第九話
フィアナが食事を終えたのを見計らってユーフェが声をかける。
「お嬢さま、本日予定しておりました夜会はいかがいたしますか?」
ユーフェがそういうとフィアナはとたんに表情を曇らせた。
「そうね、今日は休ませていただくことにするわ…。」
「かしこまりました。欠席の連絡はいかがいたしましょう?」
「私が手紙を書くわ。」
フィアナはしばらく休憩したのち、いそいそと欠席を詫びる手紙を書き始めた。
その手紙を丁寧に書き上げたころにはアフタヌーンティーの時間になっていた。
「本日は、お嬢様の大好きなベリーのタルトですよ。」
「まあ、ありがとう。」
そう言って、フィアナは微笑んだ。
「おいしい。」
用意されたタルトをすぐさま一口頬張って、ほっぺが落ちそうだと言わんばかりのとろけた表情をする。
けれども、それ以降はあまり手が進まなかった。
「ご気分がすぐれないのですか?」
「そんなことはないのだけれど…」
心配そうに尋ねてくるユーフェに、そう言って少し考え込む。
「うーん、そうね、なんだか胸がいっぱいなの。」
そう言って困ったように微笑むフィアナはとても痛々しい。
アフタヌーンティーの後、フィアナは刺繍をすることにした。
手先はわりと器用な方で、最近は暇な時間を見つけては巷で流行りの意匠を施したものを作っていた。
さっそく最近ずっとしているとても複雑な花の意匠の続きに取り掛かった。
はじめはいつも通り楽しそうな雰囲気を醸しだしながら黙々としていたのだが、しばらくするとボーっとしだし手が止まった。
すぐにはっとしてまた刺繍を再開するのだが、またすぐに手が止まってしまう。
フィアナはずっとそんな調子であった。
侍女が夕食を告げに来たことで刺繍の時間は終わりを迎えた。
ふたを開けてみると、いつもの半分ほども進んではいなかった。
明らかに何かがおかしいとユーフェは確信した。
フィアナは、気遣わしげな視線を寄越すユーフェに「ごめんなさい。でも何ともないの。」と言って淡く微笑む。そして颯爽と食事の間へと向かっていく。
しかし、その言葉とは裏腹にフィアナはまたも食事があまり進まないようであった。