すべての道はレオンに通ず
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傷の癒えたスナフキルは、金貨の入った大袋を1つ背負い、数日間外出をした。
やがて帰ってきたスナフキルは、アタッシュケースにぎっしりの札束と、黒光りするサブマシンガンや手榴弾を持ち帰ってきた。殺し屋だった頃に、貸しを作った知り合いに手配をして貰ったらしい。
何故そんな武器が必要なのか、いまいちオレはよく分かっていなかったが、毎日武器の手入れをしているスナフキルの顔は、ぞっとするほどに真剣だった。
オレは不動産屋に金を持って行き、部屋を借りていたアパートを丸ごと買い取った。2階建てのオートロックのアパートは上に5部屋あり、下は3部屋だ。1階の部屋が少ないのは、ここを建てた何代か前のオーナーが、大きな部屋に家族で住んでいたからだという。
オレが住み始めた頃からずっと空いているその部屋には、小さな庭まであるので、そのうち部屋を移動するだろうと思う。
オレは毎日のトレーニングを続けながら、庭の土をこつこつと耕し始めた。スナフキルは何処かから持って来た茶色のソファーを庭の端に置き、オレの畑仕事を眺めながら日本語の勉強を続けている。コンピューターや電気関係にも詳しい万能のスナフキルは、なにやらアパートの改造を考えている様だった。
今月中にアパートから1人が退去していき、さらに隣の一軒屋が取り壊されて更地になる。
不動産屋の主人が言っていた不思議な過疎化は、着々と進んでいる様だ。まるでサービスの終了が近いネットゲームの様な荒涼とした寂しさが漂っていたが、オレにとってそれは居心地の良い場所だった。
スナフキルの為にケース買いをした瓶詰のコーラが、早くも無くなりそうだった。坂道を運ぶのは楽ではないので、1日に2本までと決めたはずなのだが、どうもこっそりと飲んでいるらしい。配達をしてもらうのはなんとなく嫌なので、中古の車でも買ってしまおうか。
世界中のホテルを転々としていたスナフキルは、身の回りのことを自分でする習慣がなかった。しばらく看病していた流れもあって、掃除、洗濯、炊事などはオレがしている。物凄い体をしている割に偏食の酷いスナフキルのことを考えながら、何故だかうきうきとスーパーマーケットに足繁く通っているのだ。
やはりこちらの世界では、オレはずっと孤独だったのだろう。
そこに現われたのは、たぶん死ぬことが決まっている少年の様な男。
スナフキルの世話を焼く事は、楽しみにすらなっていた。
公園では次のトレーニングを進めていた。基礎訓練が終わった頃に、学校の終わった子供達が丁度良くやって来てくれる。
オレは気合を入れて、アスレチックコースのスタート地点から出発する。まず急勾配に積み上げられている丸太の坂道を駆け上がると、頂上にいるタケシがバケツの水をぶちまけて来る。全部を躱す事は難しいので、一番薄い部分に自ら飛び込むのが最善だ。
次に吊り橋に突入する。
ケンイチが嬉しそうな顔で、吊り橋をグラグラと揺らしている。バランスを保ちながら、飛んで来る石と枝を対処して難なく次に進む。
池に浮かぶ筏を飛び渡り、蜘蛛の巣の様な縄のトンネルを潜り抜ける。子供達の考えた創意工夫に溢れる罠と攻撃が、次々とオレに襲い掛かって来る。
もっと。もっと臨機応変になるんだ。
そして最難関がやってくる。
オレはポケットから取り出した、目隠しの布をしっかりと顔に巻き付けて、丸太と板で作られた巨大砦に足を踏み入れた。眼鏡をかけたヨシヒコという少年は、なかなかの策士である。一昨日ヨシヒコが持って来た沢山の風鈴が騒がしく鳴り響くので、音による投擲の先読みが難しい。
オレは暗闇の中で被弾をしながらも、砦を攻略していく。細い通路をじりじりと前進すると、右の方に温かい熱源を感じた。そちらを警戒しながら踏み出すと、逆側からパカリと頭を叩かれた。
子供達が勝利の歓声を上げる。
目隠しを外すと右側にはランドセルが置いてあり、そこに使い捨てカイロがペタペタと貼ってあった。左を見ると、ナツミがへこみの付いたプラスチックバットを震える手で握り締めている。
「あの、だ……大丈夫ですか?」
「うん、平気。ケンイチ君の金属バットじゃなくて良かったよ。でも……また死んでしまったか」
オレは歯を食いしばって俯いた。浅黒い肌のナツミが、慰める様な目でオレを見つめている。
結局、日が暮れるまで訓練を続けたが、砦を突破する事は出来なかった。
片付けと掃除を済ませた後に、近くの駄菓子屋に子供達を連れて行った。最近の子供達は、オレがガキの頃とは違って金を持っているのだが、お菓子やジュースをご馳走すると、一応は喜んでくれている様だ。
アイスを齧りながら、タケシが手の平でコインを弄んでいる。
「なあ、お兄ちゃん。今日さ、社会の授業中に地図帳を見てたんだ」
「ん、そうか」
「ねえお兄ちゃんが救おうとしてる国ってどこなの?」
オレはヨーロッパの隅にある1つの国を思い浮かべた。その国の姿形は、あまりにドライフォレストにそっくりだったからだ。オレやスナフキルが向こう側と繋がって居る様に、その国とドライフォレストには、きっと何らかの繋がりがあるのだろう。
ドライフォレストの王を倒せばすべてがはっきりする、そんな事をはじまりの庭でセムルスに言われた事を思い出した。
「僕達もさあ、世界平和の為に戦うお兄ちゃんの仲間なんでしょ? だったら教えてよ」
「フフッ、仲間か。そうだな」
オレは、夏の太陽みたいな笑顔を見せているタケシの頭に、優しくアイアンクローを決めた。
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フラニーは、カインの背中に付いている竜牙の槍を、興味深そうにガシャンガシャンと何度も動かした。
そしてカインの仮面を騎乗モードのスマイルマークに変えて、よじ登る様にして鞍の上に乗り込んだ。
しばらくはメリーゴーランドの馬に乗っている時の様に、槍にしがみ付いていたが、やがて小さな背中を槍に持たせ掛けて、気持ち良さそうに畑を一周した。
「レオン、ありがとうございます。これでお尻がプツプツにならずに、カインに乗る事が出来ますわ」
「ハハッ、そりゃ良かった」
フラニーが鞍から降りて槍を背中に倒した。
カインは嬉しそうに鼻を鳴らしながら、バッファローウォールのおそ松に向けて一直線に駆け出した。おそ松の事を4番目の親だと思っているらしく、甘える様に四六時中、額や背中を壁に擦り付けているのだ。新しい装備を見てもらいたいのか、猛スピードでおそ松の方に向かっている。
「ハッハッ、カインの奴、嬉しそうだな」
「そうですわね……でも大丈夫でしょうか?」
「何が?」
「槍です」
カインは親愛表現の度合いは、衝撃力に比例していると勘違いしている節があった。大好きなおそ松やハービーに、頭からの突撃を決めている場面をたまに目にしていたが、今は頭に角が付いているのだ。
「だ、大丈夫だろう?」
「……」
「……」
「……レオン、まずいですわよ」
おそ松が死んでしまう。
オレは飛ばされたゴムの様に走り出し、カインの後を追い掛けた。しかしとても追い付けそうにはなく、不満そうなおそ松の大きな顔に、無邪気なカインが迫っている。
他の方策を考えていると自分が急加速している事に気付いた。フラニーが風魔法を使ってオレの背中を押し始めたのだ。これならばギリギリ間に合うか。
そこで、ふと思った。
仮に当たり所が悪くておそ松が死んでしまったら、大量の経験値がカインに入るであろう。たまに鉱石を食わせているおそ松達は、肥え太っているからだ。もしそうなれば、レベルアップしたカインは進化するかも知れない。あの恰好がいいプラチナプレート・ボアーに成ってくれれば、さらに機械化イノシシらしくなるじゃないか。
オレは走るスピードをさりげなく緩めた。
フラニーは、オレが疲れてきたと勘違いしたのか風の力を強め、グイグイと背中を押してくる。オレはさらに足の回転を緩め、風を受け流す為に上半身を欽ちゃん走りの様に捻った。しかしフラニーは、一流の航海士が如く、風の角度を最適に変化させ、レオン号を港に向けて推進させていく。
蹄を叩き付ける様にして走っていたカインは、激突の直前に角の存在を思い出し、急ブレーキを掛けた。フラニーが風でそれを手助けする。
ドラゴンの力をそのままに保っている竜牙の槍の穂先が、おそ松の二重顎の手前でピタリと止まった。
「よく止まったカイン、いい子だぞ! おそ松、怪我は無いか? 無事で良かったよ」
痰を吐き捨てるおっさんの様な顔で、おそ松がオレを睨んでいた。カインをよしよしと撫でていると、後ろから黒いオーラが迫って来る。恐る恐る振り返ると、醒めた眼のフラニーがこちらを見上げていた。
「レオン。それはダメな事ですわよ」
「……すまん、つい。本気じゃなかったんだ」
「ええ、そうでしょうね」
「うん。……門の外にいこうか、みんなが待っているし」
おそ松に謝ってから、丘の外に向かった。フラニーが本気で怒っていないかチラチラ確認しながら門を出ると、グラが足を踏み鳴らして待っていた。
「やい、レオン、遅いぞ」
グリとグラ、それにエリンばあさんと他のみんなも、丘の端っこに勢揃いしていた。
ハービーは右手に巨大スコップを、左手には1・5メートルほどの木材の柱を持っている。オレはハービ―から柱を受け取り、前もって掘って置いた穴に角張った柱をしっかりと突き立てた。その柱には『道の始まり、0ベオレン』と彫り付けてある。
「よし、始めよう。今日からベンの丘に向けて、少しずつ道を作っていくことになった。まあ今日は起工式といった所だ。土木工事では、どうしても力持ちのハービーと土魔法が使えるカインに頼る事が多くなってしまうと思う。2人もよく聞いてほしい」
「……」
「フフン」
オレは一里塚、いや1ベオレン塚に片手を乗せながら、仲間を見回した。
「ここからベンの丘までは見かけよりは足の速い牛車でも、たっぷり昼寝が出来るぐらいの時間が掛かってしまうし、雨で草原がぬかるんでいる時は、通行不能になってしまう時さえある。これが、石畳で舗装した真っ直ぐな道を作り、毛長馬で駆ければ、歯を磨いて着替えるぐらいの時間で行ける様になるはずだ」
「それなら気軽に行けますわね」
「ベン殿の丘に異変があった時は、早馬で駆け付けられる距離になりますじゃな」
「うん。お互いにそうなるだろう」
何かあった時は一番最初に気が付く可能性の高いエリンばあさんが、力強く頷いた。
「そしてだ。時を同じくして、ベンの丘から市場までの道路建設もスタートする。市場までは湿地帯や、起伏が激しくて迂回しなければ進めない所が多く、馬車の強行軍でも丸1日は掛かってしまう。しかし真っ直ぐな高速道路が完成すれば、週末はみんなで市場に遊びに行く事も夢じゃなくなる」
「ぬわぁーに、ほんとうか!」
興奮したグランデュエリルが変な声を出した。市場の屋台通りを思い出したのか、俄然やる気を示し始める。オレは逸るグラを収める様に、咳払いを1つした。
「しかし、市場までは長くて大変な工事になるだろう。オレ達はベンの丘までの道を完成させたら、そのままそっちを手伝う事になると思う。通行料の替わりに少しでも協力したい」
「レオンさん、なんだかワクワクして来ました」
「レオン、私もやるぞ、何からやればいいのだ?」
グラはハービーの持っていたスコップを奪い、適当な所を掘り始めた。
「待て、グラ。もう1つ説明する事がある。ベオレンの事だ」
「む?」
「そういえば数日前、レオンとベン様が草原を転げ回っていましたわね」
長くなるのでみんなを草原に座らせて、オレも腰を下ろした。
「皆も知っての通り、こっちの世界では距離を表わす単位が統一されておらず、いくつかが混在している。面倒な事に、帝国側とカンパニー側が違う単位を使っている。それでベンと相談した結果、オレ達が新しい道を作るのだから、オレ達の単位を作っちゃおうという事になった」
「ほっほっほっ、それがベオレンですじゃな」
「ダサ過ぎるぞ、レオン」
「どうやって決めたのでしょうか?」
オレはグリの方を見た。
「最初はベンが全力疾走をして、走れた距離を1ベオレンにするつもりだったんだ。でも近頃は書類仕事ばかりのベンがすぐにバテてしまい、まったく距離が出ないのでそれは止めた。次にオレが走ってみたのだが、今度は距離が長くなり過ぎた。別に自慢じゃないぞ。それで……まあ、見ていた人は知っていると思うが、2人の片足ずつを紐で結び合わせてから走り、転ばずに走れた距離を1ベオレンとした」
オレが説明すると何人かが不満そうな顔で、ワイワイと騒ぎ始めた。
「レオン、それは理に叶っていないのでは? 例えば女の私が草原を歩き、喉が渇くまでの距離を1としたら、旅人の目安になり便利だと思いますわ」
「なあレオン。私が持ち上げられた1番大きい岩の重さを1グランデュとしたらどうだ?」
「……くっ、そんなに歴史に名を残したいのか、お前ら! さては『次の街までは10フラニーだから水筒は1つで十分ね』とか言われたいのか! 今は重さの話はしていないからな、グラよ。兎に角、ベオレンというのはもう決まってるの!」
エリンばあさんがにこにこと笑い、騒ぎで目を覚ましたアポロが訳も分からずにニャーニャーと騒ぎ始めた。
「文句があるならベンに言ってくれ。はい、起工式は終了。ああ、飲み物が用意してあるから各自で適当に飲んでくれ、オレは昼寝する」
ベンの丘の方を仰ぎ見ると、あちらでも起工式をやっていたのか花火が打ち上がっていた。果たしてうちの丘は、こんな調子で本当に道を繋げることが出来るのであろうか。
アポロをランドセルに格納して、オレは坂道を駆け上がった。
坂の途中に何匹もいるゴブリン教官兵たちが、軍用ヘルメットに満たされた強力な酸液を、オレに向けて撒き散らす。
地熱に温められた薄い空気は、肺を熱するばかりでちっとも酸素が含まれておらず、まるでうっとおしい前髪の様な薄闇は、取り分を寄越せとばかりに集中力を奪っていく。
目を凝らすと、前方に鉄帽を構えた教官兵が3匹。
これは躱せない。立ち止まって対応すれば無限に敵が湧いてくる。
仕方なく、ガードを固めた両腕に酸を浴びながら、教官兵の間を通り抜けた。
坂を登り終えると次の訓練施設が見えてくる。いや、訓練所と称してはいるが、ここでやっているのは訓練ではなかった。大量に製造したノーマルゴブリン達を選別する、工場ラインでしかないのだ。
ランドセルの蓋の隙間からアポロが片手を伸ばし、オレの肩をちょんちょんと突いた。
「アポロ。ここはオレにやらせろよ。欠陥品じゃないって事を証明してやるんだ」
マグマの上に浮かぶ、ビート板の様な木片の上を駆け抜ける。次に罠だらけの迷路も簡単に突破すると、いよいよ最難関に到着した。
その不気味な地下砦に足を踏み入れると、後ろで扉が自動的に閉まってしまう。薄闇が親しい友人に思えるほどの完全な暗闇が辺りを支配し、数歩進んだだけで方向感覚を失ってしまう。
初めてここに来た時は、たまらなくなって火をおこしたのだが、明かりが付いた瞬間に毒を持った大量の蛾に襲い掛かられて、アポロ共々死にかけたのだ。
オレは耳に極限まで神経を集中し、投擲に備えた。遥か上空を飛んでいる、まるで一匹の生物の様な蛾の集合体が、ごおごおと羽音を鳴らしている。
空気を切り裂く投げナイフを躱し、足を引っ掻けると罠が発動するワイヤーを探り探り跨いでいく。1時間ほど掛けてじりじりと進むと、右手の方から強烈な悪臭が流れて来た。鼻を殴られた様な衝撃を感じ、涙がぼろぼろと零れ、聴覚までが痺れ始めた。匂いの発生源はゾンビの様にフラフラと暗闇を徘徊しており、少しずつこちらの方に迫って来ている。
オレは、これ以上ないほどのしかめっ面をして、悪臭を振り撒く敵に星銀の爪を向けた。
しかしすぐにトレーニングの事を思い出し、闇に向けてひとりごちた。
「いや、逆だな」
クルリと振り返り星銀の爪を暗闇に向けて、真っ直ぐ突き出した。
柔らかい肉の感触を、はっきりと拳に感じる。十分な手応えがあったので、爪を引き抜いたのだが、敵が崩れ落ちる音が聞こえてこない。ゴブリン教官兵らしき肉に何度も爪を突き立てていると、その肉はまるでブランコの様に暗闇を揺れ始めた。念の為探ってみると、教官兵の背中の辺りから縄らしき物が天井に向かって伸びている。縄を切り裂くと、ドサリという音がようやく鳴った。
右側にいる悪臭を放つ何かが舌打ちを鳴らし、遠ざかって行く。
顔を上げると、遠くの方で僅かに光りが漏れ出ているのが見えた。ゴールの扉である。
扉を開くと、眩しい薄闇に目を焼かれ、オレは呻き声を上げた。素早くアポロをランドセルから下ろして、警戒をして貰う。数分かかってやっと目が慣れてくると、自分が酷い有り様をしている事に気が付いた。ゴブリンの青みがかった赤い血を全身に浴びており、細かい肉片が体のあちこちにこびり付いている。悪臭を撒き散らしていたのは、もしかしたら自分だったのかも知れない。
いや、そんな事はないか。
少し進むとありがたい事に厨房があった。かび臭い水で血を洗い流し、通路に戻る。
第一関門の綱渡りの前と似た様な作りになっており、宿舎らしい部屋が2つあった。しかし中を覗いて見ると粗末な3段ベッドではなくて、清潔なシーツが敷かれた1人用のベッドが並んでいた。誰もいなかったのでさらに進むと、音楽らしき軽快な音が聞こえてきた。
緊張を高めながら、音楽が聞こえてくる部屋の、光沢のある木のドアを押し開いた。
5匹のゴブリンが居た。2匹のゴブリンが細長い棒を持っており、テーブルの上に乗っている何かの骨を順番に突いている。別の2匹は紫色の液体の入ったグラスを片手に持ち、骨が転がる度に歓声をあげている。最後の1匹は、酸がかかったかの様に顔が醜く爛れており、音楽に合わせてステップを踏んでいた。どのゴブリンも肌が緑色であるという事以外は、それほど人間と変わりがない。
ゴブリンチャンピオン・ユグノーほどの強さは感じられなかったが、彼らの目には明らかに知性が宿っている。
オレはアホみたいに口を開けて、楽しそうな彼らを見つめていたが、やがてどういう事か思い当った。
ここは兵隊用の娯楽室なのだ。そして彼らは選別作業を潜り抜けた、ゴブリン士官候補兵達だ。
彼らは骨突き遊びに決着が付くとグラスを飲み干して、壁に掛けていたそれぞれの武器をゆっくりと手に取った。
若者特有の傲慢さと、溢れる自信。他種族とはいえ、オレは羨ましさを感じた。
しかし彼らでは、オレとアポロには勝てないだろう。相手が悪すぎるのだ。
……ちくしょう、もっと強くなってから来いよ。
なんとなくだが、彼らと戦いたくなかった。これから育つ新芽を踏み潰すのは、誰だって気が進まないはずだ。
「なあ、お前らも、あの暗闇を潜り抜けて来たんだろう? だったら同じ釜の飯を食った仲間みたいなものじゃないか」
「……」
顔の爛れたゴブリンが、剣を持ちながらも踊り続けている。オレはふと思い付いて、うる覚えのツイストダンスを音楽に合わせて少し踊って見せた。
決して上手くはなかったが、彼らは初めて見たステップに感銘を受けた様だ。
好奇心に目を輝かせ、踊っていたゴブリンに野次を飛ばす。
顔の爛れたゴブリンは挑戦的な目でオレを睨み、激しいステップを踏んだ。ひとしきり踊り終えると勝ち誇った様な顔になり、仲間達もニヤニヤとオレの方を見た。
オレは、アポロに合図をして、一緒に踊り始めた。
腕を振りつつその場で足踏みをして、ジャンプでアポロと場所を入れ替える。
ゴブリン達の顔に薄ら笑いが浮かんだ。そんなのは子供のお遊戯じゃないかと言いたいのだろう。
しかし、それはオレの計算の内だ。
音楽のテンポが速くなった瞬間にアポロに合図を送り、マッチョなロシア人も顔負けの、高速コサックダンスを踊った。身体能力のすべてを余す事無く使い、両足を交互に前に伸ばす。両腕を組み、アフロヘアーを揺らす。
ゴブリン士官候補兵達は衝撃のあまり口をポカンと開け、踊りの上手いゴブリンは悔しそうに顔を俯けている。オレは膝がフニャフニャになるまで踊り続けた。はあはあと荒い息を付く。
ゴブリン達が片手を上げたので、ぱちりぱちりと手の平を叩き合わせた。
彼らは、オレの息が収まるの待ってから再び武器を構えた。
「どうしてもやらなきゃダメか?」
そう訊ねると、1匹のゴブリンが服を捲り上げて体をオレに見せた。心臓の辺りに真っ赤な魔法陣が刻みつけられている。門番の近衛兵が言っていた王族との血の契約というやつだろう。知性を持ったゴブリン達も縛り付けられているのだ。
彼ら5人は、1人ずつ順番にオレと戦った。
彼らは勝てぬと分かっている相手に勇敢に剣を振るい、そして順番に死んでいった。
酸で顔の焼けたゴブリンは瀕死の傷を負うと、笑いながらステップを踏み、最後の一撃を華々しく繰り出して死んでいった。
ドライフォレストの狂った王を殺してやる。オレは、初めてはっきりとそう思った。
通路の先に石碑があった。次の訓練施設を少し確認した後で、アポロを抱き上げて丘に帰った。
次をクリア出来れば、1つ目の87番フォレス麦に辿り付けるはずだ。




