8話
翌朝、また哲也は急な仕事が入ったらしい。
詩織は少しため息をついて、朝の電車に向かった。
駅になぜか、見覚えのある人影がいた。
高い身長。無造作な黒髪。
まさしく、神崎慶太だった。
(な、なんでここにいるの?)
詩織はうつむいて、ホームに向かおうとした。
「待てよ。」
神崎の腕が詩織を捕まえる。
「昨日は、なんでー。」
「あー、昨日ごめんね。彼女の邪魔しちゃ悪いと思ってさ!あ、てゆーか、おめでと!念願叶って両想いですか!羨ましいなー。今度惚気聞かせてもらわなきゃ。」
「おい、話をき「あー。もーこんな時間じゃない!私日直なんだよね!忙しいから、じゃ、またー。」
「「話を聞けよ!!!」」
詩織は何が怒ったのか分からなかった。
(だ、抱きしめられて、る…?)
「は、離し」
「離さない。」
逃げようともがくと、さらに神崎は力をこめた。
しばらくもがいていたが、やがて諦めて、詩織はおとなしくなった。
「僕は明美とは付き合ってないんだ。」
神崎はゆっくり詩織を離して目を合わせた。
「…え?」
「僕は放課後明美を呼び出した。ー。
『明美の事が好きなんだ。』
『いいわよー。付き合う?』
拍子ぬけの僕はぽかんとした。
『明美は僕が好きなの?』
『えー。好き好きー。それにしても私のためにこんなに努力したの?感動ー。』
明美は僕の腕に自慢の胸を押し付けてくる。
『ね、休憩できるとこ行きましょ?なんなら慶太ん家でも私ん家でもいいわよ。』
僕はこんな事を望んでるわけじゃなかった。
(僕は明美のどこが好きだった?)
頭に浮かんでくるのは山口さんの顔だった。
山口さんは僕が辛い時にずっと側にいてくれた。
僕に毎日弁当を作ってくれた。
土日はジムに付き合ってくれた。
『ごめん、明美。俺はお前が好きだったんじゃない。』
『え、ちょっと、慶太!』
無性に山口さんに会いたくなった僕は電話をした。
…だけど、君は出なかった。
朝、君に会えるかと思っても君の姿はない。
電話も着信拒否になっていた。
僕は、山口さんに会いたくて…君の学校まで足を運んだ。
すると、君を見つけた。
声をかけようとすると、君は車に乗り込んだ。
君はその男性に笑顔をむけていた。
(僕は…気づくのが遅すぎたんだ。)
ーー君を愛してる。
本当は車を追いかけて引き止めたい。
あいつから君を奪いたい。
だけど、僕は君に避けられている。
相手の男はすごくイケメンで、太刀打ちできそうもない。
僕は苦しくて、重い足取りで家に帰った。
次の日。
僕はやっぱり君に一目会いたくて。
君の学校に行ったんだ。
すると、君の彼氏が急に僕に気づき車から降りて近づいてきた。
『君、神崎慶太?』
『は、はあ』
なんでこいつ僕の名前知ってるんだろう。
『お前さー。詩織ちゃんに付きまとって何なの。迷惑なんだけど。』
『ぼ、僕は!山口さんが…好きなんだ!』
そいつに口に出した事で僕はなぜか勇気が湧いた。
『お前に山口さんは渡さない。』
そいつは、ふーんと僕を見回して、ニカッと笑った。
『なら、行動おこせよ。ガキ。』
そいつは、余裕な顔で車に戻って行った。
詩織が車に乗り込んだ時、やつは僕が見ているの分かってるくせに、詩織の頭にキスをしてた。
僕は頭から血がのぼりそうだった。
コブシをにぎりしめて、その屈辱に耐えて、2人を見送っていた。
(僕は絶対に気持ちを伝える。)
山口さんの弁当が食べれなくなり3日目。
僕はそうとう落ち込んでいた。
いつも隣にいてくれる君がいないことが、すごくさみしかった。
僕はまた君の学校に行った。
すると、今日は君は電車で帰るようだった。
僕は何気なさを装い、電車で君に声をかけた。
君はひどく怯えているようで、無性にいらいらした。
『なんで、無視するの?』
こんなことが言いたいんじゃないのに。
ますます、怯えている君に僕は自身の不甲斐なさに舌打ちする。
(とにかく、自分の気持ちを伝えるんだ。)
君を抱きしめたい衝動を抑えながら、僕は口にだそうとした時だった。
「慶太ー。」
なんでこんな時に明美がいるんだ。
しかも、あいつはまた僕の腕に絡みついてくる。
「やめろよ。離れろよ。」
僕は山口さんに言わなければっ!
そうして、君を見ると…君は泣いていた。
「…え?」
君は何も言わずに車両を移っていった。
(…そんなに僕が嫌いなのか。)
ーー泣くほどに。
僕は君を追いかけることができなかった。
だが、君があいつの物になるのが耐えられない。
僕はまだ何も自分の気持ちを伝えてない。
(絶対に明日の朝、告白しよう。)
君が駅に現れる勝算なんてない。
これは、カケだ。
君が駅に現れたら、僕は君を離さない。
君が現れなかったら、諦めよう。」
神崎は優しい笑顔を向けた。
「君は駅に現れた。僕の勝ちだ。
君が僕を嫌いでも、僕は絶対諦めない。」
詩織は嬉しくて涙が出てきた。
「わ、私も、あなたが好きです。」
詩織は神崎の胸に飛び込んだ。
神崎の方は、びっくりしているようだ。
「ほ、ほんとに?」
「あの人は友達のお兄さん。私が失恋したのを慰めてくれてたの。」
「失恋?誰が誰に?」
もう!詩織は頬を膨らませた。
そして、神崎を屈ませ、耳に口を近づけていった。
「神崎くん、一生一緒にいようね。」
こうして、絶世の美少女は1人の男性に恋をしたのでした。
おしまい。