第8話
「はい、ジェニーちゃん」
開け放たれた部屋の入り口から怜が入って来て、ベッドに座っているジェニーに、白い可憐な花の束を渡す。
「わあ、ありがとう。どうしたの、これ?」
「へへっ、魯庵の手伝いで薬草探してたときに見つけたんだよねー。変な毒持ってるような花じゃないってことは、魯庵が確認してくれたから、だいじよーぶ」
言うと、ジェニーはちょっといたずらっぽい笑顔を見せる。
「知ってるわ。あのね、この花はこっちではすごく一般的なお花よ」
「へーえ、そうなの?」
「ええ。で、花言葉があってね」
「うん」
「『あなたの願いをかなえます』っていうのがそれ」
「わあお! そうなの? だったらさー、とてつもない願いは無理かもしんないけど、俺に叶えられそうなことで何かお願い事ない? ジェニーちゃん!」
するとジェニーは、「えっ?」と言葉をなくす。どうやらそんな事を言われるとは思っていなかったようだ。しばらく怜をまじまじと見つめ、そのあと考えるように目を伏せていたが、少し硬い表情で顔を上げた。
「それなら…」
「?」
怜は反対に、ニコニコして、何を言われるかと楽しそうだ。
「私の傷が早く良くなるように…、kissして…」
「え? ええーーっ!」
怜は思ってもみなかった願いごとに、大声で反応してアタフタし出す。
「え? ええっとー、俺? おれがきすして、なんでジェニーちゃんの傷が良くなるの? あ、kissと傷とかけてるの? それならジェニーちゃんオヤジギャグーって言えるんだけど……、あ…」
けれど、ジェニーはそんな怜を怖いほど真剣なまなざしで見つめている。怜はどう反応したものかと、珍しくちょっと黙り込んでしまう。
すると、その様子を見ていたジェニーが、思わずプッと吹き出した。
「ふふっ、冗談よ、冗談。いつも怜にからかわれてるから、お・か・え・し」
「え? なあーんだ、そうだったんだー。もー、ビックリさせないでよジェニーちゃん!」
「ごめんなさい」
言いながら顔を見合わせて笑う2人だったが、ジェニーがまだ花を持っているままだと気づいた怜が、
「じゃあそれ、どこかに生けなきゃ。えーと。何かないかなー」
と、花ビン代わりになるものを探しながらあちらを向いたとき、彼女がふいと悲しそうな顔をした。
「あ、ちょうどいいグラスがあったよー」
どこからか大きめのコップを持ち出して、部屋に備え付けられた水道から水を入れて持ってくる。ジェニーから花を受け取ってそこに挿し、サイドボードに置いて、「ふふん、良い感じー」と、1人悦に入る怜。
ジェニーは見るともなしにその様子を見ていたが、怜があれっと言う顔をして近づいてきた。
「ジェニーちゃん、ごめん。なんかおでこに付いてるみたい、取ってもいい?」
「え? あ、何かな。鏡見せてくれたら自分で出来るけど」
「いいじゃない? 俺がいるんだから」
と、ジェニーのそばへ寄り、額の髪を上げると…。
チュッとそこに唇をあてた。
「!!」
驚いて言葉も出ないジェニーに、照れたような顔をして言う怜。
「俺なんかのkissで元気になってくれるんなら、すっごくうれしいか・ら」
「……」
顔を赤くして、ブンブンと首を振るジェニー。
「あ、ごめん。ジョークだったんだよね、けどさ…、アワワ!」
怜は言葉を続けられなかった。ジェニーが首に腕をまわしてぎゅうっと抱きついて来たからだ。
「ううん! 違う、違うの、嬉しかったの! ありがとう、怜。これできっとすぐに良くなるわ。そしたらお花を見つけたところへ案内してね。これもお願い」
そうして腕をゆるめて、しっかりと怜を見つめるジェニー。怜はニッコリと笑いながらその瞳を見つめ返して言った。
「もーう、ジェニーちゃんってば欲張りー。願いごとはひとつなんじゃないのー?」
「花言葉ではひとつって言ってないわ」
「はいはい、わかりました」
そしてまた2人、楽しそうに笑い合うのだった。
「あー。ゴホン…」
すると、扉のあたりからわざとらしい咳払いが聞こえた。怜はなんだよーと言うふうに振り向いただけだが、ジェニーはまたパアッと顔を赤らめて慌てて怜から手を離した。
「なーんだ、怖いゼノスおじさんか。何か用~?」
「なんだと! 年長に向かってその言いぐさはなんだ、けしからん!」
怒った表情のゼノスにもひるまない怜だが、さすがにジェニーがたしなめる。
「怜…」
「えへへ、そうだよね。えっと、申し訳ありませんでした、ゼノス隊長! 何か御用でしょうか?」
「なんなんだそれは?」とか言いながら、はあ、と大きなため息をついたゼノスが、またゴホンと咳払いして言う。
「いや、若い2人の邪魔をするつもりはなかったんだがな」
と言ったとたん、はにかんでうつむくジェニー。それをほほえましげに眺めてゼノスは先を続ける。
「また新しい薬草が見つかったらしいんだ。で、そいつの分析助手をしに行ってくれないか?」
「あ、うん、いいよ。でも、なんでゼノスが行かないの?」
「ああ、俺は違う方の助っ人に呼ばれてる」
「なるほどねー」
怜が納得した違う方の助っ人とは。
現在第1チームには、2つの仕事がある。
ひとつは、魯庵を除く3人が持ち回りで王宮近くまで行き、市街地の中で原型をとどめていたり、復活したりしたアンドロイドの破壊を他チームに協力する形で行うもの。
また、もう一つの仕事は、魯庵について薬草分析の助手をすること。
そして、ゼノスを隊長とするゼノス隊も、同じ仕事を請け負って、第1チームとともにアンドロイドの破壊に向かったり、薬草については、助手の他に道案内をしたりしている。
今回ゼノスは、王宮近くへ行くチームに入っているようだ。
「いいよー。今日の破壊当番は指揮官とブライアンだもん。ゼノスはラクチン! だね」
「あ、ああ…」
王宮最強と呼ばれたゼノス隊の隊長も、璃空の身体能力とブライアンの射撃の腕には文句がつけられないようだ。だが、璃空たちから見れば、キングのアンドロイドとの戦闘方法には、いつも感心させられている。さすがにロボットを知り尽くしているだけのことはあるのだ。
「さてと、お仕事、お仕事。それじゃあジェニーちゃん。行って来るね」
「はい」
ひらひらと手を振って言う怜とそれに答えるジェニーに、ゼノスが思い出したように言った。
「あ、それから博士の見立てによると、アンタもあと2日ほどでいつもと変わりなく動けるようになるらしいぜ。薬草が良い働きをしているそうだ」
「本当ですか? 嬉しい」
それを聞いたジェニーはとても嬉しそうだ。
「それもこれも、魯庵のお陰だな」
「はい!」
笑顔で答えるジェニーを見て、怜とゼノスは部屋をあとにしたのだった。