表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/94

ショック療法

 オレは、フラニーに完全に病人扱いをされていた。


 フラニーはベッドでオレに朝食を食べさせた後、濡らしたタオルで上半身を拭いてくれた。

 体のでかいハービーに、なんとか寝室まで入ってもらい、肩を借りて家の外に出た。


 春のわりには暖かすぎる陽気だったが、オレの丘はちゃんとそこにあった。

 よく見ると城壁や防護柵が毎日、手入れされていることがオレには分かった。

 砂鉄ゾーンの土は、黒さを増している。


「……フラニー、ありがとな」

「何のことですか? さあ、リハビリを始めますよ」


 ハービーに助けてもらい、おそ松の所まで歩いて行った。

 そして石壁を支えにして、自分の力で立ってみた。膝がガクガクと震え、立っているだけで全身から汗が噴き出した。

 数週間、寝たきりだったせいなのか、ダメージのせいなのかはわからないが、早く元の体に戻さなければならない。

 確認しなくてはならない事がたくさんあるのだ。


 石壁に掴まりながら、少しずつ歩いていく。

 オレが転びそうになると、フラニーが風を発生させて体を戻してくれた。

 巻き上がる風がアフロに溜まった熱を吹き飛ばし、とても気持ちがいい。


 ……しかし、焦ってしまうな


 昨日のベンとの会話を思い出した。


 市場の高級店が立ち並ぶ通りで、日本の国旗が描かれた、青い服を着た女性を見かけたと言う。

 ベンは走って追いかけたが、人混みに紛れた女性を見失ってしまった。

 友だちがいのあるベンは、しばらく市場の石碑で待ち伏せてくれたのだが女性は姿を見せなかった。帰還の塗り絵を使ったのだろう。


 ベンにその女性の容姿を描いてもらった。

 黒くて長い髪に、色白で華奢な体。ベンの描いた青い服と言うのは、どうもサッカー日本代表のユニホームのように思える。

 なんとしてでも、この女性を見つけ出さなければならない。

 まず女性がいた可能性の高い、店を……


 体を支えていた風が突如止み、オレは地面に転がった。


「リハビリの最中は、ちゃんとリハビリに集中して下さい」


 フラニーが、わずかに頬を膨らませて言う。


「そ、そうだな、すまん」


 フラニーの言う通りだ。

 まずは体を元に戻さない事には、何も始まらない。


 オレは重いハードレザーのブーツを脱ぎ捨てた。

 そして裸足のまま、午前中いっぱい大汗を掻きながら歩行訓練を続けた。




 お昼を食べた後、オレは歩行訓練に戻り、フラニーとばあさんは銅鉱石の栽培を始めていた。

 オレは壁の支えがなくても、歩けるようにまでなっていた。

 エリンばあさんの冴え渡った弓矢が空気を切り裂き、ハービーがモンスターを粉砕していく。


 その横で、ただひたすらに歩き続ける。

 アポロは念のための護衛として、オレの周りで暇そうにしていた。


 そんな平和な午後を過ごしていると、見慣れないメッセージが出た。


 ――――石版との契約者『ダーマ・スパイラル』に侵入されました。


 なんだと? フッ……


「フラ二ー! アポロ! すぐ家に入るんだ」


 オレは監視塔を見上げ、大声でエリンばあさんに降りるよう叫んだ。

 しかしエリンばあさんは監視塔を降りようとせずに、戦場手話で話しかけてきた。


 ばあさんの言葉を受けたオレは、半信半疑ながら城壁の階段を駆け上った。

 見えない壁の手前に、ダーマスパイラルという名の侵入者が立っていた。

 ダーマスパイラルは、小さな魔法陣の描かれた銀製の鎧に身を包んでいる。

 そして長い木の棒にくくりつけられた緑色の旗をブンブンと振っていた。


 わずかな動きも見逃すまいと凝視していると、ダーマスパイラルは丁重な礼をオレに向けてきた。


 そして地面に何かを置いてから、帰還の塗り絵を取り出して塗り始めた。

 数分かけて塗り絵を終わらせたダーマスパイラルは、発生したブラックホールに飲み込まれ消えていった。


 オレは体の動かない事も忘れて、侵入者の居た辺りまで走った。

 地面にはランクの高いアロエが2つ置かれていた。それを拾い、監視塔の伝声管まで走った。


「今のは?」

「今のはおそらく討伐隊か仇討ですじゃ」

「討伐隊? オレが寝ている間にあんなのが来ていた?」

「いえ、レオン殿の丘で見たのは初めてですじゃ……詳しくは兵隊のあたしよりもベン殿からお聞きになった方がよろしいかと思います。今日も夕方に来られる予定です」

「そうか、わかった。ありがとう」


 急に疲れが噴き出したオレは、監視塔の柱に掴まってズルズルと崩れ落ちた。


 ……ちくしょう、びっくりさせやがって


 手の中の赤アロエを見た。

 これはお詫びという訳か……




 一種のショック療法のようになったのか、しばらく休んだ後に立ち上がると、体が大分軽くなっていた。試しにゆっくり走ってみると、市場ぐらいなら行けそうな気がしてきた。

 しかしオレが出歩くと言うと、フラニーがプンプンと怒った。


「明日か明後日でもいいのでは?」

「いや、大丈夫だよ、市場なんだし。一応、アポロを護衛に連れて行くからさ」

「そうですか、では私も一緒に行きます」


 ふむ。

 フラニーってこんな押しの強い娘だったかな。

 前から真面目な奴ではあったけど、オレが寝ている間に責任感のような物が芽生えてしまったのか。

 あるいはユグノーにすら勝ったオレに惚れたのかもな。


「フラニー、ずいぶん強気な物言いじゃないか……さてはオレの丘を乗っ取る気だな」


 突如、発生した風が、オレをアフロごと石壁まで吹き飛ばした。

 フラニーの所まで歩いて戻ったオレは、真面目な顔をして話した。


「フラニー、オレと一緒に石版でワープ出来るのはオレの所有物だけだから、市場にはいけないぞ」

「では所有物にしてください」

「そう言うと思ったがな、簡単に言っていい事じゃないぞ。第一、ライルさんを助けた後にオレはなんて言えばいいんだ? お宅のお孫さんは私の所有物になりましたよって言えばいいのか?」


 ちょっとずるいが、ライルさんの名前を出した。

 フラニーは、オレの言葉を受けてヨロヨロと後ずさった。


 ……フッ、子供に言い負けてたまるかってんだ


 オレはアポロをランドセルに入れて、家に向かった。

 フラニーには「また変なのが来たら嫌だから、農作業は休憩な」とだけ言い残した。

 家に入ったオレは石版に触れ『ドライフォレスト・商業地区』にワープした。



 眩しい光が収まると、懐かしのキャンプ跡が残っていた。


 第二城壁を見上げてマキの姿を探したが、残念ながらいないようだった。

 オレは散らかりっ放しのキャンプ跡を片付けながら待っていたが、彼女はやってこなかった。

 アポロと遊びながら、さらに30分ほど待ってみたがこない。


 オレは日を改めてまた来る事にしたが、名残惜しさから城壁のそばまで近づいていった。

 一緒にご飯を食べるために、マキが投げ縄で降りてきた辺りを見上げていると、一本の矢が城壁に刺さっている事に気が付いた。

 背伸びをして、矢を引っこ抜いた。


 矢の真ん中に固く折り畳んだ紙が結んであったので、苦労してそれをほどく。

 紙には素っ気なく、二行だけ書かれていた。


「お前の戦う姿を見て、私も戦う事にした。もう会う事はないかもしれない。お前が付けたマキというあだ名は、まあまあ気に入っていた」


 ショックを受けたオレは、慰めを求めるようにアポロを見た。

 アポロは、オレに気が付かないフリをして、小さな虫を追っ掛け始めた。

 オレは生臭い井戸水で顔を洗ってから、家に戻った。



 家に戻ったオレは、今度は市場に移動した。

 ベンが来る夕方が迫っていたので、多少急いで高級店が並ぶ通りを目指す。

 そして例の女が入っていたと思われる店に、足を踏み入れた。


 その店は、高級な服や、同じく高級な布地や雑貨などを売っている店だった。


 チャリンというベルの音に反応した、若い男の店員がオレを出迎えた。

 店員は素早くオレの全身を見回して、出迎えのトーンを一段階下げた。


「あー、ちょっとお聞きしたい事があるのですが」


 オレがそう言うと、店員はトーンをさらに二段階ほど下げた。

 オレは構わず、ベンに描いてもらった女性の人相書きを店員に見せた。


「こういう人がこの店にいたはずなんだが、何か知らないかな?」

「さあ、知りませんね」


 店員はにべもなく、そう言った。

 店員の顔はすでに氷河の様に凍りつき、見下した目でオレを見ていた。


 ……ふむ、どうやらアメリカ映画を見て鍛えた交渉のテクニックが、生かせる日がきたようだな。


 オレは何気ない素振りでポケットから一枚の銀貨を取り出して、カウンターにパシリと置いた。

 店員は少し驚いた後で、カウンターの銀貨に目を釘付けにさせた。


 店員は抜け目なく周りを確かめた後で銀貨を取ろうとしたが、オレは鋼の爪で銀貨を隠した。

 ハッとした店員は、オレの差し出した紙を受け取り、宝の地図を見るような熱心さで見つめた。


「ええ、この女性はうちのお客様です。数か月に一度ですが来店されて、大量に買っていかれます。布地などをうちに納めてもいる方なので、値段の交渉もされていきます」


 店員は素早く、銀貨一枚を自分の方に引き寄せた。

 数か月に一度という言葉のダメージはかなり大きかったが、オレは話を進めた。


「名前は? 連絡を取る方法はあるのかな?」


 店員は苦渋の表情を作ってから引き寄せていた銀貨を、オレの方に押し戻した。


「知ってはおりますが……言えません。この女性は特殊なお客様ですし、うちは秘密厳守の高級店ですから。ばれたら首になってしまいます」


 オレは押し戻された銀貨の上に、ウイスキーを飲むショットグラスの高さと、同じ高さの銀貨を積み上げた。

 それを見た店員はゴクリと唾を飲み込んだ。

 積み上げられた銀貨は、ウイスキーよりも店員を酔わせたようだった。

 店員が何もかも話そうとしたその時、店の奥から足音が聞こえてきた。


 店員が目配せをして、オレから離れた。

 銀貨を素早くしまうと、恰幅のいい初老の紳士が店内に現われた。


「いらっしゃいませ、どうぞごゆっくり」


 オレが魔力を織り込んだ布地を見ているフリをしていると、若い店員が寄ってきて「明日の午前中にでも」と囁いた。


 まあ、成果はあったのだから良しとしようか。

 オレは店を出て、家に帰った。




 家に帰ると、丁度ベンとグラックスが牛車で到着した所だった。

 荷の積み替えはハービーとグラックスに任せて、オレはリハビリ中にあった事をベンに聞いてみた。


「そうですか、討伐隊がきましたか……」

「ああ、討伐隊とか仇討ってのはやっぱりそういう事なのかな?」

「ええ、そうです。侵入者として悪行を働いた者を探し出して、消す事です。侵入の時は名前を指定して、侵入する事が出来ませんからね。その罪人が栽培しそうな物にあたりをつけて、罪人にたどり着くまで侵入を繰り返すのです。おそらく今度の罪人は鉱石系の農場の持ち主なのでしょう」

「へー、そりゃ目的の奴に辿り着くまでが大変そうだな。そいつが栽培してくれるとは限らないし」


 オレは他人事のように言った。


「ええ、でも石版の世界にいる限りは略奪者といえども、必ず栽培します。略奪だけではジリ貧になりますからね……善人を装った協力者がいないという前提があっての話ですが」


 オレは討伐隊や戦争の話を、ベンから詳しく教えてもらった。

 討伐隊は標的の人物に辿り着くと、アイテムを使ってマーキングと言う名の宣戦布告をするのだという。一度マーキングをすると、した者と、された者の間で侵入がいつでも自由になる。お互い施設を壊し合い、土を奪い合い、どちらかが死ぬか再起不能になるまでたいていの戦争は終わらない。


 昔あった大規模な戦争だと、草原で数千の軍隊がぶつかりあった事もあるという。

 ベンに戦争の細かいルールなどを聞いていると、積み替え作業を終えたグラックスがそれとなくオレ達の話を聞いていた。


「大体そんなところですかね。ただ大きな戦争は長い事、起こってはいませんが。あっ、いけません、ハービーに話しがあったのです、少しハービーをお借りしていいですか?」


 ベンはオレにことわってから、ハービーに駆け寄っていった。

 そしてフォレス麦を取り出して、ハービーと話し込み始めた。


 ベンを見守っていると、グラックスが落とした声で話しかけてきた。


「……レオン様。ベン様は、レオン様を関わらせない為に多くを語りません。誕生パーティーで帝国の方と引き合わす事さえ、ためらっていたようです。ですが今、石版の世界は急変しつつあるのです」

「……というと」

「失礼ですがレオン様は、モンサン・カンパニーやカルゴラ・シティーのゲートの事はご存じですか?」

「いや、知らないな。モンサンってのは名前だけは聞いたことはあるが」

「ベン様は帝国とモンサンカンパニーの争いに深くおかかわりになっております」

「ふむ」


 オレは黙り込んでグラックスの目を睨みつけた。

 グラックスは知性の溢れる目で、強く見返してきた。

 しばらく睨み合いが続いた後、グラックスが口を開いた。


「私はベン様と同じ帝国の出身です。平民出の私が自分の土地を持つなどというのは、本来ならあり得ない事なのです。ベン様の栄達は、私の栄達でもあります。……私の命はベン様に捧げております」


 グラックスは強い意志を込めて、そう言った。


「その話が本当ならば、近いうちに話を聞こう」


 ベンがハービーとの話を終えて、こちらに歩いてきた。

 満面の笑みを浮かべ、足取りはスキップしそうなほどに軽い。


「いやー、ハービーのおかげで、行き詰っていた問題が解決しそうですよ。フォレスビールで乾杯する日が近づいてまいりました。マイナーな酒であったビールですが、フォレスビールが時代を変えるかもしれません、ハッハッハッ」


 ベンが丸いお尻を牛車に押し込んだ。


「それではレオン、楽しみにしていてください」

「お、おう」


 ベンとグラックスは盛り上がりながら、牛車に揺られて帰っていった。


 なんだか今日は忙しい一日だった。

 疲れを感じてふらつくと、ハービーが豆だらけの手でオレを支えてくれた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ