女弓兵
トムの道具屋の木彫りのカウンターに、オレは汗ばむ両手をついていた。
ハングリー用の種などを購入した後、さりげなく切り出す。
「あー、あと……この女弓兵監視塔付というのを貰おうかな」
トムの元より眼光鋭い目がピカリと光る。
「あ、あんた本気かい? ……いいのか?」
「ちょっと臨時収入があってね、残っているうちに大きな買い物をと思ってね」
トムは何かを言おうか言うまいか迷っている様だった。
「ん? この商品になにか問題でも」
オレがそう言うと、トムはあわてて首を振った。
「いやそんなことはないよ、むしろ掘り出し物と言ってもいい。弓の腕前は一流だし、そのうえ特別な弓を装備しているしな。ただ、そのなんて言うか……」
「トムさん、いいからはっきり言っておくれよ」
オレはにこやかに先を促す。
「弓の腕は間違いないのだが……少しばかり中古品というか……」
オレは笑顔の変わりに青筋を立てた顔をトムに近づけた。
「トムさん、いくらあんたでも怒るぜ。オレがそんなことを気にするような男とでも? だいいち、女弓兵は戦力として購入するんだ。そこを勘違いしてもらっては困る」
「そ、そう言ってくれるんならこっちも嬉しいよ。ま、毎度あり。工事人を送るから、水晶玉を使って設置場所を決めておいてくれ」
オレは代金を払い、トムと握手をしてから小屋に戻った。
早速水晶玉を覗き、レイアウトという項目を開いてみる。
丘全体の鳥瞰図が映った。小屋や畑が表示されており、よく見ると竹美の位置も表示されている。
しばし迷ったが、監視塔を小屋の右隣に設置した。近い方が何かと便利であろう。
オレは遠足前の小学生のように胸をワクワクさせて、ベッドに入った。
翌朝。
寝ている間、工事をしている様な音がうっすらと聞こえていた。トンカチやドリルのたてる音が、あんなに心地よく聞こえたのは生まれて初めてだった。
元気良く小屋のドアを開けると、右手に監視塔が完成していた。
高さはマンション五階分ぐらいだろうか。木製の四本の柱と、同じく木製の梯子が上まで続き、てっぺんは小屋の様になっている。
監視塔というよりは物見台と言った方が、オレにはしっくりとくる。
首が疲れるまで真上を見上げていたが、人影らしきものがない。
遠慮することはないであろう。
この丘の上にある物は小石一つに至るまで、すべてオレの所有物なのだ。
丘を守るためにそれなりに体も張ってきた。
梯子に手をかけて一段一段、慎重に登っていく。
真ん中ぐらいまで登った時、女性の咳らしき音が聞こえてきた。
「ゴホッ、ウゴッホ、ウグホオゲー、ゴホー、カー、ペッ」
梯子からずり落ちそうになったが、なんとか手に力を込める。
しかしその後も梯子を登るにつれて、腰をトントン叩くような音や「ヨッコラセ」というハスキーすぎる声が聞こえてくる。
オレのヒロイン枠に絶望的な危機が迫っていた。
だがあきらめるな……あきらめたらそこで……
梯子を登り切った先には、70歳ぐらいのおばあちゃんがいた。
二畳ほどのスペースにきちんと敷物を敷いて、チョコンと座っている。
ハードレザーの胸当てを着込み、高そうな弓の手入れしていた。
「おはようございます、レオンといいます」
オレは優しい声で言った。
「これはこれは、あなた様が私の新しいご主人様でございますか」
白髪頭を揺らしながら、おばあちゃんが立ち上がった。
「エリンともうしますじゃ。弓の腕にはいささか自信がありますゆえ、存分にお使い下され、ご主人様」
エリンはそう言うと恥ずかしそうに少し笑った。
「よろしく頼む。オレの丘は、まだオレとフレイムキャット一匹とエリンさんだけだから、なにかと世話になると思う」
オレが促すと、エリンばあさんはよっこらせと座った。
「それにしても、ここは一応は屋根と壁があるとはいえ、ほとんど吹きさらしのようなものだな。エリンさん、大丈夫かい?」
「私はこの仕事を60年以上やっております故、風には慣れております。お気になさらずに」
「そうは言ってもなあー、オレはこの世界のことをまだあまりわかってないんだが寝る時はどうするんだ? オレの小屋に来るぶんには全然かまわないが」
エリンばあさんは首に下げているネックレスを、オレに見せた。
「この監視塔でも住むには十分ですが、これには石版の欠片が埋め込まれております。これを使い、たまに家に帰り休ませていただきます。良ければ案内いたしますが?」
「結構です」
オレは即答した後、エリンばあさんにちょっと待っててくれと言い梯子を降りた。
工作台でテーブルの足を短く切り、ベッドカバーと組み合わせ、形だけは炬燵のような物を作った。
監視塔の上に苦労してそれを運ぶ。
「ほら、まだまだ寒いからこれを使ってください」
炬燵をセッティングすると、エリンばあさんは何の違和感もなく炬燵に納まった。
ランドセルに入れて連れてきたアポロを紹介し、しばらく炬燵で雑談をした後、オレは梯子を降りた。
……コタツ喜んでくれたみたいで良かったな。
オレはトムの道具屋にいた。
握りしめた両手をカウンターに押し付けている。
オレは一言も喋らない。
ただじっとトムの目を見続けていた。
最初はトムも負けじとオレをにらんでいた。
いつものオレならば先に目を逸らしていただろう。しかし、色んなものを失いかけている今のオレには怖いものはなかった。やがてトムが先に目を逸らした。
「はぁー負けたよ。しょうがない……返品を認めるよ」
トムはカウンターに肘をついた。
「まあ、返品になるだろうとは覚悟していたからな。エリンばあさんは昨日も言った通り弓は一流だが、老い先短いからなあ。若いあんたが不満に思うのも無理はない。わかってはいたが、エリンばあさんに最後の仕事場を与えてやりたくってな」
トムは何度も溜息をつく。
「ちょっと長い話になるんだが、エリンばあさんはとある国の兵隊出身でな。
十代で志願してからずっと国のために戦い続けてきた。
ところがある日、国が戦争する事を完全に止めちまったんだ。
戦争は金がかかる、それなら最初から金を相手に払って解決したほうが安く済む。国の指導者達がそう思ったんだろうな。その頃のエリンばあさんは弓隊長として一隊を率いていたんだが、軍隊は縮小、解散。エリンばあさんは仕事を失った。
そしてその時には年と激務のせいで、すでに子を産める体じゃなかった。
戦う場所もなく、愛される体もなかったエリンばあさんは、石版の欠片を使いこっちの世界に一人でやってきたんだ……」
トムは暗い顔で話を続ける。
「最初はもちろん引っ張りだこだったさ。
弓隊長というのは長くやるだけで成れるものではないからな。
ただそれも変わってしまった。
まず簡単に扱えて、なおかつ強い新弓が発明された。
次に畑の大規模化の時代がやってきた。小さな畑で貴重な物を作るよりも、大きな畑でそこそこの物を大量に作った方が今は儲かるからな。大規模な畑なら、正確無比な一撃よりも、長時間、弓を撃ち続けられる若い奴を多数並べた方が効率がいいからな。
エリンばあさんはこっちの世界でも徐々に居場所がなくなっていった」
長い溜息をついたトムは、しばらく黙りこんだ。
人は年を重ねるごとに記憶が増えていく。
そしてなにかを思い出せば、必ず他の事も思い出してしまう。
「長い話をしてすまなかったな」
気を取り直したトムが、オレにマナを送り返すため石版に手を伸ばした。
オレは無意識のうちにトムの手首を掴んでいた。
「誰がばあさんを返品すると言った? ……監視塔の上は寒い。何か暖を取れる物を作ろうと思ってな。その材料を見に来ただけだ」
オレはぶっきらぼうに言った。
トムはオレの顔をしげしげと見てから、ニヤリと笑った。
「フッ、あんたならそう言ってくれると思ったぜ。ちょっと待ってな、いい物がある」
トムは店の裏からアイテムを持ってきた。
「これを持って行ってくれ。とある英雄がレッド・ドラゴンの心臓と特殊な石を合成して畑から収穫した物だ……エリンばあさんを頼むぜ」
オレは赤くキラキラ光る石を手に取った。
――――火の精霊石を手に入れました。