第5話
璃空の率いる第1チームは、新人のジェニーを迎え入れたため、他のチームとは少し違うルートで高い壁の向こうへ行くことになった。
以前第1チームがゼノスと遭遇した草原地帯より手前の、壁が大きくカーブして、街から離れるあたりの出口へと向かう。このあたりにはまだ戦闘アンドロイドがいたと言う報告も来ていないため、実戦に近い形での訓練にはうってつけだろうと言う配慮からだ。
「でも、昨日の射撃練習見て、すっげービックリしたよ。ジェニーちゃんってライフルの名手なんだね!」
怜が言ったのは大げさでもなんでもなく、実際ジェニーのライフルの腕はとても素人とは思えない程のものだった。あとで聞くと、ジェニーは競技用ライフルの大会で、何度も優勝したことがあるそうだ。
怜の言葉に少し顔を赤らめて答えるジェニー。
「私の打ち方は競技用なの。実戦には向かないって言われたこともあるわ」
「ふうーん。でも、銃を持ったこともない人に比べたら、天と地の差だもん」
「それはそうだけど…」
そんなやりとりをしているうちに、移動車は高い壁の出口に着いた。
「街から離れているとは言え、この間のように何があるかわからない。皆気を引き締めていくぞ」
「ラジャ」
璃空の言葉に、真剣な顔で答えるチームの面々。
「それから。怜」
「はい?」
「お前にはしばらくジェニーと組んで行動してもらう。どうやら1番気心が知れているようだからな」
すると怜はニイッと笑顔になったあと、
「ラジャー!」
と、ピッと敬礼のまねごとなどしたあとジェニーに手を差し出す。
「と言うわけだから、よろしくね、ジェニーちゃん!」
その手をとって、がっちり握手しながらジェニーも嬉しそうに答えた。
「はい! よろしくお願いします!」
ギシギシと鈍い音を立てて開いた扉の向こうに、第1チームを乗せた移動車は吸い込まれていった。
街外れのそのあたりには、報告通り今のところ戦闘アンドロイドの姿は見あたらない。
しかし油断は禁物だ。
第1チームは、移動車から降りなければならない調査の時には、護衛アンドロイドを出来るだけジェニーの回りに配置している。今も移動車が比較的入りにくい、足の長い草むらの調査のために、車を降りて2人ひと組の徒歩での行動だった。
「なんだか、他の人に申し訳なくて」
「えー? 何が?」
ふいに言い出したジェニーに、キョトンとして言葉を返す怜。
「護衛アンドロイドを1人で独占してる感じだもの」
「なあーんだ、そんなこと。ぜーんぜん気にしなくて良いんだよー、ジェニーちゃん」
「でも…」
「俺たちはね、もともと護衛アンドロイドのないところで闘ってたんだから、慣れてるの。それよりジェニーちゃんにもしもの事があったら、そっちの方がイヤだもん」
するとジェニーは、少し苦笑いしながら言った。
「なんだかそれも微妙ね。大事にされてるのは嬉しいけど、頼りないって事よね」
「えー? もう、違うって! 誰だって最初はみんなに助けられて成長してくんだよー。俺だって、はじめはアンドロイドだってわかってるのに、そいつに銃を撃ちこむのが怖かったもん」
「ホント?」
「ホントもホント。こんなことで嘘ついてどーすんの」
怜が自分の過去話を、あまりにもあっけらからんとするので、ジェニーはずいぶん気が楽になった。だから心配そうにこっちを見る怜に、満面の笑顔で言った。
「ありがとう! そうよね、だれでも最初ははじめから、よね」
そして、うーんと身体を伸ばしながら言う。
「よーし、見てて! いつかアンドロイドを余裕で他の人に譲れるくらいになってみせるから」
怜はちょっとビックリしたようにその言葉を聞いていたが、ニンマリ笑うと、いきなり横からジェニーに抱きついた。
「さっすがー! やっぱりジェニーちゃんはエライ! 尊敬いたします!」
えっ?! と驚いて声も出なかったジェニーだが、最後の尊敬という言葉に少しガッカリする。
「…尊敬、か。そんなんじゃなくて…」
「え? なに?」
「ううん…。何でもないの」
ほんの少し寂しそうにするジェニーに、不思議そうな顔を向ける怜だった。
その時。
「!」
いきなり怜が怖いほど真剣な顔になり、ジェニーを後ろにかばう。その少し前、なぜか護衛アンドロイドが2人のまわりに集まり始めていたが、ジェニーには何の気配も感じとれなかった。
なんと、人間の背丈の半分ほどもある草原から、戦闘アンドロイドが何体も飛び出してきたのだ。
「怜! ジェニー!」
璃空の叫ぶ声がした。
同時にドオン! と音がして、アンドロイドが1体崩れ落ちる。
「だいじょーぶ!」
怜も叫び返してドォンと銃を撃つ。銃弾はみごとにアンドロイドの目に吸い込まれ、その1体も崩れ落ちた。ジェニーは護衛アンドロイド2体にはさまれていたが、その隙間から怜の援護をすべくライフルを構える。
動き回るロボットをスコープでとらえようとしていたときだった。
ガサッと草むらが動き、野ウサギだろうか、小動物が飛び出した。
戦闘アンドロイドはそんな動物にも容赦なく攻撃を加えようとする。逃げ惑ったウサギはあちらへこちらへと右往左往している。ジェニーは何とかそれを助けたくて、思わず護衛アンドロイドの作る壁を飛び出してしまった。
「ジェニーちゃん!」
怜が叫んだのと、ジェニーの脇腹にアンドロイドの攻撃が撃ち込まれるのが同時だった。
ドンドンドドドンッ!
怜が今まで見せた事もないような厳しさで戦闘アンドロイドを打ち倒す。そして倒れているジェニーに走り寄った。
すかさず護衛アンドロイドが回りを取り囲む。
他のメンバーは、あと何体か残っていたロボットをその場からできるだけ離れたところへと誘導しつつ、攻撃を続けて行く。
「ジェニーちゃん!」
ジェニーの脇腹からは、後から後から血が流れ出してくる。怜はタミーに譲り受けた救急セットを慌てて取り出し、手当を始めた。
負傷したジェニーの応急処置をするにはしたが、出血が多かったのだろう、ジェニーの顔は灰色になっている。このままではいけないと慌ててあたりを見回す怜。
「もうー、どっかに病院とか診療所とかコンビニ薬局とかないのー!」
ジェニーを横抱きにして叫ぶ。
あたりまえだが、護衛アンドロイドもさすがにケガの治療まではできない。
「怜…もういいのよ。ありがとう」
「ジェニーちゃん! なに言ってるの!」
「怜の腕の中で死ねるなら本望だわ、だって…こんなに優しい男の人…」
「もう、いいから。あんまりしゃべると体力が、」
「いないわ… ん…?」
怜はこれ以上しゃべらせないために、ジェニーの唇に優しく人さし指をあてる。
おかげで口を閉じたジェニー。うんうん、これでよし!
「もうしゃべらないで。必ず助けてあげるからさ」
そのとき後ろに何か気配を感じて、ハッと振り向き身構える怜。
そこには頭に角が1本だけ生えた、麒麟のような獣の姿があった。
驚くことに、そいつの姿を確認した護衛アンドロイドたちは、まるで通り道を作るように彼らの前から距離をとる。
するとそいつはトロンとした目で、怜に、というよりジェニーに近づいてくる。
「なんだよ!」
「あ、一角獣ね…」
「いっかくじゅう?」
「大丈夫。優しいのよ」
言いながら力なく微笑むジェニー。一角獣はジェニーの伸ばした手に、うまく顔をすりつけている。
しばらくポカンとしてその光景を眺めていた怜だったが、はっと気がつく。
いけない、こんな事してる場合じゃない。怜はやけくそになって一角獣にわめく。
「一角獣だかなんだか知らないけど、ジェニーちゃんはケガしてるんだよお。早くきちんと手当てしないと手遅れになっちゃう。ねえーキミどこか病院とか知らないー」
すると、じぃっとその様子を見ていた一角獣は、カツカツと足を打ち鳴らしながら彼らに背を向ける。
「え?」
ブルゥ!
まるで背中に乗れと言っているようだ。
「乗れって言ってるわ」
「え? えーと、ジェニーちゃん1人じゃつかまれないよ」
ブルゥ!
もう一度、お前も乗っていいと言うようにいななく。
「え、いいの? ありがとう。じゃあ遠慮なく」
そう言ってジェニーを抱えながら怜は一角獣の背中に乗った。
しっかりと捕まったのを確認したそいつは、すうっと足を上げ、空中へと飛びあがる。
「うわぁ!」
空を駆けていく一角獣。怜はこんな時だと言うのに「ヒュー」などと言いながら嬉しそうだ。しかし一角獣はどこへ向かっているのだろうか。
しばらく空を駆けて、赤い台形の山のふもとへ降り立った一角獣は、カツカツと何度か地面に蹄を打ち付けた。すると、ガラガラと音がして土が盛り上がり、隠し扉のようなものが現れた。
「おわ! なにこれ?! あっ! …あーっともしかして、この間のコワーイおじさんの隠れ家?」
怜は少し不安そうに言う。だがすぐに立ち直る。
「まあ仕方ないか~。ジェニーちゃんの命には変えられないもんね」
と、一角獣の首筋をポンポンとたたいてお礼を言ったのだった。
「ありがとね」