第一話
遠くにある樹木の間を葉を揺らしながら吹き抜ける風。
古びてはいるがそれなりに大きな建物がぽつんとあり、その建物の周りでは多くの子供たちが走り回っている。その建物はどうやら孤児院のようだ。
子供たちの中に、周りの子供たちよりはずいぶんと大きいが、それでもまだどこか幼さの残る少女二人がまじっている。
そのうちの一人は、長く艶やかでふわりとした金髪に、透き通るようなエメラルドグリーンの目、そしてまるで白磁のように白い肌をしており、その身に纏うのが質素で飾り気のないものでも、目を惹き付けられる程の美しさであった。
少女たちと子供たちは楽しそうに、無邪気な笑顔を振りまきながら遊んでいる。
この寒空の下で、金髪の少女の周りは、一足先に春を迎えたかのようなうららかさであった。
「あっ!」一人の子供が声を上げる。子供の視線の先には一台の馬車が見える。子供たちがいっせいに馬車のほうへ駆けていく。
孤児院の中からも馬車が来るのが見えたのだろうか、孤児院の中で遊んでいた子供たちや、孤児院の管理運営をしている院長も外へと出てきた。
馬車は孤児院のすぐそばに止まり、一人の男が出てきた。
その男は、黒にも見えるほどの濃い藍色の髪にグレーの目をしており、ひどく整った顔立ちがどこか硬質な印象を与える。少女らよりも年上のようであった。
男は、馬車の前で出迎えていた院長と挨拶を交わすと、周りに集まってきていた子供たちに、パンやらお菓子やらを配りだした。
「ああ、もうそんな時期なのね。」
男の様子をうかがっていた金髪の少女がふとつぶやいた。
ここキリスティアナ国では、貴族の義務の一つに慈善活動というのがある。
慈善活動とは、孤児院などにパンやお菓子を配ったり、自分の邸に貧しい者たちを招待して、ごちそうを振る舞うことである。
慈善活動は、貴族たちが自分の経済力などをアピールするためのものでもある。
また、収穫できる農作物も少なく蓄えがなくなり飢える者が多くなる冬の終わりごろから春になるまでの間に激励の意味も込めて盛んにおこなわれる。
周りにいた子供たちに一通り配り終わったのであろう男は、少し離れたところにいる少女たちのほうへと歩いてきた。
「名は?」
少女たちの目の前までやってきた男は、無表情に冷たい声で金髪の少女に向かって尋ねた。
金髪の少女はあまりに唐突な質問に少し戸惑ったようだったが、男の無愛想で高圧的な態度に怯んだ様子も気を害した様子もなく、すぐさま立て直し、「フィアナです。」と、花がほころぶような愛らしい笑顔で答えた。
その様子に、もう一方の少女は、どこか物言いたげなまなざしを男に投げかけている。
「そうか、フィアナ。お前も受け取るがいい。」
そう言って男はフィアナにずいっとお菓子を差し出した。
「あ、いえ。私は…。」
フィアナは困惑し、思わずといった感じで後ずさった。
そんな二人のやり取りに、もう一方の少女は先ほどよりもいっそう非難の色を濃くし、もはや男を睨みつけている。
男はそんな二人に構うことなく「遠慮はいらん。」と半ば無理矢理にお菓子お渡し、ずっと無表情だった顔を一瞬だけ緩め、背を向け去っていった。その背中は、どこか満足気であった。