しレベルを上げればレオンもいけるはずです」
「それは嬉しいな、ありがとう」
ベントールは元の紳士風の態に戻り、そう申し出た。
やはり悪い人ではないようだ。
その後、オレ達はちょくちょく湧くモンスターを倒していった。
大体は剣士ボウドが瞬殺してしまうのだが、オレも鋼の剣で蜂などを数体倒した。
ベントールもモーニングスターを使って一緒に戦った。太目の体の割には軽やかに動く。
ベントールの武器を褒めると「本当はレイピアなどを使いたいのですが、なぜかパワー型の武器がしっくりきてしまうのですよね。何でですかね?」と真顔で言っていた。
アポロは初めて見るたくさんの植物に興奮したのかモンスターをほっぽり出してずっと何処かに行っていた。いたずらをしてなければいいのだが。
帰り際、ベントールは約束通り黄金長イモの種をわけてくれた。
「さっきも言いましたが、もう少しレベルを上げれば収穫できると思いますよ。レオンにはバトルキャットもいますしね」
オレは帰還のためアポロを呼んだ。
アポロはすぐに走ってやってきて、オレの足にじゃれつく。
そんなアポロをにこやかに見ていたベントールの笑顔がふと止まる。
「あれ? そのバトルキャット、よく見ると黒い毛の部分が少し赤くなっていますね。え? ということはまさかフレイムキャットということですか? いや、でもフレイムキャットを作るには高価なバトルキャットの種が何個もいるはず……レオン、どういうことでしょうか――――あっレオン、待って」
すでに帰還の手続きを済ませていたオレは、光り始めていた。
視界が強い光でぼやける。
ベントールの方を見ると、苦々しい顔で舌打ちをしていた。
……おい、まだ見えてるからな、ベンよ。
多少、癖のある人物であったが、誰かと交流するという目標は果たせた様だ。何より、このゲームを夢中でやっているのが、世界で自分だけでは無いと知って、オレは少しだけほっとしていた。