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フォレス麦

 ☆☆☆


 お昼過ぎ、オレは電車に乗っていた。

 週1日か2日のアルバイトを始めていた。


 体中から滲み出る拒否反応をなんとか抑え込み、電話をかけ、面接を受けた。

 途中、何度か投げ出しそうになったが、その度にコンビニで働く病み上がりの女性の存在が、助けになった。あの人でさえ働いているのに、オレが働かなくてどうするんだと。


 最近、少し体調が悪かったが、さいわい今日は調子が良かった。

 座席に座り、ぼんやりと前を見る。

 目の前の横長の椅子に、スーツを着たサラリーマンが6人並んで座っている。

 彼らは、ただただ疲れ不満で一杯という顔で、斜め下を見つめていた。

 どこかで見覚えのある光景だった。


 一番右端のサラリーマンが、鞄からハードカバーの本を取り出して読み始めた。

 オレはなにげなく、本の表紙を眺める。


「東欧の独裁者ロバート・ハートネット 5万人虐殺の真実 今も迫害、弾圧される100万のガルブ族たち」


 電車が駅に着いた。

 オレは一つ溜息をついてから、席を立った。



 ――――――――――――――――――――



 朝食の後、オレは新しい日課となった『プラチナ鉱石参り』をしていた。


 1粒目のプラチナ鉱石の種を慎重に手に取り、水晶玉に当てて鑑定する。水晶玉に浮かび上がってくる驚愕の数字を見て、オレはニンマリと笑う。

 2粒目をアイテムボックスから取り出し、鑑定する。浮かび上がる、約束された数字を見たオレは、小さな声で「ありがとう」と言う。


 そして3粒目を取り出し………あれ?


 3粒目の種がアイテムボックスの中に見当たらなかった。もう一度、探すがない。

 大きく深呼吸した後、アイテムボックスの中を舐めるように探すが、やはりない。

 昨日、種を鑑定した時の自分の行動を頭に思い浮かべてみるが、絶対に3粒共しまったはずだった。


 ソファーに座っているフラニーが、無表情でオレを見ている。

 アポロも無表情でソファーに座っていたが、飛び降りて歩き出した。

 そして玄関のドアに向かって行く。


「……ちょっと待て、アポロ」


 アポロを待たせたまま、茶色いランドセルを取りに行った。

 そしてアポロの目前で、ランドセルの蓋を開く。


 何日か前に掃除したはずのランドセルの中が、再びガラクタで溢れていた。

 紐の切れ端や、食べかけのガロモロコシをポイポイと外に投げていくと、一番下の方に銀色に輝くプラチナ鉱石の種が入っていた。


「くっ……アポロ、アイテムボックスを開けられるのか? お前、天才なのか? オレの大切な物をガラクタと一緒にしやがって」


 今、怒っても無駄なので、仕方なくランドセルを綺麗に掃除して、プラチナ鉱石の種をアイテムボックスに戻した。重し替わりに鉄のインゴットを何個か、アイテムボックスの蓋の上に積んでおく。


 片付けが終わると、フラニーが近づいて来て小さなメモ紙を、オレに渡した。


「ああ、ありがとう。じゃあ、ちょっと行ってくるからアポロを頼む」


 アポロをひと睨みした後、市場に移動した。



 市場を歩き始めると、すぐにいい匂いが漂ってくる。

 砂糖を煮詰めた甘い匂いや、塩と胡椒が焦げ付いたような香ばしい煙が食欲を刺激する。


 片方の手の平で影を作り、フラニーに貰ったメモを読む。

 メモには、フォレス麦の栽培に必要な農具や肥料がびっしりと書いてある。

 必須の物と、あれば効率の上がる物とがきっちりと書き分けられ、さらに重要レベル別に細かく分けられている。そのフラニーらしいメモに、思わず頬が緩んでしまう。


 昨日、フォレス麦を見せてもらった後で、長時間フラニーと話し合った。


「これはフォレス麦の種です……必要のない物ですが、つい持ってきてしまいました」

「ふーん、フォレス麦の種かあ。オレの畑でも栽培できるのかなあ?」

「ええ、栽培できると思います。ドライフォレストで主に育てているのは、1番フォレス麦と2番フォレス麦。3番フォレス麦も少量ですが育てられています。今のドライフォレストの土では3番までが限界ですが、レオン様の丘ならば4番以上も収穫可能かもしれません」


 興味を持ったオレは、詳しく話を聞いた。

 1番、2番というのはフォレス麦の品種であり、番号により用途と価値が異なる。

 例えば1番フォレス麦は主に飼料となり、2番は人間の食べるパンや油などにされるという。


「例外はたくさんありますが、基本的に番号が大きくなるほど栽培が難しく、価値が高くなります。例えば平和だった頃のドライフォレストでは15番フォレス麦というのが栽培されていました。15番からは貴重なフォレス宝石が収穫出来たそうです」


 フラニーが水色の眼をやや曇らせた。


「ふーん、じゃあさフォレス麦から作ったフォレスビールなんてのもあるのかな?」

「いえ、フォレスビールというのはありません。ガロモロコシで作った、ガロビールという物はありましたが」


 品種改良のスキルを持つ、ベンのふっくらとした顔がチラリと浮かぶ。


「おもしろそうだな。オレの丘でフォレス麦を栽培してみてもいいか? 鉱石の他に栽培する物を探していたんだ………でも、故郷やライルさんの事を思い出してしまうか」

「いえ、それは大丈夫です。むしろ私からお願いしたかったぐらいです。ライルおじい様には遠く及びませんが、私の知識がお役に立てるはずです」


 フラニーはその後、1時間ぐらいフォレス麦について夢中になって話し続けた。



 ついつい買ってしまったガロモロコシのバター醤油焼きを齧りながら、必要な物を買い揃えていく。

 フラニーの情熱が伝染したのか、農具一つ選ぶのにも真剣になり、結構な時間をかけた。


 途中ガイドフ親方の鍛冶屋に寄って、ハードレザーブーツの踵に、クルクル回る拍車を付けてもらった。

 鍛冶屋出た後で気が付いたが、この拍車というのは、たしか馬を蹴っ飛ばして刺激するための道具だったような気がする。もしかしたらハービーに誤解されてしまうかもしれない。

 そう思ったオレは鍛冶屋に取って返し、拍車を簡単に取り外し出来るように変えてもらった。

 おかげでガイドフ親方には、またイヤな顔をされてしまう。


 予定よりだいぶ遅れて丘に帰ったオレは、休む事も忘れて畑作りに取り掛かった。

 まず、いつの間にか踏み固められてしまった畑を、耕す事から始める。

 ハービーが大型の犂を力強く引き摺り、オレは後ろで犂を支えていた。

 ハービーは疲れというものをまるで知らず、犂を引っ張り続ける。後ろで支えているだけのオレが、先にばててしまうわけにはいかないので、必死でついていく。

 顔に跳ねた土をペロリと舐めると、なぜだか甘く感じた。


 犂を引き終わると、ハービーは土に肥料を混ぜ始めた。

 オレが買ってきた何種類かの肥料を、区画ごとに配分を変えて混ぜているようだった。


 手伝いは逆に邪魔になったので、監視塔の下まで行き、伝声管に口を当てた。


「もしもし」

「はい、エリンです」

「……」

「……」

「ちょ、調子はどうだい?」

「ええ、良好ですよ」


 こうやって伝声管で話していると、まるで同年代の女性と話しているような気分になり、少し緊張してしまう。伝声管の響きが、いい具合にエリンばあさんの声を若返らせているのだ。


「ベンの丘の方はどうだい?」

「はい、なにやら大規模な工事が進んでいるようですね」

「そうか、こっちも負けていられないな」

「フフフ、そうですね」

「……そろそろ麦の種を埋められそうだ。最初だから鉱石の種は埋めずに、麦だけでやってみよう」

「ええ、楽しみですね」

「……うん」


 畑に戻るとハービーが話しかけてきた。


「準備が出来たので、埋めてもよろしいでしょうか?」

「頼む。1、2、3番を全部埋めてみるんだったよな」

「はい、そうです」


 背中の籠の蓋が少しだけ開き、手がニュと伸びた。

 袋を受け取ったハービーが、馴れた様子で種を埋めていく。


 オレは2つの城門を閉めた。

 城門の横に小さな魔法陣があり、そこに手をかざすだけで開け閉めできるという高性能城門だった。

 値は張ったが、これならアポロでも開け閉めができる。


 城壁に数か所つけた階段を、アポロと一緒に駆け上がる。

 バッファローウォールには狭間胸壁がないので、代わりにぶ厚い木の盾が間隔を置いて並んでおり、盾の後ろには投石用の石の小山が準備されていた。


 ちょこちょこ湧き始めた鼠を、投石で潰していく。

 初めて見る鹿のモンスターを、エリンばあさんが一撃で射殺す。

 畑を見ると、ハービーが小さなフォレス麦の芽をやさしく踏みつけていた。


 ――――子連れイノシシに侵入されました。


 また新しいモンスターが侵入してきた。

 親イノシシ1匹と小さなウリ坊が8匹、仲良さそうに並んでいる。


 すっかり忘れていた『豚殺し』が発動したのか、体の内側がほんのりと熱くなっている。


 普通のイノシシとあまり変わらない親イノシシが、城壁に突進して牙を突き刺した。

 たいした威力もなさそうなので、上から石をぶつけていく。


 8匹のウリ坊を見ると、ヨチヨチと追いかけっこをして遊んでいる。

 幼すぎてモスキート魔法陣の効果がないのか、魔法陣を突破したウリ坊たちは落とし穴群に向かって行く。先頭を駆けていた一匹の無邪気なウリ坊が、落とし穴に落下してしまった。


 すると地面を掻いていた親イノシシの目が赤く血走り、体が倍に巨大化した。

 さらにもう一匹、毛がフワフワのウリ坊が落とし穴に落ち、死んでしまう。

 親イノシシが牛ぐらいの大きさになった。


 ……これは、アンチ罠モンスターか!


 「アポロ! あのウリ坊たちを安全な所に運ぶんだ、殺すんじゃないぞ」


 巨大化したイノシシは、飛んできた矢を牙で打ち落とし、城壁に突進した。

 石壁にビシリとひびが入る。


 残り6匹のウリ坊の元に駆け付けたアポロが、ウリ坊の首根っこを咥えて1匹づつ運んでいる。

 オレは城壁から飛び降りて、親イノシシと対峙した。体の奥のドス黒い熱が強くなっていく。


 親イノシシの突進攻撃を何度か躱していると、イノシシがさらに1・5倍ほどに巨大化した。

 目の端に、ハービーが城壁に上がって来たのが見えたので、ウリ坊の方を指差す。


 親イノシシが地面をダンダンと打ち鳴らし、雄叫びをあげた。

 身を低くして、全力の突進を仕掛けてきた。

 ばあさんの矢が背中に刺さったが怯むことなく、オレ目がけて一直線に走ってくる。


 オレは左に少しフェイントをかけてから、闘牛士のように右に体をずらした。

 大根のような牙をギリギリでさけつつ、右手の鋼の爪を巻き込むように牙に絡めた。

 イノシシが宙を舞い、クルリと回転して、背中から地面に墜落した。


 オレはすぐに馬乗りになって、左右の爪を叩きつけた。

 親イノシシを消滅させる事に成功したが、左の手首がまた悪化してしまった。

 右腕一本でも倒せたかもしれないが、たぶん発動した豚殺しの影響で、気持ちを抑えることができなかったのだ。


 落とし穴の方に駆け寄ると、ハービーの太く長い腕に5匹のウリ坊とアポロが抱きかかえられていた。荒ぶっていたオレの気持ちが、穏やかになっていく。

 地面に降ろされた5匹のウリ坊たちは、親イノシシが死んだ辺りをしばらくウロチョロしていたが、やがて諦めたのか消滅していった。

 とても後味の悪いモンスターである。


 モンスターの湧きが収まってきたので、そっちはアポロとばあさんに任せて、オレとハービーはフォレス麦の収穫の方に回った。

 左手でなんとか麦の稲穂を一まとめにして、鎌でサクサクと刈り取っていく。

 ハービーは鎌を使わずに、麦を捻じ切るように収獲して、背中の籠にポイポイと放り込んでいく。

 黙々と作業を続けるハービーは籠が一杯になると、穀物庫に中身を放り投げていた。


 全部終わった頃にはすっかり日が暮れかけていた。

 まだ働き足りないという気持ちがあったが、無理をしてもしょうがないので作業の終了を皆に告げる。


 ハービーを家畜小屋に連れて行き、籠を降ろしてやった。

 さっきからフラニーの姿が見当たらず、籠の中にもいなかった。

 穀物庫の両開きの扉を開けると、フォレス麦に埋もれたフラニーの姿があった。


「……どうしたんだ?」

「……いえ、少し意思の疎通に間違いがあったようです」


 フラニーを引っ張り出した後、オレは夕飯の支度に取り掛かった。





 夕ご飯が済んだ後、オレはこっそりと家を抜け出した。

 市場で買っておいたガロビールの瓶が2本、胸に抱えられていた。


 オレは、おそ松の顔の横にドッカリと腰を下ろし、壁に寄りかかった。

 ガロビールの蓋を開け、1本をおそ松の前の土に、突き立てた。


「ぬるいけどな、お前も飲めよ」


 ガロビールをカチリとぶつけ合う。

 一気に半分ほど飲んだガロビールは、オレの知っているビールの味とは随分違う物だったが……痺れるほど美味かった。

 突き立てていたビールを手に取り、おそ松に半分ほどかけてやる。

 昔、働いていた頃は毎日のように、同僚と飲みにいっていた事を思い出す。

 仕事は辛かったが、仕事の後のビールはいつでも最高だった。


 ふと気が付くと、オレの目に涙が滲みでていた。

 それがこぼれ落ちる前に、あわてて袖で拭う。

 オレはガロビールの残りを一気に飲み干した。


「………おそ松……ごめんな、オレだけ逃げちまって……お前らは毎日毎日、戦っているのに、オレだけ逃げて……自分の世界に引きこもっちまってさ………ごめんな」


 おそ松は疲れた顔で斜め下をぼんやりと見ていた。


 家の方から、鉄の塊が崩れ落ちるような派手な音が聞こえてきた。

 アポロをたしなめるフラニーの声と、エリンばあさんの笑い声が、続いて聞こえてくる。


 オレは立ち上がり、おそ松に残りのビールをかけてから、家に戻った。

 おそ松が、愛憎入り混じった複雑な目で、オレの背中を見ていた。






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