第十七話
グラズ様!
普段は呼べないファーストネームを、フィアナは心の中で必死に呼んだ。
すると、グラズがこちらを向き、ばちりと目があった。
気づいてくれた!
しかし、そう喜んだのもつかの間、視線はすぐにそらされてしまい、さっと目の前が真っ暗になった。
けれど今は落ち込んでいる場合ではない、そう思った。
なんとなくだが、今日をのがせばもうあとはない気がしたのである。
視線をそらしたグラズはそのままどんどん遠ざかって行く。
フィアナは、人混みを掻き分け、懸命にグラズを追いかけた。
途中、何度となく見失いかけたが、テラスに出て行くグラズを見つけ、ようやく追いついた、とホッと一息ついた。
しかし、今度はようやく会えることを自覚して、心臓がばくばくとし始める。
それはもうドキドキなんていう可愛らしいものではない。
全身が心臓になったかのようだった。
何を話せばいいのか、頭が真っ白になってしまっていたが、ずっとここで立っていても仕方がないので、意を決してテラスに踏み込むことにした。
テラスは真っ暗だった。
煌びやかな会場にいたので、しばらくは何も見えなかった。
目が慣れてくると、テラスの隅に人影が見て取れた。
もう一歩足を進めると、距離が縮まった分、より鮮明に見えた。
フィアナは思わず息をのんだ。
てっきりグラズ一人だと思っていたのに、そこには二人の人物がいた。
グラズとグラズの腕の中で体をあずけている女性。
その光景があまりに予想外であまりにも衝撃的だったため、フィアナはしばらくその場に立ち尽くしてしまう。
ふと気がつくと、二人が離れるところだった。
二人の逢瀬は一瞬のようでもあったし、永遠のようでもあった。
フィアナには、自分がどれほど意識を飛ばしていたのかわからなかった。
グラズはテラスから続く階段で庭園へと降りていった。
女性の方はこちらに向かって来ていたが、それをわかってはいてもフィアナは動くことができなかった。
グラズと一緒にいた女性はとても美しかった。
暗闇でもその美しさは見て取れたが、明るいところで見るとより美しかった。
陶器の人形のように整った顔に、露出度の高い服、そこからのぞく豊満な胸。
髪は一部だけ結い上げられてほとんどは無造作に降ろされている。波打つ髪はつややかで露出された肌を覆っているのが、また妖艶であった。
一見、奔放なように見えそうなのに、なぜだか少しも下品には感じられなかった。
むしろ、気品さえ感じられた。
フィアナがぼーっと女性を見ていると、それに気づいた女性は、あからさまに怪訝な表情をフィアナに向けたが、それも一瞬のことで、何かに気づいたようで、勝ち誇ったような視線をフィアナによこしたあと、けれどもフィアナなど取るに足らないというかのように颯爽とフィアナの横を通り過ぎて行った。