第7話
背の高い草の間から飛び出してきたアンドロイドに、銃を撃ち込む璃空とブライアン。
魯庵は彼らの死角に回り込み、たくみに結界を張りながら護衛する。
璃空たちは、ジェニーを怜に任せ、出来るだけアンドロイドをふたりから離れた場所に誘導すべく、攻撃を続けていった。
しばらくして攻撃してくるロボットもいなくなった。だが2人とはかなり離れてしまったのか、どこにも姿が見当たらないため、璃空は怜に連絡を入れてみる。
だが、何度呼びかけても返ってくると思っていた返事がない。
「おかしいな」
先ほどからその様子を見ていた魯庵が、璃空に話しかけて来た。
「怜ですか?」
「ああ。連絡を入れてみたんだが、返事がない。ばかりか、今いる場所の特定も出来ない。こんな開けた場所で通信が届かないことがあると思うか?」
「そうですね…」
言うと魯庵は、持っていたポーチから小型のタブレットを取り出して操作を始める。
出て来た画面には、このあたりの地図の上に5つの色の違う明かり。魯庵はそのうちのブルーとレッドを指さして言った。
「ご存じの通り、これとこれが怜とジェニーです。アンドロイドが出てきたあたりまで時間を戻してあります」
各自がつけている通信機にはGPSが内蔵されていて、追尾することも出来る。時間をさかのぼることも可能だ。
見ていると、璃空たちが離れたあともそこにとどまっていた怜とジェニーだったが、しばらくすると2人が同時にかなりのスピードで動き出した。
「! 何だ?」
そして、ある地点まで来ると動きが止まり…
急に2人の明かりがふっと消えてしまったのだ。
「今のは…。何があったんだ?」
璃空と魯庵はしばらく明かりが消えたあとを見ていたが、
「2人が消えたところに行ってみるのが1番早いと思うけどね?」
ブライアンの声に顔を見合わせ、うなずき合ったのだった。
ゆっくりと進んでいた移動車が静かにその動きを止める。
扉が開いて、璃空とブライアンが外に降り立った。
「ヒュー! 見渡す限りだね」
ブライアンが口笛を吹いて言う。
彼が言ったとおり、所々に台形の山がありはするが、あとは背の低い草が続き、どこにも隠れる場所はない。璃空はなぜ怜たちがこんなところで消えたのか、確かめるすべもなく、移動車の中にいる魯庵に言う。
「どうだ? 怜たちの反応はあるか?」
「いえ…、かなり強い信号を送っていますが…」
「そうか…」
するとブライアンが、
「ちょっとあちこち歩いてみるか。これだけ見渡せれば援護もし放題だよな?」
などと冗談っぽくウロウロし出す。
璃空はこんなときにと思ったが、少し苦笑するとうなずいた。
「あまり遠くへ行くなよ」
その時だった。
「!」
ヒュウと風が吹いてきたかと思うと、空から何かが降り立った。そして、
ブルゥ!
と、その動物がいななく。
「Oh my god!」
ブライアンの目の前には、一角獣が優雅な立ち姿を見せている。
「ユニコーン!」
叫ぶブライアンは、驚きはしているが怖がる様子もなく近づいていく。するとそいつは威嚇するように、つのをブライアンに向ける。それにもひるまないブライアン。よほどハイになっているのか。
璃空はさすがに「危ないからよせ」と、声をかけようとした。
またその時。
バッ! キィーン!
移動車から目にも留まらぬ早さで飛び出した魯庵が、ブライアンと一角獣の前に立ちはだかり、結界を作る。ほとんど同時に何かが結界にあたってはじき飛ばされた。
間髪入れずに銃声がする。
ドォン!
璃空が横っ飛びになりながら銃を撃ったのだ。案の定そこには崩れ去ったアンドロイドの姿があった。
そのあとも油断なくまわりを見渡す璃空。しかしあたりはしんと静まりかえったままだった。どうやらここにいるのはこの1体だけのようだ。
魯庵もまわりに軽い殺気を放っていたが、しばらくするとすっとそれが消え、ホッとしたように言う。
「…間に合って良かった。街からかなり離れたところなのに、すでにここまで来ているヤツもいるのですね」
ブライアンは「サンキュー、さっすがだね」と言いながら親指を立てる。
一角獣はと言えば、しばらく3人の様子を眺めていたが、ふいと、まるでお礼をするように頭を下げると、またヒュウと空中へ舞い上がり、台形の山の向こうに消えていった。
「あー、残念。毛並みに触れてみたかったんだがな」
「まったく、優雅ですねブライアンは。命を落としていたかもしれないのに」
「だが、こうやってちゃんと生きてるよ」
魯庵は肩をすくめてやれやれと言う顔だ。ブライアンは楽しそうにその背中をポンポンとたたくと、璃空にも笑いかけた。
微妙に笑みを返したあと、心配そうに璃空がつぶやいた。
「それにしても、あの2人はこんな状態の場所で、どこへ消えたんだ。連絡も入れられないんだろうか…」
ピー!
まるでそれを聞いていたかのように、璃空の通信機が鳴りだした。
「しきかーん、聞こえますかー。応答願いまーす」
聞こえてきた声は怜だった。不意を突かれた璃空は、思わず大きな声で怒鳴ってしまう。
「怜! どこにいる! 今まで何してたんだ!」
ここは例の研究所の一室。
あのあと、璃空たちが研究所の近くにいるとわかって、すぐさまゼノスが隠し扉を開け、第1チームを招き入れたあと、この空き部屋へと案内してくれたのだった。
思いがけず璃空に怒られた(と、本人は思っていた)怜は、璃空の顔を見るなり、「指揮官! ごめんなさい!」と平謝り。璃空の方も、心配が過ぎてつい大声を出してしまったので、そこは素直に謝った。
「いや、俺の方こそ…。本当に2人が心配だったんだ。悪かった」
深々と頭を下げる璃空に大慌てで「しきかん!」と、珍しく声をうわずらせ、その腕にすがる怜。
「頭なんて下げないでくださいよー。指揮官は心から俺たちのこと、心配してくれたから、あんなに怒鳴ったんですよね?」
「え? あ、ああ…」
「だったら、すんごく嬉しいですー、俺」
そう言って頬をかきながら、怜はヘヘッと少し照れたように笑った。
「まったく、相変わらずだな、お前は」
と、あきれたように言って、璃空も笑みを返す。
話が途切れたところで、2人の様子を眺めていたブライアンが聞いた。
「ところで、なんで怜はこんなところにいるんだ?」
「あ、それはねー」
と、怜は今までのいきさつを話し始めたのだった。
「というわけで、ジェニーちゃんと俺は、今ここにいまーす」
話し終わった怜に、璃空が聞く。
「じゃあ、その、天笠博士と言う人が?」
「そっ。ジェニーちゃんを助けてくれたんだよぉ。あ、そうだ。まだ寝てると思うけど、ジェニーちゃんの様子を見に行こうよ」
「ああ。それと、天笠博士にも、お礼を言わないとな」
さすがの怜も、一度通ったきりの研究所内を「あれ?こっちじゃなかったっけー」などと迷いながら、それでもなんとかジェニーのいる部屋にたどり着いた。
「あー、ここだここだ。トントン。お邪魔しまーす」
と、嬉しそうに声ノック? をした怜がドアを開ける。
見ると、天笠とゼノスは寝台から少し離れたデスクに座って、おのおの何か仕事をしていた。最初に声をかけてきたのは言うまでもなくゼノスだ。
「お? もう説明は終わったのか?」
「うん! で、みんなジェニーちゃんが心配だと思ったから来たんだ」
怜に続いて部屋に入った璃空は、ゼノスに軽く会釈して天笠の方を向く。なるほど、よく見れば彼は自分の父親である久瀬と同年代と思われる。
璃空は少し前に進み出て天笠に声をかけた。
「初めまして、新行内 璃空と言います。ジェニーを助けていただき、どうもありがとうございました。それから、神足、というのは彼ですが」
と、怜を手で示して話を続ける。
「彼から聞いたところによると、天笠博士はうちの父と親しくしていただいていたとか」
すると、「ああ、君が」と手を止めて、椅子ごとこちらに身体を向け、ちょうどそこにあった簡易チェアを璃空に勧めながら、天笠は少し面はゆそうに話し出した。
「あの久瀬が…。などと言ってはお父さんに失礼だな。あの頃友人たちと将来の話をするたびに、久瀬と私は一生独り者で、無粋なくらしをするんだろうと言われていたんだよ。ふたりとも研究や開発が恋人だったからね」
「はあ…」
璃空は何と答えて良いものやら、気の抜けた返事をする。
「ははは」
天笠はその表情が可笑しくて思わず笑ってしまってから、「すまない」と話を続けた。
「その彼にこんな立派な息子さんがいるなんて。いったいどう言う経緯で知り合ったんだろう? ご両親に聞いたことはないかな」
「父にはなにも…。母は俺が1歳を過ぎた頃に亡くなりましたので…」
「!」
天笠はしばらく言葉をなくしていたが、少し哀しそうな顔になりながら言った。
「そうか…。いや、ぶしつけな事を聞いてすまなかったね」
「いえ、博士は何もご存じなかったのですから。でもそう言えば」
と、璃空は可笑しそうに続ける。
「父はロマンスとはほど遠い、くそ真面目を絵に描いたような人間ですね」
「だろう?」
2人は顔を見合わせて、ふっと笑い合った。
そんなやり取りを眺めていたゼノスが、「ふんっ」とため息をついて腕を組む。
「どうしたの?」
怜が不思議そうにゼノスに聞いた。
「いや。銃を持ったこともないとか、くそ真面目だとか…」
そのあとゼノスは、スキンヘッドをかきむしるような仕草をして少し悔しそうに言う。
「あの勇敢で破天荒で男勝りのリリアさまが、なんでそんなヤツを好きになっちまったんだぁ? 謎だ! 俺には理解できん!」
ちょっと失礼な言い方をするゼノスを、目をまるくして見ていた怜だが、
「たぶん指揮官のお母さんはさ、自分に無いものを持ってる久瀬さんにひかれたんじゃない~? プラスとマイナスとか、磁石のNとSとかも引き合うじゃない、そんな感じ」
と、人さし指をピッとたてて諭すように言う。
「ふん! 利いた風な口を利くな!」
自分の半分ほどの歳の怜になだめられたのが悔しかったのか、憎まれ口をたたくゼノス。その子どものような言い方に、怜もペロッと舌を出して肩をすくめるしかない。
けれどさすがに大人げないと自分でも思ったのか、そのあとぼそっと付け加えた。
「まあ、お前さんの言う事にも一理あるか…。そうだな、自分にないものにはひかれるもんだな」
「そうそうその通り、納得した?」
「こいつ!」
「へへ」
ぽかん! と怜の頭に本日何度目かのゲンコツを落とす仕草をするゼノスと、今度はそれをよけるでもなく嬉しそうにうける怜だった。
「う……ん」
すると、いきなり人がふえて騒がしくなったためか、ジェニーが小さく身じろぎした。
「ジェニーちゃん!」
最初に気づいた怜が飛んでいって声をかける。だが肝心のジェニーは、そのあとまたスヤスヤと寝息を立てだした。心配そうな怜に天笠が声をかけた。
「まだもう少し寝かせてあげなさい。麻酔はあと30分ほどで切れるから、それまではぐっすり寝た方が回復も早い」
「はい…」
言いながらもやはり心配なのだろう、怜はそのままベッドの横にあった椅子に腰掛け、彼女の様子を見守っている。
そのそばへ魯庵がやってきた。
彼はジェニーの顔のあたりに手をかざしたあと、少し考えるような様子を見せていたが、
「ちょっと失礼」
と、かかっていた布団をめくり、処置された傷の上にまた手をあてる。
「なに?」
怜がまた心配そうに魯庵に聞く。魯庵は大丈夫というように目で答えてから言う。
「彼女の傷は、相当な腕を持つ博士がすぐに縫合して下さったので、痕もほとんど残らないと思うよ。ただ、体力的な事が心配なので…」
と、魯庵は璃空に確認を取るように話しかける。
「一度異界に戻って、薬草を持って来たいのですが。よろしいですか? 指揮官」
璃空は心得たとばかり、すぐに了解する。
「わかった。ルシアさんは薬草マイスターだからな。よろしく頼む」
するとそのやりとりを聞いていた天笠が、「薬草?」と、聞くともなしにつぶやいていたので、璃空が代表してあらためて話をした。
「ああ、紹介が遅れました。彼はバリヤ第1チームに所属している、白川 魯庵。そして」
と、ブライアンの方を向いて、
「彼が、同じくブライアン・オルコットです」
紹介された2人は「よろしくお願いします」「はじめまして」と、会釈しながら挨拶する。璃空はそれを聞いてから、また説明をはじめた。
「2人が優秀なのは言うに及ばずですが、中でも魯庵は異界から来ています。そして、彼と彼の奥さんは優秀な薬草マイスターでもあるんです」
「ほお」
天笠も悪魔の存在と、もちろん久瀬がヒューマンハーフである事も知っている。
「それでさっき、異界へ帰って薬草を持ってくると言ったんだね?」
「はい」
「そんな手間をかけずとも、この研究所にはこちらで採れた薬草が置いてある。足りなければ、ここの裏山は薬草の宝庫だから、ゼノス隊に案内してもらうといいだろう」
「え? そうなのですか」
「ああ」
天笠の言葉を聞いて、魯庵は目を輝かせた。
「それなら案内をお願いしてもよろしいですか? こちらの薬草がどのように群生しているのか、とても興味がありますので」
天笠はそんな風に言う魯庵に微笑みを返しながら頷いた。
「わかりました」
こんな経緯を経て、第1チームはジェニーの傷が癒えるまで、しばらく天笠の研究所に滞在することになったのだった。