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恐るべき子供たち

オレンジ色の夕日が丘を染め上げていた。

毎日見ているせいで忘れがちなのだが、丘からの眺めは観光客を呼べるほどの絶景である。


丘からこぼれ落ちたオレンジ色の光と風が、柴犬の背中のように草原を躍動させている。


「ふー、熱いな。今日の晩飯は鍋にでもしようか、どうせ汗だくだしスタミナをつけないとな」

「鍋ですか、あまり気が進みませんが」


 カゴの中のフラニーがかすれた声を出した。

 風魔法で涼を取れるとはいえ、フラニー自体が鉄鍋で煮こまれている様な状態である。暑さがピークになる前に何か対策を考えなければならだろう。


「冷たいデザートも付けるから、たまにはいいだろ?」


 オレは戦場手話を使い、監視塔のエリンばあさんに晩飯のメニューを伝達した。

 ばあさんは手の平でお腹をサスサスしてから、弓を空撃ちして見せた。


 すでに埋めてある3番フォレス麦が、芽を出し始める。

 さっさと済ませて飯にするか。


 ――――子連れイノシシに侵入されました。


 メッセージと共に1匹の親イノシシと、8匹のウリ坊が出現した。

 オレが親イノシシを引きつけている間に、ハービーがウリ坊達を拾い上げて皮の袋にポイポイと入れていく。

 湧き始めた他のモンスターはアポロとばあさんに任せて、オレは子連れイノシシに意識を集中した。


 まだ普通の動物と変わらない大きさの親イノシシが、突撃攻撃を仕掛けくる。

 その攻撃を片手で簡単に弾き飛ばした。発動中の豚殺しが垂れ流す、ドス黒いマグマが体を火照らせ、親イノシシを殺せ殺せとせっついてくる。


 ……前に戦った時は、確か3匹だったよな。


 オレは、ハービーに向けて指を4本立てて見せた。

 ハービーが皮の袋からウリ坊を取り出して、順番にウリ坊の首を捻っていく。

 これでは完全にオレの方が悪者であるが、すでにそんな事は気にもならずただただ豚を殺したい気持ちでいっぱいだった。

 この『豚殺し』というスキルは、どうやら相手が豚に近ければ近いほど効果が大きいようだった。

 オレの冷静さを保っている心の一部が、このスキルの危険性を激しく指摘していた。


 ウリ坊が絶命するたびに段階的に大きくなり、あっという間に象の大きさになった親イノシシが、地面をかき鳴らしている。

 目は怒りで充血し、垂れ流された涎が水溜りを作っていた。


 子供を殺された親イノシシは咆哮をあげ、全速力で突進してきた。

 相撲のぶつかり稽古の時のような、パシャンという破裂音が響く。


 オレは牙を掻い潜り、産毛の生えた巨大なイノシシの鼻を胸で受け止めていた。

 象に負けない体格を持っているイノシシが――――じりじりと押し返されている。


 オレは両腕をイノシシの鼻の穴に深く挿入し、そのまま持ち上げ、バックドロップをかました。

 驚愕に赤い目を見開き、バタバタと暴れる親イノシシの左牙を片手で掴んだ。

 腕一本でイノシシの動きを制し、もう片方の腕でゆっくりと嬲り殺しにしていく。


 左牙が折れたので右牙を掴み直し、アポロもひく様な残酷さでイノシシの肉を削って行く。

 当初は異次元パリィの性能を試すつもりであったが、返り血を浴びるオレはそんなことは忘れていた。

 右牙を掴んでいる腕の肩が、ミシミシと悲鳴を上げている事にすら気が付かない。


「レオン! ウリ坊達の様子が変です、急いで!」


 ハービーの背中からフラニーが絶叫するが、オレは無視して拷問を楽しみ続ける。


「レオン! 早く止めを……子供たちが殺し合っています」


 止めを刺そうと右腕振り上げた瞬間に軽い爆発が起こり、オレは10メートルほど吹き飛ばされた。

 すぐに立ち上がり砂埃に包まれている親イノシシに目を凝らした。


 ――――子連れイノシシはプラチナプレート・ボアーに変化しました。


 親イノシシは雄牛ぐらいの大きさまで、縮んでいた。

 しかし全身に生えていた硬そうな毛の変わりに、プラチナの板が隙間なく体を覆っている。

 プラチナは銀と似ているが、その輝きは明らかに別の物であった。プラチナは銀の様に光りを分散せずに、まるで鏡の様にキラキラと夕日を跳ね返している。


 オレが何も言わずとも、すでに仲間が動き出していた。

 プラチナプレートボアーに向けてエリンばあさんが弓矢を速射し、ハービーが投弾帯で鉄球を撃ち出した。

 しかしプラチナプレートボアーは遠距離攻撃を軽々と弾き飛ばした。


 夕日の真ん中でオレと親イノシシがガチャンとぶつかり合う。

 今度はオレの方がジリジリと後退していく。

 オレは横に回り込み、親イノシシの脇腹に鋼の爪を叩き込んだ。

 バキンと爪の一本が折れて、オレの頬をかすめて飛んで行く。


「クソが!」


 オレは子供のケンカのように滅茶苦茶に拳を振るったが、親イノシシにはダメージが通らなかった。

 逆に、新しいプラチナ製の牙に防具をズタズタにされていく。

 弓矢と鉄球が上手くフォローしてくれている為に、致命傷は免れていたが足元には血溜まりが出来ていた。自分の大量の血を見たオレは怒り狂い、さらに無駄な攻撃を繰り返す。


「パーセーリ!」


 ハービーの撃ち出した鉄球が親イノシシではなくて、オレの頭に直撃した。

 びっくりしたオレは大きく飛び退る。


 地面には、最近はポケットに仕舞われている事の多い、フラニーの赤い頭巾が転がっていた。

 後ろを見渡すと、他のモンスターの相手を一人でしているアポロが、血を流していた。

 オレは大きく深呼吸をしてから、ファウルを犯したバスケット選手の様に右手を挙げた。

 そして雑魚モンスターを先に倒すように、ばあさんとハービーに指示を出す。


 プラチナプレートボアーの攻撃を、得意の回避術でいなし始めた。

 スキル効果で能力の上がっている今の状態であれば、攻撃を避ける事はたやすかった。

 親イノシシの攻撃を躱しながら、少しづつタイミングを掴んでいく。

 十回、二十回と攻撃を躱しているうちに、イノシシの方が徐々に焦れてくるのを感じた。


 イノシシが左から右に、体ごと牙を薙ぎ払った。

 一本爪の欠けた左手で牙を弾き、爪の先端に魔力を込めた。

 もんどり打って横に倒れたプラチナプレートボアーの急所に素早く追撃をしたが、それでもダメージが通らない。しかしカーテンではなくてハンカチほどの大きさの闇のオーロラが、イノシシの体の中に入っていくのが見えた。


 立ち上がったイノシシがビクリと体を震わせた。

 うまく説明できないが妙な感覚があった。

 例えるなら、見えない三本目の長い腕を動かしているような感覚である。

 空から水風船のような血の塊が落下して、地面をバシャリと濡らした。


 異次元パリィが、イノシシの体の一部を空に飛ばしたという事だろう。

 やはりこの技の効果は、敵の強さに関わっているようだった。

 ゴブリンならば体を丸ごと空に飛ばせたが、プラチナプレートボアーが相手だと握り拳程度しか飛ばせなかった。


「いや、それだけ異次元に送れるなら、十分じゃないか」


 冷静になってみれば、プラチナプレートボアーはただ硬いだけのおいしい獲物でしかなかった。

 ワンパターンの突進攻撃を躱し、再び異次元パリィを決める。

 追加で魔力を投入すると、イノシシの体の中に入った闇のハンカチを、操作する事が出来た。

 ごっそりと魔力を持って行かれた為に吐き気を感じたが、内臓らしき物をハンカチに包ませた。


 大腸らしき血まみれの臓物が、空からバラバラと振ってくる。

 しかしイノシシは堪えた様子がまるでない。一方オレは、思わぬ魔力の消費量に目眩を感じていた。異次元パリィは発動よりも、操作の方により魔力を使うようだった。

 ふらつくオレにイノシシのプラチナ製の牙が迫る。


 ハービーが体当たりを決めて、イノシシの突撃進路をオレから逸らした。

 アポロが弾丸のように飛び出し、イノシシの首に噛り付く。アポロの小さな牙ががっつりとプラチナに突き刺さっている。


 オレは戦いの場から少しだけ後退して、避難豪である竹美の中に滑り込んだ。

 落下したオレを柔らかいクッションがフワリと受け止めて、壁の純白の魔石が体の傷を早速癒し始める。避難豪の隅に置いてある箱を開け、小さな瓶を取り出した。

 瓶の中には、マジックパセリを煮詰める事で作れる魔力回復液が入っている。

 そのあまりに貴重な液体を一滴も残さず咽喉に流し込み、梯子を上った。


「サンキュ、竹美」


 戦場に戻るとハービーが城壁の上に退避しており、アポロが一対一でイノシシと戦っていた。

 オレが頷くと、ハービーの背中のカゴがパカリと開き、フラニーが顔を見せた。

 そして両手を胸の前に組み、呪文の詠唱を始める。


「おい! イノシシ、お前の子供を殺し、さらに殺し合いまでさせたのはオレだ、こっちに来い」


 親イノシシがアポロを振り飛ばし、オレに向って急加速してくる。

 毎日ワックス掛けをされている高級車のように、ピカピカとオレンジの光を反射させながら、仇を轢き殺す為に何トンもの力を牙に集約している。


 しかし、その攻撃パターンをオレは知っていた。

 やはり猪突猛進だけでは戦いには勝てないのだ……さっきのオレと同じように。


 オレは右に少しフェイントをかけてから、闘牛士のように左側に体をずらした。

 そしてプラチナプレートボアーの牙に巻き込むように左の爪を絡め、しっかりと魔力を込めた。

 親イノシシがクルリと一回転して、お腹から地面にドスンと落ちた。


 フラニーが発生させたぶ厚い雨雲が、光り輝いていたイノシシの体に影を落とす。


 異次元パリィの成功により出現した闇のハンカチが、イノシシの体内に入り込んでいく。

 しかしオレは魔力を使い、そのハンカチを外の方に引き戻した。

 親イノシシのプラチナ製の皮膚の一部分が、パリンと音を立てて異次元に飛ばされた。


 背中に直径10センチほどの穴が空き、剥き出しになったイノシシの肉が見えた。

 直径10センチもあれば……あの人ならば十分だろう。


 空気を切り裂きながら飛来した矢が、肉の的の真ん中に深く突き刺さった。

 まず矢尻から電流が流れ、次に上空の雨雲から雷が舞い落ちる。

 オレ達の最大火力であるエリンばあさんの三段攻撃が、プラチナプレートボアーの命を一瞬で刈り取った。


 親イノシシは悲鳴を上げる間もなく、ミディアムレアの肉とプラチナの塊になり、消滅していった。


 親イノシシが消滅すると、レベルアップをしたオレの体が白く光った。

 白い光が消えかけた時に、もう一度、体が白く光り直した。


 オレはしゃがみ込み、親イノシシに謝ろうとしたが、言葉が出てこない。

 豚殺しの影響が消えたオレの心に、強烈な後悔と後味の悪さが押し寄せてくるが、もうやってしまった事は決して取り返せない。


 戦場手話を使いばあさんとフラニーに、冷静さを失ってしまった事を詫びた。

 ハービーのカゴに入ったフラニーが、蓋を開けたままこちらに近づいて来る。


「レオン、レベルアップおめでとうございます。それで……これなんですが」


 フラニーが皮の袋にゴソゴソと手を差し入れた。

 そして小さなウリ坊を1匹だけ取り出した。


「この子が……生き残りです」

「そうか……放って置けば、前の時と同じように消滅するだろう」


 オレはウリ坊をフラニーから受け取り、地面に下ろした。

 さすがにウリ坊に対しては、豚殺しは発動しないようだった。

 ウリ坊は怒りに燃えるという感じではなく、ただぼんやりとオレの事を見上げている。


「いっそ、殺してやるべきかな?」

「どうでしょうか。こうやって見ると、モンスターとはいえ可愛いものですわね、毛がフワフワです。……ほっとけば消滅するでしょう」

「そうだな」




 3番フォレス麦の収穫を済ませた後、残りの片づけはみんなに任せて、オレは市場にワープした。

 閉店ギリギリの鍛冶屋に駆け込んで、鋼の爪を破片と一緒にガイドフ親方にお願いする。


 今日は買い物をしていなかったので、角無牛の肉と野菜、それに卵とミルクアイスを手早く買い揃えて家に帰った。

 家に帰ると、みんながソファーに座りワイワイとやっていた。

 なぜだかウリ坊が、フラニーの膝の上に乗っている。


「あー、ただいま、それは?」


 イノシシの子供を指差した。茶色とこげ茶色の毛が縞模様になっていて、可愛いといえば確かに可愛い。まだ兎ぐらいの大きさでしかないのだ。


「はい。先ほど確認したら見えない壁が消えていましたので、どうやら定住化してしまったようですわ」

「そうか、仕方ないから今晩はイノシシ鍋にでもするか」


 フラニーがオレの事を睨みつけた。


「冗談でしょう?」

「ああ、つまらん冗談だが、まさか飼いたいのか?」


 フラニーが何も言わずに、ウリ坊をギューと抱きしめた。


「ダ、ダメに決まっているだろう、オレはそいつの親兄弟を殺したんだぞ? 自分の家で敵を育てるようなもんだぞ?」

「でも、この子が一人で生き延びられるとは思えませんわ。ハービーに聞いてみたのですが、家畜小屋の隣に居ても気にしないと言っていましたわ。ね、エリンおばあ様」


 フラニーが、ウリ坊をエリンばあさんの膝の上に乗せると、ばあさんはフワフワの毛を愛おしそうに撫で始めた。フラニーの奴、オレが市場に行っている間に、しっかりと根回しを済ませているようだった。

 オレのばあさんを味方に引き込むなんて、ずるいぞフラニー。


 しばらく考えてみたが、フラニーが何かをねだるのは珍しい事だった。


「仕方ないから大きくなるまでは面倒を見よう。ただしオレの豚殺しが一度でも発動したら、すぐに草原に置いて来るんだぞ、それが条件だ」

「レオン、ありがとう、嬉しい。名前はどうしますか?」

「名前は……いや、ダメだ。名前なんて付けたら捨てられなくなるからな。名前はイノシシで十分だ」


 小さなウリ坊は、目をキラキラと潤ませてエリンばあさんの指をしゃぶっている。そしてアポロがウリ坊のお尻の匂いを熱心に嗅いでいた。

 ネーミング好きなオレは心の中で、ウリ坊に『カイン』という名前を授けた。





 次の日、午前中の農作業をごくごく軽く目に済ませた後で、市場に行った。

 いくつか買い物を済ませてから、鍛冶屋に出向く。


 ガイドフ親方から、修理をしてもらった鋼の爪と、魔法銀のナッツかたびらを受け取った。


 半分齧られてしまった魔法銀のインゴットを使い、鋼ではなくて魔法銀を使ってナッツかたびらを作ってみたのだ。大体はオレが工作台で作ったのだが、オレの技術力では魔法銀を加工するのはまだまだ難しかったので、ガイドフ親方に最後の仕上げを頼んでいたのだ。

 さすがにプロの仕事は出来栄えが違う。


 荷物を抱えて、意気揚々と家に帰った。

 フラニーが一人でのんびりと、ソファーで帳簿を付けている。


「あれ? エリンばあさんは上かな?」

「いえ、エリンおばあ様は家畜小屋に行っていますわ。『ウーリ』にミルクをあげているはずです」

「ウーリって、名前は禁止だって言ったろ」

「名前ではなくてただのあだ名ですわ。呼ぶ時に困るので」

「……」


 オレは口をむっとさせながら、家畜小屋に歩いて行った。

 するとエリンばあさんがミルクの入った器をもって、家畜小屋の中をウロウロしていた。


「ばあさん、どうしたの?」

「レオン殿、キバゴロウを見かけませんでしたかな。ミルクを持ってきたのに、姿が見えませんのですじゃ」

「……」


 ばあさんと一緒に家畜小屋を探したが、カインはいなかった。

 もし、消滅してしまったのだとしたら、それはそれで少し寂しい。


 畑に出て辺りを見回すと、城壁沿いをチョロチョロしているカインの姿が見えた。

 ばあさんと一緒に城壁まで歩いていく。


 カインは城壁に顔を擦りつけていた。

 正確にいえば、おそ松に産毛を擦りつけていた。


「あれかな、バッファローウォールには動物を惹きつける様な能力があるのかな。元々は牛に引っ張って貰ってた訳だし」

「そのようですね。ほら、キバゴロウ、ミルクじゃよ。友達が出来て良かったねえ」

「……」


 キバゴロウは、ばあさんの差し出したミルクをペロペロと舐め始めた。







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