7話
「…で、そんな落ち込んでんだ。」
彩子はふーと、ため息を吐いた。
詩織は、ぐすぐすと泣いている。
「今日は神崎くんとやらに弁当渡さなかったの?」
詩織はこくりとうなづく。
「神崎くんのダイエットはもう終わったから。私は必要ないの。」
また、涙がボロボロあふれる。
「あー、詩織はよく頑張ったよ。健気にさ。詩織のよさが分からないなんて、神崎もバカだねー。」
「神崎くんを悪く言わないで!」
お前はどんだけ一途なんだ、とツッコミたかったが、彩子はやめることにした。
「よし、今日はウチん家に泊まれ!一晩中話聞いてやるから。」
「あ、あやこ~~泣」
「はいはい、泣かない、泣かない。」
彩子の家には何度もお邪魔していたので、両親、兄2人も笑顔で迎えてくれた。
そして、なぜか詩織の話を家族で聞いてもらう形になり、慰めてもらったのだった。
「詩織ちゃん。ちょっと僕にまかせてみない?」
突然、次男哲也がそう言った。
「哲兄、何たくらんでるの?」
彩子が不信な目をむける。
「えへへ、いいこと思いついたんだ。」
哲也はにこにこして、言った。
「まー、ここは哲兄にまかせなさい。」
※※※
「あのー、哲也さん。いいことってこれですか?」
ここ数日、詩織は朝と帰りは哲也に車で送り迎えをしてもらっている。
哲也は19歳でモデルをしており、身長は185センチは超えてるだろう。
甘いルックスと明るい髪は、人懐っこさを想像させる。
多分、詩織が電車で神崎に会わないように気を使ってくれているのだろう。
それは、詩織にも非常にありがたいことだった。
偶然、神崎と彼女のラブラブな光景を見てしまったら、正気でいられそうもない。
神崎が告白すると言って以降、詩織は神崎のアドレスも電話も消した。
その日の放課後に電話がかかってきたが、着信拒否にした。
『上手くいったんだ!付き合うことになった!』…そんな言葉を聞いておめでと、と笑って祝福なんて出来ない。
行き帰りも、こーして哲也が車で送り迎えしてくれるので、神崎との接点は何もなくなった。
哲也は親友の兄で家族のような存在だ。
男の人として意識したことはない。
哲也の方も、可愛いもう1人の妹として接してくれている。
哲也は話上手なので、詩織もおもしろく何度も笑ってしまう。
哲也はなんだよーと詩織の頬を小突いたりするのもいつもの光景だ。
哲也と一緒に行き来して3日目の放課後。
『詩織ちゃーん。午後撮影の仕事入って行けないの。ごめんねー。(。-_-。)』
と、メールが来た。
『了解です。』
詩織は久しぶりに電車を使うこととなった。
(神崎くんに会いませんよーに)
いつも乗る電車より数本遅らせて乗ることにした。
だが、神様は意地悪だ。
「山口さん!」
詩織は聞きたくて聞きたくなかった声を耳にした。
…そう、振り返りると、少し不機嫌な神崎慶太がいた。
「…なんで無視するの?僕、何かしたかな?」
詩織は何も言えず黙ってうつむいた。
何も言わないで詩織に神崎は舌打ちをする。
「僕は、親友だと思ってたのに、山口さんは違ったんだ。」
「ち、違ーっ!」
「慶太ー。」
そう、呼んで目の前に現れたのは、神崎の幼馴染だった。
その瞬間、詩織の目から涙が溢れた。
「…え?」
詩織は何も言わずに隣の車両に移った。
神崎は追いかけてはこなかった。
(…上手くいったんだ。)
神崎の腕に絡みついていた、あの光景が何度もフラッシュバックする。
詩織は、逃げるように家に帰り、布団に飛び込んで泣いた。
涙は一晩中止まらなかった。