もうゲームは終わりってことですか?
「気を付けてくださいね、死んだらすべて終わりですから」
ベンは当たり前の様にそう言った。
「え? 死んだら……終わりなの?」
「はい。召喚されている時や略奪している時は、消滅しても自分の丘に戻るだけです。ペナルティーや後遺症が残ることはありますが。ですが生身の時は、丘に居ようがバトルフィールドに居ようが死んだらすべて終わりです。石版の世界と言えども、それは同じです」
オレはベントールの目を真剣に見つめた。
「死んだら終わりって……つまり……そういうことなの?」
ベンも真剣な目で、オレを見返す。
「ええ、そういうことです」
「き……」
『鬼畜』の二文字がオレの頭に浮かんだ。
今まで何度か危ない場面があったが、もし死んでいたら、最初からやり直しだったという事か?
アポロも消えちまうってことか?
そりゃ、過疎りもするわな。
「なので、現状ではバトルフィールドに行くというのはまるでリスクに見合わないのです。救いたい気持ちは私にもあるのですが……」
ベンの横顔が夕日に染まっている。
「でも、それじゃあ略奪者のほうが有利だよねえ? 最悪、向こうは相打ちでもいいんだから」
「ええ、ですので略奪者に侵入された時は、貴重な収穫物だけをサッサと収穫して家に隠れるのです。普通の略奪者は家を攻撃できませんからね」
バーンバランに対して感じていた、小さな友情が冷めていくのを感じた。
「ただ略奪者は忌み嫌われていますので、何度か略奪するとすぐに名が知れ渡り、積極的に排除されていきますよ」
ベンはオレを安心させるように、ニッコリ笑った。
「私は帝国に所属しているので、色々と情報が入ってくるのですが、以前は略奪だけを専門に行う組織があったそうです。彼らの手によって多くの契約者たちが殺されました。もっとも、エサである契約者を殺しすぎたせいで、組織自体が自然消滅しましたがね……彼らのせいで、ずいぶん世界が静かになってしまいました」
ベントールは城壁、というより小屋壁の上に立ち上がり、遠くを指差した。
「あそこに見える砦の持ち主は、略奪組織の残党です。最近は鳴りを潜めていますが、レオンも気を付けてください」
ふーん、そろそろオレも侵入された時の対策を考えていかねばならないか。
うーん、しかし納得いかん。
――
オレは遠慮するベントールの手に数枚の鋼板を押し込んだ。
友達でも、こういう事はちゃんとしなければな。
水晶玉で帰還の手続きを済ませて、ベンとボウドを見送る。
「それではレオン、また」
「うん、ありがとう。なんか手伝う事があったら、ベンも呼んでくれ」
ベンとボウドは光と共に帰って行った。
翌日。
昼食を食べ終わった後、日課のゴブリンマラソンに出かける。
確かめたい事があったので、アポロには留守番してもらう。
ドライフォレスト城外にワープすると、いつもの様に幼女と老人が麦畑の脇に座っていた。
……この二人、働いている所を見たことないが大丈夫なのか? それとも農業用ゴブリンを管理するような仕事なのかな。
オレは市場で周到に用意してきた、缶入りのコンデンスミルクと新鮮なイチゴを、幼女に手渡した。
初めて食べたコンデンスミルクの甘さに、幼女は驚き、夢中になってパクパクと食べた。
老人には適当に、きな粉餅などを与えておく。
オレも老人が差し出してきた、水筒のお茶を啜る。
「いつもすまんのう。しかしあんたの国には随分と危険な……いや変わった食べ物が多いようじゃのう、今日のもうまかったわい」
おやつ攻めが効いたのか、老人はすっかりオレに気を許していた。
「そういえば、まだ名乗ってなかったのう。
今更、変な気もするが、儂はライルと言う。
こうみえても昔はそこそこの剣士じゃった。
おぬしが剣士だったら、立ち合って実力をみせてもいいのじゃが」
老人は、ほっほっほと笑う。
「これ、フランチェスカ。お前も食べてばっかりいないで挨拶せんか」
幼女はあわてて立ち上がった。
いつもは頭巾をかぶっていたが、今日は暖かいせいか外していた。
「……こんにちは……フランチェスカと言います。」
小さな声で、恐る恐る言う。
麦畑と同じ金色の髪の毛を、少年の様に短く刈り込んでいる。
目は水色、手足は枯れ枝のように細かった。
……ライル老は、ちゃんと食わせているんだろうな?
「ほれ、ちゃんと礼を言わんか」
ライル老が叱りつけると、フランチェスカはペコリと頭を下げた。
その拍子にコンデンスミルクの缶が、手から滑り落ちた。
地面にぶつかる直前に小さな風が発生し、缶はフワリと着地した。
何事も無かったように缶を拾う少女を、オレはびっくりと見つめた。
「フラニーは母親の血を濃く継いでおっての、魔法が使えるのじゃ。ドライフォレストはひどい有様じゃが、この力があればなんとか生き延びることは出来るじゃろう」
ライル老はフラニーの頭を撫でつつそう言った。
「へー魔法ですかーすごいですねー。ところでライルさんもう一つ、きな粉餅食べますか……良かったら」
オレはお茶の礼をいい、二人と別れた。
あぜ道を進み、ゴブリンマラソンを開始する。
一匹目のゴブリン警備兵は直剣を持っていた。
ゴブリンの斬撃に合わせてパリィを……出来ない。
オレは逃げるように間合いを取った。
昨日までは何でもなかった事が、今では出来なくなっていた。
死んだら終わりという事実が、オレの体に重くのしかかっているのだ。
再度パリィに挑戦するが、縮こまった腕では成功するわけがない。
幅2メートルの川を飛び越えるのは簡単でも、同じ幅のビルの谷間を飛び越えるのは簡単ではない。
アポロを置いてきて正解だったな。
こんな不様な姿はとても見せられない。
スランプに陥った時、マンガのヒーロー達はどういう風に克服したんだっけ?
思い出そうとするが、頭まで鈍くなってしまったのか、何も思い出せない。
……とりあえず、数をこなしていくしかないか。
オレはいつもの倍の時間と、アロエを消費して、なんとか第一城門まで辿り着いた。
第二城門の上を見ると3体の亡者弓兵が、亡者特有の反復行動を繰り返している。
だがよく見ていると、左側の小柄な弓兵だけがあきらかにリズム感が悪い。
……あれは正気を保ったままのようだな。オレが助けた以上、最後まで助けてやりたいが。
ゴブリン騎乗兵の顔を見ると、なぜだかいつもより獰猛そうに見えた。
……すまんが、今は無理だ。
オレは石碑に触れて丘に戻った。
丘に戻ったオレは梯子を登り、今日の農作業はもう終了する旨を、エリンばあさんに伝えた。
アポロは一人で梯子を昇る術をいつの間にか身につけており、最近は炬燵に入り浸っていた。
オレも炬燵に入り、ぼんやりとする。
エリンばあさんは弓と矢の手入れをゆっくりとしていた。
その洗練された作業を見るともなく見ていると、一本だけ他とはあきらかに違う矢が、矢筒にはいっている事に気が付いた。
「その矢、なんだかすごそうですね」
オレがそう言うと、エリンばあさんは矢筒から白い矢を取り出し、炬燵の上にそっと置いた。
「この矢は神木の枝を削って作られた特別な矢でねえ、あたしが隊長に選ばれた時に、雷撃の弓と共に賜ったものなのじゃ。実際に使う事はなかったが、長い間ずっーと戦友であり、心の支えだったのじゃよ」
エリンばあさんはそう言って、神木の矢をオレの手に持たせた。
「レオン殿、なにやら思い悩んでいるようだが、年寄りの戯言と思って一つ聞いてくれるかい?」
「お願いします」
オレは小さく頭を下げた。
「ふむ。これからレオン殿には何かが起こる。
それが起こった時はそうとわかるはずじゃ。
他の事はさておき、それだけは逃げてはならぬ。
そこでどう決断するかが運命の別れ道じゃ」
エリンばあさんはそう言ってから、静かに笑った。
オレは、ばあさんの言葉をしっかりと心に留めた。