第二話
今日はキャヴァロワ公爵家が催す夜会がある。
この夜会で、16歳になった公爵家のご令嬢がデビューするらしく、いつも以上に大々的に、そして華やかに催されている。
貴族たちは、絶世の美少女と噂の公爵令嬢を一目見ようと、またあわよくば公爵家と繋がりが持てるのではないかと、それぞれに思惑をもってやってきていた。
今日招かれた貴族の中には、黒にも見えるほどの濃い藍色の髪にグレーの目をしており、ひどく整った顔立ちがどこか硬質な印象を与えるマルドィーニ男爵もいた。
マルドィーニ家は古くから続く由緒正しい家柄だがそれほど目立つ家ではなかった。
それが、二年前に前男爵が病に倒れて床に臥すようになり、それを機に当時24歳であったグラズが継いでからからというもの、どんどん力をつけていき、今では男爵位の中では最も有力な貴族であるといっても過言でないほどに急成長を遂げていた。
その事実からグラズがいかに優秀であるかが伺いしれる。
頭が良く手腕がありおまけに美形とくれば、貴族のご令嬢にしてみれば、男爵といえどもグラズはかなりの優良物件であった。
「鬱陶しい。」そう思いながらも、そんなことは一切感じさせない輝かしいばかりの笑顔でグラズはそつなく軽やかに言い寄ってくる女たちをあしらっていた。
グラズは濃い化粧もきつい香も派手な衣装もごてごてとした装飾品も好きではなかった。
豊満な肢体はグラズとて嫌いではなかったが、胸をさりげなく押し付けて妖艶に微笑む様子には、醜い想いが透けて見え、グラズをいっそう不快にさせた。
「贅沢だな。」グラズが今何を考えているかが分かったのだろう。
クスリと笑いながらからかうようにそう言ったのは、今日グラスをここに引っ張り出してきた、友人のジャニであった。
「お前のせいだ。」
憎々しげに、けれどどこか呆れたような顔でグラズはそう返す。
「何が。」
「お前が公爵令嬢を見たいと言ったからだろ。」
「そりゃ見たいでしょ。」
グラズは、言外にお前もそうだろと言われているような気がして、眉を顰め手に持っていたワインをあおる。
ジャニはその様子をおかしそうに眺めながら、「もうそろそろ噂の美少女のお出ましかな。」とつぶやいた。
「ああ、そうだな。」
グラズは素っ気なく答えると、公爵令嬢が入ってくるであろう奥の扉を見やった。
ちょうどそのとき扉が開き始める。
騒がしかった会場は一瞬にして水を差したようにしんと静まりかえった。