第四話
「フィアナ様、とてもお似合いですわ。」
少し癖のある赤茶色の髪が特徴で、小さいことからずっと一緒にいる侍女のユーフェは嬉々としてそう言った。
ユーフェが嘘を言っているとは思わなかったが、本当に似合っているとも思えず、
曖昧な笑顔で儀礼的に礼を述べるにとどめた。
フィアナが今着ているのは、白地に銀糸が織り込まれた生地に、フィアナの目の色に合わせたエメラルドグリーンのレースがふんだんにあしらわれたドレスである。エメラルドグリーンのレースは裾の方にいくにつれて濃い色になっており、そのグラデーションと銀糸の織り込まれた仕立ての良い生地のために、レースをふんだんに使っているにも関わらず、そのドレスはぶりぶりとしすぎない上品で爽やかなドレスであった。
このドレスは、どこまでも穏やかで可憐な雰囲気を醸し出しているフィアナにとてもよく似合っていた。
今日は、キャヴァロワ家主催の夜会がある。そして、フィアナはそこでデビューをすることになっている。
今はそのためにユーフェがはりきってフィアナを飾り立ているところであった。
「さあ、次は髪ですわね。」
そう言ってユーフェは髪を結いあげていく。
人と接するのは大好きだったが、社交界というものがキラキラしいだけではないことを十分に聞き及んでいたので、デビューに多少の憧れはあったものの、あまり乗り気にはなれないだろうなと思っていた。
社交界というのは、情報収集の場であるとともに、結婚相手を見つける場であり、女性においては後者の意味合いがきわめて強い。
フィアナには、キャヴァロワ公爵家の恋愛結婚を推奨するという方針のため婚約者こそいなかったが、公爵令嬢という肩書やフィアナ自身の美しさのために、縁談の話は星の数ほどにあった。
そんなわけで、社交界で必死になって結婚相手を見つける必要もなく、またもし本当に社交界に出なかったとしても、個人の意志を尊重し個人の幸せを第一に考えてくれる両親ならば反対はしなかったことだろう。
けれども…、とそこまで考えて意識を現実に戻した。
正確には、何やらすさまじい視線を感じて現実に引き戻されたのであるが。
どうやら髪を結いあげ終わったらしい、ものすごくニヤニヤしたユーフェと鏡越しに目があった。
「何かしら?」
「いえ、以前はあれほど乗り気ではないとおっしゃられていたのに、今はすごくうれしそうでいらっしゃるな、と思いまして。」
「そう?」
「ええ、それはもう!私としては不本意ですが、あの方に会えるのがよほど楽しみなんですね。」
「もう、ユーフェったら。そんなんじゃないわ。」
ほんのりと頬を朱に染め反論してもまるで説得力がない。
まあ、それもそうだろう。なにせユーフェの言ったことはあながち間違いでないどころか、ほとんど核心をついているのだから。
そう、ユーフェの言うとおり、あまり乗り気ではなかった社交界への第一歩である、デビューの夜会に積極的に出たいと思ったのは、少し前にお忍びで遊びに行った孤児院に、慈善活動のために来ていたあの方に会いたいからだった。
けれども、ユーフェが考えているような、好きになってしまったからというような理由ではない。
ほとんどまったく男性経験などなかったが、さすがにお菓子をもらっただけでは好きにはならない。
ただ、終始無表情だった男の顔が去り際のほんの一瞬だけ微笑んだような気がして、それが忘れられずずっと気になっていたのだ。
だからもっと知りたいと思ったし、そのために会いたいと思ったのである。
先ほど結いあげてもらった髪にも装飾品をつけてもらい、ようやく支度が整った。
「本当に素敵ですわ。」
「ユーフェのおかげよ。ありがとう。」
「きっとお見えになっていらっしゃいますわ。頑張ってくださいね。」
「そうね。頑張るわ。」
勘違いとはいえ、不本意だと言いながらも応援してくれるユーフェに、もう反論することもできず、感謝の気持ちでそう答えた。
ユーフェに案内されて夜会が開催されている会場の入り口に来た。
そこにはすでに兄のダグミラスが待っていた。
「きれいだ、フィアナ。」
「ありがとう、ダグお兄様。」
「それじゃ行こうか。」
「はい、よろしくお願いします。」
ほんの少し緊張していたが、笑顔で送り出してくれるユーフェと、優しくエスコートしてくれるダグお兄様に鼓舞され会場へと足を踏み入れた。