壁負債
鋼鉱石を生産し始めてから、数日が過ぎていたその日、オレはベントールにメッセージを送っていた。
「ベントールさん、いかがお過ごしでしょうか?
わたくしの畑の状態はお察しかもしれませんが、少々困っております。
もしお時間があればお手伝いいただけないでしょうか。
報酬は鋼板などでは如何?」
すぐにベンからOKの返事が来たので、早速召喚する。
ベンは剣士ボウドも一緒に連れて来てくれた。
まずは丁重な礼を交わす。
オレはベンに手の平で畑を指し示し、自信満々で言った。
「ね? すごいでしょ?」
オレの畑は、まるで大型トラック数十台玉突き事故の現場の様な、大惨事になっていた。
石壁が小屋の前を囲むように押し合い圧し合いをしている。
ベントールは屈み込んで畑の土に手を触れた。
「ほう、鉱石特化の畑作りですね」
ベンは笑顔で言う。先にそっちの方を指摘してくれるとは、さすがベン。
重苦しかった丘の雰囲気が、ベンのおかげで和らいでいる。
鉱石の栽培自体は今でも順調に進んでいた。
特に、市場で『砂鉄』を見つけてからは収穫のペースが一段階上がった。
砂鉄を土に混ぜてから、鉱石の種を埋めると、なぜか収穫量と成功率が少しだけアップする。
一度収穫を済ますと砂鉄の効果はなくなってしまうが、畑の色が少し黒っぽくなっている。
そこに再び砂鉄を混ぜると、収穫量がさらにアップするというのだ。
つまり同じ場所で砂鉄を使い続ければ、鉱石の収穫量と成功率が上がり続けるというわけだ。
オレは小屋に近い、畑の十メートル四方を砂鉄ゾーンと決めて栽培を繰り返した。
デメリットは砂鉄ゾーンには鉱石系以外の種は埋められないという事だけ。
目標は鋼のインゴット3個、大雑把に鉱石に換算すると約75個必要である。
少し話が逸れるが、鋼鉱石をばらして種にするのだけれど、この鋼鉱石はすでに数回変換機を経験済みなので、成功率が劣化している。鋼のインゴット3個ぐらいなら適当にやっててもなんとかなるが、オリハルコンを作る事を考えるとぞっとしてしまう。
期待値がボーダーを下回った鉱石はインゴット用の肥料に、上位の鉱石栽培用にあまり劣化していない種の確保。そういう細かい事を銅の段階からやっていかないと、とてもオリハルコンまで辿り着けない。物量と運で攻めるという手はあるが。
さて、バッファローウォールの話だ。
ベントールはひしめき合う数十体の石壁を、呆れ顔で見ていた。
「レオン……一体どうしてこうなったんですか?」
「いや、最初は壁を消滅させてから次の種を埋めていたんだけど、なんか効率が悪い気がしちゃって。砂鉄ゾーンに入り込まれなければ、後でもいいかな……と。ほら、放置された壁が邪魔になるから、次の壁が砂鉄ゾーンに来づらくなるっていう利点もあるし。ふと気付いたらバッファローウォール負債が限度額までいっていたというか……」
石壁に描かれた気持ちの悪い顔たちが、取立人の様な顔でオレを見ている。
「なるほど。では、とりあえず壁を処理してしまいましょう。今は何も埋めてませんね?」
ベントールは監視塔のエリンばあさんに無邪気に手を振ってから、率先してバッファローウォールを叩き始めた。
ベン、ボウド、オレ、アポロ、エリンばあさんの5人がかりで、壁負債を返済していく。
ベンはモーニングスターを両手持ちにして、壁をガンガン叩きまくっている。
一方オレは、サンドバックを叩くが如く、爪を連打で壁に打ち込む。
未来のホームランバッターと未来の世界チャンピオン。
彼らの前に立ちはだかるのは、借金という名の壁。
そんな妄想に浸りつつ、小一時間ほどで壁をすべて消滅させた。
皆で麦茶を飲んで一息つきながら、ベンと相談する。
「しかしこれからどうしよう? 銀やプラチナも挑戦していきたいけど、壁が大量発生すると思うと気がひけてしまうな」
ベンが考え込む様な顔になる。
「うーん、実は有名な対処方法があるのですが……大きなリスクを伴う方法なのですよね」
ほう。
「ベン。おしえておしえて、後で文句言ったり絶対しないからさ」
ベンは心配顔でオレを見ている。
「まあ、今言わなくともそのうち気が付いてしまうことなので言いますが、バッファローウォールをあえて呼び寄せるのです。
ただし畑の外側に鉱石の種を埋めて、ウォールがそこに止まるようにします。
うまくやっていくと、バッファローウォールがまるで畑を守る城壁のようになるのです。
一度城壁を作ってしまえば、バッファローウォールが出現しても城壁が二重になるだけなので、たまに間引いてやればじゅうぶんです。……ただこの方法の問題点は、狂い蜂やバーサーカーオークなどのレベルアップ系のモンスターです。国レベルまで繁栄した丘が、一夜にして滅びたという話すらあります」
聞けば聞くほど素晴らしい方法に思えるな。
いつもの大失敗するパターンになるような気もするが、まあいいだろう。
オレはしばらく考えるふりをしてから、実行するという決断をした。
そうと決まってからはベントールの仕事は早かった。
鋼鉱石の種を的確に埋めて、城壁を作成していく。
五人がかりでやれば、畑に入られる前に牛を消滅させることも出来た。
位置が悪かった壁やその他の敵は、剣士ボウドとエリンばあさんが主に処理してくれた。
二人は戦場を知る者同士故の、相性の良さがあった。
時間はかかったが、夕方に城壁が完成した。
所々いびつではあるがオレの畑をコの字型に石壁が囲っている。
小屋のある辺も囲おうと思えばできたが、相談の結果止めておいた。
気持ちの悪い顔がズラッと並んでいるのが欠点といえば欠点だが、後でポスターでも貼り付ければいい。
オレは3メートルほどの城壁に登ってみた。
ベントールに手を伸ばして引っ張り上げ、二人並んで城壁の上に座る。
夕焼けがオレにとって初めての城壁を真っ赤に染めていた。
ベントールの丘を久しぶりに見ると、少し大きくなっている気がする。
ベンに聞いてみた。
「ええ、少しだけですが丘を拡張しました。
僕のこれからの目標ですか?
そうですねえ、そろそろ住人を呼び寄せようかなと思っています。
レオンは銀の収穫ですか?」
「いや、オレはバトルフィールドを一つ救おうと思っている」
「バトルフィールドですか……レオンらしいですが気を付けてくださいね。
死んだらすべて終わりですから……」
―――――――――――― え?