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ファーマーズ・ソウル

 ☆☆☆


 夕暮れ時に髭を剃って、駅前の広場に出かけた。

 この間と同じ場所で、シルバーアクセサリーを売っている若い男女を見つけたオレは、おずおずと彼らに近づいて行った。


「あっ、また来てくれたんですか?」


 女の方が嬉しそうに声を掛けてきた。

 オレはしゃがみ込んでアクセサリーを見るふりをしながら、青年と女性をチラチラと観察する。


「ねえ、もしかしてさ、二人って兄弟じゃないよね?」

「え? 違いますけど、似てますか?」

「いや。そ、そうだよね」


 やっぱりただの偶然だろう。

 そもそも長剣なんて、どれもよく似ている物ばかりじゃないか。

 考えすぎると、またドツボに嵌るだけだ。


 気を取り直したオレは、指輪を一つ手に取った。その指輪には細かい絵が、丁重に削り込まれている。冷たい目をした美しい少女が、レイピアの上に頬を乗せている絵だった。

 その指輪を手の平で転がしているうちに、なぜだかどうしても欲しくなってきた。

 頭の中でしばらく金の計算をしていたが、いくら計算をしても手持ちの金が増える事はない。


 オレはスーパーマーケットでお米を買うつもりだったはずの金を使い、指輪を購入した。


「ありがとうございます。……あの、こっちも見てもらえますか」


 青年の方が、遠慮がちにダンボールの箱を前に押し出した。

 ダンボールの蓋を開けると、中に沢山の銀製品がゴチャゴチャと入っている。

 大人しそうな青年が、目をキラキラと輝かせて話し始めた。


「これ、昔の失敗作とか練習で作ったりした、とても売り物にはならない奴ばかりなんです。彼女と会う前は、ちょっと残酷な作品ばかり作っていたので売り物とは雰囲気が違うのですが」


 青年の言葉通り、箱に入っている作品は血生臭い物が多かった。

 例えば少女の足首が罠に咬まれている物や、顔に無数の矢が刺さっている削り絵等があった。

 未完成の物や壊れている物も混じっていたが、一つ一つにちゃんと魂が込められている。


「凄いな、凄いよほんとに。もしオレが金持ちだったら、全部持って帰りたいぐらいだ」

「そんな風に言ってもらえると嬉しいです! えーと、それタダのつもりだったんですよね。箱の奴はシルバーっていっても、屑鉄に近いような物ばかりなので。良かったらどうぞ」

「同じ人にまた買って貰ったの初めてだもんね」


 女性の方が早口にそう言い、青年の方を愛おしそうに見た。青年は自分の作品が認められたのが嬉しかったのか、頬を赤く染めている。


「じゃあ、何個か貰って行こうかな」

「はい。僕が選んでもいいですか?」


 オレが頷くと、青年は紙袋の中に銀製品をどんどん入れていき、最後に袋の口をしっかりとテープで閉めてから、オレに渡した。


 オレは二人に礼を言い、足取り軽くアパートに帰った。アパートに帰った頃には、何か心配事があった事などすっかりと忘れていた。



 ――――――――――――――――――――






「うーん、もう少し間隔を置いた方がいいんじゃないか?」

「いえ、十分ですわ。あっ、レオン、少し肥料を混ぜすぎですよ」

「ほっほっ、水を汲んで来ますじゃ」


 エリンばあさんが、バケツを持ち上げて水を汲みに行った。揺れるバケツの中には、アポロが得意げに乗り込んでいる。オレとフラニーはおでこを突き合わせて、中庭に掘った小さな穴に種を慎重に埋めていく。

 すると後ろから忍び寄って来た黒い影が、オレに声を掛けた。


「お……お客様、いったい何をなさっているのです?」

「おお、これはこれは支配人、見ての通り種を埋めている」

「はあ……それは分かっておりますが」

「いやあ、すまん。毎日農作業をしていたもんだから、どうも土をいじらない日が長くなると落ち着かなくてな。一応、従業員に許可を貰ったのだが」


 オレは金を握らせて道具を借りた従業員の名前を、あっさりと支配人にばらした。もし首になったらベンにでも紹介してやろう。支配人は、ビートルピーマン畑と化した中庭を、呆れた顔で眺めてから小さく苦笑いをした。


「仕方ありませんね。ところでレオン様、先程大きなキャラバン隊が到着したようですよ。今日はバザーにでも行かれては?」

「ほう。ではそうしようかな。昨日はカジノで酷い目に会ったからな」


 オレはそう言って、意地悪な笑みをフラニーに向けた。

 カジノでの惨敗を思い出したフラニーが「あんなのインチキですわ、納得できませんわ」と口の中でぶつぶつと言っている。

 最初はカジノに入る事を嫌がったフラニーであったが、いつもやっている得意のカードゲームがある事を知ると、俄然乗り気になった。賭けテーブルに巣食っている奴らは、筋金入りのプロ連中だからやめて置けと注意したのだが「あら、今日の夕ご飯は私がご馳走しますわ」などと自信満々に言っていたのだ。


 丘でカードをやっている時は、エリンばあさんよりもフラニーの方が勝ち越す事が多かったが、カジノでは逆の結果になった。

 フラニーは惨敗。エリンばあさんは大勝利だった。

 たぶんフラニーはイカサマをされたのであろう。一方、戦歴が軽く半世紀を越えるエリンばあさんを相手に、イカサマ出来る博徒などそうはいない。


「ずるしたに決まっていますわ。あんな奇跡的なドローが何度も続くなど、レオンの頭に雷が3回落ちるよりもありえない事ですわ」

「まあ、いいじゃないか。チームとしては負けていないのだからさ」


 オレのアフロに雷が落ちたら、確実にフラニーのせいである。

 ビートルピーマンにたっぷりと水をあげてから、オレ達はぞろぞろとホテルから外出をした。

 思えばオレのパーティーも、ずいぶんと人数が増えた。

 もっとも半分は動物っぽいが。




 オレとエリンばあさんが並んで歩き、少し前を進むカインの背中には、フラニーとアポロが腰を掛けている。そして後ろには皆を守る壁の様なハービーが、のそのそと歩いている。多種多様な種族と商品に溢れ返っている市場であるが、オレ達一行は並んで歩くとかなり目立った。

 暇な子供たちが後について来たり、オレの顔と言うよりは髪型を覚えた屋台のおっさんが、陽気に声を掛けてくる。

 お調子者のオレもついつい屋台の串肉を、子供たちに奢ってあげたりするせいで、運動会の行進のような風景がすぐに出来上がってしまう。


 市場ではカラフルなマントが流行らしく、若い男女は皆、色鮮やかなマントを翻している。

 ナッツかたびらをジャラジャラと鳴らすフラニーに、緑色のマントを買ってやった。

 オレ達は無駄話をしながら、町をプラプラと歩いた。

 パリのシャンゼリゼ通りの様な目抜き通りや、東南アジアの屋台村の様な道を、気持ちの良い風に吹かれながらゆっくりと散策する。


 実に平和である。

 市場と言えば何かイベントが起こりそうなものであるが、何も起こらない。

 少年が財布を盗んで行ったり、迫害された獣人の喧嘩に巻き込まれたり、お忍びのお姫様に偶然出くわしたり、そういう事は何も起こらない。

 何か起こっちゃえばいいと思い、強面の男の顔をじっと見たりもしてみたが、何も起こらない。


 フラニーは時々メモを取り出して、熱心にペンを走らせている。

 旅日記でも書いているのであろうか。

 エリンばあさんがとても楽しそうにしている姿を見ると、胸にじんわりと幸福感が湧き上がってくる。


「レオン、何所を見ても、活き活きと働いている人ばかりですわね」

「ああ、この町は真面目に頑張りさえすれば、才能や運に関わりなく、誰もが報われる場所だからな。しばらく頑張れば無一文からでも、自分で自分の雇い主に成れるんだ」


 物心が付いた頃から、ほとんどずっと不景気の世の中を生きて来たオレには上手く想像出来ないが、日本にもこんな希望に満ちた時代があったのだろう。

 そこでは、遠い外国の証券会社が破綻したからといって仲間の首が切られたりはしないし、胸に名札を3つ付けさせられる事もなかったのだろう。

 大丈夫だ。もうオレとあの世界とは関係がない。



 バザーではいつもに増した活気と怒鳴り声が、寒くなり始めた大気を温め直している。

 オレ達は一旦解散して、それぞれがバザーで買い物をする事にした。

 アポロとカインを連れて敷物を見て回っていると、グラックスの弟、グリィフィスタフェスにばったりと会った。


「レオン様、お買いものですか」

「ああ、そうだよグリィフィスもそうかい?」


 グリィフィスはハンマーや砥石等の鍛冶屋が使いそうな道具を、いくつか手に持っていた。


「鍛冶道具を買ったの?」

「はい。私はベン様の丘で武器の製造や修理を学んでいます。私は姉の様に剣が上手くないので、レオン様の旅でお役に立てればいいのですが」

「あー、大丈夫、大丈夫。あと別に様付けで呼ばなくていいからな」

「いえ、そういう訳には……」

「その代わりに少し名前を短縮して、呼ばせてもらおう」


 真面目そうなグリィフィスはオレよりも頭一つ分背が低く、黒に近い髪の毛をしていた。

 グリィフィスと旅の事を話しながら、バザーを見て回っていると、赤い髪の女が武器商人の敷物の前で騒いでいた。

 姉のグランデュエリルである。


「この長剣を代わりに差し出すから、頼む」

「いやー、さすがにそこまでボロボロの剣だと……」

「ボロボロではないぞ! 毎日、弟に手入れをさせているからな。切れ味抜群だ、頼む」


 グランデュエリルは、緩いパーマのかかった赤い髪の毛を肩まで伸ばしており、低いドスの利いた声で商人と交渉をしていた。

 弟の姿を見つけたグランデュエリルは悪い笑顔を浮かべ、こちらに近づいて来た。


「丁度良かった。いい武器を見つけたのだが金が少し足りなくてな。貸してくれ、弟よ」

「貸してくれって姉さん、ベン様から旅の支度金をかなり貰ったでしょう」

「こんなに美味い食べ物ばかりあったら、金も減るに決まっている、さあ早く出せ」


 弟よりも背の高いグランデュエリルが、弟に詰め寄っていく。


「あー、良かったらオレが出そうか。これから世話になる訳だしさ」

「…………フン」


 グランデュエリルはボロ雑巾を見る様な目でオレの事を見てから、鼻を鳴らした。

 そして弟のポケットから財布を奪い、武器商人の所に戻って行った。


「レオン様、申し訳ありません」

「……いや、ちょっとびっくりしたが、大丈夫だよ」


 遠巻きに見ているとグランデュエリルは武器商人に金を渡し、柄に魔石が埋め込んであるレイピアを受け取っていた。グランデュエリルは、さっきの悪態は何だったのかという可愛らしい顔で笑い、嬉しそうに新品のレイピアに頬擦りをしていた。


 オレはがっくりと頭を落とし、右手で眉根を強く擦った。

 弟のグリィフィスが、心配と不安の入り混じった顔でオレを見つめていた。







 大衆酒場『ファーマーズ・ソウル』は今夜のオープンを控えて、料理と接客の最終確認が行われていた。

 と言っても、それをしているのは大勢やって来たベンの住民達で、オレとベンは店の事務室の様な場所でゆったりとしている。

 すでにフラニーとカインを「オレの新しい仲間だ。無口な奴らだけどよろしく」とさらりと紹介済みだった。


 ファーマーズ・ソウルはL字型のカウンター席と、七つのテーブル席がある。

 壁際にはシャベルやつるはし等の農作業用の道具や、ナッツかたびらやガイドフ親方の作った武器などが並んでいる。棚には、種やアイテム等の消耗品も少しだが置いてあった。

 もしも酒に酔った客が喧嘩になったとしたら、大変な事になるかもしれない。


 店は一階建ての平屋ではあるがかなり広くて、テーブルとテーブルの間には贅沢なスペースを取っている。

 またテーブル席のいくつかには大きなロッキングチェアが置いてあり、体の大きなハーフドワーフ達もゆっくりと寛げるであろう。


「はっはっは、いよいよですね、レオン」

「ああ、いよいよだなベン」


 オレとベンは今日何度目かになるそんな言葉を交わし合った。


「ところで今日はレオンの恋人が、店に来るらしいですね」

「まだ恋人と言うほどではないかもしれんが……」


 むっつりと黙り込んだオレの肩を、ベンがバンバンと叩いた。

 エリンばあさんやフラニーに、ユキを引き合わせる事を想像すると何故だかすごく気が重かった。

 初めての彼女を家族に紹介する様な、よく分からない恥ずかしさがあるのだ。


 オレは気を紛らす為に、店の方に顔を出した。

 本当はオレも、ベンの住人達に混じって料理をしたり酒を運んだりしたかったのだが、人には立場というものがあるので、まあ仕方がない。

 フラニーとエリンばあさんは、店員が練習で作った料理を美味しそうに試食していた。

 エリンばあさんと目が合い、ニコリと微笑を交わし合う。


 新しいレイピアを背中に乗せたグランデュエリルが、店の外で暇そうにプラプラとしているのが見える。グランデュエリルは何か見つけた様な顔をして、そちらの方に近づいていった。

 姉の姿が窓から見切れてしまったので、何となく気になったオレは店の外に出た。


「どうしたんだ?」


 道の隅にしゃがみ込んでいたグランデュエリルは、オレの姿に気が付くとあからさまに不快な顔をした。どうやらすっかり嫌われてしまったようだ。

 そんな気はなかったが、どこかで偉そうな態度を取ってしまったのかも知れない。

 グランデュエリルは表情を変えないまま、足元を指差した。


 石畳の上に、豪華なリボンの巻かれた箱が置かれていた。丁度ケーキが入るぐらいの大きさである。


「何だろうこれ、ベン様の店の開店祝いかな?」


 グランデュエリルは独り言のようにそう言ってから、その箱に手を伸ばした。

 オレの頭の中で激しい電気信号が起こった。

 普段はあまり仕事をしないオレの脳味噌であったが、その時は少女の顔に突き刺さった数本の矢の映像が、くっきりと浮かび上がった。


 オレはグランデュエリルに激しくタックルをして、地面に押し倒した。


「き、貴様、何をするか……何?」


 グランデュエリルはオレの背中に刺さった矢に気付き、言葉を失った。

 地面に置かれていた箱は、爆発したように半分燃えている。


「なんだ!……敵か! おいグリィフィスっ――――」


 オレは騒ごうとするグランデュエリルの口を塞いだ。


「おい、グラ! 騒ぐな」

「し、しかし」

「いいから騒ぐな。あの箱と外れた矢を回収して、オレを物陰に連れて行ってくれ。いいから早くしろ! グラ!」


 グラは少し迷ってから、言われた通り箱と矢を回収して、オレを建物の隙間に引き摺っていった。


「いいか、グラ。今日は大切な日だ。幸い通行人は誰もいなかったはずだ。騒いで大事にする必要はない」

「それはそうだが……」

「大丈夫だ、ベンやグラックスにはオレから話して置くから、お前は何も言うな。…………それより背中の矢を抜いてくれ」


 背中から流れる血を見たグランデュエリルは、逆に冷静さを取り戻し、背中に刺さった3本の矢を抜き始める。


 オレは激痛に喘ぎながら、未だ燻ぶり続けている箱に目をやった。

 こんな事、誰がやったんだ?



 まさかセムルスがやったとは考えづらい。

 他に思い浮かぶのは、モンサン・カンパニーに居た第2秘書プラウドぐらいだが、堂々と宣戦布告をしてきたあの男が、こんな狡い事をするとも思えない。

 もしかしたら標的はオレではなく、ベンの方なのかもしれない。

 順調に栄達の道を歩むベンの足を引っ張ろうとする、帝国貴族が居てもおかしくはない。


 矢を引き抜き終わったグランデュエリルは、次にハードレザーアーマーを脱がしに掛かった。

 グランデュエリルは口をキュッと結び、心配そうな顔でオレの事を見ていた。






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