ゴブリンマラソン
オレの朝は3人分の朝食を作ることから始まる。
キッチンで鼻歌を歌いながら野菜たっぷりのヘルシーな食事を作り、お弁当箱に詰める。
アポロはランドセルの中で寝ていることが多いので、そのまま背負い、5階分の梯子を登る。
上までたどり着くと、エレンばあさんは弓の念入りな手入れを丁度終わらせた頃なので、炬燵に入って3人で朝食を食べる。
見かけだけだった炬燵は、今ではちゃんと温かい熱を放っていた。
火の精霊石はとても強力なので必ず少量から試すようにと、トムに注意をされていた。
工作台に再度降ろした炬燵もどきに、火の精霊石を削った粉を一つまみ組み合わせると見事な炬燵ができた。もし注意をされていなかったら、たぶんアフロごと爆死していただろう。
朝食を食べた後はお楽しみの農作業だ。
ガロモロコシ、キリキャベツ、パイメロンなどで軽く腕慣らしをした後、鉱石系の種を埋めていく。
トムに火の精霊石を貰ったことで、オレは石や鉱石に興味を持ち始めていた。
もしそれがなければ、市場でたまたま見つけた『油田の種』を大量購入していたことだろう。
銅鉱石の種、鉄鉱石の種などを埋めていく。
鉱石の種は一粒でも価値が高いので、埋める数を間違えると大変なことになってしまう。
食いしん坊ゴーレム、キラーパペット、バッファローウォールなど鉱石を好むモンスターは癖が強くてタフな奴が多いのだ。
さて、エリンばあさんなのだが、はっきり言って強い。
例えば、狂い蜂などは一撃で倒してしまう。
オレもアポロも以前より強くなっているので、狂い蜂程度では苦戦はしないが一撃では無理だ。
しかも狂い蜂は不規則に動くので攻撃を当てにくいはずなのに、エリンばあさんがミスした所をまだ見たことがなかった。
相手が食いしん坊ゴーレムだとさすがに一撃では無理なのだが、ばあさんの弓には雷属性があった。
矢を食らったゴーレムは、矢じりから流れる電流でショック状態になってしまう。
痺れるゴーレムに、オレは悠々と強振を叩き込むことができた。
初日はエリンばあさんのおかげで楽をさせて貰ったが、ばあさんが強すぎるせいでオレ達の訓練にあまりならない。
なので2日目からは「積極攻撃」だったエリンばあさんへの指示を「補佐のみ」に変えさせてもらった。エリンばあさんは疲れやすいのでそれが丁度良くもあった。
エリンばあさんというセーフティーネットがあるおかげで、オレはギリギリの所まで種を埋めることができた。
午前中はそんな風に、楽しく農作業(物理)をしているとあっという間に過ぎてしまう。
また炬燵を囲み豪勢な昼食を3人で食べる。
アポロとエリンばあさんはすっかり仲良くなり、ばあさんの膝の上で丸くなったりする。
若干の嫉妬を感じるが、オレもエリンばあさんが好きなのでまあいいだろう。
昼食を食べ終わると、オレとアポロの二人でバトルフィールドに修行に行く。
まず『ドライフォレスト・城外』にワープする。
大体、農夫の老人と孫らしき幼女がいるので、少し油を売る。
老人の昔話に付き合いつつ、市場で周到に用意してきた棒付きの飴玉などを幼女にあげて気を引く。
飴玉を渡すとき幼女とオレの手がわずかに触れ合う。
もっと丸っこくてぷにっとした手を想像していたが、幼女の手はピアニストのように繊細で、新芽をつけたばかりの枝のように華奢である。
老人にも適当にフガシなどをおすそ分けした後、オレとアポロはあぜ道を進む。
色々な武器を持ったゴブリン警備兵が襲いかかってくるので、パリィの訓練に丁度いい。
アポロには待ての指示を出す。
オレ一人で警備兵を狩っていくのだが、このゴブリン警備兵たちは決して楽をさせてくれない。
前にも少し言ったが、モンスターの動きがかなりの不規則性を持っているのだ。
攻撃モーションが多く、さらに武器を振るタイミング、速度が毎回ランダムで変わるため、はめ殺しやパターン殺しのような事が出来ないのだ。
さらにモンスター同士、横の連携があるらしいことに最近気が付いた。
最初に遭遇する2,3匹のゴブリンからは楽にパリィが取れるのだが、だんだんとパリィが取りづらくなってくるのだ。なかには露骨にパリィを警戒して、一番隙の少ない攻撃だけに徹してくるゴブリンさえいる。オレの戦い方などの情報が敵に学習されているのだ。
ゴブリンと戦っているのに、まるで対人戦をしているような錯覚に陥る事もあった。
この高難易度が良ゲームを100円まで値崩れさせた一因なのかもしれない。
たまにアポロとの連携も織り交ぜつつ警備兵を狩っていく。
両脇の麦畑では相変わらずハーベストゴブリン達が黙々と農作業をしている。
初めてドライフォレストに来た時に、間違って攻撃してしまったハーベストゴブリンもたまに見かけた。グリーンの顔に大きな黒い痣があるのですぐに見分けがついたのだ。
オレは麦畑に入り、痣のあるゴブリンの腰布に棒付き飴を数本、差し込んだ。
不意打ちで強振したことは、これでチャラになるだろう。
そんな風にあぜ道を進んで行くと、やがて第1城門にたどり着く。
激闘の末、倒したゴブリン騎乗兵は中ボスのような扱いなのかもう湧いてこなかった。
第1城門をくぐり、2番目の門に目を凝らした。
……あー、今日もいるいる。
騎乗兵×2 警備兵×5 亡者弓兵×3
こいつらにはすでに五回ほど挑戦していたが、まだ突破できないでいた。
初挑戦の時は一匹づつ倒せば簡単に突破できると思っていた。
小石を投げたり、敵を逆上させるムカつくダンスなどを踊ったりすると、やはり一匹、二匹と釣れたので、第1城門付近まで引っ張ってから倒した。
ドヤ顔で第2城門を見ると、城門脇の小さな扉から新しいゴブリンが補充されていた。
……くっ、楽なゲームじゃないよ!
仕方ないので真っ向勝負を挑むも、亡者弓兵と麻痺針がやっかいすぎて手も足もでなかった。
その日からオレとアポロのゴブリンマラソンが始まった。
ゴブリンを狩って経験値を稼ぎつつ、同時に稼いだマナで武器のグレードアップを狙っていく。
至高の単純作業。
いつまででもやっていたいものである。
だが今日のオレは一つ試してみたい事があった。
老人に一つだけ貰った『聖者の粉』である。
トムに見てもらった所、数に限りがある貴重な非売品だという事が判明した。
こういうアイテムは一度出し惜しみしてしまうと、結局使う勇気が持てぬままゲームクリアまで抱え込んでしまうというパターンになりがちだ。
今困っているのなら、ケチらずどんどん使っていこう。
オレはゴブリン軍団と戦いながらチャンスを窺う。
聖者の粉の効果は、亡者に投げつけると一定確率で正気を取り戻せるというものだ。
ゴブリンに投げても意味がないので城門上の3人の亡者弓兵のうちの誰かに投げるべきであろう。騎乗兵の籠の中に投げるのは難しそうだ。
何度もこいつらと戦ってきた経験からいうと、一番優秀なのは真ん中の亡者弓兵である。
あいつには何度も煮え湯を飲まされてきた。
縦横無尽に駆け回るアポロに城門守備隊の攻撃が集中する。
真ん中の亡者弓兵が回避に専念しているアポロに狙いを定めている・・・今だ。
オレは聖者の粉入りの小袋を真ん中の弓兵に投げつけた。
しかし鉄の爪を着けたまま投擲するのは、思ったよりも難しく、小袋は真ん中の弓兵を大きく逸れて左側の小柄な弓兵に直撃した。
小柄な弓兵の周りに聖者の粉がキラキラと舞い散る。
ゴホゴホと咳き込む亡者弓兵はグレートヘルムをすっぽり被っているので、顔を見ることができない。
効果があったのだろうか?
オレはアポロと合流して、守備隊と戦い始めた。
一、二匹狩ってから撤退するつもりだった。
ゴブリン警備兵がしつこくオレの背後に回り込もうとしてくる。以前はこんな動きは見せなかったはずだが。
オレは目前の騎乗兵の空振りを誘ってから、くるりと反転して、後ろの警備兵との間合いを一気に詰めた。
そして攻撃しようとした瞬間、割れた石畳に足を取られてバランスを崩した。
ゴブリン警備兵の剣がオレの顔に迫る。
その時、ゴブリン警備兵の右腕に矢が突き刺さり、警備兵は剣を取り落した。
オレと警備兵が同時に城門を見上げる。
左端の弓兵が、背中を向けて空を見上げていた。
効果があったみたいだな。
警備兵が頭にクエスチョンマークを浮かべながら、剣を拾おうとしたので、オレは素早く攻撃して消滅させた。
「アポロ、退くぞ」
石碑まで引き返したオレは、第2城門に目を凝らした。
三人の亡者弓兵は、腕をだらりと垂らし体を左右に揺する亡者特有の動きを、同じリズムでしていた。
……効果あったよな?
考えてもわからないのでオレ達は小屋に帰還した。
日課である午後のゴブリンマラソンの終了である。
マラソンが終わった後は、エリンばあさんとお茶を飲んだり、トムやベントールに会いに行ったり、あるいは市場をのぞきにいったりと、その日の気分に合わせてリラックスした時間を過ごす。
今日はエリンばあさんの体調もいいようだし、農作業をもう一踏ん張りしてみるかな。