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第6話



 怜はなるべくジェニーに負担がかからないよう、ゆっくり一角獣の背を降り、どうしようかと扉のあたりを見た。まるでその視線につられたかのように、突然バアーン!と、ものすごい音をたてて扉が開くと、ゼノスが現れた。

「おい! お前なぜここに! 場合によっちゃ許さない、ぜ…? どうした?」

 ゼノスは怜にではなく、怜たちを乗せてきた一角獣に聞く。その一角獣は、どういうわけかゼノスの前に立ちはだかり、ブルゥ! と怒ったようにいななく。まるで怜たちに手を出すなと言っているようだ。

「おいおい、なんだって言うんだ? こいつらは敵じゃないのか」

「だから最初から敵じゃないって言ってるじゃないですかー。それより、この子ケガしてるんです。なんとか止血はしたけど、早く手当てをしないと危ないんですよ」

「え? あ!」

 ゼノスはようやく苦しそうなジェニーの様子に気がついたようだ。


「おい! すごく苦しそうじゃないか! 早く入れ!」

 ゼノスは慌てたように言うと、怜を中に引き入れ、またバタンと扉を閉め……

 なんということか、彼はジェニーを横抱きにした怜ごと横抱きにして、ものすごいスピードで地下ドームの中を走り抜け、奥の部屋へと向かったのだった。



 たどり着いたのは、どうやら何かの研究室のようだった。

「博士!」

「ああ、ゼノス。どうしたんだい? おや、その方たちは?」

「説明はあとでちゃんとします! この子、ひどいケガしてるんてす」

「それはいけない。ここへ寝かせなさい。急いで」


 ゼノスが博士と呼んだその男は、そこにあった病院の治療台のような台にジェニーを寝かせるよう指示する。

 物腰の柔らかい穏やかそうな人物だ。年の頃は、ちょうど璃空の父親である久瀬と同じくらいだろうか。

「悪いが、服を少し破らせてもらうよ。ゼノス、診療器具を」

「はい」

 ゼノスが運んで来た器具で、テキパキと治療するその人物。見事な腕前で治療を終え、傷を縫った彼は、振り向いて怜に聞いて来た。

「彼女はクイーンだね?」

「え? あ、はい」

「なら、私や君の血は使えないな。ゼノス、いつも悪いが献血してくれるか?」

「はい」

 その会話を聞いていた怜が、思わず聞く。

「献血って?」

「ああ、少し貧血がひどいようなので、輸血が必要なんだよ」

「ええ?! だったら俺の血も!」


 すると、その人は少し微笑んで言う。

「そうしてもらいたいのは山々なんだが、まだ次元のあちらの人間とこちらの人間の血液が適合するかどうか、わかっていないのでね」

「あ…」

 怜はもっともだと黙り込んだか、ふっと不思議そうにつぶやいた。

「でも、子どもは授かるんだけどな…」

「?!」

 少し目を見開いて怜のつぶやきを聞いていた博士だったが、今は手当が最優先だとばかり、ゼノスを横の寝台に寝かせて輸血をはじめた。

 しばらく様子を見ていた彼だが、ジェニーの顔にほのかに赤みが差してきたのを確認すると、おもむろに怜に話しかけた。


「あいさつが前後したね。はじめまして、私はこの研究所のとりまとめをしている、天笠あまかさ のぼると言います」

「あ、初めまして。俺はバリヤチームの神足こうたり れいと言います。よろしくお願いしまーす」

 怜は相変わらずの口調だが、けれどきちんと最敬礼して自己紹介をした。

 それを優しく微笑みながら見ていた天笠は、「いくつか質問させてもらっていいかな?」と断って、頷く怜に質問する。

「まず、バリヤチームというのは?」

「え? バリヤって聞いたことないですか?」

「ああ、すまない。私はここ何十年も、ほとんどこの研究室とその近くで暮らしていたのでね。情報は、ときたま高い壁のあたりまで行くゼノスたちの話だけなんだよ」

「えーーーっ?!」



 大声で驚く怜に、今度は苦笑しながら天笠がした説明はこうだ。

 天笠はネイバーシティからやってきた人間だった。いちばん始めに次元の扉が開いたときに、クイーンシティの調査を提案したところ、政府お偉方の激しい反対にあい、極秘で次元を通り抜けたのが天笠たちのチームだった。(以前、国立研究所の古い金庫から第5チームの刀弥とねが見つけた資料は、そのときのものだ)

 天笠の専門は生物学。

 こちらの動物の生態を調べるためにやってきたチームは、戦闘のあまりの激しさに、ほとんどの人間はすぐさま引きあげていったのだが、天笠をはじめとする3人ほどの熱心な研究者たちが、当時の国王(実際にはシルヴァ)の協力を得て、戦火から遠く離れたこの地に埋もれていた基地を改造し、研究所を設置した。そして噂に聞いた一角獣の捜索と研究を始める。

 その頃、一角獣は乱獲による乱獲で、やはり絶滅寸前だった。

 天笠たちは、違う次元の動物とはいえ、絶滅しようとする生き物を放っておけなかった。研究に研究を重ね、ようやく明るい兆しが見えだした頃に、次元の扉が閉まりはじめたのだ。

 急ぎ帰ろうという同僚に、天笠はひとりこちらで研究を続けることを決意し、宣言したのだった。

「あとの者は妻帯者だったからね。奥さんや子どものために帰ってくれるよう頼んだんだ」

「天笠さんは?」

「私はずーっと独り者だよ。なにしろ研究が忙しい、ではないな。…こんな言い方は一角獣に失礼だとは思うが、もう研究が楽しくてね。だから私のパートナーは研究だな。一生研究と添い遂げるつもりだよ」

「へえ」


 すると、今まで黙ってふたりの話を聞いていたゼノスが、輸血中だからだろうか、静かに言い出した。

「博士は本当に研究一筋なんだ。だからってただ堅苦しいばかりじゃないんだぜ。俺は男に優しさなんて必要ないと思ってたんだが、博士を見ているとそうじゃねえって思うんだよな」

「ほわー、怖いおじさんが優しさなんて言うんだ?」

「茶化すなよー」

「茶化してないよー」

「まあいい。その上茶目っ気もある。血の気の余った俺たちに、たまに街へ出て一暴れしてこいだの、彼女とラブリーな夜を過ごしてこいだの。まだあの高い壁が出来る前の事だ」

「へえー、理解あるねー」

 するとゼノスはとても嬉しそうに「そうだろ?」とニコニコする。

「けど、他のヤツらはどうか知らないが、俺はリリアさま以外の女なんてどうでも良かったから、ラブリーもあんまりな。あ!」

 と、何かを思い出したように天笠に話しかける。

「そういや、驚いたことに、リリアさまはあっちの男との間に子どもを授かってるんですよ、博士」

「ああ、さっき彼が言っていたのはそのことなんだね? それは本当にすごいことなんだよ。で、その子どもというのは順調に育ったのだろうか」

 そんなふうに言う天笠に、怜がちょっとムキになって言いかえす。

「順調も順調。バリヤ第1チームで俺の指揮官をしてるんですよー。もう、強くてカッコ良くて、おまけに性格も良くて、しかも男前!」

 すると、ゼノスも遠くを見つめるようにして言う。

「性格はどうかわからんが、顔も…俺の方が男前だと思うが」

「ブブー」

「なんだそれは? ただ、あの目元。あの眼光。あれはまさしくリリアさまから受け継いだものだ。なのにあいつの父親は、銃さえ持ったことがないだと? よりによって、リリアさまがそんなヘナチョコ野郎にひかれただなんて、俺にはとても信じられん」

「あー、指揮官のお父さんの悪口言わないでよー。俺も新行内さんとは、数えるほどしか会ったことないけど、ヘナチョコなんかじゃないよ」

「新行内?」

「そう! 難しい名前でしょ。ちなみに俺の指揮官の名前は新行内しんぎょうじ 璃空りく。で、お父さんは新行内しんぎょうじ 久瀬くぜ。どちらも顔も性格も男前です!」


 すると、今度は本当に驚いた様子で天笠がつぶやく。

「久瀬? 久瀬がクイーンと?」

 そのあとうつむいて何やら考え込んでいた天笠が、なぜかとても嬉しそうに笑い出した。

「はは…」

「ど、どうしたんですか? 博士」

「いや、なんだか嬉しくてね。そうか、あの久瀬が。私とひけをとらないほど無粋だったヤツが」

「え?! 天笠さん、指揮官のお父さんを知ってるんですか?」

「ああ、かなり親しくしていたよ。私がここに残ってしまったので、何十年も音信不通だけれどね。もう変わってしまったんだろうな…、久瀬も…」

 懐かしそうに言いながらも、少し寂しそうにする天笠を驚いて見ていた怜とゼノスだったが、いきなり怜がパチンと指をはじいて言い出した。

「じゃあ! ジェニーちゃんが元気になって、高い壁の向こうに帰ったら、久瀬さんに連絡取ってここへ来れないかどうか聞いてみます!」

「おお! そいつはいい考えだ。なかなかやるじゃないか、お前」

「お前じゃなくて、れーい。 神足 怜って言うの! 俺」

「おわ? あ、すまん。じゃああらためて…なかなかやるじゃないか、怜」

「はいはーい。あったりまえだよー」

「こいつ!」


 怜の頭にむけて、ゲンコツを突き出すしぐさをするゼノス。

 怜はあたってもいないのに、大げさに「イッテー」とか言っている。そして2人は顔を見合わせて大笑いした。

 天笠は、そんな2人のやり取りを温かく見守りながら、久瀬とまた会えるかもしれないことが驚きであり、けれど素直に心の底から嬉しいと思えるのだった。



 しばらくして、ジェニーがスヤスヤと寝息をたてはじめたのを見て、ホッと安心した様子の怜だったが、そのあと少しあせったようにゼノスに言う。

「ねえねえ! あのさ、お願いがあるんだけど」

「うん? 何だ」

 こちらも輸血が終わって寝台から起き上がったゼノスが、怪訝な顔をして聞き返す。


「さっきからチームに通信を送ってるんだけど、ぜーんぜんつながらないんだよー。きっとみんな心配してると思うから、何とかして連絡取りたいんだけど」

「はあ? 何だそんなことか。そんならお前の通信機を見せてみろ」

「うん。これだよ」

 言われて怜が通信機を見せると、ゼノスは天笠に「ちょっとオペレーティングルームに行ってきます」と断って怜を連れ出した。


 さっきとは違う通路を通って着いたのは、通信装置が所狭しと置かれた部屋だった。

「ふえー、すごいや。でも、通信ってここでしか出来ないの?」

「ああ。ここの建物は地底にあるし、ありとあらゆる武器をはじめとしてだな、地震のような天災にも対応できるような頑丈な作りになっている」

「うわあ、そうなの?」

「まあな。だからここ以外の部屋は、通信も遮断されてしまうんだ」

 言いながら、なにやら計器を操作するゼノス。

 それを見て、怜は思わずフフッと吹き出してしまった。

「? なんだ?」

「ううん…。へへへ、怒らないでね。あのさ、ゼノスって肉体労働専門で、通信機は言うに及ばず、パソコンなんかもチンプンカンプンかと思ってたからさ」

「こいつ!」

 またゲンコツを繰り出すゼノスに、今回はヒョイとそれをかわした怜は、「ごめーん」と手を合わせて可笑しそうに言う。ゼノスも微笑みながら操作に戻り、しばらくして「できたぜ」と、顔を上げた。


「これでお前の通信機も使えるはずだ。試してみろ」

「うん、ありがとうー」

 ピピッとボタン音がして、しばらくはジジ…とノイズが聞こえていたが、それが小さくなっていき、どうやら相手につながったようだ。試しに声をかけると、とたんに璃空の焦ったような怒ったような声が飛び出した。


「怜! どこにいる! 今まで何してたんだ!」




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