鉱石カマキリを退治せよ
視界の光が収まると、4人の男たちが地面に膝をつき、頭を垂れていた。
「あなたがレオン様ですね。ガイドフから話は聞いております」
4人の中で最年長の男が声をかけてきた。
どの男も屈強そうな短躰の持ち主だった。人間とは少し種族が違うのかもしれない。
オレは元気いっぱいのアポロを地面に降ろした。
両手には新品の鋼の爪が装備されており、背中にはランドセル。
ランドセルの横フックには、小さく束ねた投げ縄が、ぶら下げてあった。
「やあ、レオンだ。案内を頼む」
オレはすでに戦闘モードの顔つきになっていた。
男に案内されるまま階段を下り、むき出しの昇降機に乗り込んだ。
年長の男が一緒に乗り込み手を振ると、ガシャンと大きな音がして、昇降機が地下に潜り始めた。
「ガイドフからすでに聞いているかもしれませんが、一月ほど前から、鉱石を食らう鉱石カマキリが大量発生しております。大小さまざまな鉱石カマキリにより、多数の被害が出ておりまして、レオン様には鉱石カマキリの女王を駆除していただきたいのです」
「女王一匹、倒せばあとはOKという事だな」
「はい、そうです。女王の居場所は大体の見当がついております」
昇降機は、地下にもぐり続けていた。
「一つ注意していただきたいことがありまして、他国の人間には少し理解しづらいのですが、この坑道はただの坑道ではなく、複数の都市のようになっております。住み着いている人間もいますし、その人間を狙う盗賊も同時にいます。我々は道賊と呼んでおりますが、充分ご注意ください」
……道賊か、なんだか道路の利権にしがみついていそうな名前だな。
「わかった。そっちも適当に処理しておこう」
話が終わると、丁度良く昇降機が止まった。100メートルは潜っただろうか。
昇降機を降り少し歩くと、お風呂の浴槽ぐらいのトロッコが準備されていた。
鉄のレールが、トロッコの車輪をがっちりと挟み込み、レールは深い闇の中へと続いていた。
男が頭を下げた。
「では、よろしくお願いします」
オレがトロッコに乗り込むと、アポロも10センチほどのヘリに飛び乗った。
男がトロッコの後ろに屈み込み、手をかざすと、トロッコがゆっくりと動き出した。
「お気を付けて」
「ありがとう、行ってくる」
トロッコは、ゴトゴトと音をたてて低速で進んでいる。
坑道はたくさんの木の柱で支えられており、間隔をおいてランタンがぶら下がっていた。
しばらく進むと、立て札がレール脇にささっていた。
「あなたは善なる心の持ち主ですか?
YES ← → NO 」
立て札の後ろに、ポイント切り替えらしきレバーがある。
……ぬ、なんだこれは?
まあ、今日に関してはYESといってもいいかもしれんが、自分で善とかは言いにくいな。
オレは身を乗り出して、真ん中だったレバーを右に押し込んだ。
ガチャリと音をたてて、レールが切り替わる。
トロッコは右のレールに進んでいき、左のレールは別の穴に吸い込まれて、見えなくなった。
アポロはトロッコから飛び降りて、回りをウロチョロし始めた。
また、別の立て札が見えてくる。
「あなたは今まで、どう生きてきましたか?
太く短く ← → 細く長く 」
オレは右を選びかけたが、寸前で左に変えた。
トロッコが左に進む。
「アポロ、気をつけろよ」
すぐにまた、次の立て札。
「お腹が空いていますか?
YES ← → NO 」
……まあ空いていると言えば空いているが、一体何なのだ?
レバーを左に押し込む。
その瞬間、いきなり立て札がオレを襲ってきた。
しかし、オレが反応するより早く、アポロが立て札を押し倒す。
立て札はバタバタと暴れた後、消滅した。
「アポロ、サンキュ。トロッコに戻ってくれ」
フー、なんだか、おどろおどろしいなあ。
坑道は徐々に広くなっており、電車が通れるぐらいの広さになっていた。
相変わらずノロノロと進んでおり、レールの脇には、キラキラ光る石や白骨死体が時たま転がっていた。
オレもトロッコを降りてみようかと思い始めた時、陽気な音楽が聞こえてきた。
少し進むと、いきなり坑道が音楽ホールほどの広さにひらけた。
家が数軒立ち並び、人がわらわらと動いている。
今度はあきらかに人間と種族が違う。ドワーフかコボルトか分からないが、敵意はないようだ。
アポロがまた、トロッコを降りてウロチョロし始める。
三人のコボルトがバイオリンをかき鳴らし、その周りで若い女たちが踊っている。
オープンカフェの様な場所で、サンドイッチを食べていたドワーフの子供が、オレのことを指差して笑った。
「お母さん、あの人、変な髪型だよ」
「コラッ、ダイナマイトの事故に合った方に対して失礼でしょ」
なんなんだろう、これは。
なんだかデジャブ感があるが。
オレは昔、似たような乗り物に乗ったことが、あるような気がする。
乗るまでに2時間ぐらい並ばされた記憶があるな……そしてかわいいネズミもいたような気が……
――――って事は。
「アポロッ、すぐトロッコに戻れっ」
アポロが、オレの胸に飛びついた瞬間に、トロッコがガタリと傾き、急加速した。
坂道を疾走するトロッコの後部に、体が押し付けられる。
「アポロ、くるぞ」
オレはしゃがんだまま、鋼の爪を構えた。
早速、ギラギラと目を光らせた、蝙蝠たちが取りついてくる。
右手を振り回すと、紙を引き裂くようにスパスパと蝙蝠が切れた。
……確かに強くなっているな、しかも軽い。
トロッコは坂道を下り終えると、スピードを落とさぬまま、坑道を突っ走っていく。
オレは、両足をトロッコに突っ張って、なんとか体勢を維持する。
立ち上がると、頭がぶつかりそうなほど、坑道は狭くなっていた。
前方の横壁に、鈍く光る何かが見えた。
……カマキリか。
鶏ほどの、大きさのカマキリが、銅色に光る鎌で待ち構えていた。
オレの首を撥ね飛ばそうと、鎌が振られる。
それを体を捻って躱すが、次は前方に3匹。
オレはたまらず、トロッコにしゃがみ込んだ。
頭の上をシュパシュパと鎌が切り裂く。
一息つこうとすると――――
天井からカマキリが降ってきた。
今度は黒い鎌が、オレの脳天に振り下ろされる。
「く、糞が――――」
オレはアッパーカットで、カマキリを天井に叩き返した。
トロッコのスピードが徐々に落ちてきている。
すでに壁には、びっしりとカマキリが張り付いており、容赦なく鎌を振ってくる。
たまらず、しゃがみこめば今度は上からばらばらと降ってくる。
……今、トロッコが止まったら死ぬなあ。
そう思っていると、前方の壁にペリカンぐらいの大きさのカマキリが張り付いていた。
そして、オレの爪と同じ色の鎌を、低く構えている。
あれはオレを狙ってるんじゃない、車輪か!
どうする?
硬直するオレの体を、アポロが駆け上がっていった。
そしてランドセルの投げ縄の、片方を口に咥え、オレの肩を踏み台に、思いっきりジャンプした。
アポロが鋼カマキリの頭に爪を突き刺す。
……あまり勝手なことを。
「するんじゃないよ!」
後方に流れていくアポロを、オレは縄で引き寄せ、胸で受け止めた。
トロッコはすでに、人間が走れば追いつけそうなぐらいまで、スピードを落としていた。踏み台にされた肩が、じんわりと血で濡れている。
そして前方に、さらにデカいカマキリ。
その鎌の色は銀。
銀の鎌がトロッコの前部に、ドゴッと突き刺さった。
銀の鎌は腕ごと捻じ切れたが、その衝撃でトロッコの右車輪2つがレールから浮いた。
トロッコが左側に傾き、オレの顔に地面が迫る。
・・・・・・・・・・
「レールに戻ってろ!」
オレは握りしめた左手を、力まかせに地面に叩き付けた。
ガシャンと音をたてて、トロッコがレールに戻る。
メッセージが出た。
――――強烈なダメージを受けたため、左腕に一時的な後遺症が残ります。
カマキリの数が徐々に減っていく。
そして、ついにトロッコは終点まで辿り着いた。
オレはフラつきながらトロッコを降り、十歩ほど歩いた。
そのカマキリは象ほどの大きさだった。
オレはカマキリの女王の鎌をコンコンと叩いてみた。
「ふーん、これがプラチナってことか」
女王カマキリは白い糸で体中をグルグルに巻かれ、生気を失っていた。
「……くっくっくっ」
オレは笑いをこらえることが、出来なかった。
「お前か!」
―――――――――――― 暴食のタカアシグモが現われました。