大きなカブ、そしてドライフォレストへ
立派に育ったカブを、オレは惚れ惚れと眺めていた。
葉っぱと茎は見上げるほどの高さがあり、土に埋まる実の部分は1メートル半はあるだろう。
「待ってろアポロ、今引き抜いて見せてやるからな」
人間の腕よりも太い茎を四、五本まとめて胸に抱え込んだ。
そして思いっきり引っ張る。
ぐっう……ぐぐぐぐぐぐ……抜けない。
「はあはあ、アポロちょっと待っててくれ」
アイテムボックスからシャベルを持ってきて、大きなカブの周りの土を少し掘り下げた。
「よしこれぐらいでいいだろう。もう一度だ」
ぐぎ……ぐぐぐ……くぎゅ……まだ無理か。
オレはカブの片側だけをさらに掘り進める。
そして最近使ってなかった投げ縄を持ってきて、カブの茎にしっかりと巻き付けた。
さらに縄の反対側を自分の腰にきつく巻き付ける。
綱引きの要領で体ごと、縄を引っ張る。
ウントコショ ドッコイショ
「アポロ、オレの背中だ。咬みついてかまわないから、背中を引っ張ってくれ」
アポロが服の背中に咬みつき、一緒になって縄を引っ張る。
ウントコショ ドッコイショ それでもカブは抜けません。
何度か引っ張ってみるがビクともしない。
ふと気が付くと、オレの両足は膝の辺りまで土に埋まっていた。
完全に収穫に夢中になってしまっていた。
その時、メッセージが出た。
――――石版との契約者『バーンバラン』に侵入されました。
しまった。
オレはあわてて土から足を引き抜こうとしたが、がっちりとはまっていて抜けない。
ならばと、腰の縄をほどこうとするがこちらもなかなかほどけない。
畑の外側を見ると、黒いオーラを纏い、手に長槍を持ったバーンバランがいる。
長槍で自分の前をポンポンと叩きながら、慎重にこっちに向かってくる。
「アポロ、頼むシャベルを持ってきてくれ」
少し離れたところに置いてあるシャベルに向かい、アポロが走る。
ぞわりと気配を感じ振り返ると、いつの間にか接近していたバーンバランが槍の穂先をオレに向けていた。
兜のせいで顔は見えないが、物凄い殺気を放っている。
オレは拘束状態のまま鉄の爪を構えた。
勝負は一瞬で決まるだろう。
オレの狙いはジャストタイミングのパリィ。
まず、奴が突いてくる槍をパリィし転倒させる。アポロに食いついてもらった隙に、なんとか足を引っ張りだすのだ。
オレは全神経をバーンバランの穂先に集中させた。
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
まだか、さあ仕掛けてこい。
突然、バーンバランが槍の穂先をスッと下ろした。
そして地面に槍を突き立てる。
????
バーンバランは無警戒にオレに近寄ってきて、背中を見せた。
そして縄を両手でしっかりと握る。
これは????
オレは試しに縄を引っ張ってみた。
するとバーンバランも息を合わせて縄を引っ張り始めた。
アポロも、オレの背中を咥えて一緒に引っ張る。
ウントコショ ドッコイショ ウントコショ ドッコイショ
異常成長したカブがスポンと引っこ抜け宙を舞った。
一瞬の空白の後、ズドーンと音を立てて地面に落ちた。
いまだ状況が把握できず身動きもとれないオレを尻目に、バーンバランは歩き去る。
オレは小さな声で「ありがとう。」と言ってみた。
バーンバランは立ち止まり、後姿のまま、親指を少しだけ立てた。
そして何事もなかったかのように再び歩き始めた。
本当にありがとう、バーンバラン。
だけど、そのまま歩くと、あげ〇ん竹美に落っこちるよ……
バーンバランは丘の端まで歩いていくとしばらくの間、屈み込んでなにかをしていた。
やがてブラックホールが発生し、そこに吸い込まれるようにしてバーンバランは消えていった。
――――
オレは説明書を、目を皿の様にして読み直した。
そして、使い魔についての記述を見つけた。
「住人や使い魔は簡単に死ぬことはありません。
致命的な攻撃を受けてもギリギリの所で踏みとどまり、瀕死状態になります。
瀕死状態になるとほとんど動くことができません。すぐに回復薬を与えるか、家の中で休ませてください。瀕死状態でさらに攻撃を受けると一定の確率で死亡します。死んでしまった住人や使い魔には、もちろん二度と会うことは出来ません」
アポロをチラリと見た。
すでに成猫といってもいいほどの大きさに育っている。
アポロをロストしてしまうのはもはや耐え難い。しかしアポロは戦うために生まれてきた種族だ。
コタツの中で丸くなったまま生を終えてしまうのは、アポロだって不本意なはずだ。
回復薬として、白アロエ、黄アロエが5個づつぐらいあるので、いざとなったらこれをアポロに優先して使おう。
「アポロ、少し休んだらバトルフィールドに行くぞ、準備しとけ」
休息が終わったオレは石版に手を触れた。
ドライフォレスト・城外というのが開放されている。
説明文がある。
「ドライフォレスト王国はゴブリンの養畜を国家規模で独占して行ってきました。
初代英雄王ローベルがゴブリンの家畜化に成功して以来、ドライフォレストの歴史は数々の栄光に彩られてきました。
家畜化されたゴブリンは、農業用、戦闘用または食用として多種類に品種改良され、王国に富と発展をもたらしました。
しかし十年前、現国王ロブハートが即位した日を境にドライフォレストは別の国になりました。
国王は闇に心を奪われ、亡者と化しています。
また、国王の巨大な闇に支配されたため、多くの住民たちも亡者と化しています」
――――ドライフォレスト・城外に移動しますか?
オレはアポロを抱きかかえてyesを選択した。
視界の光がおさまると、オレはあぜ道にぽつんと立っていた。
両側には麦の様な畑が地平線まで続いている。
収穫の季節なのか、麦は黄金色に輝き稲穂を揺らしている。
後ろを振り向くと石版……というよりは石碑が立っている。
手を触れてみると、やはりここから小屋に戻れるようだ。
アポロを地面に降ろした。
一本のあぜ道が真っ直ぐに伸びている。
遠くのほうにでかい城が見える。城塞都市のようだな。
アポロと横に並んであぜ道を歩いていく。
なんだか、初めて都に観光に行く、田舎の羊飼いのような気分だな。
だが緊張感を失ってはならない。
例えば、麦畑からいきなりモンスターが襲ってくるという可能性もあるのだ。
しばらく歩くと、あぜ道の端に農夫の老人と幼女が腰を掛けて弁当を食べていた。
オレが油断なく爪を構えると老人が声をかけてくる。
「そんなもの、下ろしなされ。儂らはまだ人間じゃよ」
そう言い、スプーンで鉄の爪を指し示す。
幼女が老人の背中に隠れるようにして、こちらを見ている。
オレは鉄の爪を下ろした。
老人は穏やかな声で話し始める。
「あんた石版の契約者じゃろう?珍しいことだ。数年前までは、この国を救おうと契約者たちが頻繁に来てくれたものじゃが……最近はちっとも来なくなっての」
アポロを見るとすでに仲良くなっている幼女と遊んでいた。
「石版の契約者たちの多くは、本来の目的を忘れ、自分の富を増やす事のみに石版を使っているようじゃ……あんたも帰りなされ、この国はもう手遅れじゃ」
老人は遠い目で何かを見ていた。
そして話す事に満足したのか深い物思いに浸ってしまった。
オレは老人に礼を言い、あぜ道を進み始めた。アポロもついてくる。
すると、老人が背中に声をかけてきた。
「待ちなされ……行きなさるなら、これを持っていきなさい」
老人が幼女になにかを渡した。
幼女がテッテッテッとこっちに走り寄り、アイテムをオレに手渡した。
幼女の小さくて温かい手とオレの手が触れ合う。
――――白アロエ×3 帰還の塗り絵 聖者の粉 を手に入れました。
あぜ道を歩きながらアイテムを検分した。
白アロエは回復薬なのでいいとして、帰還の塗り絵というのは1ページ完成させると自分の小屋にワープで戻れるらしい。
試しに歩きながらちょっとやってみたが、全部塗るにはそれなりの時間がかかりそうだ。
次に聖者の粉。
「正気を失い亡者と化した人間に振り掛けると、一定確率で正気を取り戻します。ただし亡者となってから長い時間が経った者には効果がありません」
消耗品のようだ。後でトムに売値を聞きに行こう。
そんなことを考えていると右の麦畑に、緑色のゴブリンが一匹いた。
じっと見てみると、種族名が表れた。
――――ハーベスト(収獲)ゴブリン
よし、腕試しだ。




