3話
彼を観察し始めて、はや1ケ月。
とうとう詩織は、彼が駅を降りるのと同じく降りた。
彼がどんな所に住んでるのか知りたい。
一見ストーカー行為なのだが、その欲求にとうとう勝てなかったのだ。
彼はゆっくりした足取りで駅から出た。
詩織は彼から数十メートル後をついて行く。
彼が人一倍背が高いのでありがたい。
彼は、途中の店でコロッケを買う。
食べながら、またゆっくりと進む。
だんだん人の数は減り、住宅地になってきた。
そして、あるレンガ色の庭の綺麗な一軒家に入った。
詩織は近くの電柱で見ていた。
(…ここが彼の家なんだー。素敵)
庭には、色とりどりのチューリップが咲いている。
表札をさりげなく見た。
…神崎
(神崎くんって言うのね)
「あらー、うちに用?」
びくっと詩織は後ろを振り返る。
見ると、髪を茶色に染めた女性が不思議そうに立っていた。
「い、いえ、あ、あの、な、何でもないんです、通りすがりですッ!失礼しましたッ!!」
「あ、ちょっとッ…!」
詩織は一目散にその場を走った。
(私のばかーッ!今のお姉さんかしら?!あんなじっくり表札なんかみたら、あからさまに不審者だって思われたわッ!)
彼の家と苗字がわかり、テンションが上がった先ほどと比べ、一気にテンションは奈落の底へと落ちたのだった。
(もー、彼を尾行したりしたから罰が当たったのね。やっぱり見るだけにしよ…。)
翌日の帰りの電車の定位置に彼はいなかった。
しょんぼりと肩を降ろし、外を見ていたその時、
「…あの、山口詩織さんですか?」
急に後ろから声をかけられ振り返ると、神崎くんだった。
「あ、は、はいッッ!」
なぜ、彼が自分の名前を知って話かけたのかッッ!!
「…これ…」
彼は、スッと詩織の学生証を差し出した。
「昨日、僕の姉が貴方がこれ落としたの見つけたみたいで…。」
(ッひーーん!!)
詩織の顔は茹でダコ状態だ。
恥ずかしすぎる。その場にいた痕跡残すなんてッ!!
「あ、ありがとうございます。…でも、どうして私がこの電車だとわかったんですか?」
神崎はさして興味のなさそうな声で言った。
「姉ちゃ…姉が駅に向かって走って行ったと言ってましたので、昨日と同じこの電車に乗ればいるかな、と。さらに姉が『モデルのように美少女だった』と言ってたので、この写真の顔と美人な人を絞ると、まー、貴方かな、と思ったんです。」
別に顔色一つ変えることなく淡々と話す。
詩織は、いつもは『美人』といわれることが嫌だったが、彼の口から言われたのが嬉しかった。
違う意味で顔が赤くなった。
「…ところで、うちに何か用事がありましたか?」
「あ、い、いえ!」
彼の質問に冷や汗が出る。
まさか、貴方をストーカーしましたなんて言えない。
「と、友達の家に遊びに行こうと思ったら、留守でして!それで、あなたの家の庭のチューリップが綺麗だったので見ていたんです!けっ、けっして怪しい者ではッ!」
しどろもどろに詩織は答えた。
意外にも彼は、『そうですか』とすんなり納得したようだ。
「…では」
彼は別に話が終わったのでその場を後にしようとする。
「あ、ちょっと!」
せっかく話ができたのだ。
この機会を逃したくない。
「あなたの名前を教えてください」
「…なんで?」
低く冷めた声に、詩織はびくっとなる。
「あ、あの、生徒手帳無くして困ってたんです。お、お礼がしたくてッ。」
「いや、全然気にしなくていいですから。…じゃ。」
「あーッ!ちょっと、ち、『地球サミット』の番外編を買います!これでどうでしょう?」
ぴくっと神崎は反応した。
「な、なんで僕が好きなの知って…」
「えー、好きなんですか?し、知らなかったー。私、『地球サミット』好きなのでたまたま言ったんですけど。…ならOKですね!でも私、今日お金あんまりないんで。明日一緒に本屋さんに行きましょう?なので、名前と携帯のアドレス教えてください。」
一気にまくしたてる。
「…神崎慶太です。」
『地球サミット』に目がくらんだのか、アドレスも教えてくれた。
やった!神崎慶太くんのアドレスげっと!