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国旗

 フォレス麦の栽培を始めてから、数日が経過していた。


 いつものように野菜中心の朝御飯を、監視塔の上で食べる。

 炬燵を普通のテーブルに戻し、座布団を四枚、敷き並べていた。


「……あの、監視塔の上で朝食を食べるのには、何か理由があるのでしょうか?」


 フラニーが『角無牛』の白いミルクの入ったコップを、置きながら言う。


「ああ、前に朝食を食べている最中に、急襲を受けたことがあってな。それを警戒している」


 オレは嘘をつきながら、フラニーのコップにミルクを注ぎ足す。

 フラニーは疑いの目をオレに向けながら、ミルクをコクコクと飲む。オレは食べ終わった皿を重ね始めた。


「……あの、とてもおいしいのですが、なぜ私だけしかミルクを飲んでいないのでしょうか?」

「大人が牛乳を飲むとな、すぐにお腹が痛くなってしまうんだ。そして稀にだが、ある危険な病気を発症する事があるんだ。その病気は人間の自尊心を奪い……こらっアポロ、テーブルに乗るな」


 エリンばあさんが、お茶をコポコポといれてくれる。

 フラニーの食べ終わった皿に、マジックパセリが残されていた。

 マジックパセリというのは、食べると魔力の最大値が微上昇する効果がある。

 高級品な上に市場に出回る数も少ないので、3日おきぐらいでフラニーに食べさせていた。


 オレはマジックパセリに気が付かないフリをして、フラニーの皿を片付けた。


「あっ、待ってください」


 フラニーがあわててマジックパセリに手を伸ばす。そして、苦そうに顔を歪めながらマジックパセリを噛み潰した。

 なかなか、からかい甲斐のある奴だった。


「今日は午後からベンの丘に行くから、ちょっと早いが始めようか」


 食器を昇降機に乗せて、オレは梯子を滑り降りた。




 午前中はあまり無理をせずに、ゆっくりと栽培、収穫していった。

 3番フォレス麦は後味の悪い、子連れイノシシを呼んでしまうので2番を中心に埋め、同時に鉄鉱石の種も埋めていく。


 アポロには砂鉄ゾーンを守ってもらい、オレは城壁の上、ハービーには農作業とオレ達のフォローを臨機応変にやってもらっていた。


 エリンばあさんは最近、死角にいる敵に曲射で矢を当てるという技を試し始め、徐々に精度を高めつつあった。

 どうやっているのか聞いたところ、鼠や鹿は動きが単純なので、一度でも姿が見えれば大体の位置が予測できるという。ほとんど心の眼で見ているに近い、熟練の技である。


 このフォーメーションで農作業を始めてから、飛躍的に効率が上がっていた。

 以前は、モンスターが収まった後に収穫をして、その後に種を埋めてと、いちいち作業が止まっていたが、今は流れるように農作業が進む。


 城壁の上にいるオレは、弱いモンスターを投げ縄で引き寄せ、殺してから栽培中のフォレス麦に向けてポイポイと投げ入れた。やっかいなモンスターには石をぶつけて弱らせた後、場合によっては城壁から飛び降りて止めを刺しにいった。


 ハービーは作物が収穫可能になるとドンドン刈り取っていき、新たに種を埋めていく。

 もちろん、竹美や新設のトラバサミも十分に活躍中だ。


 午前中だけで、ちょっと前の数日分の稼ぎをあげてしまう。

 笑いが止まらないオレに向かって、帳簿係りになってもらったフラニーがたまに文句を言う。


「この畑は、なんというか……ズルいです。成長速度がケタ違いですし、そもそもフォレス麦を同じ畑で連続して収穫し続けるなど、普通では不可能な事です。……私の知識があまりお役に立てていないようです」


 真面目なフラニーの金色の髪の毛をゴシゴシと撫でてやる。


 毎日、午前中の農作業が終了した後には、必ず3つの事をやる。

 まず邪魔なバッファローウォールの処理。

 次に、取り残してしまったモンスターがいない事の確認。

 ばあさんが上から、アポロが下から、オレとハービーは城壁の上で背中合わせにスタートして1周づつ、引っ掛かっている敵が残っていないか確認する。

 エリンばあさんとアポロが確認OKの印に手を上げ、合流したハービーが巨大な歯をカチカチと鳴らすのを確認した後、オレも手を上げて作業の終了を宣言する。


 最後に、穀物庫に埋もれているフラニーを引っ張り出した後で、昼食の準備をワイワイと始めた。




 お昼を食べ終わった後、ベンと丘を見せ合う約束をしていたので、先にベンを召喚した。


 まずは丁重な一礼。


「お久しぶりですレオンさん、ご活躍は噂で聞いていますよ」


 ベンはグルリと丘を見回した。

 そして、砂鉄ゾーンに屈み込んだ。


「いやあ、ずいぶん土が育ってきましたね、素晴らしいです」


 ベンが輝くような笑顔で言う。


「ありがとう、こっちも見てくれ」


 穀物庫までベンを引っ張っていき、中のフォレス麦を見せた。


「ほー、これはフォレス麦ですね。なるほど……おっ、あそこにいるのはハーベストゴブリンではないですか、実物は初めて見ました」


 自主的に城壁の補修を始めていたハービーを、オレは呼び寄せた。

 ベンがハービーを見上げながら、小さく会釈をした。


「こんにちは、ベンと言います。いやあ、レオンの丘は精鋭ぞろいという感じですね」

「……はじめまして、ハービーと申します」

「ほう! 喋れるのですか、知りませんでした。しかも女性でありましたか、これは失敬」


 ベンが貴族風の丁重な礼を、ハービーに向かってやり直した。


 ベンに城門やトラバサミなどを一通り見せた後、ふと思い出して家に招いた。

 そしてプラチナ鉱石の種を、鑑定情報と共にベンに見せた。


「こっこっこっこれは……凄い物です。本当に驚きました。さすがレオンです、どうやら差をつけられてしまったようですね」


 ベンが真顔で言う。


「ハハッ、よく言うぜ。こっちは3倍になったベンの丘を、毎朝見せつけられているんだぜ」

「いえ、私は本気で言っていますよ。闘志がメラメラと湧いてきました」


 ベンが親しみに溢れた熱い眼で、オレを見てきた。

 オレも力強く頷き返す。


「では、一度帰ってからご招待いたしますので、少しお待ちください」




 視界を塞ぐ眩い光が収まると、数十人の男女がオレに向かって跪いていた。

 ベンの村人と思われる人々は、真新しい服や鎧に身を包み、額に薄っすらと汗を掻いていた。

 横を見ると、先ほどまでとは少し雰囲気の違うベンが、背筋を伸ばして立っていた。


「この方が、私の盟友であるレオン殿です。くれぐれも失礼のないように」


 ベンが大きな声でそう言うと、全員が跪いたまま頭を下げた。

 凍りついているオレの横でベンが、剣士ボウドに向けて小さく頷いた。

 村人全員が立ち上がり、それぞれの作業に戻る。


 ……フー、びっくりした。


 村人達は、ある者達は農作業をし、別の者達は組織的にモンスターと戦っていた。ボウドが全体の指揮をとっている。

 ベンの立派な屋敷を囲むように、十軒ほどの家が建ち並んでいて、倉庫や大きな家畜小屋もあった。

 丘も畑も3倍以上の広さになっており、多種類の作物が隙間なく育てられている。食料となる野菜や果物を中心に、鑑賞用と思われる花や黄金長イモ、市場でも見たことのない作物もあった。


「さて、まずは魔法城壁を見てもらいましょうか」


 ベンがにこやかにいい、若い男に指示を出した。

 畑の前に建てられている、トーテムポールのような柱に若い男が手をかざした。


 すると、紫色のゼリーのように半透明な城壁が音もなく出現して、丘をあっという間に囲んでしまった。紫色の城壁は、高さ10メートル幅5メートルぐらいはあった。


 オレは城壁まで走り寄り、触ってみた。

 石のように固いくせに半透明なので、向こう側が透けて見えた。

 ベンが、オレに近づいてきた。


「なかなかでしょう? ちなみに向こう側からは中が見えません」


 ベンが手を上げると、若い男がトーテムポールを操作し始めた。

 すぐに城壁の高さや厚さが変わり始め、さらに階段がついたり、銃眼のような穴が出来たりした。


「すっ、すげーよベン。とんでもねー代物じゃないか」

「フフッ、ありがとうございます、今日届いたばっかりなんです。あの柱一本買うためにどれだけの苦労をした事か……ここだけの話ですが少し借入もしてしまいました」


 ベンは自信に溢れる顔で城壁をひと撫でしてから、話を続けた。


「もちろん、十分な計算の上でした事ですが」


 ベンがポケットの中に手を突っ込み、取り出したものをオレの手のひらに乗せた。

 薄茶色のカシューナッツのような物だった。

 ただカシューナッツよりは細く、もっと丸まっていた。

 見ようによっては指輪に見えなくもない。試しに人差し指にはめてみた。

 ベンは謎々の出題者のようにニコニコしている。


「……それは元からあった物を、私が改良して作ったダイヤモンドナッツという物です」


 ベンはポケットから同じ物を取り出して、それをパクリと口に入れた。

 オレもマネして放り込む。


「噛まないでくださいね。ダイヤモンド並みの硬さですから、歯が割れてしまいます。このダイヤモンドナッツはいわゆる戦場食です。1粒舐めて溶かしきるのに丸一日かかりますが、同時に一日生き延びる為に必要な、最低限の栄養を得る事ができます」


 ベンはハンカチを取り出して、ダイヤモンドナッツを口から出した。


「この先どんどん戦場食の需要は高まるはずです。借入を消すぐらいの利益は嫌でも出てしまうでしょう。……レオンが今やったみたいに、指にはめて持ち運ぶというのも面白いかもしれませんね」


 ベンは悲しそうな演技などせずに、はっきりそう言い切った。

 帝国貴族として生まれたベンにとっては、戦争イコール悲しい事、とはならないのだろう。


「さて、屋敷に入ってお茶でも飲みましょうか」


 屋敷に向かってベンと歩く。

 途中、大きな畑とは別に、独立した小さな畑がある事に気が付いた。ベンに聞いてみる。


「ええ、あれはですね……グラックスこっちに来てくれ」


 先ほどトーテムポールを操作していた若い男が、走り寄って跪く。


「あの小さな畑はこのグラックスに所有権を譲りました。譲ったといっても利益の8割は私が貰いますが、グラックスの働きによって少しずつ割合を下げていき、数年後には完全にグラックスの畑になるようなシステムになっています……グラックス戻っていいぞ」


 若く頭の良さそうな青年は、一礼してから畑に戻っていった。



 屋敷に入ったベンは大きく息を吐き、あきらかにリラックスした顔になった。


「帝王学を子供の頃から一通り教えられて育ちましたが、机上の学問と現実は大違いです」


 ベンは、はにかんだような笑顔をオレに向けた。

 笑い返して、ベンの肩をそっと叩く。


 ソファーに二人で座り、ベンが入れてくれた紅茶を飲みながら雑談をしたり、交易についての相談をしたりした。

 会話が途切れた時に、ふと思いついて、からっぽのランドセルの前ポケットから、帰還の塗り絵を取り出した。そして余白の部分に黒と赤のクレヨンを使って、小さな絵を描いた。

 その絵をベンに見せて質問した。


「なあ、ベン……こういうのって見た事ある?」

「うーん、これは……見た事ありませんね。どこかの国の国旗のようですが、これは知りません」

「うーん。……そうだよな、そうだとは思っていたけど……」


 オレは赤い丸を、黒いクレヨンで塗りつぶした。


「なあベン、自分がさ……気が狂ってるんじゃないかって思った事ある?」


 オレもベンもリラックスしきっていたので、こういう話も気軽にできた。


「うーん、どうですかねえ。僕が三男で石版を貰うまでに5年かかったという話は以前にしましたよね。あの頃は辛かったです、特に最後の4年目、5年目は……毎日毎日、部屋に籠っての勉強と激しい鍛錬だけの日々でしたし、複数の教師を雇っていたので親にかける負担も大きくなっていました。正直、死んでしまいたいと毎日思っていましたから、あの頃は気が狂っていたのかもしれません」


 ベンが遠い眼で、悲しげに笑った。


「……そっか」

「……大丈夫ですか、レオン?」

「やっぱさ、オレたちにとって、丘って大切なもんだよな。命を何個、懸けても惜しくないぐらい」

「……そうですね」


 オレもベンもソファーに寄りかかり、しばらくぼんやりとしていた。


「ねえ……レオン」

「ん?」

「まだ、食べているんですか……ダイヤモンドナッツ」


 そういや、給食にでた中華丼のうずら卵を、放課後まで口に含ませてた奴が必ずいたよな。

 ベンにそう言いかけて、オレは口をつぐんだ。





 夕方、自分の丘に帰っていたオレは、伝声管に口を当てていた。


「ばあさん、どうだ?」

「ええ、近づいてきております」


 待ちきれなくなったオレは梯子を駆け登り、草原に目を凝らした。

 2頭の角無牛に引かれた荷車が、オレの丘に接近していた。

 荷車に乗っているのは、おそらくグラックスという者だろう。


 監視塔を降りて、城門と防護柵を開けて待ち構えていると、収穫物を満載にした荷車が到着した。

 グラックスが城門を通り、穀物庫の前に牛に引かれた荷車を横づけした。

 グラックスは牛車から飛び降り、地面に跪いた。


「グラックスさん、お疲れ様」

「どうかグラックスとお呼び下さい、ベン様に怒られてしまいます」


 グラックスが積荷を降ろし始めた。

 ハービーが手伝い、交易品を穀物庫にしまっていく。

 ベンの荷車が空になると、今度は穀物庫からフォレス麦と鉱石を取り出して積んでいく。


「ちゃんと価値は釣り合ってるかな?」


 荷車をフォレス麦で満載にした後、グラックスに訊ねた。

 グラックスは素早く計算を済ませてから答えた。


「ええ、大丈夫でございます。ベン様とすでに相談済みでございましょうが、もしレオン様の穀物庫がたまたま空だった場合には、こちらから運んだ物をそのまま送り返していただければ結構です。草原はマナで満ち溢れていますから、マナの風にさらされた収穫物は価値があがっていきます。ですので、ただ1往復させるだけでも、十分な利益がでるのです」

「うん、それだとこっちも気が楽で助かる」

「はい、ではレオン様、失礼いたします」


 グラックスが牛車に乗り込んだ。


「あっ、グラックス……余計な事かもしれないが、もしベンに何か不満が出てきたとして、それがベンに直接言いにくい事だった場合は、オレに話してくれてもいい。オレの方からベンに話したり……まあ、悪いようにはしないからさ」


 オレがたどたどしく言うと、グラックスは牛車から降りてペコリと頭を下げた。

 若く聡明な顔を、少し緩ませた。


「ありがとうございます」

「うん、では気を付けて」


 角無牛がガタガタと荷車を引っ張り始め、道のない大草原を進んでいった。






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