第3話
クイーンシティにそびえる高い壁の向こう側は、バリヤ隊員とクイーンの連携で、日々整えられつつある。限られた少人数での作業だが、クイーンの高い技術力のお陰で、条件の悪さもあまり気にならないほどだ。
その中で、第1チームをはじめとする「戦闘チーム」と呼ばれていたチームは、現在、作業をする前段階として未踏の地域に足を踏み入れ、まわりの安全確認を行っている。
ある日第1チームはシルヴァに依頼を受けて、以前、京之助とセシルが一角獣に遭遇した草原の、少し先まで足を伸ばしていた。
「ふぇ~。やっぱここまで来ると日差しがまぶしい! 空気がうまい!」
怜は、まわりが開けたところまで来ると、嬉しそうに大はしゃぎする。以前、京之助とセシルが見ていた赤っぽい台形の山を興味深そうに眺めて、
「なーんかあの山、上ったら面白そう~。ねえ、ブライアン、行こうよ、行こうよ~」
などとピクニック気分だ。
言われたブライアンは、ひとこと「NO」と言ったきり。怜はぷうーっとふくれて言う。
「ブライアンのケチ!」
そんなやり取りをいつもならたしなめる璃空も、まわりののどかな様子に少し気が緩んでいるのか、ちょっと苦笑気味に怜をなだめる。
「怜。俺たちは事前調査のために来てるんだ。ちゃんと安全が確認されたら、今度は本当にピクニックでもキャンプでも来ればいいだろう?」
「それはそうだけど~」
怜は不服そうにしていたが、急にパンッと手を打つと言い出した。
「じゃあさ! 指揮官とこと、小美野ちゃんとこ。それから、えーっとなんて言ったっけー…。あっそうそう刀弥ちゃんとこ!」
そこでニィーっと満面の笑みを浮かべて、続きを話し出す。
「3人とも赤ちゃんが産まれたら、みーんなでピクニックに来ましょうよ! それならいいでしょ?」
璃空は、それはどれだけ先の話だ? などと思いながらも、「ああ、わかった」と返事しておく。
「うわーい! じゃあネレイも呼ぼう。あ、広実指揮官も、もちろん呼ぶよ」
と、大喜びしている。回転の速い頭の中では、次々とプランが生まれているようだ。
「今回はこーんな無骨な移動車だけど、子どもが乗るとなったら、すっごく豪華なのをシルヴァさんに貸してもらってえ~。それから…」
などとウキウキしながら言っている。それを横目で見ていたブライアンが、怜に話しかけた。
「それなら、俺とお前もパートナーを連れてこなけりゃならないな」
「え? パートナー?」
怜は不思議そうにブライアンに聞き返す。
「そうだ、移動車はファミリーで1台だろ? 怜と俺は1人1台って訳にもいかないし。だったら怜は俺と2人で1台だ。ああそうか、ネレイもだから、3人だ」
「ええー? むさくるしい~」
「だろう? だったらさっさとパートナーを探さなくちゃな」
ニヤニヤと笑いながら言うブライアンに、怜はうーんうーんとうなり出す。そして、「ええい!この際だ!」と、割り切ったように言い放った。
「俺はブライアンとネレイと3人でいいよ。よし、これで決まり!」
当のブライアンはあっけにとられて返事もできない様子だったが、すぐに立ち直って楽しそうに言い出した。
「怜。パートナーを探し出すって言う選択肢はないのか?」
「だーって、俺、まだ1人がいいもん。皆を見てると、幸せそうだなー、素敵だなーって思うけど、それだけ。自分に当てはめて考えたこともないよ。あ! だからブライアンもしばらくパートナー探さないでよ~」
「はいはい」
ブライアンは仕方なしにと言う風に頷くが、実は自分もまだまだパートナーはいらない。いや、もしかしたら生涯いなくてもいいかもしれないと思うほどだった。
怜が言ったように、チームが使う移動車は無骨な戦闘用である。
いちおうキャンピングカーにはなっているが、実用第1。見た目も強度も京之助たちが使った新婚旅行用? とは段違いのものだ。
タミーは移動車の屋根の上で、男どものささやかな夢のやりとりを、ふたりとも案外可愛いわね、などと思いながら油断なくあたりを見回していた。
が、あるところで手が止まる。
「?」
なんだろう。
双眼鏡の端で何かが動いたような気がして、すっと目から双眼鏡を外して…。
「!」
屋根からひらりと飛び降りたのと、チュイーン! と言う音がして、移動車に銃弾がはじけるのがほぼ同時だった。
「攻撃よ!」
叫んだ時には、全員が戦闘態勢を取っていた。
タミーはヒュウーと口笛を吹いて、皆を絶賛する。さすがは第1チームね。
しかしその攻撃は、はじめから熾烈きわまるものだった。
「うりゃーー!」
突然叫び声とともに、ドドドドと爆音がして、はげしく銃が撃ち込まれる。
「なんだよあれー」
「クレイジーだね」
さすがの第1チームも驚いて、移動車の後ろに身を隠すしかない。
「オラオラオラ~! どうしたー! ビビッて声も出ないかー? はっははー」
そこには両手にマシンガンを抱えて撃ち込む大男の姿があった。
幸いなことに、戦闘用の移動車はマシンガンごときではびくともしない。ただ、この状態では反撃もままならなさそうだ。
しかし、第1チームの面々も、むやみに時間を過ごしていたわけではない。
「怜、俺たちがおとりになる」
璃空の声に「ラジャ」とニッコリ笑う怜。
ブライアンはタミーに目配せすると、
「右手、次に左手」
と、言う。タミーは「OK」とだけ言って、ライフルを準備する。
それを見届けた璃空と怜は相手を陽動するべく、同時に左右へ飛び出した。一瞬、大男が躊躇する。
待ってましたとばかり、物陰から出たブライアンが、ドンッドンッと銃を撃つ。
「おわっ?」
何があったかわからないと言う風に叫ぶ大男。
すかさず、ギュイーンギュイーンと、今度はタミーのライフルが火を噴いた。
と同時に、男の手にあったマシンガンが後ろへはじけ飛ぶ。
ブライアンがその正確さで、トリガーを撃って手を外させ、タミーがマシンガン自体を撃って落としたのだ。2人の連携に、思わず「ヒュー!」と口笛を鳴らす怜だった。
男から一番近いところにいた璃空は、すかさず大男のそばへと走り、至近距離で銃を構えるが、あろうことか大男はかまわずに殴りかかってきた。
「どりゃ!」
最初の拳をかわしたところで、どこにそんな俊敏性があったのか、速効で繰り出されるもう一つの拳。璃空はすんでの所でそれをうまくよける。
「おお! 俺のこの攻撃をかわしたのは、リリアさま以来お前がはじめてだ! なかなかやるな」
「なんだと?」
リリアの名前を聞いて、璃空は大男の懐に潜り込み、腕をつかみ上げて言う。
「お前はなぜ俺の母の名を知っている?」
すると、璃空が持つ腕をギリギリとひねり上げようとした男は、
「はは? はは…… 母だって?! リリアさまがお前の母親だって? うそをつくな!」
と言いながら、反対の手で璃空の胸ぐらにつかみかかり、思い切り睨み付ける。
璃空も負けじとその手を持ち、外そうとして、彼を睨み付ける。しばらくはそのままでいたのだが、急に大男が「おお…」と言いながら手をゆるめた。
「?」
「その目元、こちらを射るような目の光…。なんと、まさしくリリアさま…」
そう言うと、彼は璃空から手を離し、その場に尻餅をつく。そしてあぐらを組んで座り込むと、腕で顔をおおって泣き出してしまった。
「くっそう。お前は敵なのに、なんでこんなに嬉しいんだ。リリアさまの、リリアさまの…」
あっけに取られる璃空たちにはかまわずおいおいと泣いていたその男は、すっかり戦闘する意欲をなくしてしまった様子だった。
そして、右手を高く上げて後ろに2・3度振るという謎めいたしぐさをしたあと、璃空の方を向いた。
「リリアさまは次元の向こうで亡くなられたと聞いている。もしかしてそれは間違いだったのか?」
泣きはらした顔を上げて璃空に聞くその男。
「いや、亡くなったのは本当だ。だが、その前に俺を産んでいた」
「では、父親は次元の向こうの人間なのか…」
「ああ」
するとしばらくして、あはは、と笑った大男は、今度はバタンと寝そべってしまう。
「ハハハ、こんなに悔しいことはないぞ。俺たち王宮の戦闘隊は、みんな腕を磨きながらリリアさまの心をつかもうと必死だったんだ。その中の誰にもなびかなかったのに…」
そう言ってガバッと起き上がると、また聞いた。
「そのお前の父親は、さぞ腕の立つヤツなんだろうな」
すると、璃空は少し言いよどむ。
「いや、俺の父は…。 銃を持ったこともない」
「ええっ!?」
目をまん丸く見開いて、呆然とするその男。
「この世に銃を持ったことがない男が存在するとは…」
「ひとつ聞きたい」
ぽかんとしている男にたずねる璃空。
「なんだ」
「お前は、キングなのか?」
「ああ、そうだ」
そこにすっとタミーが近づいて、男の手を取って持ち上げる。
「なにをする!」
「Re'solvez en bas. 早く手当をしないと、キズが広がって手遅れになってしまうわ」
さすがのブライアンでも、無傷でトリガーから手は外せない。男の手から血がしたたり落ちていたのを見てタミーは放って於けず、すかさず彼の手当を行ったのだ。
驚きながら、その様子を見ていた男がぽつりと言った。
「ゼノス」
「?」
「俺の名前だ。俺はキングの生き残りでゼノスと言う。お前は?」
「タミーよ」
ぶっきらぼうに答えるタミーに、ゼノスは頭を下げた。
「ありがとう」
ゼノスに礼を言われて、無表情な頬に少し赤みが差したタミーは、黙々と手当を終えると、ポンッとそこをたたき、またぶっきらぼうに言う。
「どういたしまして。さ、これで大丈夫よ」
ゼノスはそんなタミーを面白そうな表情で眺めていたが、たったいま撒いてもらった包帯を少しなでると、どっこらしょ、と言う感じで立ち上がった。
「どうやらお前たちは根っから悪い奴ではなさそうだ」
「ああ、俺たちは…」
言いかける璃空の言葉をさえぎって、
「いや、今日はこれまでにしようぜ。お前がリリアさまの血を引いていようと、本当に俺たちに危害を加えないとは限らない。それが確認できるまでおあずけだ」
「そんなぁ。手当までしといてもらって~」
怜が不服そうに言うと、ゼノスはガバハと豪快に笑い飛ばしながら、背を向ける。
「まあほとんど確認してるようなもんだがな。じゃ、また会おうぜ」
すいっと手を上げて去って行くゼノス。
彼が少し背の高い草むらに足を踏み入れたとたん、何人かの男たちが、心配そうにゼノスに近づくのが見えた。
「え?!」
第1チームは驚きに包まれた。
「ぜんぜん気配を感じとれなかった…」
「双眼鏡で見ていたのよ、私…」
「まるで煙のようだね…」
「これが、キングの実力か」
戦闘のために生まれてきたとも言えるキングとは、いったいどれほどの力を持っているのだろう。その上彼らはまだ生き残っていたのだ!
「これはシルヴァ王妃とリーダーに報告しなければな」
そう言うと、「ほいほーい」と怜が移動車に駆け込んでいく。王宮と通信するためだ。
ブライアンとタミーもホッとして歩き出す。
すると。
「…う」
いきなりタミーが口に手を当てて、苦しそうにする。
「タミー?」
「タミー、どうした」
タミーはものも言わず移動車に走り込むと、そのまま手洗いに駆け込んだ。
「ちょっと、気分が…」
しばらくして出て来たタミーは、どうやら嘔吐したようだった。
璃空たちは、感染症やアレルギーを心配して、すぐさま治療を受けるべくクイーンシティへと引き返していったのだが。
そこでは、また驚くことに、タミーの妊娠が発覚したのだった。
タミー妊娠の知らせを受けた忠士は、チームの全員に急かされて病院に飛んで来たのだが、彼女の姿を目にしたとたん、
「タミー~よくやった~ありがとうー」
とタミーを抱きしめて男泣きする始末。
それが恥ずかしかったタミーには、あとでこっぴどく叱られたらしい。