第十三話
あれからフィアナは、積極的に社交の場に出るようになった。
けれどもグラズと顔を合わせることはなかった。それどころか一目見ることすら叶っていない。
そんな状況に思わずため息が出る。
けれども少なからず収穫はあった。
「それにしても最近グラズ様を見かけませんわね。」
「確かに、グラズ様はあまり積極的に社交の場に顔を出される方ではありませんけど…。」
「ええ、音楽会やお茶会には一度も参加されたことがないんだとか。」
「けれども、自分にとって参加する価値があると判断された夜会にはいらっしゃる方ですのに…。」
「そうですわよね。私、今日こそは絶対にいらっしゃると思って張り切ってきましたのに。どうされてしまったのかしら。」
というグラズの取り巻きの会話を、フィアナは先日参加した夜会でたまたま聞き及んだ。
彼女らの話からするに、グラズは音楽会やお茶会には全く参加せず、夜会にもほとんど参加しないが、自分にとって価値のあると判断した夜会には参加しているようだ。
けれどもいつもならいそうな夜会に出席してらっしゃらなかった、と…
そうなると今はお仕事が忙しいのかもしれないわね。
グラズは、様々な香料を生産し国外への輸出をメインとして販売も行っているのだが、今年は非常に天候がよく、雨にも恵まれたので、グラズが生産している香料の原料が豊作となり、そのため既存の商品の生産だけでなく、新しい商品の開発にも着手したと噂されている。
貿易にかかわる仕事は変動が激しく、国をまたいでの仕事のため何かとトラブルも多いのでただでさえきわめて忙しいとされているのに、その上新商品の開発もしているとなればその多忙ゆえにもともと積極的に社交の場に顔を出していなかったグラズが、いつもより社交の場から遠のいてしまっていても何ら不思議ではない。
けれども、普段も十分忙しいグラズが今までは多少なりとも夜会に参加していたのには何か必ず理由があるはずだ。
ほんの少しお話しただけではあるが、それが単なる夜会好き故ではないことは確かであろう。そうなるとおのずと答えが見えてくる。
キリスティアナ国では、商売をするには国王の承認が必要となる。
国内での商売についてはきわめて寛容な国ではあるが、貿易などについては国と国との問題というものもあるため規制も厳しくなっている。
そんな中で商売をしやすくしようと思えば、王やその周辺と懇意にする必要がある。
だからグラズは自分にとって参加する価値があると判断した夜会、すなわち王に近しい者が主催する夜会には参加していたのではないだろうか。
じゃあ、明後日の現宰相主催の夜会にはいらっしゃるかもしれない。
そう考えるとほんの少し気持ちが上昇したようであった。
そしてその明後日はすぐにやってきた。
今夜はついに現宰相主催の夜会がある。
今日こそは会える、そんな思いでフィアナは朝から張り切って準備をしており、気づけばもう夜会へと赴く時間になっていた。
「まあもうこんな時間。」
驚くフィアナの声に反応してユーフェも時計を見る。
「本当ですわ。急ぎませんと。」
「ええ、そうね。大丈夫かしら?」
鏡の前でくるりとまわって、不安そうな面持ちのフィアナ。
「心配ご無用ですわ。とても素敵ですもの。」
ユーフェに励まされ、ふわりとほほ笑むフィアナは確かにとても美しい。
「ありがとう。では、参りましょう。」
会場につき、フィアナが一歩夜会が催されているホールに足を踏み入れると、入口の周りにいた者たちはフィアナの美しさに目を奪われ一瞬しんと静まり返った。
その波はとたん会場中に広まり、そしてすぐにざわめきにかわる。
誰もがフィアナを見て、一瞬固まりそして口々に賞賛の声を漏らす。
理由には全く見当がつかないが、なんとなく自分が注目されていることをフィアナは感じていたが、最近頻繁に夜会に出席するようになって、初めのころのように無駄に緊張することはなくなっていた。
今日のフィアナは、光沢のあるエメラルドグリーンのドレスを着ている。
そのドレスは今はやりのふわりと膨らんだ型に、胸元や裾に金糸での豪華な刺繍が施されている。あとはとてもシンプルなものではあったが、それがより一層フィアナの持つ美しさを引き立てていた。
けれどもその美しさは、一番見てほしいと思っている人には見られることがなかった。
今日の夜会にもグラズは現れなかったのだ。
夜会が始まるころは期待でいっぱいだったフィアナも、待てども待てども現れないグラズに落ち込まずにはいられなかった。
それどころか今までと違って今日こそは会えるだろうと思っていただけに、その落胆はすさまじいものだった。