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シルバーゴーレム

 ☆☆☆


 オレはチェーン店のコーヒー屋で、アルバイトを始めていた。


 資格試験の勉強をしていると嘘をついて、週2、3日の勤務で採用してもらった。

 この年齢で新しい事を覚えるのは辛かったが、ゲームを続ける為に一生懸命働いた。

 いつも元気のいいオレの事を、年下の店長や、オレと同い年でシングルマザーのバイトリーダーは気に入ってくれたようだ。オレは、惨めな気持ちをガラスの仮面で隠し、ニコニコと食器を洗い続けた。


 その日の仕事の帰り、さっきまで一緒に働いていた先輩が話しかけてきた。

 先輩と言っても十代の女の子だった。大きめの胸とボブカットの髪の毛が可愛らしかったが、オレとは関係のない世界だった。


「……もし良かったら、食事でも行きませんか? 私、おなか空いちゃったんですよねー、歓迎会のかわりにおごりますよー」


 彼女は、自信の垣間見える笑顔を見せてそう言った。

 女性の方から誘われたのは、オレの人生で二回目の事だったので、気持ちが大きく揺れた。

 しかし、彼女が魅力的であればあるほど、断るという選択肢しかなかった。

 万能のいい訳である資格試験を理由に断ると、彼女は少しびっくりしてオレを見つめていた。


 家に帰る前にコンビニに寄ると、白人青年のチャドが暇そうに雑誌を立ち読みしていた。

 認めたくはないがテンションの上がっていたオレは、チャドに缶コーヒーをおごり五分ほど世間話をした。チャドなら多少、話したところで愛情が湧くこともないだろう。


 家に帰っていつものようにテレビをつけると、外国のニュースが流れていた。

 行方不明になっていたアメリカ人の少女が、監禁されていた殺人者の手から自力で脱出してきたというニュースだった。少女の父親が記者に囲まれている映像が流れた。

 高名な細菌学者らしい父親は、しきりに神に感謝の言葉をささげていた。

 そして、ほんの一時ではあるが、神の存在を否定しかけた自分の過ちを深く悔いていた。

 泣き腫らした目が真っ赤に燃えているせいで、その男は狂信者のようにも見えた。



 ――――――――――――――――




 午前中の早い時間にベンとグラックスが、牛車に乗ってやってきた。


 ベンは最近、やたらとこちらの丘にやってくる。

 オレとしては嬉しいことなのだが、ベンは忙しいはずなのに大丈夫なのだろうか。


 荷の積み替え作業を皆で終えると、ベンはいそいそとハービーに近寄っていった。

 熱心に話し込むベン達を微笑ましく見守りながら、オレとグラックスは牛車に座って話をした。

 グラックスからカルゴラシティーのゲートのことを教えてもらう。


「ふーん、今まではこっちの物をあっちに送るにはアホみたいにマナがかかるから、せいぜいお土産程度ぐらいしか送れなかったのが、ゲートを使えば安く送れるという事か」

「そうでございます。カルゴラシティーではゲートに影響がでてしまうので、石版の使用が禁止されています。ですので数日かけて砂漠を進んで行くしかないのですが、そういう手間を差し引いてもゲート貿易は巨利を生み出します」

「なるほど。そしてモンサンカンパニーがゲート推進派で、帝国がゲート反対派というわけか。モンサンの方はわかるが、帝国が反対派というのは?」


 グラックスの顔を見て、質問した。


「帝国では砂粒一つにいたるまで既得権益がありますから、新しい事は歓迎されないのです。また、そんな帝国に見切りをつけた帝国人が石版の世界に来ているので、こっちはこっちで帝国との関わりがゲート貿易により増える事を嫌っています。あくまで現時点の話ですので、風向きしだいで…………あっ! え?」


 普段、何事にも動じないグラックスが奇声をあげた。

 グラックスが見ているベンの方を、オレも見た。


 ベンは物凄く高級そうな虹色のバラの花を、ハービーに渡していた。

 ハービーが豆だらけのゴツゴツした手で花を受け取った。


「グラックス……オレの目が腐っていないのならば、花を渡しているようだが……」

「ええ、そのようです……ハッハッ、たぶんあの花は研究の――――ヒッ! ヒーー」


 ベンは跪き、ハービーを熱い眼で見上げていた。

 そして艶っぽい声で何かを語り始めた。

 ハービーは1ミリも感情のない目で、ベントールを見下ろしている。


 愛の告白を語り終えたベンは、凍りついているオレ達の元にやってきた。


「ごめんなさい、レオンの許可を貰ってからすべき事でしたが、どうにも気持ちが抑えられませんでした」


 オレは引きつった笑顔をなんとか作り、ベンの肩に手を置き、何度も頷いて見せた。

 安心顔になったベンは牛車に乗り込み、グラックスと共に帰っていった。

 グラックスの操縦している牛車が、何度も城壁にぶつかっているのが見えた。


 牛車が遠ざかった事を確認してから、ハービーの側まで歩いて行った。

 そして背中のカゴの蓋をパカリと開けた。カゴの中にはフラニーが入っている。

 オレは、ハービーの手から一輪の虹色のバラを取り、フラニーに渡した。


「フラニー……お前が始めたことだから、お前がちゃんとカタをつけるんだぞ」

「……」

「オレとベンの友情を傷つける様なことは、してくれるなよ」


 オレはそれだけ言った後、鉄の蓋を少し乱暴にパカンと閉めた。





 今日の午前中は、魔法銀のインゴットの栽培に挑戦するつもりだった。

 魔法銀の栽培方法は簡単で、なおかつリスクが少ない。畑に埋めた種と銀のインゴットの近くで、たくさん敵を殺して、畑にマナを大量に染み込ませるだけで収穫できるのだ。


 ちなみに同じく銀以上の派生である、重力銀はいくつかのアイテムを組み合わせて埋める事で収穫ができ、星銀は自分の工作台で作った物をインゴットと埋める事で収獲できるらしい。

 重力銀と星銀はロストの可能性が高いので、気軽に挑戦することはできなかった。


 フォレス麦の種は埋めずに、エリンばあさん以外は砂鉄ゾーンに集まった。

 普段は収穫する事が最優先であり、マナを畑に染み込ますのは余裕があればやるという方針だったが、今日は四人ががりでマナをかき集める作戦だった。


 通常運転の時は気付かなかったが、他の事をやろうとすると防衛設備が邪魔になってしまう場合があるようだった。また、畑やオレ達を守るために設置した罠や城壁にあまり金をかけすぎると、逆にオレ達がそれらを守るはめになりかねない。なかなか丘経営も難しい。


 銀に引き寄せられたシルバーゴーレムが、開け放たれた城門からポツポツと砂鉄ゾーンにやってくる。

 このシルバーゴーレムというのは、鉱石派生のチュートリアルも兼ねている、なかなか便利な敵であった。


 まず侵入してきた普通タイプのシルバーゴーレムは、寸胴のアメフト選手のような体をしている。

 こいつはあまり強くなく、下位の赤錆ゴーレムとたいして変わらない。

 オレ達は、銀色に輝くシルバーゴーレムを取り囲んでボコボコにして、畑の肥料にしてやった。


 次にやってきたのは、魔法銀タイプのシルバーゴーレムだった。

 魔法ゴーレムの胸には小さな魔法陣が描かれている。

 こいつは中距離から魔法で作った石の塊を飛ばして来たり、魔法で土の剣を作ったりする。

 単体ではこいつも強くはないので、オレとアポロで死ぬ寸前まで弱らせてから、ハービーが担ぎ上げて運び、銀のインゴットを埋めてある場所に放り投げた。


 城門の辺りから聞こえたドスンという音に振り向くと、重力銀タイプのゴーレムが姿を現していた。

 重力ゴーレムは他の奴より1・5倍ほどでかく、体の銀はくすんだ色をしている。

 ゆっくりと砂鉄ゾーンに近づいてきて、組み合わせた両手をオレに向けて振り下ろしてきた。

 重力ゴーレムの攻撃が地面にドカンとぶつかり、大地を震わせる。

 重力銀のインゴットは、大斧や大剣の核として使われるらしい。

 やはり、全員で取り囲んで畑の肥やしになってもらう。


 最後に出てきたのは星銀タイプのシルバーゴーレムだった。

 オレと同じような体格をした星銀ゴーレムは、刀や短剣などの扱いが難しそうな武器を複数持っている。こいつが一番強い。頭もそこそこよく、他のゴーレムのフォローなどもしてくるのでやっかいである。星銀ゴーレムは普通の銀よりも輝きが強く、こいつをそのまま売りに出したいぐらいであったが、そんなことは出来ないので、仕方なく肥料になってもらう。


 シルバーゴーレム達は基本能力は高いはずだったが、星銀タイプ以外は知能が低いので、戦い方を覚えてしまえば楽な相手だった。むしろ、やや知能の高い赤錆ゴーレムの方が面倒な敵であった。

 戦闘力の低い人類がなぜ地球の覇者になっているのか、シルバーゴーレムと戦っているとよく分かった。


 そんな風にして、モンスターのマナを一か所に集中させていったが、銀色のヒマワリの花を引き抜いて収穫できたのは、銀のインゴットといくつかの銀鉱石だけであった。

 何セットかやってみたが、なかなか魔法銀は育たない。


 やはりリスクが低いだけあって、よほどのマナが必要なのだろう。

 丘を魔法銀専用のレイアウトに配置し直すか、別の価値の高い種を埋めて、もっと強いモンスターを肥料にしなければダメそうだった。

 昼飯が迫っていたので、最後にもう1セットだけやってみる事にした。


「もう一度だけやってみようか。魔法銀を見てみたいから、利益は度外視でやってみよう」


 皆に伝えてから、多めに種を埋めてみた。


 ゴーレム系は、鉱石を食べる事を邪魔しなければ、あまりオレ達を襲ってこないので、多少は無理ができた。

 城門から流れ込んでくるモンスターの群れを倒していく。

 オレとアポロとばあさんで動けなくなるまで弱らせて、ハービーが目的のヒマワリの近くまで運んでいって止めを刺していく。処理しきれなくなったモンスターが銀鉱石をむしゃむしゃと食べていたが、我慢する。モンスターの湧きが落ち着き始め、やっぱりダメかと思い始めた時、砂鉄ゾーンに群がっていた6体ほどのシルバーゴーレムたちが撤退し始めた。


 他のモンスターを狩りながら、マナを集めていたヒマワリを見ると、八分咲きの銀色の花びらに紫色が混じっていた。魔法銀のインゴットが、土の中に出来つつあるようだった。

 そしてメッセージが出る。


 ――――シルバーゴーレム・リーダーに侵入されました。


 オレとアポロは左右に分かれて、二か所の城門を閉じた。

 城壁の上に乗り、見えない壁の近くに群がるシルバーゴーレムたちを眺めた。


 合計11匹のシルバーゴーレムが、一匹のゴーレムを囲んでいた。

 中心にいる一匹は、ゴーレムのくせに銀色の髪の毛を生やしていて、同じく銀色の指揮棒を持っていた。


 ゴーレム軍団たちは統一された動きで城壁に迫った。

 何匹かが踏み台になり、オレが駆け付ける間もなく城壁を越えてしまった。


 オレは城壁から降りて、畑の真ん中に仁王立ちになった。

 その他のモンスターを片付けたハービーに、アポロも合流して、オレ達は横一直線に並んだ。


 その頃にはシルバーゴーレム軍団も布陣を終えていた。

 前衛にパワー型の重力ゴーレムが4体並んでいる。

 中衛に魔法ゴーレムが4体。

 後衛に刀を持った星銀ゴーレムが3体並び、その後ろにシルバーゴーレムリーダーが腕組みをして控えている。


 対するオレ達は4人だった。

 エリンばあさんがゴーレムリーダーを狙って矢を飛ばしているが、星銀ゴーレムの刀に打ち払われてしまう。


 スクラムを組んで前進してくる重力ゴーレムに、オレ達は後退しながら攻撃をしていく。

 いつもなら大振り攻撃をしてくる重力ゴーレムがガードを固め、オレ達を押し込んでくる。


 戦いは不利に進んでいた。

 木製の防護柵は、敵の魔法攻撃により半壊し、オレ達は砂鉄ゾーンまで後退させられた。

 ゴーレム達はゆっくりと包囲を展開しながら、魔法銀のインゴットの花が満開に咲くのを待っているようだった。

 壁役のゴーレムを1体でも切り崩そうとするが、中距離からの魔法攻撃の援護のせいで、攻撃を継続できない。


 いつのまにか回り込んでいた細身の星銀ゴーレム2体が、ヒマワリを引き抜いた。

 走り出した星銀ゴーレムに、アポロが飛びつき引き倒す。

 しかしそいつが抱えていたのは土の塊だった。

 もう一体の星銀ゴーレムが素早く走り抜け、銀と紫に光り輝くインゴットをゴーレムリーダーに渡した。


 ゴーレムリーダーは数体の護衛を引き連れて、下がり始めた。

 オレ達は包囲を突破できず、ゴーレムリーダーとの距離が開いていく。

 そして、向こう側の城壁の上に登ったゴーレムリーダーは、魔法銀のインゴットをアイスキャンディーを齧るように三分の一ほど食べてしまった。

 銀色の髪の毛を揺らしながら、見せつけるようにゆっくりと咀嚼し始める。


 アポロが包囲を抜け出し、城壁沿いを疾走し始めた。しかし魔法攻撃が集中して、足を止められてしまう。

 オレは、敵の魔法が薄くなった隙に、目の前の重力ゴーレムを消滅させた。

 ハービーが重戦車のように突進して、オレが作った包囲のほころびを広げる。

 オレは包囲を潜り抜けて、走りだした。


 オレは斜めに走り、タックルしてくるゴーレムを躱し、足を掴もうとしてきた星銀ゴーレムの手をジャンプで避けて顔を踏み付けた。

 畑を走り抜けたオレは城壁を駆け登った。


 エリンばあさんが、護衛のゴーレムに矢を撃ち込む。

 ゴーレムリーダーは、残りの魔法銀のインゴットをあわてて口に放り込んだ。

 鋼の爪を腹に叩き込んだが、ゴーレムリーダーは咀嚼を止めない。

 オレは、ゴーレムリーダーの銀色の髪の毛を左手で掴み、顔を上向かせた。

 顎を殴りつけて破壊した後、口に無理やり手を突っ込んで魔法銀を引っ張り出した。


 生き残っているゴーレム達がいっせいに、オレを目指して動き始める。


 オレは半分ほどになってしまった魔法銀のインゴットを、しっかりと握った。

 そして、アメフトのクォーターバックのようにステップを踏んでから、魔法銀を空高く放り投げた。


 畑の真ん中にいたハービーが、近くにいたゴーレムを突き飛ばしてから両手を高く上げ、しっかりと魔法銀のインゴットをキャッチした。すぐに振り向き家のほうに向けて、インゴットを力強く投げる。


 アポロがジグザグに走り、魔法ゴーレムの飛ばす石の弾丸を避けている。

 そして、フリスビーをキャッチする犬のように走りながらジャンプをして、魔法銀をがっちりと口に咥えた。アポロはそのまま駆け抜けてタッチダウンを決め、家の中に入った。


 安全地帯である家の中に収穫物が入った途端、ゴーレム全員が動きをピタリと止めた。

 そして、シルバーゴーレムリーダーに指示を求めるように注目した。


 オレの前にいるゴーレムリーダーは、寂しそうな目で遠くを見ていた。

 ふさふさだった銀髪をオレが引き抜いてしまったので、頭頂部がカッパのように禿げていた。

 ゴーレムリーダーが溜息をついて指揮棒を振ると、ゴーレムたちはブラックホールに吸い込まれて消えていった。最後に残ったゴーレムリーダーは、オレの知らない言葉でペラペラと喋った後、やはり帰っていった。



 簡単に後片付けを済ませてから家に入ると、フラニーが半分になり歯型のついた魔法銀のインゴットの重さを量っていた。帳簿を開いたフラニーの厳しい目つきを見れば、今日は赤字であろう事がすぐにわかった。






 夕方、ベンが空っぽの牛車に乗って、一人でやって来た。


 丘に近づいて来る牛車を見守りながら、オレはフラニーに話しかけた。


「ベンがくれた虹色のバラだけど……レインボーロードという名前の花だそうだ。ちなみに花言葉は『崇高なる知識を武器に、暗闇を進む者』だ、そうだ」

「……わざわざ、お調べになったのですか?」

「ああ。偶然だろうけど、フラニーにぴったりの花言葉じゃないか、カゴの中は暗いもんな」

「……」

「……ベンには、オレから話してやろうか?」

「いえ、だいじょうぶですわ。そろそろカゴの中に入ります」


 丘に着いたベンとハービーは、しばらく2人きりで話し込んでいた。

 ベンはがっくりと肩を落とし、牛車に乗って帰って行った。


 オレは、ハービーの背中のカゴの蓋をやさしく開けた。


「……カタはついたか?」

「……ベン様の誕生パーティーでダンスを踊る事になったようです……ハービーが……」


 オレは、フラニーの両脇に手を差し入れて持ち上げた。

 そして穀物庫まで歩いていき、フラニーを放り込んでドアを閉めた。


 ……ベンのプレゼントがやっと完成したというのに、なんだか気が重くなってきたな。






(追記。ワールドカップの少し前に、ザックジャパンを意識してこの話を書いたのですが、現実に少し影響を与えてしまったみたいです。謝罪します)

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