第2話
一度に沢山の人が通れないのなら、最初はクイーンたちに帰ってもらうのが筋だろう。
そんな誰が考えても納得する理由をかかげて、手塚はなにかと口をはさんでくるお偉方を黙らせている。
次元が一度閉じたあと、「次に扉が開いたときには、通り道とその向こう側にあるクイーンシティとの交渉ごとや取り決めは、バリヤに一任する」と世界会議で決定されていた。
当然リーダーの手塚に1番の権限がある。
実は手塚は、あまり沢山の人を向こうへ行かせたくないのだ。
第1に、物見遊山や観光気分で、まだ整備も整わないクイーンシティと高い壁の向こうへ、土足でズカズカと踏み込んで欲しくない。
もうひとつ。
向こうの世界には一角獣やそのほか、こちらでは考えもつかないものが多々あるようだ。
資源ひとつを取ってみても、調べてみればすごいものがあるかもしれない。そういうものを、自分たちの欲望や利潤だけで奪い取ろうとする輩から守ること。
好都合なことに、ルエラの発言で通り抜けられる人数に制限があるとわかったため、今のところはクイーン以外で向こうに行くのをバリヤ隊員だけに絞っておける。
それでなくても今まで戦争戦争に明け暮れさせられ、挙げ句の果てに絶滅の憂き目に遭い。そのあとは次元の扉騒動だ。
いくら彼女たちが明るい性質の持ち主とはいえ、深いところでは相当なストレスを受けているだろう。しばらくはクイーンの意向を聞きながら、バリヤが少しずつ再建に協力するというスタイルを保っていきたい手塚だった。
そんな中。
扉を開けるきっかけを作った功労者として、セシルはクイーン一番乗りで次元を通り抜けさせてもらえることになった。
少し面はゆい気持ちで、まばゆい光に包まれながらクイーンシティへ足を踏み入れたとたん、名前を呼ばれて思い切りハグされる。
「セシル!」
声からすると、セシルがよく知る人物だ。
「…くるしい」
「あ!ごめんなさい! あんまり嬉しかったからつい…」
あわててセシルにまわしていた腕を離すその人は。
「ティーナ、ただいま」
「お帰りなさい」
一度はずした手をまた取りながら、ティーナが可笑しそうに笑う。
「ふふっ」
「? どうしたの」
「ううん、くやしいけど競争にまけちゃったわ」
次元が閉じる直前にティーナに会いに行ったときに交わした、「どちらが早く次元を開くことが出来るか」という話のことを言っているのだろう。けれど、くやしいと言う言葉とは裏腹に、ティーナはとても嬉しそうだ。
「そうね、でも自分でもびっくりしてるのよ。ジョークで持って帰った空気の中に、リトル・ペンタみたいなのがいたなんて…」
「それも貴女がラッキーガールだからよ。昔からセシルはすごく運が良いものね」
「ありがとう」
まだ続きそうな2人の会話を、「コホン!」とひとつ咳払いして自分に注意を向け、
「ふたりともそれくらいにして。立ち止まっていては後ろの人が入れない」
と、たしなめながら2人を先へ進むように誘導するのは、バリヤ第5チーム所属であり、今はセシルの夫である、刀弥 京之助。
セシルとティーナははっとして顔を見合わせ、小走りに入り口から遠のいた。
すると、なぜか京之助はすごく慌ててセシルの後を追う。
「セシル、急に走って転んだりしたら大変だから」
「あ、ごめんなさい」
そしてもう1人、慌ててこちらへやってきた人物がいた。
「ティーナ! 走っちゃ駄目じゃないか」
「あ、晃一。ごめんなさい」
こちらは第7チームに所属している小美野 晃一。
男性2人は同じように注意する人間がいることに少し驚いて顔を見合わせたが、すぐにどちらも納得するようにうなずき合った。
「もしかして、あなたたちも?」と、京之助。
「おたくも、そうですか?」と、晃一。
そうして、女性2人も顔を見合わせていたが。
「もしかして?」
「もしかして、ティーナ」
「「あなたにも、赤ちゃんが授かったのー!?」」
と、声を揃えて言ってから、驚きながらも喜びを分かち合ったのだった。
クイーンシティはふたたび次元の扉が開いてから、ご懐妊ラッシュである。
さきがけは、シルヴァ王妃の姉で、今は亡きリリアの忘れ形見である新行内 璃空と、その恋人である今澤 柚月との間に子どもが授かったのが発覚してからだ。
璃空は、男たちが戦争に明け暮れたあげく、そのほとんどが崩壊してしまった次元の向こうの世界を放っておけず、再建のためにクイーンシティに来ることを決めていた。
当然、恋人である柚月も一緒に。
けれど、そのためにはネイバーシティとクイーンシティをつなぐ次元の通り道を抜けなくてはならない。
柚月は彼に心配をかけるのが嫌で、自分が妊娠していることを黙って次元を通り抜けたのだった。
しかし、あとでそのことを打ち明けると、
「何かあったらどうするつもりだったんだ!」
と、いつもは冷静な璃空に怒られたのだが…。
「どうしても、璃空と一緒にクイーンシティへ行きたかったの、ごめんなさい」
素直に謝る柚月に、璃空もそれ以上のことは言えなかった。
「それに」
「?」
「璃空と私の子どもですもの。滅多なことで何とかなっちゃうわけないわ」
ニッコリ笑う柚月を見て、あきれるというより、産む前から母は強し、なのだろうかと、あらためて女性の不思議を垣間見た璃空だった。
リリアの妹で、クイーンシティの現王妃であるシルヴァに、子どもが授かったことを告げると、シルヴァは最初、信じられないと言う顔をしていたが、次には涙が止まらなくなった。
「なんとすばらしいこと…。ありがとう、璃空。柚月さん…」
シルヴァは2人の手を取って、涙を流しながら大喜びしてくれた。
すぐさまクイーンシティにこのことが発表され、街はお祭りのような大騒ぎになった。
いや、実際、お祝いの花火が何発も打ち上げられ、街のあちこちにはとりどりの花が飾られ、クイーンたちは楽しそうに踊ったり歌ったりしている。
彼女たちにとって、途絶えてしまうと思っていた王家の血筋がつながっていくことは、本当に喜ばしい事だったのだ。
「なんだか、すごいことになっちゃった…」
柚月は、自分の妊娠がこんな騒ぎになるとは夢にも思っていなかったので、最初は戸惑っている様子だった。
「ああ、すまない、柚月。俺のせいだ」
そう言って頭を下げる璃空に驚いて言う。
「そんな、謝らないで。クイーンの皆さんの心情を思うと、あたりまえよね。だったら、元気な赤ちゃんを産まなきゃ! ね?」
申し訳なさそうな璃空を反対に元気づけようとする、柚月。
すると、考え込むように璃空が言った。
「…そうだな。謝らなきゃならないのは、母さんの素性をよく確かめもせずに結婚した父さんだな」
「ええ? なにそれ」
柚月はちょっとずれたなぐさめかたをする璃空がいとおしくて、その肩にコトンと自分の頭を置いて微笑むのだった。
それにしても、この2人は子どもを授かった今でも、結婚という形式にはこだわらず、恋人のままだ。しかしそれは璃空と柚月が何度も話し合って出した結論だった。
そのため、2人は式すら挙げていない。けれどクイーンたちがその事を黙って放っておくはずがなさそうだと、シルヴァなどは思っていた。
案の定、皆が璃空と柚月を説得して説得して、ふたりを盛大に祝うパーティが開かれたのは、また別の話。
そしてご存じのように、璃空の幼なじみで第7チームに所属している小美野 晃一と、ティーナの間に。
また、第5チームの刀弥 京之助とセシルの間にも、それぞれ妊娠が発覚した。
また、ルエラが言うには、異界へ帰った元第1チームの魯庵と、ルエラの妹であるルシアとの間にも、第一子が授かったとの話だった。
男子が産まれなくなってから、ほとんど必要がなくなったクイーンシティにも、かろうじて1人だけ産婦人科医が残っていた。おかげで次元の扉が開いてからこちら、彼女は大忙しだ。
それを聞いた手塚は、ネイバーシティに連絡して、腕の良い医師団を派遣するよう手配した。機器類も持参できるものは運ぶように指示を出した。
こうして、クイーンシティにも、ようやく未来への明るい希望が見えはじめている。