ベンの誕生パーティー
やっと少しだけ涼しくなってきた夕方頃、オレ達の迎えの牛車が、勤勉な角無牛にゴトゴトと引かれてやってきた。
オレとハービーは、剣士ボウドが操縦している牛車に乗り込んだ。
今日のために用意した上等な服を着込み、ハービーには新品の腰巻と真っ赤な投弾帯を身に付けさせた。角無牛に鞭を当てたボウドが無愛想かつぎこちない声で、オレの恰好を褒めた。
出発した牛車に揺られながら、留守番のエリンばあさんとアポロに手を振る。
エリンばあさんも誘ったが、ベン以外の帝国貴族と会う事に乗り気ではなかったので、アポロのお守を頼んだ。ばあさんは多くを語らなかったが、ばあさんの故郷の国と帝国の間で何かあったのかもしれない。
草原に出ると優しい風が吹いていて、とても気持ちが良かった。
夏祭りに行くような、静かな興奮と緊張感を楽しみながら、これから起こる事に思いを馳せる。
誕生パーティーには、帝国貴族やその従者たちも含めると、百人以上が集まるという話だった。
野外での立食パーティーであり、いくつかの催し物や、楽隊の演奏でダンスを踊ったりもするという。
きらびやかなドレスを纏った美しい女性たちに、ヒゲを蓄えた声のデカい武人や細面の伯爵。
見栄の張り合いのプレゼントや、貴族たちの水面下の駆け引き、そしてゆるされない恋心。
……あまり深く考えず、純粋に楽しむ事にしよう。
貴族の集まる社交の場に参加するなどというのは、最初で最後かもしれないのだから、楽しまなければ損である。
後ろの荷台に胡坐をかいて座るハービーの感情のない顔を、チラリと振り返った。
もちろんカゴの中には、フラニーが潜んでいる。
ハービーは、フラニーの口笛や歯を鳴らす合図がなければ、食べたり寝たりする以外の事を自分の意思ではほとんどしない。ただし一度、戦いや農作業の命令を出せば、細かい部分の判断は自分でしてくれるし、また毎日この時間にこの作業をしてくれとフラニーが指示を出せば、フラニーが側に居なくてもちゃんと作業をしてくれる。
最初の頃はハービーの事を、馬や牛のように思っていた。
しかし一緒に暮らし、戦っているうちにそうではない事に気が付いた。
ハービーは少し性質は違うが、たぶん人間並みの知能を持っている。オレ達の話している言葉も、あるいは理解しているのかもしれない。
例えは悪いが、命令がなければ動かない、高性能ロボットと同じような存在だった。
ベンだけではなくて、オレも優秀なハービーに心を惹きつけられていた。
……ベンと違って、仲間としてですけどね
ベンの丘に着くまでは時間がかかるので、剣士ボウドと初めて長い会話をした。
ボウドはいつもの全身鎧をきておらず、絹のような縦縞の洋服の上に薄い胸当てを装備していた。頭は坊主に近い短髪で、首にぶら下げた魔石のネックレスが青白く光り、ボウドの上半身を青く照らしていた。
ボウドは少し疲れたような武骨な声で、オレの質問に言葉少なく答えた。
ボウドは若い頃は、世界一の剣士を目指し武者修行をしていたという。
しかし努力の末に、自分がB級止まりであることを知ってしまったボウドはやる気をなくし、貧民街でゴロゴロしていた所を、偶然出合ったトール家に拾われたという。そして今は、トール家の出世頭であるベンの右腕として、剣を振るっている。
ただの強いオッサンだと思っていたが、やはり人間にはそれぞれのストーリーがあるのだ。
オレにはなにもないが……
「そろそろ到着です。ベン様から伝言があります」
「なんだろう?」
「パーティーの余興として罪人の処刑が行われます。帝国のパーティーではかかせないものでして……どうか不愉快にならずに、パーティーを楽しんでほしいと言っておりました」
「わかった。心遣いを嬉しく思う」
ベンの丘に到着すると、すでにたくさんの馬車が先に着いていた。
いつもはオレの丘からもはっきりと見える、紫色の魔法城壁は消されている。
ボウドに受付のような長テーブルに案内されたので、胸にしまっていた招待状を慌てて取り出した。
ボウドに礼を言い、仕事に戻るように促がした後で、オレはハービーと寄り添いながらパーティー会場に足を踏み入れた。すでに日は落ちていたが、光り輝くたくさんの魔石が、闇を追い払っていた。
まず目についたのは、露出の多いドレスを着た妖艶な女たちだった。
白亜の彫像のような肩や腕を惜しげもなく外気に晒し、宝飾品を胸元に乗せている。
その気になれば、結婚や出産もできるという事をふと思い出した。
次に目についたのが獣人やエルフなどの、人間以外の種族が少し混じっていることだった。
彼らが契約者なのか従者なのかはわからないが、おかげでハービーが悪目立ちする心配はなさそうだった。
オレの3倍以上の広さがあるベンの丘には、50人ほどの招待客と、白と黒の給仕服を着たベンの住人たちが、パーティーの本格的な始まりを待って、それぞれの役割を演じていた。
テーブルクロスの敷かれた大きな丸テーブルがあちこちに置いてあり、テーブルの上には見たこともないご馳走が所狭しと並んでいた。
マンガに出てくるような骨付き肉に、フラフラと手を伸ばすと、ハービーに肩をつつかれた。
辺りを見回したオレは、素早く手を戻す。
まだ食べてはダメなようだったので、お盆を持った給仕から飲み物を2人分貰い、酔わないように少しづつ飲んだ。
招待客が徐々に増え続けている。
草原を馬車や毛長馬に乗ってくるには遠すぎる人たちは、石版を使ってきているようで、体から白い光を放っている者が結構いた。
丘の真ん中にダンススペースがあり、ひな壇に座っている楽団が、見慣れない楽器のチューニングをしていた。星が見え始めた夜空に、さまざまな楽器の音が響く。
ベンの立派な屋敷のすぐ前に、大きな長方形のテーブルがあった。
その上に多種多様な品物が飾られている。
オレはハービーを連れて屋敷の方に歩いて行った。
すれ違う貴婦人から、甘い香水の匂いが漂ってくる。艶めかしい肌をジロジロ見すぎないように注意しつつ屋敷に近づき、大テーブルの横にいる住人に話しかけた。
「プレゼントはこのテーブルの上に置けばいいのかな?」
「はい、そうでございます。レオン様ですね、どうぞお好きな場所に置いてくださいませ」
係りの住人が、手元の帳面にオレの名前を書きつけた。
百人乗っても大丈夫そうなぶ厚いテーブルの上に、貴族の誕生パーティーにふさわしい高価な品々がずらりと並んでいる。宝石や銀製の食器類に始まり、異国の果物や複雑な柄の絨毯、あきらかに魔法効果のありそうな砂時計や古びたナイフ。
中でも一際目を引くのが、テーブルの中央に飾られている、重力銀の鎧である。
くすんだ色とは裏腹の価値がある重力銀が、たっぷりと使われており、ベンの体格に合わせたオーダーメイドの鎧一式だった。重力銀はパワータイプのベンにピッタリであろう。
金で手に入る範囲では最高品質のその鎧の前にだけは、ネームプレートが置いてあった。
プレートには『ソフィア・クルバルス様より』と書かれている。
オレはプレゼント台の端っこの方に行き、ハービーの持っている袋の中に手を突っ込んだ。
鋼のインゴットをピラミッド状に積んでいき、一番上に銀のインゴットを一つ置いた。
出来れば魔法銀のインゴットを置きたかったが、歯型のついた物を置くわけにはいかなかった。
ついてきた係員が、こちらをガン見している。
オレは袋に顔を近づけて、中に入っているもう一つのプレゼントを確認した。
それはダイヤモンドナッツを材料に自作した、鎖かたびらだった。
ダイヤモンドナッツは、絵本に描かれるような端と端がくっつきそうな三日月に、形も色もそっくりである。まず、形にばらつきのあるナッツの中から、綺麗なリング状の物をよりわけておき、空間の部分を鋼で塞いで鎖にしていった。
鎖かたびらを装備していたことのあるエリンばあさんにも手伝ってもらい、なんとか今日に間に合わせる事が出来た。
実際に装備して、防御力も確認済みである。突き攻撃にはまあまあだが、斬り付ける攻撃には高い効果を発揮するし何より軽いのだ。
もしトムなら「緊急時には食料にもなる優れものだぜ」と自信たっぷりに言うだろう。
しかし……
オレは出しかけたナッツかたびらを袋に戻し、テーブル中央の重力銀の鎧を見た。
重力銀の鎧の表面には、植物をモチーフにした細かい模様が削られており、全体のデザインも凝っているので、とても恰好が良かった。
それに比べてナッツかたびらは、安っぽく素人臭がプンプンした。
ナッツの形が不均一である事が、ダサさに拍車をかけている。
アイデア自体は悪くなかったはずだが、ベンが見栄えを重視する貴族であるという事を、完全に忘れていた。
夏休みの宿題で作った牛乳パックのロボットが、長きに渡り晒し者になった時のトラウマがあった。
……とても出せそうにないな、サイズを直してフラニーにでもやるか、ソフィアとかいう奴、絶対許さん。
あの重力銀の鎧がなければ、あるいは出せたかもしれなかった。
ソフィア・クルバルスと言う名を心のリストに刻んでいると、後ろから声をかけられた。
「レオン! こちらにいましたか、今日はありがとうございます」
「ベン! 誕生日おめでとう」
オレ達は丁重な礼を交わし合った。
ベンの顔はいつもの友達モードではなく、外向けの貴族モードになっていた。
緊張のため眠れなかったのか、目の下にわずかに隈が出来ている。この誕生パーティーがいかに重要なものであるかが、ベンの表情から窺い知れた。
ベンがインゴットのピラミッドを見てオレに礼を言い、紹介したい人がいると屋敷の方に手を向けた。
プレゼントの係員がさりげなくベンに目配せをしてから、ハービーの持っている袋を見た。
……ちっ、余計な事を
仕方がないので「おまけなんだけどさ」と予防線を張ってから、ナッツかたびらをベンに渡した。
ニコニコしていたベンはプレゼントを受け取ると、急に真顔になってナッツかたびらを研究者の目でしばらく見ていた。
「レオン……これは素晴らしいです。とてもとても素晴らしですよ! おまけだなんてとんでもない、嬉しいです、レオンありがとう」
ベンが目を向けると、係員が台座付の鉄の棒を持ってきた。そしてベンからうやうやしく受け取ったナッツかたびらを、よりによって重力銀の鎧の隣に飾りつけた。
嬉しさと気恥ずかしさで、オレの顔が赤くなる。
「レオン、権利を主張しておきましょう、まだですよね?」
「権利の主張?」
「ええ、新しい物を作った時は、人が集まっている場で権利の主張をするのです。賛同を得られれば、賛同した者の半数が死ぬまでは、発明品を独占できます。今日の面子の賛同を得られれば、権利違反をしようと思う者など、まず現われないでしょう」
オレがポカンとしていると、ベンが大声を出して皆の注目を集め始めた。
とてもイヤな予感がする。
「さあレオン、権利の主張を」
百人近い人がオレに注目していた。オレの新品の服に、滝のように汗が流れ始める。
「あのさ、ベン。ナッツかたびらはベンのプレゼントだから、権利はベンが主張してくれ」
「では共同権利という事にして、よろしいですか?」
「うん」
ベンが演説のようにナッツかたびらの説明をし始めた。
賛同する者も簡単に出来ることではないので、真剣に聞き入っている。実際にナッツかたびらに触ってみたり、ベンに質問している者もいた。
やがて権利を認める賛同の拍手が巻き起こった。
周りにいた人間が、オレに賞賛の言葉をかけてくる。薄い絹のドレスを着たロングヘアーの美女が、熱い視線でオレを見つめていた。
……フウ、これはエリンばあさんに報告の必要がありそうだな。
賞賛の嵐を受け、気分が高揚し始めていた。今夜は素晴らしい夜になりそうだった。
「レオン、大成功です。早速10着、売ってほしいと言われてしまいました、はっはっは」
「ベン様――――ソフィア姫がまもなくご到着です」
今日初めて顔を見せるグラックスが、ベンに囁いた。
ベンはオレに軽く挨拶してから、グラックスを連れて丘の外側に走っていった。
それぞれ談笑していた招待客全員が口をつぐみ、丘に到着した真っ白なユニコーンを息を飲んで見つめていた。