87:激突
第三の激突、そして決着。
《SIDE:JEY》
「おおおおおおおッ!」
《斬馬剣》の形態を取った槍を、全力で振るう。
襲い掛かる邪神の眷属どもを真っ二つにしつつ、俺は邪神へと突撃した。
その俺の動きを察知してか、邪神は水の魔術式を発動させる―――最早種類も分からないほど邪神の力に浸食された一撃だったが。
邪神の力によって黒く染まった水の一撃は、多角的な軌道を取りながら俺へと迫る。
それを、横合いから放たれた炎の魔術式が撃ち落した。
「ジェイ!」
「ああ!」
アルシェの援護に感謝しつつ、俺は速度を落とさぬまま邪神へと接近する。
近づくだけでも、世界を軋ませるような圧迫感が襲い掛かるが、それを己の魔力と意思で跳ね除け、俺は刃を振りかぶった。
「オーバーエッジ!」
槍に魔力を注ぎ込む。巨大化した刃は、重さも変わらぬまま大きく空を裂く。
生命力を魔力に変換する魔術式は俺には使えないが、別に生命力から削られようが大した問題じゃない。
だから、いくらでも大盤振る舞いしてやる!
「一閃!」
刃を全力で振り下ろす。
邪神はその一撃を腕でガードしたが、我が主の力の宿った一撃は、その腕に深い傷を付ける。
黒い地が吹き上がり、邪神が呻き声のような物を上げるが―――まだだ!
「二閃!」
空中で身体を捻るようにしながら、もう一太刀。
別角度から入った刃が、邪神の腕についた傷を反対側から更に広げる。
そして―――
「断ち斬れええええええええええええッ!!」
大上段へと振り上げた刃に、更なる魔力を叩き込みながらもう一閃!
身体を回転させるような勢いで振り下ろされた刃は、容赦なくその腕に食い込み―――巨大なその腕を、一気に切断した。
刎ね飛ばされた巨大な腕が水面に叩きつけられ、大きな波しぶきを上げる。
「おっとぉッ! 悲鳴は上げさせないぜ!」
腕を抱えて絶叫しようとした邪神へと、テオが無数の魔力刃を叩きつける。
もんどりうって倒れた邪神は後ろ向きに倒れる―――そこへ、空から落ちる無数の雷が突き刺さった。
終極魔術式クラスの一撃だろう。
「《神雷の帯》! 《神鳴の篭手》!」
撃ち出される雷と、電撃を固めたような巨大な雷球。
いつ詠唱していたのかは知らないが、最上位の龍種である古龍すら耐え切れないような雷に、周囲はまるで昼間のように照らし出される。
―――だが、それすらも前準備に過ぎない。
「《収束・打ち砕け神の槌》!」
アルシェが両腕を掲げると共に、強大な輝きが天の一箇所に集中―――目を灼くような輝きと共に、今までの物とは比較にならないほど巨大な雷が撃ち出された。
視覚と聴覚を蹂躙しながら、それ以上の破壊力を持って振り下ろされた一撃は、邪神の身体を容赦なく打ち砕く。
水の中に、無数の焼け焦げた肉塊が沈んでいる―――が。
『Ooohhhhhhhhh―――』
「……やっぱ、この程度じゃ終わらねぇか」
思わず、苦い表情で呟く。邪神を倒すには終極魔術式の一発程度では意味が無い。
強力な武装で肉片の一つすら残さず消滅させるつもりでなければ。
―――刹那。
「―――ッ!?」
海の中から撃ち出された無数の黒い水の刃に反応し切れず、左腕を切断される。
腕はすぐさま再生したが、状況の厄介さに俺は思わず声を上げた。
「おいアルシェ! 悪化してんじゃねぇか!」
「私だって予想外よこんなの!」
必死で飛び回り、躱しながらアルシェに向かって文句を叫ぶ―――そちらへと視線を向けた瞬間、俺は思わず目を見開いていた。
上空へと撃ち出された水が、あいつの頭上で収束していたのだ。
「アルシェ、避けろ!」
「え―――」
目を見開き、アルシェは上を向く―――刹那、天まで伸びるような巨大な槍と化した水が、アルシェの胸を容赦なく貫いて串刺しにしていた。
肺を貫かれているからか、口から血の泡を吐き出すアルシェは、槍を何とか外そうともがく。
しかし、あまりの長さに抜く事もままならないのか、その場でもがく事しかできていなかった。
そんなアルシェへと向かい、その身体を掴み取ろうと海面から腕が伸びる。
「チッ、テオ!」
「ああ、俺が押さえる!」
腕の迎撃をテオに任せ、俺はアルシェの元へと向かった。
槍から伸びた刃でアルシェを貫く槍の上側を切断し、その身体を抱えるようにして槍から引き抜く。
「大丈夫か?」
「げほっ……ええ、何とか」
流石は第五位の不死者か。この程度では死なないらしい―――まあ、俺も人の事は言えないが。
気管に残った血を吐き出したアルシェは、俺の腕から降りると再びこの場から大きく飛び離れた。
俺達が退避した気配を感じてか、テオも邪神の腕から退避する。
そして、邪神は―――まるで海面から生えてくるかのように、無傷の姿でそこに顕現した。
思わず、舌打ちする。
「っとに厄介だな、このバケモノは」
邪神の呪いなんぞ身に宿している俺や、邪神の力を持っているアルシェも似たような物ではあるが。
元々邪神との戦いと言うのは、時間をかけて敵を消耗させてから、強大な不死殺しの力を使って止めを刺すと言うのがセオリーなのだ。
復活したてで力を取り戻しきっていないとは言え、いきなり勝負を決めに行くようなものではない。
とは言え、勝算があるからこそ動いた訳なのだが―――
「まだか、小僧……」
本当に徐々にではあるが、邪神も力を取り戻し始めている。
長引けば長引くほど、こちらが不利になっていくのだ。
このままでは、いずれこちらが押し切られてしまうだろう。
「急げよ、手遅れになる前に!」
半ばヤケクソのように叫び、俺は再び邪神へと飛び出した。
《SIDE:OUT》
《SIDE:MASATO》
『で、気は済んだのかよ、マサト』
「ああ、済まんな、中断してしまって」
『俺様は闘いを楽しみたいだけだからな。お前が集中出来ないのも、こいつらに邪魔されんのも面白くねェだろ』
そう言い放つガープに、オレは小さく肩を竦める。
先ほどの魂砕きの咆哮―――あれをミナが創り出してくれたと思われる盾で凌いだオレは、再びガープとの戦闘を続けていたのだが……グレイスレイドの軍が総崩れになった事で戦闘に集中出来なくなっていたのだ。
聞こえは悪いが、彼らは仲間達を護る盾でもあった。
あの連中が居なくなれば、あいつらはほぼ無防備になってしまう。
こちらの勝利条件である煉の護衛も難しくなるだろう。
そんなオレの動揺を、ガープはあっさりと見破っていたのだ。
―――だったら、あのギルマン共をブチ殺して来ればいいじゃねェか。
そして、動揺していたオレにガープがかけた言葉がこれだ。
正直、お前は本当に邪神側なのかと疑いたくなる。
が、こいつは罠を張るような性格でもないし、そうさせてくれると言うのならばその好意に甘えておこうという事で、オレは一旦地上に降りてギルマン達を殲滅していた訳だ。
ある程度倒した所でグレイスレイドの兵たちが立ち上がっている事に気付いたが、その後も一応多少は敵を倒し、今に至る。
流石にガープも待ちきれなくなって来たようで、もうこれ以上時間を掛ける事は不可能なようだ。
『なぁ、もういいだろ? そろそろ再開と行こうぜ』
「やれやれ……」
まあ、ミナや桜もいる事だし、もう大丈夫だろう。
嘆息交じりに跳躍し、ガープから距離を取る。
もういい加減、戦っている時間も長い。
そろそろ、こいつとも決着をつけるべきだろう。
「―――行くぞ、ガープ」
『あァ、行くぜ、マサト!』
叫び、地を蹴る。勢いよくオレ達は宙を駆け―――激突した。
ぎちぎちと、刃と拳が音を立てる。
『おおおおおおおおおおおおおッ!』
「はああああああああああああッ!」
互いに攻撃を弾き、そしてさらに肉薄する。
袈裟の一撃を右拳が、払いの一閃を左膝が、逆袈裟を左拳が。
右肘の一撃を柄尻で、回し蹴りに刃を立て、頭突きを上段で。
互いに互いを攻撃圏内に捉えながら、無数の連撃を叩き込んでゆく。
オレの一閃がガープの脇腹を裂き、ガープの拳がオレの腹部を打つ。
「ごふ……ッ!」
『ぎぁ……ッ!』
互いに後ろへと弾き飛ばされつつも、笑みを浮かべる。
そして、さらに上空へ―――真上から、腕を交差したガープへと刃を振り下ろす。
景禎が纏う炎と、ガープが腕に集中された魔力がぶつかり合い、周囲に衝撃を走らせる。
魔力を纏った状態の腕には、刃は通らないようだな。
『オラァッ!』
「ちッ!」
ガープが振り上げてきた足を、鎧の腰の部分で受ける。
だいぶベコベコになっていたが、まだ何とか鎧としての役目を果たしていた。
直接的な威力は殺したものの、衝撃に押されて後退する。
そこへ、ガープが飛び込んできた。
『オラアアアアアアアアッ!!』
直線に、ただ真っ直ぐに突き出される拳。
読み易くはあるが、それだけ威力は強大だ。正面から受けることは出来ない。
故に―――見切る!
「そして……流す!」
刃の切っ先を奴の腕に絡め、左の手甲で刃の背を押す。
そして奴の拳を逸らしつつ、更に刃と体を回転させる―――
「一拍二閃―――!」
『ちィ……ッ!』
振るわれた刃は、ガープの胴を両断しようと横から迫るが、ガープはさらに魔力の噴射を強めてオレから逃れる。
オレの刃は、僅かに背中を裂くだけに終わった。
少しだけ、紅い血が黒い空に舞う。
『これなら、どうだァァァァァアアアアッ!』
ガープは大きく旋回すると、オレに向かって真上から突撃してきた。
そのまま体を回転させると、オレに向かって踵落としを放つ。
先程よりも速い……合わせられるか!?
刃を、奴の足へ―――
『―――かかったなァ、マサト!』
「な―――!?」
奴は足を振り下ろすことなくオレの前を通り抜け―――その交錯の刹那、オレの足を掴み取っていた。
そのまま、勢いよく地面へと降下して行く。
地面に叩き付けるつもりか。体を風で包み込むが、恐らくそれだけでは耐え切れないだろう。
そんな間にも、地面は瞬く間に近づいてくる。
ならば―――オレは、景禎の切っ先を、奴の魔力の噴射口へと突っ込んだ。
『な……ッ、てめェ、マサト―――!』
「死なば諸共、だ……!」
噴射する魔力の片方を奪われたガープは、そのまま制御を失って錐揉み回転しながら墜落して行く。
風の精霊に命じて、己の体を包み込む……何処まで衝撃を消せる?
だが、やらなければ確実に死ぬ―――知らず、オレの口元には笑みが浮かんでいた。
―――そして、激突。
「ッ―――!!」
凄まじい衝撃に、肺の中の空気が一気に吐き出される。
けれど、右手に握った景禎だけは離さなかった。
己の体を斬りつけないように気を付けながらも、地面を転がってゆく―――
「がは……っ、ぐ、はぁっ、はぁっ……!」
地面の感覚は砂―――どうやら、海岸線まで出ていたらしい。
仰向けに転がって呼吸を整えながら、己の状況を分析する。
痛みは消されているので分からないが、どうやら肋骨が何本かやられているらしい。
肺に突き刺さらなかっただけマシだろうが、次に胸へ一撃喰らったら危険か。
腕や足の骨は問題ない……とりあえず、戦闘行動には支障無しのようだ。
地面に刃を突き立て、立ち上がる。
途端、膝から力が抜けかけるが、何とか気合で持ち直した。
この感覚には覚えがある……以前、吸血鬼と戦って追い込まれた時の状態だ。
どうやら、流石に限界が近いらしい。
「……よく、考えたら……昼間から、全力で戦闘を続けていたのか……」
動きの鈍くなった四肢に辟易しながら、何とか前を向く。
爆心地からは結構弾き飛ばされてしまったようだ。
巨大なアリジゴクのような状態になっている砂浜から、ガープが這い出してくる。
『クッ、カカカカカ……やるなぁ、サイッコウに狂ってるぜ、マサトよォ……!』
「お前には言われたくないな、ガープ……」
『カカカカカ……全く、その通りだ』
心底愉快そうに、ガープは笑う。
何を笑っているんだと文句を言いたくもなったが……自分自身の口元も笑みを浮かべている事に気付き、思わず苦笑した。
そこまで酷くはないと思っていたのだが……どうやら、オレも同類だったらしい。
ガープは右の魔力噴射口から血を垂れ流している……どうやら、あそこは弱点だったらしい。
再生は出来ていないようだ―――自分自身の状況を鑑みれば、痛み分けと言った所だが。
さてと……どうやら、そろそろ終わりが近いらしい。
大きく息を吐きだし、景禎を大上段に構える。
ガープもまた笑みを浮かべ、その左拳を構えた。
「……どうやら、最後の勝負になりそうだな」
『そうらしいな……こんな戦いは本当に久しぶりだった。愉しかったぜ、マサト』
「不本意だが、オレもだ」
こんな所で己を偽っても仕方ない。
苦笑しつつも、頷いておく。
―――さあ、これで本当に最後だ。
『受けてみな、マサト……俺様の残りの魔力、全てだ』
ガープの左肩、そして拳に莫大な魔力が集中してゆく。
ミナの操る魔力にも劣らないのでは、とすら思える強大な魔力。
まともに喰らえば、粉微塵に粉砕される事だろう。
その様を見つめ―――オレは、静かに刀へと命じた。
「―――火之迦具土神」
イメージする。
神産みより生まれ、その纏う炎で己の親を殺してしまった神の姿。
輝く火の神を、自身と刀に重ね合わせる―――
『ハッハァッ! テメェも、随分と良い技持ってんじゃねェか!』
「さてな、今思いついたモノだが」
小さく、笑う。
刃から放たれる炎をは天を焦がすほどに燃え上がり、そしてオレの背中からも翼のように噴射していた。
精霊は、オレのイメージを反映してその力を放つ。
ならば、その意志の力が強ければ強いほど、強い力を発生させるはずだ。
「―――オレは、負けない」
脳裏に浮かぶのは、仲間達と屋敷で談笑する場面。
今、地獄のようなこの場所を抜ければまた、仲間達と共に笑える日が来る。
いつまでこの世界で戦い続けるのかは分からないが、それでも常に戦い続けている訳ではないのだから。
だから、あの安らかな日々を再び享受する為に―――
「一撃で―――」
『真っ向から―――』
駆ける。
放たれる熱量が周囲の砂浜を焼くが、それでもただ真っ直ぐに。
倒すべき、敵へと―――!
「―――斬り裂くッ!!」
『―――ブチ貫くッ!!』
―――その一撃が、交錯した。
澄んだ音が宙を舞い、地面に突き刺さる。
そして―――二色の血が、白み始めている空を彩った。
《SIDE:OUT》