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スノーサイレンス

 ☆☆☆


 その長髪の男を見つけ、尾行を始めてから5日が経っていた。

 男は高級車に乗って、夜の街をグルグルと当てもなく彷徨い続けている。


 オレはスクーターを使い、気付かれない様に距離を置きながら、男の後を付け回した。

 最初の頃はすぐに車を見失ってしまったが、だんだんと男の行動パターンを掴み、見失う事が減ってきた。


 もう何日もまともに眠っていないせいで、気を抜くと意識を失いそうだった。

 眠ると、またあの夢を見なければならない。


 オレはヘルメットの中でギリギリと歯を食いしばり、その時が来るのを待った。

 あるいは何も起こらないかもしれない。


 ……いや、オレの事を弄んでいる奴がいるのなら、必ずその時はくるだろう。




 ――――――――――――――――



 ドライアドの少女は、アポロを乱暴に抱え上げて塔の中に入った。

 オレも後に続き、薄暗い塔の内部を見回した。


 高さ5メートル、直径15メートルほどの円柱の空間だった。

 牢獄のような冷たく黒い煉瓦が剥き出しになっており、壁際にある螺旋階段が地下と2階に向けて伸びている。


 暗闇に目が慣れてくると、20体ほどの人間の死体の様な物が、乱雑に折り重なっているのが見えてきた。息を飲みながら近づくと、木製のマネキンが置いてあるというだけであった。

 ドライアドの少女が横に並び、オレの服をちょっとだけ掴んだ。


「ねえ、お兄ちゃん、最初に来た時いろんなの見たでしょ? 狼男とかイエティとかさ、わたしも見たかったなー、お兄ちゃんだけズルいなー」

「えーと、フクタチっていうのが名前なんだよね、そう呼んでいいかな?」

「いいよー」

「最初の時はフクタチも畑にいたよね?」

「うん、いたよ。でも面白いのが見えてたのはお兄ちゃんだけで、わたしにはこれが見えてたの。あっ、でもお兄ちゃんの花火は綺麗だったよ、遊園地みたいだったよ」


 ドライアドの少女はマネキンの山を指差した。少女の腕から逃げ出したアポロが、マネキンの山の上をウロチョロしている。


 フクタチという少女は見かけは14歳ぐらいだが、おそらく生まれてから数年しか経っていないのだろう。

 オレは少女に、いくつかの質問をした。

 エリンばあさんがいつもオレにしてくれるように、フクタチの要領を得ない話を辛抱強く聞いていく。


 少女の話から、スノーサイレンスが二つのスキルを持っているという事がわかった。


 一つ目は最初から持っていた『生命付与』という能力である。

 それを使いフクタチを作り、カカシや木の人形を動かしているのだという。


 二つ目は後になって身につけた、相手に幻覚を見せるという能力。

 その能力で、ただの木の人形を狼男やエルフに見せたり、フクタチに遊園地の幻を見せてくれるのだという。


 話を聞いていると、フクタチがスノーサイレンスの事を深く信頼しているという気持ちが、よく伝わってくる。そしてオレは、先ほど激しく拳を交わし合ったドライアドの少女の事を、すでに信頼していた。


 メリーゴーランドに乗った思い出を、うっとりと話していたフクタチがふいに口を閉じて、少し上を見上げた。彼女にだけ、スノーサイレンスの声が聞こえているようであった。

 当然、今のオレとフクタチの話も、向こうに聞こえていたのだろう。


「ちょっと、待っててね」


 フクタチはそう言うと、地下に続く螺旋階段を下りて行った。

 足の甲にアロエを塗りながら待っていると、フクタチが大きな袋と寝袋を持って階段を上がって来た。


「これ、ユキちゃんが渡してって」


 受け取った寝袋を脇に挟み、大きな袋の中を覗いて見ると大量の食料が入っていた。


「これは?」

「んーと、わかんない。あと猫ちゃんは上にはダメだって」


 オレは螺旋階段を見上げた。

 一人で来いという事か。

 首を無限ループで斬り合っていたドワーフの幻の事を思い出すと、胸が締め付けられるような不安を感じた。

 だが、ここまで来たのだから先に進むしかないだろう。


 オレはしばらく考えてから、ランドセルを外しフクタチに渡した。

 念のため回復薬と帰還の塗り絵だけは食料袋に移しておいた。


「アポロは待っていてくれ、フクタチさん、アポロの事を頼めますか?」

「うん、わたしは生き物のお世話は得意だよ、まかせてー」


 少女は薄い胸をドンっと叩いた。

 アポロがほとんど見せた事がない、不安そうな顔をオレに向ける。


「……アポロはランドセルで寝るから、お願いします」

「え! え! 本当!」


 目を輝かせたドライアドの少女が、早速アポロを掴みランドセルに入れようとしていた。

 オレはアポロに軽く頷いてから、荷物を抱えて螺旋階段を上り始めた。




 素足のままなので、石の床の冷気が足の裏を凍り付かせていた。

 ペタペタと音を立てながら、ゆっくりと螺旋階段を上っていく。


 さてどうなるか。

 外から見た塔の高さから推測して、この塔は4階か5階建てと思われる。

 もしこれがゲームならば、それぞれの階に強敵が一人ずついるだろう。

 上るにつれて敵はどんどん強くなっていき、スノーサイレンスの能力から予想すると、最後はオレ自身の幻影と戦わされたりするのだろうな。


 そんな事を考えながら塔の2階に辿り着いた。


 1階と同じ形の部屋があり、同じように薄暗く、家具も装飾品も何もない。

 そして部屋の真ん中の冷たい石の上に、美しい少女が体育座りをしていた。


「こんにちは、私がスノーサイレンスよ」


 彼女は光沢のある真っ白な上下のパジャマを着ており、オレの渡した日本国旗を右手に持っていた。

 長くて真っ直ぐな黒髪を胸の上に垂らしている。

 フクタチに背格好がそっくりだが、彼女の方が少し痩せていて、肌は雪のように真っ白でシミ一つない。

 まるでテレビに出てくる中学生の子役のような、隙のない美しさだった。


 オレは口を開けたまま、しばらく彼女を見つめていた。


 壁際に寝袋と食料をそっと置き、彼女の方に近づいていく。

 心臓がドキドキと高鳴り始めていた。彼女と話をすれば、色んな事がわかるだろう。

 そこには知りたい事だけではなくて、知りたくない事も含まれているはずだ。


「フフフ、まるでお化けにでも会ったみたいな顔をしているわよ」

「あっ、ああ、すまない、てっきりまた戦いがあるもんだと思ってたから、びっくりしてさ」

「フクタチに勝ったあなたにぶつける人形なんて、もう残ってないわよ」


 オレはぎこちなく笑い、ユキの1メートルほど前に胡坐をかいて座った。

 ユキも体育座りから、足を横に崩す。


「そ、それで君は日本人なんだよね、どこに住んでいるの? 出来ればあっちで会えないかな?」

「コラッ、会っていきなり外で会おうなんて、通報するわよ?」


 彼女はそう言ってから、冗談だという風にニコリと笑った。


「ああ、すまない。それにしても君はゲームなんてやるタイプには、とても見えないなあ」

「ねえ、このままの姿が本当の私とは限らないわよ、あなたもそうでしょ?」

「え?」


 オレはあっけにとられ、自分の姿を見回した。

 アフロヘアーを手で触ったオレは、こらえ切れなくなり大きな声で笑った。

 ユキも調子を合わせて一緒に笑ってくれる。


「いや、そうだったな。どうも調子が狂ってしまう」

「フフフ、おもしろい人。時間は永遠の様にあるのだから、少しずつ話しましょうよ。あなたの話から聞きたいわ」


 ユキに促がされるままに、オレはゲームとの出会いの所から話し始めた。

 最初にアポロと偶然出会う事が出来て、ゲームに夢中になってしまった事。エリンばあさんやフラニーの事、オレが鉱石を専門に栽培している事などを話していった。


「アポロちゃん可愛いわよね。私は洋服が大好きで、将来は洋服をデザインしたり作ったりする人に成りたかったの。このゲーム、まるで本物みたいな洋服を作る事ができるでしょう? それで夢中になっちゃたのよね。地下の倉庫に百着ぐらい私が作ったお洋服があるのよ」

「へえー、それはすごいな」

「ねえ、そういえばブラッドデビルモンキーって、あなた知っているかしら?」

「知ってる知ってる、まさか君も……」


 ユキは舌をチョコンと出して、手の平で首を刎ねるマネをした。

 二人で声を揃えて爆笑する。


 ずっと一人きりで夢中でやっていたゲームだった。

 自分の生活の大部分を占めていたこのゲームの事を、いままで誰とも話す事が出来ず、誰とも分かち合う事が不可能だったのだ。

 オレは熱に浮かされたように、ゲームの話しを夢中になって続けた。

 たまにユキの話し方に違和感を覚えたが、気付かないフリをして途切れる事のないおしゃべりを続けた。


 どれぐらい時間が経ったのだろうか。

 塔に響き渡る鐘の音を聞き、オレはふと我に返った。


「すまん。オレばかりベラベラと喋ってしまったな」

「そんな事ないよ、とても楽しい。でも、今日はもう遅いから、一旦休んで続きは明日にしましょうか」

「うん」

「ねえ、こんな場所に泊まるのは嫌かしら。一緒に寝る訳にもいかないし」

「いや、全然大丈夫だよ」

「そう! 良かった」


 ユキはそう言うと立ち上がり、ニッコリ笑ってから階段を上っていった。

 アポロの様子を見に行こうと立ち上がると、螺旋階段が煙のように消滅していた。

 オレは少しだけ食事をしてから鋼の爪を外し、寝袋にくるまって眠りについた。




 目を覚ますと、オレは草原に寝転がっていた。

 険しい顔で立ち上がったオレの表情が、すぐにほっとしたように緩む。

 隣にユキがいたからだ。


「おはよう、レオン」

「おはよう、ユキさん。ここは?」


 ユキは静かに笑い草原に手をかざした。すると空間が揺らぎ、石の床が少しだけ顔を見せた。

 ユキが手を戻すとまた草原に戻る。


「これが君の幻覚を見せると言うスキルか。凄いな」

「モンスター相手だとほとんど役に立たないけどね。さあ、行きましょう」


 ユキがオレと手を繋ぎ草原を歩き始めた。

 しばらく歩くと丘が見えてくる。


「昨日はあなたの話を聞いたから、今日は私の事を話そうかなと思っているのよ。普通に話すよりはこっちの方が面白いでしょ? 一晩かけて台本を練ってきたのよ」

「そうか、ワクワクするなあ」


 丘に辿り着くと、もう一人のユキがいた。

 ユキの幻影は初期装備の皮のベストを着て、鉄の剣を構えている。

 不安そうな顔で周りをキョロキョロと見ていて、やがて鼠との戦闘が始まった。


 鼠の一匹がオレの足をすり抜けて、ユキに突っ込んでいく。

 ユキは5匹の鼠を相手に奮闘していたが、やがて諦めて小屋に避難した。

 オレは手を繋いでいる本物のユキに話しかけた。


「鼠、強かったよね。オレなんて餓死しかけたもん」

「フフフ」


 視界がグラリと揺らぎ、場面が変わった。

 今度のユキはマントを羽織っていて、両手に持ったロッドを振り回している。

 何かを必死で守っているようだった。

 幻影のユキは畑を守りきる事に成功し、血を流しながら収穫を始めた。


 ユキが土から引き抜いたのは、手の平に乗るような小さなフクタチだった。


 レタスで作った人形のようだが、緑色の髪の毛に茶色の瞳は見間違えようがなかった。

 フクタチはゆっくりと目を開き、ユキの幻影と目を合わせていた。

 アポロと出会った時の事を思いだし、胸にこみ上げてくるものがある。


 空間が揺らぎまた場面が変わる。

 フラニーぐらいの背の高さになったフクタチが、ユキにぴったりと寄り添っていた。

 ユキは畑にある墓穴の様な穴に、いろいろな液体やアイテムを入れて混ぜている。

 準備が整ったのかフクタチが穴に入ろうとする。

 しかしユキは、フクタチを引き止めて穴を土で埋め始めた。

 髪を振り乱しながら穴を埋めるユキを、今度はフクタチが羽交い絞めにする。

 声は聞こえないが二人はしばらく真剣に話し合い、やがてフクタチが穴の中に入り、ユキが土を被せていく。


「ちゃんと成功したのよ、これ」

「うん」


 次の場面に変わると、丘の様子が一変していた。

 小屋が立派な屋敷になっており、たくさんの施設がたっている。

 しかし施設のほとんどが燃えていた。


 ツタの鎧を着たフクタチが、巨大なトロールと死闘を繰り広げている。

 ユキの幻影は次々と木の人形を作りだし、雑魚モンスターを駆逐していた。

 戦いは拮抗していたが、そこに略奪者が侵入してきた。装備を見るに、かなりの強敵である。


 人形部隊が崩れだし、ユキが徐々に追い込まれていく。

 オレの手を握っている本物のユキが、ぎゅっと手に力を込めた。


 侵入者の剣がユキに迫ったその時、トロールを倒したフクタチが駆け付けて、ユキを突き飛ばした。

 フクタチの右腕がバッサリと切断された。


「あの略奪者、あとで探し出して丘ごと灰にしてやったのよ」


 左腕一本で略奪者と戦うフクタチを、愛おしそうに見ながらユキが言う。

 また場面が変わり、ユキとドライアドの少女が楽しそうに笑っていた。


 キッチンに居る二人は、何かを作っているようだった。

 太い棒にクリームのような物を塗りつけて、棒をグルグル回しながら火で焼いている。

 二人とも顔を粉やクリームで汚し、ケラケラと笑っている。


 その幸せそうな光景につられて、オレはフラフラと前進した。

 おでこが硬い物にぶつかり、ユキの作り出した幻が一瞬にしてすべて消え去った。

 オレとユキは手を握りあったまま、薄暗い塔の部屋に戻っていた。


 壁にぶつけたオレのおでこを、ユキが優しく擦ってくれる。

 美しいユキがとろけるような笑顔を見せて、オレの手を引っ張った。

 オレは荷物を拾い、階段を上るユキについていった。


 3階に上ったユキは、手を握ったままオレの背中を部屋の中に押し出した。

 ガシャンという機械音が鳴り、壁の一部をスポットライトが照らした。


「サプラーーイズ!」


 スポットライトに照らされた壁の前に男が立っていた。

 一つに纏めた長い髪に民族衣装、やさしそうな笑顔。

 セムルスだった。


「セムルス、なぜ?」


 ガシャンという音と共にライトが消され、もう一度同じ音が響き、今度は5つのスポットライトが壁を照らし出した。

 5つのスポットライトの先には、それぞれユキがいた。

 5人のユキがオレの事を見て、可笑しそうに笑っている。


 オレの右手には、ずっと一緒にいたユキの手がまだ握られている。


 恐る恐る振り返ると、ユキの姿はすでになく、肘の所で切断された腕だけがボトボトと赤い血を流していた。オレはユキの左腕をそっと地面に置く。

 ドワーフの殺し合いを見た時からある程度の覚悟はしていたはずだが、心臓をハンマーで叩かれたような衝撃を感じていた。5人のユキは同じ白いパジャマを着ていたが、少しずつ違いがある。

 胸に血が染み込んでいたり、頭に包帯を巻いていたり、目が片方飛び出しているユキもいた。


「ねえ、みんな今の聞いた?」

「聞いたわ、セムルスって言っていたわよ」

「キャハハハハハ」


 5人のユキはペチャクチャと喋り出した。


「がっかりよね?」

「ほんとほんと、あの人いい人だと思っていたのに」

「ギャハハハハハハハ」

「偽善者よ偽善者、ゴミよゴミ」

「セムルスを知っているという事は?」

「ことは?」


 包帯を巻いたユキと爪を齧り続けているユキが声を揃えて言った。


「「あなたは誰を殺したの?」」


 オレは目をつぶり、顔に手の平を擦り付けた。


「あら、目を閉じちゃったのね?」

「ネーンネーンコロリーヨー」

「気にする事ないのよ、みんな誰かを踏みつけにして生きているんだから」


 誰かがオレの手を握った。

 うんざりして目を開けると、フクタチが心配そうな目でオレを見ていた。


「こっち」


 手を引かれるままにオレは4階に上がった。

 5人のユキ達がオレの背中に罵詈雑言を浴びせかけている。


 4階に着くとフクタチが熱線を浴びた様にドロドロと消えてなくなり、同時に螺旋階段も消滅した。

 消えていく偽物のフクタチが最後に口を開いた。


「さようなら、妄想さん。もうあなたと会う事は二度とないと思うわ」


 オレは薄暗い密室に完全に閉じ込められた。






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