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オレ達の日

 ……それにしても暑いな


 空は灰色に曇り、大気は湿っている。

 オレはぶ厚い雲を見上げたが、一筋の光さえ射し込んでいない。

 しかし熱帯雨林の真ん中に、丘ごと漂流してしまったような粘りつく暑さだった。


 農作業に復帰して一週間が経っていた。

 オレ達は相談の結果、銀鉱石の栽培を始めていた。普通の銀で新しい爪を作ってもたいして攻撃力は上がらないし、銀の派生である魔法銀や重力銀を作るというのは、力量からいってまだ先の話である。

 じゃあ何故、銀鉱石を作っているかといえば完全に金策のためだった。


 オレ達には金が必要だった。それも一億マナという金が。


 体の復調したオレは『ドライフォレスト・王宮前』に偵察に行ってみたのだ。

 ユグノーと戦った円形闘技場の石碑から少し進むと、すぐに綺麗な大理石の広場に出た。

 広場の先には巨大な門と、大盾を持った門番がいた。


 友好的だった門番から得た情報によると、王宮門を通るには一億マナが必要だった。

 王宮門の先には宮殿は勿論、地下養畜研究所などの重要施設があるため、一億マナを保証金として預け入れなければ通る事が出来ないという。

 丘経営も、ちゃんとしていかなければクリアさせないという事だろう。

 一億マナというのは、仮にオレの丘を丸ごと三つ売却したとしてもまだ届かない金額だ。


「ハービー、シルバーゴーレムが砂鉄の方にいったぞ、アポロのフォローを頼む」


 オレは大声で伝達してから、城壁を駆け登ってきたデスパペットの相手をした。

 エリンばあさんが、落とし穴の中で暴れている赤錆ゴーレムに止めを刺してから、オレの援護に回ってくる。

 ばあさんの矢を躱したデスパペットの隙を、オレは見逃さない。

 鋼の爪をデスパペットの腹に突き刺し、炎を流し込んで倒した。消滅する前にデスパペットの体を担ぎ上げて、フォレス麦に放り投げる。

 滲み出る汗を拭ってから振り返ると、6体の赤錆ゴーレムが組体操のように土台を作り、他のモンスターを城壁の上に導いていた。

 オレは石を投げつけて、赤錆のピラミッドを崩した。


 銀鉱石に惹き寄せられたモンスターが、際限なく湧いてくる。

 丘自体の防衛力、攻撃力を上げていかないと長時間、栽培し続けるのは難しくなってきた。

 海の方を見ると、ピカピカと稲妻が発生している。

 そろそろ雨が降ってくるかもしれない。

 フォレス麦の収穫に戻っていたハービーに声をかけた。


「ハービー、種はストップだ、今日はこれぐらいにしよう」


 赤錆ゴーレムを片付けた後、流れ落ちる汗を再び拭った。

 ハードレザーアーマーは壊れてしまったので、とりあえず使い古しの皮の鎧を着ていた。早く新調しなければならない。

 それにしても曇りでこの暑さなら、晴れの日はどうなる事やら。

 そんな事を考えていると、メッセージが出た。


 ――――石版の契約者『チェーンソー・ジョニー』に侵入されました。



 オレは全員のフォーメーションや状態を確認してから、黒いブラックホールに目を凝らした。

 最初に討伐隊に侵入された後も、別々の三人の討伐隊に侵入されていた。

 初めての時は心臓が早鐘を打ったが、事情の分かった今では討伐隊の侵入は大歓迎だった。

 誤侵入のお詫びに価値の高いアイテムをくれるし、モンスターの駆除を少しの間、手伝ってくれる人もいた。


 オレはいつものように、討伐隊の印である緑の旗が翻るのを待っていた。

 しかし、侵入者は緑の旗の代わりに、小さな魔法陣の描かれているチェーンソーを起動させた。エンジンを吹かしたような爆音が、丘に響く。


 大丈夫だ、落ち着け。


 侵入者の武器以外の装備を素早く確認する。鉄のベストに剥き出しの腕、兜は被っておらずロックミュージシャンのようなパーマの長髪が風に吹かれて揺れている。その他の装備も皮か鉄だけであった。

 大丈夫だ、この程度の装備の奴なら確実に勝てる。


 しかし、侵入者の後ろから使い魔の犬が姿を現した。

 ドーベルマンそっくりな犬の4本の足首には、円形ののこぎりが腕輪のように装備されている。

 長髪の侵入者が犬の頭をなでると、円形の鋸がCDのように回転し始めた。


 オレは戦場手話と声を使って、みんなに指示を出した。

 ハービーは収穫物の回収、エリンばあさんはモンスターの処理、オレとアポロで侵入者を排除する。

 価値の低い作物は見捨てるように指示を追加する。


 機動力ナンバーワンのアポロが城壁を駆け上がり、オレと合流した。

 広い場所で戦いたかったので城壁から飛び降りて、チェーンソージョニーと向き合った。

 侵入者の目は安物のビー玉のようにキラキラと光り、あきらかに狂っていると一瞬でわかった。


「アポロ、犬の方は任せたぞ、いけるな?」


 アポロの自信に満ちた横顔は揺らぎもしない。

 曇り空をチラリと見たが、雨はまだ大丈夫そうだった。


 侵入者の唸りを上げるチェーンソーが、オレに迫る。


 チェーンソージョニーの攻撃はスピードはなかったが、オレを引かせるに十分な迫力があった。

 巻き毛の長髪を頬やおでこにベッタリと貼り付かせ、流れるような連続攻撃を出してくる。

 しかし恐怖に足を凍りつかせていない人間には、避ける事はたやすい。


 侵入者はニヤリと笑った。本来は木を切るために作られた、自分の得物の殺傷力に自信があるのだろう。ブオン、ブオンと轟音を鳴らす。そして、ひょろ長い右手一本でチェーンソーを掴み、ダブルラリアットのように体ごと回転し始めた。


 横目でアポロの闘いを見る。

 アポロは優勢に戦いを進めているようだ。犬の突進を簡単に躱し、少しずつ肉を切り裂いている。


 チェーンソーがオレの頬をかすめた。飛び散った血が、侵入者の顔に点々の模様をつける。

 一見、隙だらけの回転攻撃だが、あたかもバレリーナのように首をカクカクと回し、常にオレを観察している。侵入者のギラギラとした目は、何かを待っている。


 オレはタイミングを計り、チェーンソーが唸る死の半径のなかに踏み込んだ。

 遠ざかる右手のチェーンソー。近づく左手。


 すでに爪の間合いにある胴体ではなく、軽く握られた侵入者の左手を攻撃した。


 侵入者の左手に爪を突き刺すと、手の平の中から目つぶし用のオガクズがこぼれ落ちた。

 思わぬ攻撃を受けたチェーンソージョニーが、ヒステリックに頬を釣り上げた。

 オレの踏込に合わせて加速していた右手のチェーンソーが回ってきたが、それを躱し、軽く弾いた。


 侵入者がバランスを崩し、勢いを失ったコマのように地面に傾いた。

 オレは追撃の為に一歩、踏み込みかけた。

 もし侵入者の目を見ていなかったら、たぶん死んでいただろう。


 体勢を崩した侵入者はそのままチェーンソーを、地面に突き立てた。

 えぐり取られた土が、散弾のようにオレの体全体にふりかかった。

 魔法の力で硬質化された小さな土の塊が、ガードを固めた両腕の肉に埋まっていく。

 そして、砂埃の向こうからチェーンソーが横一線に薙ぎ払われた。


 その攻撃を待ち構えていたオレは、今度はしっかりと通常パリィを決めた。

 チェーンソージョニーが3歩ほど後退し、尻餅をついた。

 侵入者は取り落した武器を拾い、あわてて立ち上がろうとした。


 しかしオレは追撃をしなかった。

 代りにゆっくりと、空を見上げた。


 雨の日はダメだった。

 オレは堂々と引き籠れる雨の日が嫌いではなかったが、アポロがいるからだ。


 晴れの日はまあまあだった。

 エリンばあさんが全力を出しきれないからだ。


 今日みたいな曇りの日が、オレ達の日だった。



 立ち上がろうとしたチェーンソージョニーの背中に、矢が突き刺さった。

 まず矢尻から発生する電流が侵入者の体を痺れさせ、間髪いれずに落雷が直撃する。


 ご主人の危機を感じ取った使い魔の犬が、駆け寄ろうとするがアポロがそれを許すわけがない。

 首の頸動脈を噛み千切り、犬を消滅させた。


 黒焦げになったチェーンソージョニーは、よほど愛着があるのか自慢のチェーンソーを再び拾い上げた。

 オレは爪を振り下ろし、侵入者の右腕を付け根から切り取った。

 チェーンソーごと腕がボトリと落ちる。

 そして狂ったように悲鳴を上げる侵入者の頭蓋骨を叩き潰した。


 ――――侵入者を撃退しました。侵入者の右腕に後遺症を与えました。


 オレは顔に付いた土を拭いてから、収獲とモンスターの掃討を続けているハービーを手伝う為に、城壁を駆け登った。

 すると、またメッセージが出た。


 ――――石版の契約者『アシッドアタッカー・モハズ』に侵入されました。


 見えない壁の手前に、液体の入った大きなガラスの瓶を持った小男がいた。

 また、緑の旗を持っていない。

 石版の世界が荒れ始めていると言うのは本当らしいな。



 5分後、ガラスの破片が突き刺さり、体の半分が溶けた侵入者が消滅した。


 ……だから言ったじゃないか、今日はオレ達の日だってな。






 ◆◆◆



 巻き毛に長髪の男が、自分の所有する納屋に入り、ドアに鎖を巻き付けて開かないようにした。


 その男の本当の名を知っている人間は、ごく僅かだった。

 しかしチェーンソーの悪魔というあだ名の方であれば、アメリカ西部の住人ならば誰もが知っていた。

 チェーンソーの悪魔は少女を誘拐し、切り刻みながら犯して殺すという完全な異常者だった。

 すでに10人以上殺していたが、警察の手から逃れ続けていた。


 長髪の男は納屋の照明をつけ、縄に縛られている白人の少女を見た。

 少女の縄を外してやり、舐め回すように細い腕や華奢な顎を眺める。

 少女は、自分が無力であるという事を何回かの反抗のすえ理解していた。

 少女は絶望と恐怖で、身をガタガタと震わせている。


 猟奇殺人者はどうしようか迷っていた。

 手から切り落とすべきか、足からにするべきか。

 心を決めた彼は、チェーンソーのエンジンをかけた。

 ブルンという爆音を聞くと男の興奮が高まり、股間が盛り上がり始めた。


 男はズボンのジッパーを下ろし、いきり立った物を取り出した。

 こないだの少女は足からだったので、今回は手からにするべきだろう。


 男は右手一本で掴んでいるチェーンソーを振り上げた。


 その時、何の前触れもなく男の右腕が麻痺した。

 力を失った右腕がチェーンソーごとダランと垂れ、男の股間の物を切り落とした。

 男は悲鳴を上げて地面を転がった。


 少女は何が起こったのかわからなかった。

 しかし何をすべきかは、わかった。

 少女は轟音を上げるチェーンソーを拾い上げ、猟奇殺人者の首に振り下ろした。






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