第1話
「俺の勝ちー」
「まだ先ですも~ん、決めたゴール」
「ええー?!」
雰囲気のよく似た優男が2人、必死で走って向かう先は。
「へっへえー、ゴーーーール! やっぱり僕の勝ち~」
「あー、なんでゴール間違えちゃったんだろー。ネレイに負けるなんて、悔しいー」
「ええ~? 怜ってば、その言い方はないよぉ」
怜とネレイ。名前まで似ている2人は、チームは異なるが、バリヤの隊員だ。
彼らが競争して向かっているのは、日よけの囲いに覆われた隊員の詰め所。その中から、あきれたように2人の様子を見ていた男が、こちらも2人、外へ出てくる。
怜とネレイは嬉しそうに彼らに呼びかける。
「しきかーん!」
「ヤッホーイ、指揮官~」
「おい、お前さんたち。なんで鬼ごっこなんかしてるんだ?」
最初に声をかけたのが、第4チーム指揮官の広実 忠士 (ひろさね ただし)。
「どうしたんだ2人とも、そんなにあわてて」
次に声をかけたのが、第1チーム指揮官の新行内 璃空 (しんぎょうじ りく)。
「やだなあ、指揮官。鬼ごっこじゃないですよぉ。どっちが先にここまでたどり着くか、競争してたんです」
「そうそう。あ! でも、大変、たいへんです!」
「?」
怪訝な顔をしている指揮官たちに、微笑んで顔を見合わせた2人は、絶妙に声を揃えて叫んだのだった。
「「次元の扉が開きはじめたんですってー!」」
ここはクイーンシティと言う名前の異次元。
次元の扉と言うのは、次元のあちらとこちらをつなぐ通路の出入り口の事である。その扉が閉じてしまったため、双方の研究者たちが日々扉を開く努力を続けていた。
そして、どうやらあちら側の方が先にその方法を見つけ出したようだ。
怜とネレイが競ってやってきたのは、実はその報告のためだった。
連絡を受けた璃空たちがクイーンシティへ戻ったとき、次元の扉のまわりは黒山の人だかりだった。もう夜半だというのに、そこにいる女性たちはガヤガヤと大賑わいだ。
忠士はその様子を見てちょっとゲンナリしている。
「あちゃーすげえ人。誰だよ、ばらしたの」
「広実らしくもない。女性の情報網がどれだけすごいか、いつも俺に吹き込んでいるくせに」
「でした」
けれどこれではそばにも寄れないな、と璃空が苦笑しながら思案し出したとき、「こちらです」と、王妃の側近がやってきて璃空たちを手招きする。
少し離れたところに大きな移動車があり、屋根の上に人が乗っている。シルヴァ王妃だった。璃空と忠士が上がっていくと、ニッコリ微笑んで2人を出迎えてくれる。
「お待ちしていましたわ。ですが、扉が開きそうだと伝わったとたんこの騒ぎです。本当に申し訳ありません。クイーンの中にも向こうへ行った者がいますので、その子たちの事が皆、気になって仕方がないのでしょう」
「はい。それはもう充分すぎるほどわかっています」
話をしている間に、忠士は持ってきた荷物からノートパソコンを取り出し、そこにあった机を借りてパソコンを置かせてもらうと、おもむろにそれを立ち上げる。
「通信をするのか?」
「ああ。次元が開きだしたと言うことは、もしかしたら通じるかも…。これでよしっと…。さあ~頼みますよぉ~、お! つながりそうだぜ」
忠士は空中にディスプレイ画面を浮かびあがらせている。すると、しばらく真っ黒だった画面にノイズが現れて、人の姿が映りはじめたと同時に、声も聞こえてくる。
「おや? おお! やった! 通信がつながったぞ!」
そこに映っていたのは第7チームの指揮官、土倉だった。
「土倉さんじゃないですかー。お元気そうで」
「? 広実! 広実かあー。あ、新行内も! お前ら元気だったかぁ~」
土倉は今にも泣き出しそうな声で答えている。それにちょっと苦笑しながら、璃空が答えた。
「はい。そちらはどうですか? 残念ながら今ここには第7チームのヤツらはいないんですが」
「いいよいいよ、またあとで」
「そう言えば、手塚リーダーは?」
「それがさあ、危ない仕事を最初にこなすのは自分しかいないってさ、俺たちの心配をよそに、次元の扉へ入って行っちまったんだよー」
「え?」
「もしも行方がわからなくなったら、全力で探し出してくれって。まあルエラさんも一緒だから大丈夫だとは思うけど」
言ったそばから、ギューンと音がして次元の扉が光り出した。どうやらこちらの方も、ちゃんとつながっているようだ。璃空はホッとして出入り口のあたりに目をやる。
すると…
「キャッ、キャッ」
「一直!」
幼児の声と、同時にルエラの声がして。
よちよちと小さな影とそれを追いかけるもうひとつの影、それらが扉の中から現れる。まぶしさに少し戸惑うその2人の後からもう1人、扉を通り抜けてくる影が見えた。
「お、ここは? クイーンシティじゃねーか。ということは成功したんだな?」
目のくらみを払うように軽く頭を振った手塚が、嬉しそうな声をあげた。
「ホントだわ。あ、一直、こっちよ、戻ってらっしゃい」
「マーマ」
扉の回りを取り囲む人だかりに、リーダーとルエラの愛息子である一直が驚いてちょっと固まり、あわてて2人の方へ戻る。それを抱き上げるルエラ。
クイーンたちが3人を見て、嬉しそうに呼びかけた。
「ルエラ! 手塚さん!」
「みんなー、お久しぶり~」
「よお、どうやらちゃんとつながったようだぜ」
「そうみたい! 良かった~!」
その後はもう彼女たちの興奮の声でまわりがわき上がる。最初はびっくりしていた一直も、嬉しそうにバンザイして大喜びだ。
「あっ?! この子はもしかしてルエラさんの?」
「そうよ。手塚 一直です。よろしくお願いします」
と、挨拶を促すと、一直はくぐっと顔を下に向けてまた起き上がる。
「きゃー、お利口ねー。さすがはルエラさんの子ども!」
「うんうん!」
「おいおい、俺の子どもでもあるんだぜぇ」
と横から手塚リーダーが言うと、
「あ、そうだった。ついでに手塚さんの子でもあるわよねー」
「そりゃ、ひでーよ」
ハハハ、あはは、と笑う声にかぶせて、忠士が移動車の上から手塚たちに声をかけた。
「リーダー! ルエラさんも! それになんで一直くんまで?」
すると、
「おう! 広実じゃねーか」
と手塚が軽く手を振る。
その言葉に、
「はいはーい」
と軽く答えて、はっと我に返る忠士。
「違うちがーう。俺が聞きたいのは、リーダーがなんで一家総出で来たの?って事ですよ」
忠士の疑問はもっともだろう。手塚とルエラはわかるとして、なぜその息子の一直まで。
その疑問には、ルエラが答えを返した。
「あら、直人さんだけ中がどうなってるかわからない出入り口に入らせるなんて、出来るわけないじゃない? それに、直人さんと私が入って行って、もしも行方不明になったら、そのあと誰が一直を育ててくれるの?」
「ははあ」
「だから結論はひとつ! 親子3人で通り抜けるってことよ。当然でしょ!」
当然かどうかはともかく、これで次元の通り道が正常に働いていることが証明された。
「と言うわけだから、広実。向こうにこのことを連絡してくれるか?」
「ラジャー。つーか、もう大喜びしてますよ。土倉さん」
そう言いながら、忠士はちょと苦笑いして、空中に浮かんだパソコンの画面を手塚に見えるよう、角度を調整する。画面の中では、
「リーダー! 無事だったんですね~。もう心配で心配で~」
と、土倉が泣きながら笑うという技を見せていた。
「ああ、土倉。心配かけてすまなかったな。無事通過したってことで、他のヤツらにも入って来るよう言ってくれ」
「はい!」
すぐにでも連絡を取ろうとする土倉を制するように、ルエラが声をかける。
「あ、ちょっと待って」
「どうした?」
「えーっと、土倉さん? 応答願いまーす」
ルエラは忠士の持つパソコンに向かって話しかけた。
「はいはーい、応答しました。何でしょう」
土倉が軽い調子で答える。
「あのね。これは私の感覚でしかないんだけど、あの通路、1度に大量の人が通るのは、やめておいた方がいいわ」
「え? どうしてですか?」
「なんかねー、リトル・ペンタたちが、直人さんと一直にぶつかって消滅しちゃうでしょ。すると、通り道がふいっとゆがむの」
「ゆがむ?」
「っていうか、通り道自体がすこうしずつ消滅してる?って事かな」
補足しよう
【リトル・ペンタとは。
次元の通り道が閉じようとしていたとき、セシルがネイバーシティ(→ある時クイーンのひとりが「お隣さんの街」と言う意味で、向こうの世界をネイバーシティと呼んだところ、いつのまにかそれが広まって今では皆、そう呼ぶようになった)に持って行った空気のビン詰め。
そこにいたホコリのようなヤツらを、ペンタグラム星座を通り抜ける小さいヤツ、と言う事で、これまたいつの間にかネイバーシティでは《リトル・ペンタグラム》と呼ぶようになる。それを略してリトル・ペンタだとか、リトペンだとか、色々な言い方をするようになった。
リトル・ペンタグラムは無機質なものには反応しないが、人に触れるとパチンとはじけて消えてしまうのだ。それはネイバーシティでは、すでに知られている知識だった。】
すると、ルエラの疑問に答えるようにパソコンの向こうから土倉とは違う声がした。
「人が通り抜けるたびに、リトル・ペンタが消滅して、通り道も消滅する? …なるほど、今回は、以前より頻繁に人が行き来した。だからあんなに早く扉が閉じてしまったんですね」
画面に映っているのは、分析を専門とする第5チームのアーヴィングだ。
「ええ、たぶん」
「ありがとうございます。そんな微妙なことがわかるのも、貴女だからこそですね」
言うまでもなくルエラは魔女だ。
次元の扉が閉じている間は、やはりというか、意外にもというか、鏡は通り抜けられなかった。それが開いた今は、彼女ひとりなら、難なく鏡を通り抜けてクイーンシティへ来られるのだが、今回は手塚リーダーと一直がいたため、彼らとともに次元の通路を通り抜けてきた。
そのことが、思いがけず良い結果をもたらしたようだ。
「それなら、リトル・ペンタも定期的に送り込むようにしましょう。たぶんそれで解決すると思いますが…。消滅の度合いが目に見えれば良いのですがね、それはあなたたちのような魔物の感性でしかわからない」
独り言のように言うアーヴィングの言葉を聞いていたルエラは、
「目に見えるねえ、うーん、そうねえ、挑戦する価値はあるわね…」
と、抱き上げた一直の頬や鼻や、とにかくあらゆる所にチュッチュッとキスしながら考えるような目をしていたルエラが、急に思いついたようにニッコリした。
「よし! 計測装置みたいなの作ってみることにするわ。それには専門家の協力が必要なんだけど、バリヤには貴方みたいに優秀な人がたくさんいるから、大丈夫よね」
「え?!」
「どうしたの?」
「い、いえ。まさか魔女の貴女の口から、計測装置という言葉が出てくるとは思わなかったので…」
アーヴィングは本当に驚いたようだ。すると、横で話を聞いていたのか、手塚が面白そうに口をはさむ。
「うちの奥さんは科学と魔術が融合できないか、ずっと考え続けているんだよ。ものごとの本質を見極めるのはどちらも同じだろ?」
「I understand. そういうことでしたら、及ばずながら、私も協力させていただきます」
「もちろん第7チームも!」
アーヴィングの横から土倉が顔を見せて言う。
その様子を見ていた手塚は、ルエラと顔を見合わせてニッコリ微笑むと、「頼りにしてるぜぇ」と嬉しそうに言ったのだった。