第三話
入ってきた少女を見た瞬間、凄まじい衝撃にみまわれた。
それが、忘れるはずもない孤児院であった少女だったからである。
少女は容姿も美しく、ちょとした振る舞いも洗練されていたが、あの時期だと貴族の娘なら慈善活動で訪れればいいので、商家の娘だろうと判断したのだ。
商家の娘ならば、爵位を得るために、お金に困っている位の低い家などに嫁ぐこともしばしばあるので、淑女の教育を受けていてもおかしくはない。
しかしそれがまさか公爵家のご令嬢だったとは…。
どうりで見つからないわけだ、と一部の冷静な自分が妙に納得していた。
あれから彼女を探していた。社交シーズンが始まってしまうと忙しくなるし、何より爵位をついで周囲からの結婚しろとの声がうるさくなっており、今年はそろそろ年貢の納め時かもしれないと思っていたので、なんとしても社交シーズンが始まる前にもう一度会いたいと思っていたのだ。
しかし、その願いは叶うことなく社交シーズンが始まってしまい、諦めの境地で今日の夜会を迎えたのである。
孤児院であった少女がまさか貴族の、それも公爵令嬢であったことには驚いたもののまた会えたことに嬉しさを覚えた。
けれども同時にあのとき娘に施しをした自分があまりにも滑稽に思えた。
誰しもが勘違いしてしまうような状況だったとしても、勝手に勘違いした自分が余計に愚かで情けなく思えてしまう。
そしてもう一つの現実的な問題にも気づいてしまった。
自分は男爵であり、彼女は公爵令嬢なのである。
その身分差はあまりにも歴然としていた。
公爵家のご令嬢であるなら今後あまりかかわることもないだろう。
それはあまりにも当たり前のことであるはずなのに、自分の中に苦いものが広がるのを感じた。それはあとからあとから溢れてきて、どうしようもない。
そんなグラズの耳にふとジャニの声が聞こえた。
「しかし、兄妹そろって美形だな。」
その声でようやく現実に意識を戻し、そしてそこで初めてフィアナに付き添う兄の存在に気付いた。
キャヴァロワ公爵家にはフィアナの他に2人のご子息がいる。
長男はすらっとした体型で、かなりの切れ者。王の側近をつとめている。
次男はややがっしりとした体つきで、武術に精通しており、特に剣の腕がたつらしい。騎士団の第一団長をつとめている。
どちらにも共通して言えるのは、国の要職についているということと、美形だということ。
そして美形であることについては、この二人に限ったことではない。その父も母も祖父も祖母も…。キャヴァロア公爵家の人間はなぜか皆美形であった。
そして、その中でも三女のフィアナは抜きんでて美しいともっぱらの噂であった。
そんなフィアナの横に今立っているのは、長男のダグミラスの方だ。
ジャニの言うとおり二人とも美形で、そんな二人が並んでいると、ただ立っているだけにもかかわらず、二人の周りはキラキラとしたオーラで包まれているかのような華やかさがあり、とても絵になる光景であった。
そんな二人を見ていると、何とも言えない気持ちになったが、ジャニやそのほかの友人、知り合いたちとワインやシャンパンを飲みながら情報交換など、話をしてやり過ごした。
「お、そろそろ俺たちも挨拶行きますか。」
ジャニの声に二人の方に目をやると周りに集まっていた人々は少なくなっており、いくらか落ち着いたようであった。
「ああ、そうだな。」
流石に今日の主役に挨拶もすることなく帰るわけにはいくまい。
挨拶をしたらもう帰ろう。
そう思いながらフィアナのところへと足を進めるグラズの顔は、いつも以上に何の感情も読み取れぬ無表情であったが、その目だけは底の見えない暗い闇に囚われたかのようなほの暗い光を宿していた。