第12話
その頃のバリヤ隊員とキングたちは、裏山で、ジシャク草をはじめとする薬草や、またそれ以外の調査を続けていた。第4チームが来たことで、しばらく市街へは行かずに、全員が協力体制を取って、このあたりの調査をすることになったからだ。
そしていつからか、彼らが薬草の群生地で作業をしていると、ちょくちょく一角獣が姿を現すようになった。
「あ、また来たんだ~。おはよ」
「そいつは昨日のとはまた違うヤツだぜ」
「え? そうなの? ゼノスってば、なーんでわかるの」
「そりゃあお前、豊富な経験だよ」
「えー、ずる! ちゃんと教えてよ」
と、ゼノスに言い寄る怜。
「あ、僕も知りたいでーす」
「俺もでーーーす」
手を上げて純粋に言うネレイに、調子に乗って同調する忠士。
「お前ら…」
と、あきれていたゼノスだが、3人のキラキラとハートが浮かびそうな目に負けて識別方法を教え出す。
「こいつらのツノには、人の指紋のような個体別の模様があるんだよ。よーく見てみな」
と、一角獣の首のあたりをなでながら言う。3人はツノを穴が開くほど眺めていたが、同時にあっと言う顔をして笑顔を見合わせた。
「ホントだー」
「うん、あるねあるね」
「ああ、こいつは驚きだな、ツノなんてただ白いだけのもんだと思ってたぜ」
その言葉通り、ぱっと見にはわからないが、光の当たり具合でその一角獣のツノには、表面にマーブル模様のような美しい模様が浮かび上がっているのだった。
するとそこへもう一頭、一角獣が現れた。
「あ! きみがもしかして昨日の子かな?」
「どれどれ…。ああ、そうだ、こいつが昨日も現れたヤツだ」
怜がツノを色んな角度から見て、嬉しそうに言い出した。
「ホントだ! ちがーう」
「ええ? どれー」
ネレイも顔をくるくる動かして、ツノを眺めまくる。その一角獣のツノに浮かび上がっているのは、まるでペイズリー模様のようなものだった。
「美しいものだな」
いつの間にか璃空までがやってきて、一角獣のツノを眺め比べている。
キングたちは、そんなバリヤ隊員を、何がそんなに珍しいんだろうと可笑しそうに見ているのだった。
同じ頃、研究室では、久瀬が天笠に、いちどネイバーシティに帰ってみないかと提案したのだが、天笠はそれを断っていた。
「今向こうへ帰ってしまうと、たぶんもう二度と戻ってこられない気がしてね」
「登…」
「ああいや、変な話じゃなくて。せっかくここまで保ってきた緊張感がぷっつりと切れてしまいそうで。俺はもっとここで研究したいんだよ。話ししたとおり、ここには俺の興味を引く事柄が次々出てくるから」
「ああ、そうだな。そう言えば、見せてもらった一角獣に関する古い文献なんだが…」
「! やっぱり気になったか? そう、これだよ」
と、また若い人間を腹ぺこにしそうな勢いで、延々と話を始める久瀬と天笠だった。
その日、夕食の席で。
「ところで、広実くん、だったね。すまないが調査の進捗状況を教えてもらってもいいかい?」
天笠が、忠士に聞いた。
「ああ、はい」
忠士は食べていた手を止めて、すこし天笠の方に向き直り、今の状況を話し出す。
「薬草の分布や分析はほぼ終わっています。このあたりの大気汚染の状況やそのほかの植物の汚染状況も。思ったよりここらの大気は汚れていませんでしたね。ただ、動物に関してだけはいっこうに進んでいません。と言うのも、一角獣以外の動物がほとんど出てこないので、情報不足なのが原因ですね」
「動物、か…」
天笠は少し考え込む。
「あー、俺、野ウサギみたいなの見ましたよ。ね、ジェニーちゃん」
怜がジェニーに微笑みながら言う。ジェニーは笑いを返しながら、それに答えた。
「ええ、この間私が負傷したあたりに、野ウサギがいました。ええっとそれから」
「え? ほかにも何かいた?」
「あ、その時じゃなくて。薬草の群生地から山へ向けて、鳥が飛んでいくのが見えました。その山の頂に何かが群れでいたような気がしたんだけど、見間違いかしら…」
「群れとは、何頭くらいかな」
天笠が聞く。
「そんなに多くは、5・6頭、かしら」
と、ジェニーは首をかしげながら答えた。
すると、久瀬と目を見合わせていた天笠が、今度はゼノスに聞く。
「ゼノスたちは、ずっと昔、一角獣を家畜にしていたような話を聞いたことはないか?」
「え? 一角獣を家畜に?」
「ああ、実は古い文献を調べていたら、一角獣を、あちらの世界の馬のように、移動手段として使っていたと言うことが書かれてあったんだ」
「移動手段ですか?」
ゼノスは自分も考えながら、他のキングたちに顔をめぐらせるが、だれも知らないようだった。
「そうか、だったらやはりかなり昔か。ところで、この年号はどのくらい前かな? はじめて見る年号なのでわからなかったんだよ」
と、何かのコピーをゼノスに見せる。すると彼は一目見て、「ああ」と言い、何やら頭の中で計算していたが、しばらくして答えを出した。
「だいたい200年くらい昔ですよ。そりゃあ誰も知らないはずだ」
と、苦笑しながら天笠にコピーを返した。
「たぶん、ジェニーが見た群れは、復活させた一角獣が数を増やしてきたものだと思うんだ。そこで、久瀬と私は、また彼らを移動手段として使いたいと思っているんだよ」
天笠の提案に、そこにいた皆が耳を傾ける。
「今後、クイーンシティの復興にともなって、このあたりへも移動車が多々入って来ると予想される。けれど私は、市街地からある程度離れたあたりからは、移動車乗り入れ禁止にする方がいいと思っている」
「それはなぜですか?」
璃空が聞く。
「ああ、どれだけ配慮しても、移動車を使うためには整備された道路がいる。けれど、人にとっては便利な道路も、動物たちにとっては邪魔者でしかない。私は一角獣ばかりでなく、このあたりを、すべての動物が安心して暮らせる自然保護区にしたいんだ」
その言葉を聞いた皆は、深く頷く。
「その時に思い出したのが、この文献だったんだ。一角獣を移動手段に使えば、移動車なしでかなり早く遠くまで移動できるだろう」
「はーい。それについてはジェニーちゃんと俺が経験ずみでーす」
手を上げて怜が言う。ジェニーもそれに頷いている。
「俺たちも、GPSで一角獣の移動の早さを目の当たりにしています。けれど、そんなことをすると、一角獣がまた乱獲の憂き目に遭うのではないかと思うのですが」
璃空が心配するように言った。それに天笠が答える。
「野生の一角獣を無理矢理捕まえればそうだが、君たちも会っただろう。自分から人のいるところにやってくるヤツをね」
「ああ…」
「彼らは、私が大切に育て上げた一角獣の一握りなんだ。まだ他にも、どうか復活してくれと、野生に放った個体もいる。もし、私を覚えてくれているなら、そいつらの牧場のようなものが作れるかもしれない。それからもう一つ…」
と何か言いかけた天笠だったが、「いやこれはまだいいか」とつぶやくと話を続ける。
「だから君たちバリヤに、一角獣探しを手伝ってくれないか、お願いしてみようと思っていたところだ」
熱心に話す天笠に、忠士がすぐさま答えた。
「わっかりました。じゃあこのあとすぐリーダーに聞いてみますよ。で、その一角獣探しには、必ず博士も行かなきゃならないんですよね。そいつらに博士を引き合わせなきゃならないから」
「ああ、そういうことだな」
天笠は、申し訳なさそうに答えた。
忠士が手塚に報告すると、手塚はすぐさま戦闘チームをピックアップして、こちらへ送る旨返事をくれた。そして、それと入れ替わりに、璃空たち第1チームと忠士の第4チームには、いちど高い壁の向こうへ帰ってくるようにと言った。
「第1チームと第4チームはそろそろこっちへ帰って来たほうが良いだろう。で、その時に、もし了解してくれるんなら、ゼノス隊も一緒に帰って来てくれないか? シルヴァ王妃と病床にいる王が、彼らの帰還を強く望んでるんだ」
キングたちは最初、天笠を置いていけないからと申し出を断った。
しかし自分のためにずっとこちらにいる彼らには、どうしても1度帰って欲しいと天笠が説得し、ゼノス隊は璃空たちと共に、高い壁の向こうへ戻るべく出発したのだった。




