第十二話
フィアナの緊張が辺りの空気をも張りつめたものにしていく。
陽はとうに沈み、夜の静寂がキャヴロワ家の屋敷を包んでいることもあり、ほんの一瞬の沈黙が、フィアナにはとても長く感じられた。
「そんなにかたくならないで、リラックスして聞いてくれればいい。」
そう言ってダグミラスは、男性とは思えないほど、あたたかみのある美しい笑顔を浮かべた。
それがフィアナにはまるで聖母のように見えた。
フィアナはダグミラスの聖母の微笑みに魅入られ、いつのまにか緊張はやわらいでいた。
フィアナのその変化をダグミラスは敏感に感じ取り話を切り出した。
「我が家での夜会があってから落ち込んでいるね。なにがあったのかは知らないけど、すこしアドバイスをしようと思ってね。」
「えっ…?」
ダグミラスの突然の提案に戸惑いが隠せない。
「そう驚かないで。フィアナの兄として、年長者としてなにかしてあげたらと思ってね。」
そう言って困ったようにさみしそうに笑うダグミラスに何も言えなくなった。
私はダグお兄様にどれだけ心配をかけていたのかしら。そしてどれだけお兄様に大切に思われているのかしら。
ダグミラスの一言に込められる思いを痛感した瞬間だった。
「ありがとう、ダグお兄様…。アドバイス、是非お願いします。」
フィアナはそう言って涙をたえながらふわりと微笑んだ。
その姿は天使のようだった。
眩しい、そう思いながらダグミラスは話を始めた。ようやく話が進むようだ。
「なんだかあらたまってしまったけど、難しいことを言う気はない。ただ、行動を起こしてみてはどうだろうか、と私が言いたいのはそれだけだ。自分がしたいことをしてみる、伝えたいことを伝える、ぶつかってみる…。フィアナ、落ち込んだり塞ぎ込んだりするのはそれからでもいいとは思わないか?」
ゆっくりとあたたかみのある声で、けれども真剣に語りかけてくるダグミラスの言葉に、フィアナは胸がぎゅっと押しつぶされるような感覚に囚われた。
そうだ、私はまだ何もしていない…。
けれども、その感覚はただ苦しいだけのものではなくて、痛みを伴いながらも希望を見いだしたようなそんな感覚であった。
「…、ありがとうダグお兄様。素敵なアドバイスを、ありがとう。」
フィアナは、胸の痛みとせりあがってくる歓喜を抑え込みながらなんとかダグミラスにそう告げた。