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IMMORTAL BLOOD  作者: Allen
ニアクロウ編:新たなる英雄と新たなる戦い
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91:神代誠人の場合

憤怒を抱く少年は、自らの燻りを放つ相手を見つけられず。











《SIDE:MASATO》











 エルロードによってゲートまで送られたオレが最初に向かったのは、他でもないシルフェリアの所だった。

あの女に借りを作ってしまうのは好まないが―――と、いつものオレならば言う所だ。

だが、オレはそれ以上に、あの時アルシェールが言っていた言葉が気になっていた。


 ―――シルフェリアは、ジェクト・クワイヤードを救うつもりであったと。


 あの女がジェイに対して殺意を覚えていたのは事実だろう。

あの時に感じた感情が嘘だったとも考えにくい。

けれど、アルシェールの言葉も納得が出来る物だ。

一体、どれが本音だと言うのだろうか。



「戻ってきたぞ、シルフェリア」



 研究室の扉を開ける―――その先の机に、シルフェリアはいつも通りあの煙草を吸いながら腰掛けていた。

そしてそこからオレの姿を見つめ、嘆息と共に紫煙を吐き出す。



「―――奴は、死んだか」

「……ああ」



 オレの体さくひんの事よりも、あの男の事を気にした、か。

シルフェリアは再び口元へと煙草を運び、しばし沈黙する。

小さく嘆息し―――オレは、声を上げた。



「あの男を蝕んでいた呪いは、最期の瞬間に煉の弾丸によって祓われた。その魂は、フェンリルの下で眠るそうだ」

「フン……最期の最後まで、あの馬鹿の願い通りだったと言う事か」



 気に食わん、と吐き捨て、シルフェリアは立ち上がった。

そしてそのまま、治療台の置いてある部屋―――いや、どちらかと言えば実験室だが―――への扉を開ける。

雑多にモノが積み上げられた研究室の方とは違い、こちらは大きな寝台が中心に置かれ、その周囲に様々な器具が重ねられている。

見た事がある訳では無いが、現代の手術室のイメージか。


 オレはシルフェリアの後ろに続きながら、静かにその言葉を聞いていた。



「だが……成程な。呪いが無くなったのならば、まだ手の施しようはあるか……どの道、奴が目を覚ますまでは待つ必要がありそうだが―――クク、貴様の望み通りなどにはさせてやらん」

「……呼び戻す方法でもあるのか?」

「理論的にはな。奴の魂の在り処が分かっているだけマシと言う物だろう。魂さえ回収してしまえば、どうとでも出来る」



 成程、確かにシルフェリアの腕ならば、魂を手に入れさえすれば生き返す事など容易だろう。

事実、オレは殆ど魂だけの状態から蘇生したようなものだ。

まあ、言っている事は折角望みの場所で眠る事ができた奴を叩き起こすと言っているような物だが―――別の見方をすれば、何としてでも生き返したいと思っている、という事になる。

こちらは自分の体が人質になっているようなものなので、下手に口に出す事も出来ないが。



「しかし、奴の魂が覚醒状態だろうとも探す事は困難か……今の状態ではどうにしても不可能だな。

フン、しばらくはそちらの研究か」

「……」



 いづなやら煉やらに言わせれば、新手のツンデレと言う事なのだろうか。

まあ良く分からんが、藪をつついて蛇を出す事もないだろう。

小さく、嘆息する。


 ともあれ、この女にとってオレの価値が無くなってしまうのは少々困る。

この身体を直せる者がいなくなってしまうからな。

今はその辺りを考えられないうちにさっさとやって貰う事とするか。



「……しかし貴様、この体の腕が吹き飛ぶとは、一体どういう事だ」

「強力な魔人と一騎討ちをしてな。ほぼ相討ちのような形となった」

「相手は殺したのだろうな?」

「……いや」



 深手は負わせたが……生きているだろうな、あれは。

最後の一撃で景禎が折れてしまったのは痛かった。あれさえなければ完全に止めをさせていただろう。

しかしそんなこちらの都合などお構いなしに、シルフェリアは不快そうに視線を細める。



「何をやっているのだ、貴様。この私にこれだけの手間をかけさせておきながら、魔人の一匹も仕留められんのか」

「言い訳するつもりも無い……だが、奴とは必ず決着をつける」



 互いに深手を負い、しかし戦闘を継続する余力も無く。

オレ達が選んだのは、再戦の約束と言う選択だった。

次こそは確実に息の根を止める―――その覚悟を。


 そんなオレの様子を見て、シルフェリアは小さく嘆息を漏らす。

その手には、オレの体に付ける事が出来る予備の腕が握られていた。



「やれやれ……面倒な性質だな、貴様。まあいい……肩の部分も少々損傷しているからな。

そこを修復してからこれを付けるぞ」

「了解した……なあ、シルフェリア」

「何だ?」



 このタイミングでオレが話し掛けて来る事は無かったからだろう。

少しだけ意外そうな顔で、シルフェリアがオレの顔へと視線を向けてくる。

その視線を受けながら、オレはこの女へと問いかけた。



「ジェクト・クワイヤードと言うのは……一体、どんな男だったんだ?」

「……どんな男、か」



 オレの言葉を受け、シルフェリアは口元へと手を運ぶ。

煙草を指で挟みながら視線を横へ向けるのは、この女が考え込む時の癖だ。

そしてしばし言葉を吟味した後、シルフェリアは肩を竦めながら声を上げた。



「アレは……ガキだ」

「何?」

「マサト。子供の行動原理というのが、何か知っているか?」



 子供の、行動原理?

子供とは言え人間だ、行動する理由など多々あるだろう。

だが、子供と言うならば―――



「やはり……感情、か?」

「正解とも間違いとも言えんが……嬉しければ何でもいいんだ、子供と言う生き物は。

最たる例を挙げるならば―――そうだな、『親に褒めて貰いたい』と言った所か」



 成程、確かにそういう部分はあるだろう。

犬を飼っている場合でも同じ事だが、褒めて貰いたい、ご褒美が欲しいと言う考えは非常に分かりやすい。

だが、あのジェクト・クワイヤードがそれと同じだと?


 シルフェリアは、オレの肩口へと器具を突っ込みながら肩を竦める。



「リオグラスという国では、神と同じ特徴を持つ者は神の強い祝福を持つとされる。

生まれつき蒼銀を持っていたあの男も、それに該当する人間だ」

「市井の出でも王位継承権を持つ、だったか?」

「尤も、継承順位としては後ろの後ろだ。まずそんな事は無いだろうがな」



 まあ、そんなものだろう。何処の誰とも知れない血を王家に入れる事は、流石に抵抗があるようだ。

ジェクト・クワイヤードはそんな容姿を持って生まれた。さぞかし、裕福な暮らしを―――



「奴の肉親は相当な下衆だったようでな。奴は、生まれて間もなく王家に売られた」

「え……?」

「蒼銀の特徴を持った上に、第一継承権を持つ王子が生まれて間もなくの事だったからな。

影武者として使え・・という事だったらしい……おい、身体を硬くするな」



 思わず、体が強張っていたようだ。

あの男に、そんな経歴があったのか。

オレのそんな様子を見て、シルフェリアは小さく嘆息した。

紫煙が、虚空に薄れる。



「名目上では王家で保護した、という事になっていたらしいが……フン、事実は誰の目にも明らかだっただろう。

まともな教育も受けず、ただの身代わり人形として扱われていたのだからな」

「それが……何故」



 カレナさんに聞いた話では、ジェクト・クワイヤードはリオグラスの騎士団長となっていた筈だ。

その輝かしい経歴とは、何もかもが食い違う。

シルフェリアは短くなった煙草を灰皿へと突っ込み、新たな煙草を咥えて火をつけた。

大きく息を吸い、そのハーブのような香りのする紫煙を吐き出す。



「……奴が、十歳の頃の事だ。城の人間達の中心で、フェンリルがその姿を現した」

「フェンリル……」



 あの、巨大な狼。

思えば、直接神と対話するなど、かなり貴重な体験だったのではなかろうか。

あれが、その神を信奉する者たちの眼前に現れた―――さぞ、大騒ぎになった事だろう。



「フェンリルはその牙より槍を創り出すと、それを他の誰でもなく、ジェクトへと与えた。

王族達の目の前でな……そしてフェンリルは、ジェクトの事を自らの騎士であると宣言した。

あの国も、信心深さはかなりのものだからな。それからは掌を返すようだった、だそうだ」

「……」



 くつくつと、シルフェリアは笑う。

まさに、鶴の一声と言う事か。まあ、相手は狼であるが。

そんな事で態度を変えるというのも納得はし辛いが、いい気味だとは思う。


 しかし、シルフェリアは顔をしかめる。



「だが、その時点で奴の性質は決まってしまったのだ」

「性質……?」

「ガキだ、と言っただろう。奴はただ、フェンリルに認めてもらいたいが為だけに動いていたのだ」



 ……成程、それで『子供』か。

あの男が、まるで戦う事だけが己の価値であるかのように語っていたのも頷ける。

まさに、その通りだったのだ。



「奴にとって、フェンリルの役に立てない自分自身に意味は無かった。

だから強くなった―――フェンリルの為に、誰よりも。

そしてその考え方は、いつまでも変わろうとはしなかった。

仲間を得ても、一人で生きて行く事になっても―――奴は、変わらずフェンリルを敬愛し続けた。

その結果が……これだ」



 シルフェリアは紫煙を吐き出す。

その中に、半ば諦観じみた感情を込めて。



「例え話でも何でもなく、奴は『救いようのない馬鹿』だった……そして、それを理解してしまっても尚、救おうとする者が現れるほどの魅力を持ってしまった男だった、という事だ」



 ぷかりと浮かべた煙は、その言葉と共に虚空へと消える。

自嘲する様に―――シルフェリアは、その口元を歪めた。



「戯言だ、忘れろ」

「……ああ。しばらく、眠る事にする」

「そうするといい」



 光の加減で、眼鏡の向こうにあるシルフェリアの表情は見えない。

けれど―――オレにはそれが、どこか泣いているように見えていた。





















 腕の調子を確かめつつ、屋敷への道を歩いてゆく。

日は昇り、いつの間にか見慣れてしまっていた街並みが視界へと入ってきた。

周囲は何も変わらない。けれど、オレ達は決定的に何かが変わってしまっていた。


 ……そういえば、リルはいつの間にかこの家に戻ってきていたな。

エルロードに直接ここまで飛ばされたのか?

まあ、そんな事はどちらだっていいが―――オレは、小さく嘆息した。


 オレ達に運命を押し付けたのは、一体誰だ。

エルロードなのか、それとも遥か昔の人間たちなのか。



「運命、か……」



 世界を恨み尽くせ、運命を呪い尽くせ―――

いつだったか聞いた言葉が、耳に蘇る。

この運命を恨んで……それで、何かが変わるのだろうか。

分からない。けれど、このままという訳には行かないだろう。



「一度、皆で話し合うべきか。今後どうするべきか……考えなくてはな」



 今は様々な事があって、気が参っているだけだ。

冷静になれば、いくらでも考える事は出来るだろう。

だから、今オレ達に必要なのは休息だ。


 と―――



「うん……?」



 屋敷の裏手から表側の扉へと向かう最中、オレは何かが空を切るような音を聞いた。

あの辺りは……普段、オレ達が訓練をしている所か?

気になって、そちらの方を覗いてみる事にする。と、そこには―――



「……煉?」

「っ……と、誠人か」



 咄嗟に反応してこちらへと銃口を向けた煉は、オレの姿を確認してその構えを解いた。

周囲には紐で吊るされたコイン。どうやら、また狙いを付ける訓練をしていたらしい。

小さく、嘆息する。



「折角帰ってきたんだ、一日ぐらい休んでも罰は当たらないだろう」

「いや……」



 オレのその言葉に、煉は首を横に振った。

どこか焦っているような、そんな印象を受ける。



「こうしてないと……何か、落ち着かないんだよ」



 そこに込められているのは、一体どんな想いだろうか。

煉は、この世界に来た時からあの男と共にいた。

それはつまり、この世界においてあの男は兄であり父親であったと言う事だろう。

それを失ったこいつの心は、想像してもし切れない。



「……はぁ」



 重すぎる。

オレが冷静でいられるのは、あの男との縁が薄かったからに過ぎないのだ。

煉にとって、或いはミナにとって―――そして、フリズにとってもか。

今回の件は、あまりにも重すぎるのだ。


 本当に、時間が必要だな。



「……煉」

「ん、何だよ」

「少しぐらいなら付き合おう。オレも、腕の調子を確かめたいからな」

「え……?」



 意外そうな表情で、煉は目を見開く。

大方、オレが止めるとでも思っていたのだろう。だが、どうすればいいか考えあぐねているのはこちらも同じなのだ。

全くもって、厄介な問題だ。


 これからどうすればいいかは、皆で話し合えばいい。

方針さえあれば、オレ達はまた歩いてゆく事が出来るだろう。

けれど、個人の感情の行き先は、その個人個人でしか決着をつける事は出来ない。

オレに出来るのは、精々こうやって気晴らしに付き合う事ぐらいだ。


 嘆息交じりに、屋敷の壁の近くに立てかけてあった長い木刀を拾い上げる。

いづなが作ってくれた、刀と同じサイズの木刀を握り、オレは煉に向き直った。



「あまりにも、多くの事が起こり過ぎた……オレもまだ、感情の整理は出来ていない」



 オレですら、出来ていないのだ。

他の連中の心の内など、とてもじゃないが平静とはいかないだろう。

だが―――



「それでも、かかっているのはオレ達の命だ。いつまでも、立ち止まっている事は出来ない。

だから……さっさと整理を付けろ。オレも、少しぐらいなら手伝ってやる」

「……誠人」



 少しぐらいなら、と言うよりは少しぐらいしか出来ないのだがな。

しかし、煉はオレの言葉に、小さく笑みを浮かべていた。



「……サンキュ、誠人」

「礼には及ばんさ……行くぞ、煉」

「ああ―――」



 煉は、頷いて銃を構える。

どの道弾は尽きているのだから、これは本気の戦いにはならない。

だから、今は楽しもう。

そしてしばしの間でも、この憂鬱を忘れよう―――オレは苦笑し、煉へと向かって駆けた。











《SIDE:OUT》





















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