第十九話
ゆっくりと目を開くと、目の前に広がる光景がとても眩しかった。
その光景はけっしてかわっていない筈なのに、さきほどまでは色褪せて見えていたのが、今ではシャンデリアや色とりどりのドレスが、目前に迫り来るかと錯覚する程にいきいきとして感じられる。
それはまるで、曇天の中降り続いた雨がようやく上がり、ひとすじの光がさした瞬間のようであった。
そうだわ。私、まだなにもしていない。
そう思い至ったときには、フィアナの体はくるりと向きを変えていた。
ダグミラスの言葉に後押しされたフィアナは、急く気持ちを抑えて、はしたなくならない程度の急ぎ足でグラズを探すために庭園へと向う。
庭園はまっくらだった。しかし、静寂ではない。
さすがにテラスを降りてすぐのところまには人はいなかったが、すこし先では多くの民衆がどんちゃん騒ぎしている。
そのあまりの賑やかさにフィアナは一瞬呆気にとられた。
しかし、すぐに我に返り、グラズはあそこにはいないだろうと思った。
あれはあれで楽しそうだとフィアナは思うのだが、グラズは苦手なように思えたのである。
もしかしたら帰ったのではという不安がまたしても頭によぎったが、ここから帰路に着くのであればあの騒ぎの中を抜けなければならない。
上にはもどってきてはいなかったし、そうするとこの暗闇の中を彷徨っているのだろうか。
真っ暗な中を1人で探すのは少し躊躇してしまったが、恐怖を押し込め、自分を叱責し、グラズを探し続けた。
庭園に降りてからどれくらい経ったのだろうか。
ふと気がつくと、上の方から聴こえていた優美な音楽や、民衆のざわめきもすっかり聞こえなくなっていた。
グラズを必死に探すあまり、ずいぶんと奥にまで来てしまっていたようだ。
グラズはいまだ見つからず、道にも迷ってしまい、おまけに歩き続けた足や締め付けられた腰もいたい。
どうしよう…
そう途方に暮れたとき、フィアナは噴水を目のはしに捉えた。
少しここで休もう。
クタクタの体に追い立てられるように、フィアナは噴水のフチに腰をおろした。
腰をおろすと、いっきに疲れが襲ってきて、また絶望が顔をのぞかせる。
もうきっと見つからないわ。やっぱり無理だったのよ。もう諦めるべきなんだわ。
噴水の側は少しだけ温度が低いように感じられる。
闇雲に歩き続けて体が火照っていたフィアナには、それがとても気持ちよかった。
体の火照りもおさまってきたころ、後ろの方でガサガサと何かが動くような物音が聞こえた。
物音を捉えたフィアナは、びくっとしたかと思うと、とっさに息をひそめ目を凝らした。
物音が聞こえたあたりをじーっと見ていると、なんとそこからグラズが出てきたのである。
ずっと探していた相手があまりにも突然にひょっこりと出てきたものだから、フィアナは驚きのあまり固まってしまう。
そんなフィアナとは対象的に、グラズはフィアナに気づくことなく、ちょうどフィアナの真反対の噴水のフチに腰をおろした。
どうしよう、どうしよう。グラズ様がすぐそばにいらっしゃる。
ようやく巡ってきたチャンスに興奮するフィアナには、この状況こそが神が自分を後押ししてくださっているようにさえ感じられた。
そして、それは相手のいるグラズに自分勝手に想いを伝えようとしている自分に赦しが与えられたようにもうけとれた。
いや、そう思いたかった。
そうこうしている間に、グラズは立ち上がっており、今にも立ち去ろうとしていた。
今座ったばかりではないかと、慌てふためく心をなんとか落ち着ける。
大丈夫。きっと大丈夫よ。
そう自分に言い聞かせて、フィアナはグラズに駆け寄った。