第十話
キャバロワ公爵家で夜会が開催されてから一週間がたった。
フィアナはあれからずっとお茶会にも音楽会にも夜会にも行かず家に引きこもっていた。
そして、刺繍や読書をしていてはボーっとし、食事もおろそかになって、もともと細かったのがまた幾分か痩せ細ったようであった。
その日の朝食の際もフィアナの様子は相変わらずであった。
流石に一週間も経つので、心配そうな面持ちで見守っていた家族や使用人たちも、そろそろなんとかしなければと少しばかり焦燥していた。
しかし、そんな周囲の思いとは裏腹に、昼食の席でもフィアナは相変わらずであった。
いい加減見かねた母親がもっと食べるようにと声をかける。
フィアナはその言葉を受けて一度は止めた手をもう一度動かしはしたが、それも申し訳程度のものであまり効果はなかった。
コンコンコン。
「お嬢様、ユーフェです。」
突然聞こえてきたノックの音に、フィアナははっとした。
読書をしていたのだが、またボーっとしてしまっていたようだ。
そんな自分の不甲斐なさにため息を一つ落とし、「どうぞ。」と返答する。
するとワゴンを押したユーフェが入ってくる。
どうやら、もうアフタヌーンティーの時間のようだ。
「ごめんなさい。今日はお茶だけにしたいのだけれど…。」
ユーフェが自分の目の前にのデザートを置く前に、断りを入れる。
先ほどまでボーっとしてしまっていてそこまで気づけなかったのは自分のミスであり、すでに用意されているのだからいまさら言っても遅いのはわかってはいるのだが、どうしても食べられそうにない。
目の前に置かれてしまうと、余計に断りづらくなってしまうので、本当に申し訳ないとは思いながらも言うならば今しかないと思った。
しかし、今日のユーフェはいつものように甘やかしてはくれなかった。
「そんなお言付けは賜っておりませんでしたので、デザートを用意しております。どうぞお食べください。」
そう言ってユーフェは有無を言わせぬ満面の笑顔でデザートの乗ったお皿をフィアナの前に置いた。
そんなユーフェに、フィアナは驚きのあまり、くりくりとした大きな愛らしい目をさらに見開き、それから徐々に眉が下がり困った顔になった。
「本日は、パンケーキのマンゴーソースがけでございます。」
困り果てているフィアナを気にも留めていないかのように、ユーフェは淡々とデザートの説明をしていく。
説明が終わり、さあ食べろと言わんばかりの眼差しを向けてくるユーフェに、フィアナはとても言いづらそうに「用意していただいて申し訳ないのだけれど、本当に食欲がなくて…。」と言った。
フィアナがそう言うと、とたんユーフェはとても悲しそうな顔になった。
「私、今日のデザートがパンケーキと聞いて本当に楽しみにしていましたのに…。けれどもお嬢様が召し上がらないのであれば、私も食べるわけにはいきませんわね…。」
ユーフェはパンケーキがとても好きなのである。
しかし、確かに自分が食べなければなに何を言ってもユーフェも食べないだろう。
そこまで考えてしまうと、パンケーキを食べる以外の選択肢はないように思われた。
「わがままを言ってごめんなさい。せっかく用意していただいたのだからやはりいただくことにするわ。一緒に食べましょう?」
「はい。」
そう言うと、ユーフェが本当に嬉しそうに間髪を入れずに返事をした。
けれども、いそいそとお茶を用意するユーフェの表情は、パンケーキを食べれることが嬉しいというよりも、フィアナがパンケーキを食べてくれることが嬉しいというような、どこかほっとしたものであった。
「やっぱり、ユーフェには敵わないわ。」
フィアナはそうつぶやいて微笑したのだった。