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プレッシャー

 ☆☆☆


 コンビニに行くと、レジにいた店長のおばさんがニッコリと笑い、小さく手を振った。

 茶髪の女の子の姿を無意識に探したが、ここ最近見かけなかった。今の、オレの状況を考えれば丁度いい事かもしれない。

 まあ、仮にいたとしても、何も起こりはしないだろうが。


 惣菜のコーナーに行くと、白人の青年が手に取った弁当を一生懸命見つめていた。

 彼はたしかチャドとかいう、通販会社で働いていた青年だった。この近くに住んでいるのだろうか。


 オレは通販会社をすでに辞めていたので、出来れば関わりたくなかったが、チャドはあきらかに困っているようだった。

 日本人の性なのか、仕方なくチャドに声をかけた。


「やあ、大丈夫?」


 チャドは、オレを認識すると嬉しそうに笑った。


「コマッテマス。わたし、アレルギーあるのデスガ、字があまりよめません」


 オレはチャドから食べられない物を聞き、弁当の材料や成分を3回、読み返した。


「うん、これは大丈夫だよ」

「オーウ、アリガトウゴサイマス」


 チャドは真っ白な顔を赤く染めて礼を言った。

 チャドは一緒に昼飯を食べないかと、言いそうな雰囲気を出していたので、オレはさっさとおにぎりを買いコンビニを出た。


 ……最近おばちゃんもやたらと絡んでくるし、遠い方のコンビニに変えようかな。


 アパートに帰り、おにぎりを食べながら何気なくテレビをつけた。

 すると、コンビニにいなかった茶髪の女の子が、テレビ画面の真ん中に映っていた。

 オレはおにぎりを口からこぼし、テレビにかじりついた。


 何かの記者会見のようだった。

 テロップに彼女の名前と、原告団代表と出ている。

 彼女は、一言一言かみしめるようにゆっくりと喋った。


「十分な治療を受ける事の出来た私は、病気に打ち勝つことができました。しかし経済的な事情により満足な治療を受ける事の出来ない、私と同じ病気の、薬害被害者たちが、この日本には大勢いるのです。私は国と製薬会社を相手に、戦う事に決めました」


 オレは強烈なデジャブ感に襲われたが、なぜだか思考を集中させることが出来なかった。

 オレは、心臓の鼓動が収まるのを待ってから、ゲームを起動した。



 ――――――――――――――――



 オレは早朝の市場を、一人でプラプラと歩いていた。

 屋台で買ったサンドイッチとお茶を飲みながら、いつもとは少し違う市場の風景を楽しむ。


 野菜や魚を満載にしたカゴが人々の手から手に渡され、しかるべき場所に収まっていく。

 隅っこでは、おこぼれにあずかろうと小動物達が礼儀正しく待っている。

 石版の契約者や欠片の持ち主の2世や3世と思われる人々は、朝の空気をたっぷり吸い込みながら、元気よく働いていた。


 威勢のいい掛け声に後ろ髪を引かれながら、高級店の並ぶ道に入ると丁度良く例の店がオープンした所だった。


 オレはパン屑を払ってから、店の中に入った。

 若い店員はオレを見ると、少し申し訳なさそうな顔をした。

 カウンターに約束の銀貨を積み上げ、話すように促す。


「おはようございます……実はお探しの女性なんですが、思っていたよりも情報がありませんでした。店主の特別顧客リストを盗み見る事までしたのですが、わかったのは名前ぐらいでした」

「それで」

「彼女の名前なんですが顧客リストには『スノー・サイレンス』と書いてありました。どうも正式な名前ではないようです。それと……スノーサイレンスは用のある時は自分から来ますし、店が買い取る商品も送られてくるだけなので……」

「つまり?」

「こちらから、連絡する事は出来ません」


 オレは立ったまま考え込んだ。

 店員がチラチラとオレの顔色を窺っている。


 オレは銀貨の山を店員に渡した。

 全部貰えるとは思っていなかったのかビックリした店員に、2つの事を頼んだ。


 まず、そのスノーサイレンスとやらがこの店に納めた、商品のリストを書いてもらった。

 店員がリストを作っている間、オレは借りたペンと紙を使い手紙を書いた。

 店員からリストの紙を貰い、交換に手紙を渡す。


「もしスノーサイレンスという女性が店にきたら、この手紙を渡してほしい。そして渡せた場合は、オレに連絡してくれ。その時は今日と同じ額の銀貨を渡そう」


 リストを胸ポケットにしっかりとしまい、店を出た。


 市場でみんなへのお土産を選び、がっかりとした気持ちを消してから家に帰った。



「たっだいまー」

「おかえりなさい」


 お土産のミルクアイスをみんなで食べた後、ばあさんとフラニーたちは農作業を、オレと護衛のアポロはジョギングを始めた。


 城壁沿いを走りながら、考え事をする。

 オレにとって今一番、重要な事は何かと言えばそれはライルさんの救出だった。これは揺るぎ無い。

 ドライフォレストの王を倒してライルさんを救出さえしてしまえば、もう命の危険がある場所には行かなくて済む。

 エリンばあさんとアポロの三人で、自分の丘で、細々と農作業で食っていければそれで満足なはずだ。


 次に重要な事は、スノーサイレンスという女性を見つけ出して会う事だ。

 あの店員の話では一年に数回は店に来るそうだから、待っていれば会える可能性は高い。

 しかし、ただ待っているというのは辛い。

 胸ポケットに入れてあるアイテムリストを元に、侵入してみるという方法がある。

 店に売っているという事は、栽培しているという事に違いないはずだ。

 オレが討伐隊のように侵入を繰り返せば、スノーサイレンスに辿り着ける。

 しかし、これは簡単ことではなかった。一歩、間違えれば死の可能性がある。


 重要な事の三つ目は、ベンの事だ。

 ベンに困った事があるならオレは協力するし、別に何もなくてもベンの丘が発展するために出来る事はやるつもりだった。


 オレはジョギングのスピードを徐々に上げていった。


 ……そして、この3つをやり遂げるためには、オレ自身がもっともっと強くならなければダメなんだ。


 全速力で走るオレを、アポロが嬉しそうに追い越していった。

 城壁の端っこまで走ったオレは立ち止まり、息を整え始めた。


「アポロ! 言っとくがまだ本調子じゃないし本気でもないからな、息が整ったら向こうまで競争だからな」


 オレは大袈裟に、息をゼーハーゼーハーとさせて見せた。

 待ちくたびれたアポロが座った瞬間に、オレは猛然とスタートを切った。


「ハッハッハー、バカめ、とっくに息は整ってたんだよーと、負けた方が便所掃除だぞー」


 畑の真ん中あたりで、アポロが軽々とオレを追い越して行った。

 あっという間に差をつけたアポロは、途中で立ち止まり大あくびをオレに見せつけた後で再び走り、ゴールを駆け抜けた。


 ……やはり、もっと強くならなければ、お話にならない。


 アポロが「お前、便所掃除な」という目でオレを見ていた。いや、気のせいだろう。




 午前のトレーニングと農作業を終わらして、昼飯の準備を始めた。


 キッチンで野菜と肉を切り始めると、アポロがすぐに足元にやってくる。

 別にオレの事が好きな訳ではなくて、たまに落っことしてしまう材料の切れ端を狙っているのだ。

 もう成猫になっているはずなのに、アポロの食欲はとどまる事を知らなかった。


「あれ、フラニーがいないな、また穀物庫かな? ちょっと見てくるからアポロは火を見ていてくれ」


 アポロに火の番を任せて、穀物庫まで歩いていくと、やはりフラニーがフォレス麦に埋もれていた。

 オレがいない間に取り付けられた、吊り革の様な物が天井から数本ぶら下がっている。

 フォレス麦の山から突き出しているフラニーの小さな手が、ふらふらと吊り革を探してさまよっている。


 もし火をつけていなければ、たっぷり苛めてやりたい所だったが、オレは吊り革をフラニーの手に持たせてやった。フラニーが吊り革を引っ張り、体を麦の山から引き出した。

 頭に付いたフォレス麦を払ってやりながら、オレは言った。


「……フラニー、はっきり言わせてもらうが、お前ハービーに嫌われているんじゃないのか? あきらかにわざとだろ、これ」

「いえ、そんなことはありません、そもそも嫌われるような理由がありませんもの」

「いや、あると思うな、今パッと思いつくだけでも3つぐらいはあるな」


 オレがそう言うと、フラニーが心外そうな顔をした。


「……たとえば何でしょう?」

「うん。まずハービーのカゴの中にフラニーが入る時のことだが、フラニーは何も言わず平気でハービーの手やら肩やら踏み台にするだろ? あとはハービーを家に入れようとするとフラニーは少し嫌そうな顔をするよなあ」

「……」

「オレは、フラニーの国の長年の習慣についてとやかく言うつもりはないが、この丘の上にいる間はハービーは一緒に戦う同格の仲間なんだ…………と、すまん。急に説教臭くなってしまったな、飯にしようか」


 フラニーと一緒にキッチンまで行くと、エリンばあさんがフライパンをかき混ぜていた。

 オレはエリンばあさんに礼を言ってから、さりげなくフライパンを引き継いだ。


 戦歴70年近いエリンばあさんの作る料理は、良く言えば豪快な男の戦場料理だった。はっきり言えばエリンばあさんは料理が下手だった。





 お昼ご飯を久しぶりに監視塔の上で食べた後、オレはトムの道具屋にワープした。


「あんた……トムおじさんの事を完全に忘れてただろ?」


 すっかり老け込んだトムが、寂しそうにオレを見た。


「な、何言ってんだ、忘れるわけないだろ?」

「いや、いいんだよ。何度も経験してきた事だからな。最初はこの店を頼りにしてくれた若い奴らは、そのうち物足りなくなって市場に通うようになる。さらに市場にも物足りなくなった奴は、カルゴラシティーに遠出するようになるんだ。あんたの活躍は聞いているよ……噂でな」


 トムは悟りきった虚ろな目で、遠くを見ていた。


 オレは全力ハイテンションで、ユグノーとの戦いをトムに話した。

 実際に右ストレートやステップを披露して、事細かに話していく。

 トムに貰った火の精霊石を消化した場面は、大事なことなので2回話した。


「ほう、おめーもなかなかやるじゃねーか! ボスを倒したってことはマナの方も大量に貰ったんだろ、なんか買っていってくれてもいいんだぜ、がっはっはっ」


 トムはすっかり調子を取り戻して、声を立てて笑った。

 オレは何か買って、トムの恩に少しでも報いようと思った。

 しかしトムの店の商品は、どれも代わり映えのしない見飽きた物ばかりで、埃をかぶっていた。

 オレの困惑を敏感に感じ取ったトムは、肩が小さくなっていく。


 オレは話題を変えるために、後ろのドアを指差した。


「そ、そういえばさ、市場でトムの道具屋を見かけないけど、どの辺にあるのかな? 場所がわかれば寄りたかった時が何度かあったんだよな」

「ばっ、やめろ、勝手にドアをあけるんじゃ――――」


 オレはドアを開き、外に一歩踏み出した。


 外には、オレの丘とそっくりな丘があった。

 そして畑の真ん中で、ティラノサウルスぐらいのドラゴンがスヤスヤと眠っていた。

 オレは店に戻り、ドアをパタンと閉めた。

 今日、一番の気まずい沈黙が、二人の間に流れる。


「トムさん、あんたまさかラスボ――――」

「梅雨に入った頃に、また顔を出してくれや。新しいアイテムがその頃には入ってくる予定だからな」


 トムはオレの言葉を遮り、にこやかにそう言った。

 オレは、トムと握手をしてから家に帰った。





 家に帰ったオレは、農作業を始める事にした。

 オレも参加して、鋼鉱石でも栽培するつもりだった。


 エリンばあさんと伝声管で打ち合わせをして、アポロの爪が割れていないか念のため確認した。

 フラニーが家畜小屋からハービーを引っ張って来て、口笛を吹いた。


 ハービーが跪き、手の平で足場を作る。

 フラニーはいつもの様に、ハービーの手と肩を踏みつけてカゴの中に入った。

 しかし、蓋を閉める前にハービーの耳元で「……ありがとう」と小さな声で言った。


 立ち上がったハービーが、何かを確認するような目でオレを見てきた。

 オレが頷くとメッセージが出た。


 ――――石版の助力者のスキルを承認しました。条件を満たしたので助力者がスキルを覚えます。


 オレは、ハービーのグローブのように巨大な手を引いて、家の中に入れた。

 そしてハービーの手を水晶玉の上に乗せた。


「ハーベスト・プレッシャー ―――― ハーベストゴブリン固有スキル。一定レベル以上のハーベストゴブリンが、畑を守る強い意志を持った時に獲得します。スキルを発動すると第一段階では、畑を狙う自分よりも弱い敵を委縮させます。第二段階を発動すると、複数の敵の攻撃対象を強制的に発動者に変更させます」


 オレはハービ―の肩をバシバシと叩き、祝福の言葉を告げた。


「やったじゃないかハービー、すごいぞ! おめでとう、お祝いに何か欲しい物があったら遠慮なくいってくれ」


 オレは仲間の成長に、全身から溢れ出るような喜びを感じた。

 しかし、わずかだがプレッシャーも感じた。

 アポロに続いて、ハービーもスキルを獲得した。

 みんなどんどん強くなっているのだ。


 ……ハービーよ、プレッシャーをかけているのは敵モンスターだけじゃないからな






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