新しいスタート
その日、オレは仕事を首になった。
ある程度覚悟はしていたが現実になると重い。
会社との関係についてはこちらからも言いたい事が山ほどあるが、最後の辞め方については100%オレが悪い。謝りたいという気持ちでいっぱいだ。
預金通帳をチラリと見る。もって半年というところか。
だが、オレにはすでに新しい仕事が待っていた。
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オレは小屋の前に仁王立ちになり、カブ畑と化した自分の畑を見ていた。
オレの両手には鉄製の爪が装備されている。
籠手と爪が一体になっており、拳の部分から十センチほどの爪が四本並んでいる。
仁王立ちで立つオレの横に凛々しい姿で立っているのは、フレイムキャットのアポロ。
白と黒の毛並で、黒の部分には少しだけ赤味がかかっている。
アポロの爪をよく見ると今までにはない鈍い光を放っている。
オレは先ほど決断をした。
トムの道具屋で鋼の剣を売却し、貯まっていたマナと合わせて三つのアイテムを購入した。
『鉄の爪』
『鉄のマニキュア』
『幸運のカブの種』
鉄の爪はナックル・爪系統に分類される武器だ。
この武器の難点はわかりやすい。リーチが非常に短いので懐まで潜り込まないと攻撃できない。
利点の方はいくつかある。
まず軽いので扱い易くスピードが落ちない、その割にヒット時の攻撃力はでかい。
一番魅力に感じたのはパリィの効果だ。他の武器や盾を使ってもパリィはできるし、成功時の効果もそれなりにある。だが爪やナックルでパリィを成功した時の効果は、他の武器よりも一段も二段も高い。
特に人型の敵が相手だと、ジャストタイミングでパリィできれば転倒させることが出来るらしい。
爪を選んだ理由はもう一つある。
アポロと一緒に戦っている時、剣だとどうしても戦いづらい時がある。
数回ではあるが、アポロを剣で引っかけてしまったこともあった。
爪ならばアポロとの連携も、より上がるだろうという目算だ。
爪の扱いに馴れてきたらバトルフィールドに挑戦しようと思う。
そしてアポロ用に買った『鉄のマニキュア』
いやがるアポロのツメにこれを塗り込むのに、かなりの時間を要したが、これで元々凶悪だったアポロのツメがさらに凶悪になったはずだ。
たぶん、まだオレより強い。
さて畑仕事に精を出さねば。
オレは一面に広がるカブ畑を油断なく眺めまわした。
購入した最後のアイテム『幸運のカブの種』、これは運試しの要素を持っている種である。
大部分は普通のカブが育ってしまうし、普通のカブにはなんの効果もなく売値もくず野菜とさして変わらない。
ところが低確率でカブが異常な成長をみせる。
巨大なカブは非常に味が良く、また縁起物なので高値が付くのだ。
そして、でかければでかいほど値は上がっていく。
オレはこの幸運のカブの種をほぼ全財産を使い、200粒購入した。
そのうち30粒をすでに畑に埋めていた。
――――グリーンワームに侵入されました。
早速、害虫が侵入してくる。
新品の鉄の爪を芋虫に使うのはいやだが、オレ達の未来のために我慢するか。
グリーンワームの体当たりを軽やかに躱し、横腹に爪を突き立てる。
やはりレオンの動きが軽い。
鉛の足枷を外したボクサーのように軽やかだ。
大量発生するグリーンワームを、アポロ7:オレ3ぐらいの割合で撃退していく。
カブは順調に育ち、真っ白いカブの頭が土から少しだけ見えている。
オレは20センチぐらいのピンと立った葉っぱと茎の部分を掴み、一気にカブを引き抜いた。
一回目に埋めた30粒の幸運のカブの種は、すべて普通のカブだった。
だが30個のカブを引き抜いたオレの顔は、余裕と自信に満ち溢れていた。
オレはカブをまとめて入れた袋を肩に担ぎ小屋に戻る。
そう、今のオレには『変換機』があるのだ。
事前にガロモロコシで試したところ、ガロモロコシ一個で種が一つ出来た。40個ほど変換してみたが成功率は8割ほど。種一つで実が4,5個取れるので、ガロモロコシに関しては無限増殖が可能ということだ。
さすがに時間効率が悪すぎるのでやらないが、もう飢える心配はないという事だ。
30個のカブを変換機にかけてみる。
ちゃんと幸運のカブの種が出来たので、ほっと胸を撫で下ろす。
成功率は同じく8割ほど。カブの場合、1:1交換だったので増殖はできないが問題ない。
種は200粒あるので、仮に全部普通のカブだったとしても変換機にかければ160粒ぐらいにはなる。それがだめでも128粒。途中、一個でもカブが異常成長してくれれば大黒字である。
オレは第二回目の種を埋めるため、意気揚々と畑に向かった。
――――三日後
「ほーらアポちゃん、おいしーいカブのスープができましたよー」
オレは冷ましたスープをアポロに差し出す。
スープの匂いを少し嗅いだアポロはプイッと横を向いた。
「あららららー、アポちゃんはこっちのカブの串焼きの方がお好みでしたかー」
串焼きを差し出すが、やはりプイッである。
ほんの一日前まではアポロはカブを美味しそうにガツガツ食べていたはずなのに、いったいどうしたのだろう。
オレは冷めたスープをすすりながら言った。
「アポちゃんが食べないのならオレが食べちゃうもんねー…………もうすぐカブですら食べれなくなるのに……」
最初の悲劇はトムの道具屋で起こった。
種変換に失敗したカブは見るからに品質が落ち、もう変換も不可能になってしまうが、それでも収穫袋から送った分の売却益が少し貯まったので、商品を見がてらカブの種を補充しようと思い、道具屋に顔を出したのだ。
するとカウンターのトムが珍しく渋い顔をしていた。
「あのなあ、ちょっと言いにくいだがな。同じ収穫物ばかり大量に送られても、需要と供給って物があるんだよな。今回の分のカブは買い取らせてもらうが、しばらくの間、カブは買い取れなくなる。すまんがこっちも商売なんでな」
くっ……うまくできてやがる。
無限増殖で稼ぐことは出来ないということか。
次の悲劇は、第何回目かの収穫がすべて普通のカブだった時に起こった。
いつものように変換機にかけていると突然メッセージがでた。
「変換機で作った種で収穫した物を再度、変換機にかけると成功率が低下していきます」
オレの計画は根底から覆されてしまった。
最初は30粒、1セットで栽培していたが、手持ちの種が心許なくなるにつれて、1セット20粒になり、15粒になり、今では6粒までに減っていた。
オレは隠していたガロモロコシをアポロに与え、土の上にどっかりと腰を下ろした。
いつの間にか日が落ち、辺りは暗くなっていた。
口いっぱいにガロモロコシを頬張るアポロに、つい愚痴ってしまう。
「オレっていつもこんなんだよな、人より上手くやろうとして変わった事をやり始めるけど、なんの成果も得られない。それで結局、皆がやっていることをマネしたりさ……格闘ゲームとかやる時もさ、目立ちたいのか何なのか知らないけど、誰も使わないようなキャラわざわざ使ってボコボコにされたりさ。ゲームも人生もやりかたが変わらないんだよなぁ……オレは」
ガロモロコシをあっという間に食べ終えたアポロは興味のなさそうな顔でオレを見ている。
「……ごめん。ガロモロコシ、もう少しだけ残ってるから食べるか?持ってくるよ」
オレは気を取り直して地面から腰を上げた。
その時。
――――インテリジェンスフライに侵入されました。
!!?!
オレは薄暗い畑に目を凝らす。
すると3メートル以上の葉っぱが束になって地面から生えていた。
土からはみ出た白い実の部分は直径1メートル半はあるだろうか。
そしてそのカブに向かってモンスターが近づいてくる。
人間と同じような背格好をしたハエだ。右手に剣、左手に小さなロッドを持っている。
オレはアポロに待ての指示を出し、ハエ男と対峙する。
ハエ男は小馬鹿にしたように笑い、剣をこちらに向けた。
鼠や芋虫を相手にした時は感じなかったが、リーチがないという事の恐怖を今ははっきりと感じた。
オレはローリングでハエ男の懐に潜り込み打撃を繰り出す。
幸先よく肩にダメージを与え、なおもパンチを連打していく。
あれ?こいつ意外と弱いぞ。そう思った瞬間、ハエ男はバックステップをし、そのまま背中の羽を使い後ろに飛び去った。
インテリジェンスフライは強かった。
接近戦での自分の不利を悟ると、距離を取って火の玉を飛ばしてきた。
初めて見る魔法に動揺しつつも、アポロと連携してハエを追い回す。
ハエ男の重砲撃をかいくぐり、ハエ男を角に追い詰めていく。もし火の玉が直撃したら一発で死ぬかもしれない。
なんとかハエ男を丘の角に追い詰めた。おまえらモンスターはそこから先にはいけないはずだ。
逃げ場の無くなったインテリジェンスフライは、ぶ厚い炎の壁を自分の周りに張った。
その炎の壁に一瞬のためらいもなくアポロが突っ込んでいく。
覚悟を決めたオレも突っ込んだ。体力が一気に三分の二以上減った。
炎の壁を抜けると、アポロがハエ男の左手に噛り付いている。
オレは間合いを詰めて強振する。
右腕を背中まで大きく振りかぶり、鉄の爪をねじり込むようにして、ハエ男のどてっ腹に叩き込んだ。
レオンの体が白く光る。
勝った! そしてレベルアップだ。
――――インテリジェンスフライを撃退しました。
やった! やってやったぞ! アポロも無事のようだ。
荒くなった息を整えるまでしばらくの時間がかかった。
さあ、楽しい収穫の時間だ。