過疎
オレは携帯電話を使っていた。
「あ、もしもし。ゴホッゴホッ、あの体調の方がまだ……え? 診断書ですか。……もちろんです。熱が三十九度近くあって立つのもしんどいですが、這ってでも病院にいってきます。おそらく風邪と診断されるはずです。すいません……では」
ゲームがしたいが為に、割と平気で嘘が付ける様になってしまったら、すぐに預金通帳の残高を確認する事をおすすめする。
オレは棺桶に片足を突っ込みながら、ポイント・オブ・ノーリターンを躊躇いなく通り過ぎた。
――――――――――――――――――――
さて、ゲームの続きだ。
昨日は作物を育てることで時間を費やした。
バトルフィールドを条件開放するために色々やってみたがなかなか開放されない。
まあ今は種を埋めて収穫するという作業だけでも十分楽しいので、まだまだ慌てる様な時間じゃない。
トムの道具屋に行き来していると、嬉しい事に商品のラインナップが増えた。
気になる物をいくつかあげると。
まず『投げ縄』というのが出てきた。
うまく投げるとモンスターを拘束できるらしい。オレが拘束してアポロが止めを刺すという連携ができそうだな。
次に『鉄条網』。
こんなものを設置すると風景が殺伐としてしまいそうだが、小動物系のモンスターの侵入を抑える効果があると書いてある。いまだ鼠ゲーを続けているオレにとっては垂涎ものの商品だ。
この二つはもう何時間か金策すればどちらかは買えそうである。
縄一本と鉄条網が同じぐらいの値段というのは少し気になるがゲームだから許そう。
最後に非常に気になるのが『女弓兵・監視塔付』というやつだ。
課金してでも買いたいが課金はもちろん出来ないので、とても手が出るような値段ではない。
新アイテムの購入を目指して畑仕事に精を出す。
パイメロンは高値で売れるのだが強いモンスターを呼んでしまう。
おちゃめなカエル君ならまだいいのだが『狂い蜂』というやっかいな敵を呼び寄せる。
この蜂は他のモンスターを見境なく攻撃する。
最初は、蜂に刺されて死んでいく鼠をゲラゲラ笑って見ていたのだが、鼠を何匹か倒すと蜂のレベルが上がり、色も黄色から赤に変わった。
アポロと連携してなんとか倒したが、かなり苦戦したし、蜂に刺される猫の絵というのはきついものがある。
そんな理由もあり、今のところ一番効率のいいガロモロコシ一択で栽培していく。
調子にのって埋めすぎなければほぼノーダメージでいけた。
そんな風にして何時間か畑仕事をしていると突然メッセージが出た。
「東より強い風が吹いてきたようです。あなたの領土を覆っていた濃い霧は、この風によりすべて消えてなくなるでしょう。霧が無くなったことにより、人間の形をしたモンスターが侵入して来るかもしれません。ただし、栽培中の種が何もない場合には侵入される事はありません。弱き者は今すぐ草を抜き、種を掘り返すことをおすすめします」
メッセージを読み終えた瞬間、吹き飛ばされそうなほどに強い風が吹き、思わず目を細めてしまう。
再び目を見開いた時には、すでに霧は無く、見渡す限りの圧倒的な世界が広がっていた。
最初のデモムービーで見た光景だった。
小高い丘の上に小屋があり畑がある。
そしてレオンが立っている。
霧の晴れた丘からは景色が遠くまで見渡せた。
果てしなく草原が続き、西には森、東には海が見えた。
そしてオレの丘と同じような丘が二つほど見える。
一つは比較的近くにあり、目を凝らせば人の姿がかろうじて見える。大きな屋敷が見えるが、まだまだ始めたばかりのプレイヤーのようだ。
もう一つはかなり遠くにあり、ぼんやりとしか見えないが砦の様なものが見える。先行プレイヤーのようだな。
いずれはあの砦の持ち主と、しのぎを削ることになるのだろうか。
さてどうするか。
こういったゲームのお約束として、オンライン開放直後には桁違いに強いプレイヤーに侵入されてしまうものだ。蹂躙、ナメプのあげく殺されたり、逆に序盤のバランスを崩してしまうような、強い装備品を悪意で捨てていったりする。だがそれも良かろう。
この、まるで話題にならなかった百円のゲーム、大勢がやっているとは思えない。ほかのプレイヤーに会わずして、親近感が湧いてきていた。
今までどうり、ガロモロコシの種を金策のため埋めていく。
赤いビックリマークが出る度に、プレイヤーに侵入されたかもと思いワクワクしたが、全部鼠だった。
さすがにガロモロコシだけでは魅力なさすぎかと思い、パイメロンも埋めてみたが来るのは蜂ばかり。
小屋にある水晶玉を覗いてみるが、やはり侵入や召喚の機能はすでに開放されている。侵入する時は、収穫物の価値や特定のアイテムを指定すると自動的に選ばれたプレイヤーの世界に侵入するようだ。いずれはオレも侵入をしてみるだろうが、今は気が進まない。
マナが貯まったので一度トムの道具屋にいき、迷った末『投げ縄』を購入。
それと『鉄鉱石の種』というのも購入。一粒でもなかなか値が張る。
畑に戻り鉄鉱石の種を埋めてみる。
時間がかかりそうなのでガロモロコシも一緒に回していくことにして、購入した投げ縄を、左手に装備してみた。
縄の先が輪っかになっていて、カウボーイのように頭上でクルクル回して鼠に投げ付ける。うまく輪っかが当たると鼠を拘束することが出来る。さらにそのまま縄をグイっと引っ張ると、無防備な鼠が拘束されたままこっちに飛んでくる。
狙いを定めて右手の鋼の剣で撫で斬りに。
これは気持ちいいな。
夢中になって鼠を狩っていると、メッセージがでた。
――――食いしん坊ゴーレムに侵入されました。
新モンスターか。食いしん坊ゴーレムは茶色い土で出来た人形だった。
ボブ・〇ップぐらいの背丈と横幅がある。これはやばいかもしれないな。久しぶりに感じる死の予感。
今まで何種類かのモンスターと闘ってわかったことがある。オレを優先して狙ってくるタイプの敵と、収穫物を優先して狙うタイプの敵に分かれるのだ。さらに言うと、特定の収穫物だけに過剰に反応する奴やただ近い方を狙うだけの奴もいる。
そして食いしん坊ゴーレムは――――鉄鉱石の種を埋めた辺りにまっしぐらに走って行った。剣で斬り付けるが意に介さず鉄に向かって行く。
「させるか」
投げ縄をゴーレムに投げて拘束に成功するが、それでもゴーレムはオレを無視して鉄鉱石に向かっていく。どんだけ食い意地が張ってやがるんだ。
引っ張り合いに負けたオレの体がズルズルと引きずられ始めた。
まずいな。
フレイムキャットのアポロが弾丸のように飛びつき、ゴーレムの鼻に噛り付いた。
さすがに足を止めたゴーレムがアポロを振り払おうとするが、今度はオレが縄を引っ張り妨害する。
しばらく硬直状態が続く。どうしたものかと考えていると、ゴーレムはやおら縄を引っ張るのを止め、不満そうな顔でオレを見た。そしてオレに向かってドスドスと走って来た。
かなりの迫力である。オレは危険を感じて逃げ出した。
ボブ・〇ップに追いかけられている様なものなので迫力は満点だが、幸いな事にゴーレムは足が遅かった。縄で拘束しているはずのオレが逃げ回るという、コントの様な戦いがしばらく続く。
食いしん坊ゴーレムは執拗にオレを追い駆けまわした後、やっとの事であきらめて、また鉄鉱石に矛先を変えた。
それを阻止するオレ、援護するアポロ。
鉄をあきらめてまたオレを追うゴーレム。
そんな不毛な追い駆けっこが三、四回繰り返された。
「アポロ、足だ。足の指を食いちぎってやれ」
そう叫ぶと通じたのか、アポロが足を狙い始めた。
オレは縄を引っ張る力に強弱を付けて、ゴーレムのバランスを崩しにかかる。
こんな遊び、小学生の時にやったなあ。
オレが急に縄を緩くするとゴーレムがバランスを崩し、その隙にアポロが右足の指をすべて噛み千切った。指を失った食いしん坊ゴーレムの動きが目に見えて鈍くなり、オレとアポロは時間をかけて、ゴーレムを文字通り削っていった。
最後にオレが鋼の剣を強振すると、ゴーレムは不満そうな顔で消滅した。
非常に苦しい戦いだったが、なんとか勝ったようだ。
オレは鉄鉱石を収穫する。体力が半分ぐらいまで減っていたし、アポロも疲れているようだ。収穫前のガロモロコシが少し残っているが、まあいいだろう。鼠共にくれてやる。
オレとアポロは小屋に戻って食事休憩を取り、アイテムの整理を始めた。
結構、長時間プレイをしていたが他プレイヤーの侵入はなかったな。
まあ、百円のジャンク品ゲームだし過疎っているということか。
そんなことを考えていると外はすっかり暗くなってしまった。
と、その時。
――――石版との契約者『バーンバラン』に侵入されました。
つ、ついに来たか!
石版との契約者というのは人間プレイヤーのことで、ちなみにオレもそうだ。
ガロモロコシに釣られて人間の形をしたモンスターがついにきやがったか。
オレは小屋にアポロを残して、暗い外に出た。
ずっと侵入者を待っていたわけなのだが、実際に侵入されてみるとやはり緊張する。現実の生活で初対面の人と会う時と、同程度の緊張感だ。
補充しておいたタイマツを出した方がいいか……いや、目立ちすぎる。
相手はどう出て来るのだろうか?
いきなり襲って来るのか、それとも余裕しゃくしゃくでゆっくりと歩いて来るのか。
後ろで物音がしたのでビクッと体を捻るが、何も無い。
くっ、さあ、早く来い! オレの丘に侵入した時点で、お前はポイント・オブ・ノーリターンを通過しているんだよ!
・・・・・・・・
・・・・・・・・
・・・・・・??
しばらく待っていたが誰も来ない。
まさか、いきなりかくれんぼ的なことなのか?
侵入しておいて、なにもせず隠れてしまう、例のあれなのか?
だが隠れる場所などないぞ、施設などまだ何もないからな。
オレは警戒を解かずに畑の中ほどまで進んだ。すると落とし穴の辺りの様子がおかしい。警戒しつつ、落とし穴に駆け寄る。
そしてソッと穴のなかを覗き込んだ。
そこには人間の形をしたモンスターが居た。
ただし竹槍に串刺しにされた姿で……
その人間にロックすると『バーンバラン』と名前が出た。バーンバランは鉄の装備で身を固めており、全身が赤黒いオーラに覆われている。竹が数本、刺さってはいるが。
オレはチャット機能を開き、話しかける。
「こんばんわ、大丈夫ですか?」
バーンバランは声に反応して、助けを求めるように手を伸ばす。
オレは慌てて助けの手を伸ばした。この人と話しがしたい。情報を交換したい。助けねば。
その時オレの体が白く光りレベルアップした。
そしてバーンバランは消滅し、落とし穴は元の地面に戻った。
――――侵入者『バーンバラン』を撃退しました。
まあ……思っていたのとは違うがレベルも上がったし良しとするか。
そういえば、この落とし穴でレベルアップしたのは二回目だったな。
使える娘だ。
オレは落とし穴に『あげ〇ん・竹美』という名前を授けた。