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尖兵

 ☆☆☆


 呼び鈴が鳴ったので、インターホンのカメラを覗くと、故郷にいるはずの妹がいた。


 動揺しながらロックを解除して、部屋のドアを開けて待っていると、妹がやってきた。

 妹は勝手に部屋の中にズカズカと入り込み、部屋を見回した。


「ふーん、昼間からゲームねえ」


 妹が眉をひそめる。


「きゅ、急にどうしたんだよ。どうやってきたんだ? お前、金なんてないだろう?」

「お母さんが出してくれたのよ。お兄ちゃんが変だから様子見てこいって」


 ……ぐっ、母親が発揮する、謎の勘の鋭さというのはなんなのだろう。早速、尖兵を送りつけてきたか。


 妹は勝手に冷蔵庫を開けている。


「なにもないじゃない、私すごく咽喉が乾いてたんだけど」

「しょうがない、コンビニで買ってきてやるから、座っててくれ。ゲームに触るんじゃないぞ」


 オレは鍵を取って、靴を履き始めた。


「いいか、絶対触るなよ。フリじゃねーからな。お前の糞つまらんボケはいらないからな」


 ドアの隙間から妹をチラリと見る。

「フリじゃねーぞ」


 やたらと足止めされた赤信号にジリジリしながら、ジュースとお菓子を買って家に戻る。

 妹は案の定、コントローラーを握っていた。

 テレビ画面を見ると、今まさにレオンの頭にバリカンがあてられようとしていた。


「いらねーつっただろ!」


 コントローラーをひったくると、妹はテヘッと笑った。


「ねえ、お兄ちゃん。私、ゲームの事よく知らないけど、このゲーム機なんか変だよ? コントローラーも血が染み込んだみたいに汚いし」

「は? 別に汚くねーだろ、誤魔化すなよな。ほれ、ジュース」


 妹は不満げな顔でオレを睨みつけてから、ジュースをゴクゴクと飲んだ。

 

 オレがお菓子をつまんでいると、妹は洗面所やバスルームをチェックし始めた。

 少しして部屋に戻ってきた妹は、今度は部屋の隅々をチェックする。

 途中で妹は、棚に飾ってある高級腕時計をポケットに入れるという、糞つまらんボケをしていたので、わざと気付かないふりをしてやった。

 妹はこっそりと棚に腕時計を戻した後、オレに向き直った。


「まあ部屋も綺麗にしてるし、大丈夫そうね。お母さんには、問題なしと言っておいてあげるわ」


 妹は恩着せがましくそう言うと、さっさと帰り支度を始めた。


「もう帰るのか?」

「うん、友達をホテルに待たせているから。ディズニーランド行ったり、スカイツリー行ったり忙しいんだからね、私は」


 妹をドアまで見送る。


「じゃあね、お兄ちゃん」

「おう。そういえば一つ言い忘れてたけどな……人の時計盗んだら泥棒だぞ」


 妹は、オレの向う脛を軽く蹴っ飛ばし、帰っていった。


 オレは部屋に戻り、お菓子を一つ口に入れ、コントローラーを握った。

 コントローラーを握った瞬間、妹やその他の事が頭から抜け落ち、オレの意識がゲームに集中した。

 口に入れていたお菓子が、かみ砕かれる事無く、ボトリと床に落ちた。


 ――――――――――――――――――――



 オレはバリカンをアイテムボックスにしまった。

 アポロがなにか言いたそうな目で、オレをじっと見ている。


「あー、ゴブリンマラソンに行くんだったな。ちょっと待っててくれ」


 小屋から外に出ると、にぎやかな音をたてて工事が進んでいた。

 現場監督に声をかける。


「どうですか調子は?」

「ええ、順調ですよ、もうすぐ城壁が終わるので家の方に取り掛かります。でもダンナ、本当にあのままでいいんですかい」


 現場監督はバッファローウォールを指差した。

 相変わらず、気持ちの悪い顔がズラッと並んでいる。


「ああ、最初はオレも気持ち悪かったが、すっかり慣れてしまってな。まあ金が貯まったら少しずつ交換していくつもりだが、今はあのままでいい」


 もう名前も付けちゃったからな、とは言わなかった。


 ネーミング好きなオレは、一番右端のバッファローウォールに『おそ松』という名を授けていた。

 二番目のウォールにも命名しようと思ったが、おそ松の次が何松だったか思い出せなかったので、おあずけになった。

 おそ松の1メートル半ぐらいの顔は、ほんのわずかでも動く事はなかった。

 ただただ疲れ切って不満で一杯、と言う顔で斜め下を見つめている。


「少し留守にするけど、かまわないかな?」

「ええ、お任せください。夕方には全部終わると思いますよ」


 オレは頷いて小屋に戻った。

 そしてアポロをランドセルに入れて、ドライフォレスト・城外にワープした。




 ドライフォレスト城外も気持ちの良い晴天だった。春先に吹く、やや強い風すら心地が良かった。


 ライル老人にあげるお土産を出しながら、あぜ道を歩いていくと、フランチェスカが一人で座っていた。周囲を見回すが、ライル老人の姿がない。

 フランチェスカは頭巾をかぶり、顔を膝に埋めていた。


「よう、どうした?」


 オレは少し距離をとって、フラニーに話しかけた。


「……」


 フラニーは反応しない。

 少し近づいて再度、声をかける。


「どうした?」

「……」


 しばらく反応を待つが、何も返ってこない。


「ライルさんはどこに行ったんだ?」


 しゃがみ込んでそう言うと、フラニーが少し顔を上げた。


「おじい様は連れて行かれました」

「連れて行かれたってどこに?」

「お城です」


 それだけ言うと、また顔を埋めてしまう。


「なあ、ライルさんはオレにとっても他人じゃない、よければ詳しく話してもらえないか」


 オレがそう言うとフラニーはポツポツと話し出した。


「契約者様が第二城門を突破されたので、お城から兵隊がやってきました。ライルおじい様に手引きの疑いがかけられ、お城に連れていかれました」

「なっ……」


 そういう事はまるで考えていなかった。

 中途半端に仲良くなったのは、まずかったか。


 オレが自問自答していると、フラニーが立ち上がり頭巾を外した。

 そして水色の眼で、オレをじっと見つめてくる。

 その眼は少女というにはあまりにも大人びていて、深い知性が感じられた。

 ドライフォレストで生き延びて行くには、賢くならざるを得ないのだろう。

 正直、フラニーの眼は、小賢しいという印象すら受けた。


「契約者様にお尋ねします。契約者様は、本気でドライフォレストをお救いになる気持ちがおありでしょうか? それとも、ただの訓練か何かでしょうか?」


 オレは左手首をさすりながら、真剣に言った。


「すぐには無理だが、オレの命がある限りはドライフォレストで戦うつもりだ。王を倒すまでな」

「……そうでございますか、失礼いたしました。ライルおじい様の事は、どうかお気になさらずに。亡者にはなってしまうでしょうが、殺される事はありません。王が死んだ時にすべてが戻るでしょう」


 フラニーはそれだけ言うと座り込み、最初のポーズに戻ってしまった。


「フラニーはどうするんだ? 両親はもういないのだろう?」

「私もライルおじい様と同じですので、お気になさらずに」


 ……事も無げに言いやがって、体は子供でも心はすでに大人というわけか。


 オレは黙ったまま、あぜ道を歩き始める。

 少し歩いてからピタリと止まった。


「フラニー、お前戦えるんだろう? しばらくオレの丘に来ないか。お前がオレの為に丘で戦えば、その分ライルさんを助ける日が早まるはずだ。夕方もう一度ここに来るから、もし戦う気があるのなら荷物をまとめて待っていろ」


 オレは返事を待たずにあぜ道を進んだ。


 荒ぶる気持ちをぶつけるようにゴブリン警備兵を狩った後、小屋に戻った。

 帰りついた小屋はすでに小屋ではなく、家になっていた。



 外に出て自分の新しい家を眺める。

 アメリカ西部のトウモロコシ畑の横に建っていそうな、立派な家に変貌していた。

 家から見て右側に監視塔があり、左側には穀物庫と家畜小屋が並んでいる。


 ……これが全部オレのものなのか。


 新品の城壁や防護柵を眺めつつ、監視塔の梯子を登った。

 大まかな状況をばあさんに説明した後、アポロをばあさんに預けて家に戻った。


 オレはアイテムボックスから『契約者の槌』を取り出し、水晶玉で鑑定した。


「契約者の槌 ―――― 石版を叩くことにより、石版の欠片かけらを入手できます。ただし命そのものである石版を割るという事は、大きな危険がともないます」


 実は今まで何度か使ってみようとした事があったが、途中で止めていた。

 沸騰させたお湯を自分の体にかけるような、恐怖感があるのだ。


 契約者の槌を構えたオレはしばらくためらっていたが、ライルさんの顔を思い出し、槌を石版に叩き付けた。

 ガチンという音が鳴ると同時に、オレの心臓が握り潰された。体中に痛みが走り、ブルブルと痙攣している。

 あらかじめ用意していた、ありったけのアロエを口にほおばった。

 徐々に痛みがひき、体力が回復していく。

 しばらくしてすっかり元気になったが、体の力が以前より少し落ちている感じがした。


 床を探すと、小さな石版の欠片が転がっていた。

 命の欠片をまじまじと観察した後、工作台で革紐と合わせてネックレスにした。





 夕方、ドライフォレスト城外に移動すると、フラニーが待っていた。

 夕日で赤く染まったフラニーは、リュックサックを背負い、手提げのカバンを両手に持っていた。


「よう、来たか。来るとは思ってたけどな。…………こいつは見送りか何かか?」


 フラニーの横に、顔に黒い痣のあるハーベストゴブリンが立っていた。

 ゴブリンは1ミリも感情のこもらない顔で、オレを見下ろしている。


「申し訳ありませんが、これは唯一の財産なので、置いていく訳にはいかないのです」


 フラニーがハーベストゴブリンを見て、そう言った。


「うーん、持って行くのは別に構わないんだが、荷物扱いで持って行けるのかな? 一個しかないんだよな、これ」


 オレはネックレスを手の中で転がした。

 しばらく考えていると、いい事を思いついた。


「ちょっと悪いな」


 ガリガリに痩せたフラニーの両脇に手をやり、フワリと持ち上げた。

 そしてハーベストゴブリンが背負っている、丸い木網の収穫籠に、フラニーを入れた。

 一歩引いて、ハーベストゴブリンをじっと見つめる。


 ――――ゴブリン魔法騎兵。


「ハッハッハッ、これならたぶん大丈夫だろう」


 ネックレスをフラニーの手に渡した。


「じゃあ、これから仲間ってことでよろしくなフラニー……あとお前もな」


 ハーベストゴブリンは、やはり感情の無い顔でオレを見下ろしていた。






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