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IMMORTAL BLOOD  作者: Allen
サムヌイス編:邪神の封印と神のルール
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82:夜明けへ向かい

「ごめんなさい、ごめんなさい。

 貴方を救えなくて、ごめんなさい」












《SIDE:FLIZ》











「ふぁ……あ。あー、ねむ……」



 気の抜け切った声を上げるいづなに、あたしは小さく嘆息を漏らす。

これから邪神との戦いが始まるってのに、この気の抜けようはどうなのだろうか。

まあ、リラックスしてると言うのならいいんだけど、流石にこれはね。


 まだまだ真夜中、リルによって起こされたあたし達は、いつの間にかやってきていたグレイスレイドの先遣隊と共に、簡易で作り上げた陣の中にいた。

リーダーになってるのは、あの英雄―――テオドール・ラインみたいね。

ジェイやアルシェールさんとも親しげに話している辺り、英雄の話は本当だったみたいだけど。



「―――だから、言ってるでしょ。魂砕たまくだきに耐性のある私たち三人……後はレン以外は役に立たないってば」

「その話、当てになるのか?」

「誰に聞いてるのよ、アンタは」



 じろりと視線を細めるアルシェールさんに、テオドールはぎくりと肩を震わせる。

しかし魂砕きね……確か、邪神の咆哮が魂を砕く、だったかしら。

一応、あたし達は防ぐ手段はあるんだけど―――



「ねえ、桜」

「ぁ……はい、何ですか……?」



 隣に座っていた桜に、あたしは小声で話しかける。

邪神の力を防ぐ手段―――それは、フェゼニアの《遮断》の力だ。

具体的にどんな力なのか見た事は無いけど、その力のおかげで消滅していないって言ってたし。

でも―――



「フェゼニアの力って、ここにいる全員を護れる規模なの?」

「ぇと……ちょ、ちょっと待ってください……」



 桜はあたしから視線を外し、隣の空間へと向き直る。

あたしには見えないけど、多分その辺りにフェゼニアがいるのだろう。


 この陣の中にいるのは、グレイスレイドの兵士およそ二百名。

先遣隊としては結構な規模よね、これは……でも、魂砕きの対策がなかったら、いくら人数がいた所で意味は無い。

一瞬で全滅する事にもなりかねないのだ。


 あたしが難しい顔でいると、相談が終わったのか桜がこちらに向き直る。



「む、昔の身体なら……難しいけど出来たと思う、だそうです……」

「……それじゃあ、今は?」

「既に別の《欠片》が宿っている私の体では……その、それだけの出力を発揮するのは危険、だそうです……」

「そっか……ゴメン、さっきのは聞かなかった事にして」



 防ぎたいのは山々だけど、それで仲間の命を危険に晒してたんじゃ意味が無い。

しかし、桜は大丈夫なのかしら?

ずっと憑依してる訳じゃないけど、一つの身体に三つの《欠片》を入れたり出したりしてる訳だし。

使える力の強さに制限がかかるとか、そんな所なのかしら。

椿も、誠人の体の方が力を強く使えるみたいだし―――まあ、あれはあのルールによる物だけど。



「まあ、三ついっぺんじゃないだけマトモよね……」

「?」



 椿が身体を操って《未来視》で先読みをしつつ、桜が精霊を操作したりして超火力砲撃、相手の攻撃はフェゼニアの力で絶対防御―――やばいわね、勝てる気がしないわ。

それぞれ単体でも十分強力なのに、三つ合わさったら本当に凄まじい力だわ。

まあ、フェゼニアの力だけでも負担がかかるって言ってるんだし、そもそも身体を操っていない子は力を使えないんだから意味は無いけど。


 とまあ、そんな事を考えている間にも、向こうの話は進んでいた。



「聖歌結界隊を連れてきてある。防ぐ事は出来るはずだ」

「あのね……向こうは叫ぶだけ、こっちは複数の魔術式メモリーを特定のタイミングで多重発動しなきゃいけない。

どう考えても間に合わないでしょうが」

「あー……それやったら、つばきんの力でなんとかなるんとちゃう?」

「ちょ、いづな!?」



 いつの間にか、半分寝ている目でいづなが話に参加していた。

そんな状態でも一応冷静な判断が出来ているのが何か納得し辛いんだけど。

そのいづなの言葉に、アルシェールさんは小さく肩を竦める。



「ツバキの力は確かに強力だけど、それほど先の事を読めるわけじゃないでしょ?

結構早い段階で分かってないと難しい―――」

「つばきーん、まーくんに憑依ー」

「お前な……まあいいが」



 誠人が嘆息交じりにいづなを睨んでから目を閉じる。

そして数秒後、その瞳が開かれ、誠人とは違う調子の声が発せられた。



「魂砕きの咆哮、か……ふむ。この遠吠えのように叫んでいるのでいいのか?

……音が聞こえている訳ではないと言うのに、やたらと不快だな、これは」

「え……ちょっと、見えてるの?」

「誠人に憑依した時は、もっと先の事が見えるのだ。ふむ、どうやら、封印が解けた直後に一度叫ぶようだな。

それ以降は……確証は無いが、叫ばせなければ・・・・・・・問題は無いだろう」



 その言葉に、ジェイとテオドールがぴくりと反応する。

成程、この二人にとっては分かりやすい言葉だったのだろう。

要するに―――



「邪神つっても、所詮は生き物だろ。口と喉を潰しちまえば叫べないだろうさ」

「乱暴だな、ジェイ。ま、それには俺も賛成だが」

「単純よね、アンタ達って……」



 二人の言葉に、アルシェールさんは嘆息する。

けどまぁ、確実で分かりやすい方法だとは思うわ。

そもそも、防御する以外にあたし達には防ぎようがないわけだし、この人たちに頑張って貰わないと。



「ま、ちゅーわけで……ジェイさん達三人が邪神に突撃、他の人達が火砲支援、およびその護衛ってトコやね。

うちらはどの辺りにおればええん?」

「こいつらが護衛してくれるっつーんなら、こいつらの後ろにいればいいさ」

「ふむ……まあ、構わないぞ。邪神に効果的なダメージを与えられる術式銃メモリーキャリバーがあると言うなら、本当に助かるからな」



 何か、申し訳なくなってくるけど……いいのかしら。

でも、煉の銃が効くなら、煉を失う訳には行かないっていう事だし、仕方ない事なのかな。

あたし達の仕事は、煉がチャージを終えるまでの護衛。

正直、復活する前からチャージ始めてちゃダメなのかと思ったんだけど、相手の姿が見えてないと装填できないらしい。

何だかんだで、色々と面倒くさい仕様よね。



「しかし、魔弾の射手に六発の弾丸とは、また洒落た事やなぁ」

「え?」

「あー、フーちゃんは知らへんか」



 首を傾げたあたしを見て、いづなは苦笑する。

魔弾の射手って―――まあ、煉からあるオペラの題名である事は聞いてるけど。

詳しくは知らないし、六発の弾丸って何の事なのかしら?



「魔弾の射手―――Der Freischutz。悪魔に魂を売った男とその友人、そして悪魔より受け取った七発の弾丸の話や」

「七発? 六発じゃなくて?」

「せや。その弾丸は、六発目までは撃ち手の望んだ所に当たるっちゅー、魔弾な訳やね。

せやけど、最後の七発目は悪魔の望んだ場所に当たってまうんや。ま、悪魔との取引なんてそんなモンやね」



 それで、六発の弾丸って事ね。

アルシェールさんが魔術式を刻んだらしいし、別に意図しての事じゃないんでしょうけど……確かに、洒落てるかも。

七重チャージだとなんだか変な所に当たりそうで怖いし。



「名は体を表すっちゅーからなぁ……撃ち終わったらもう一度撃つ事がない事を願うで」

「……そうね」



 悪魔が望む場所……果たして、そこは何処なのだろう。

なんだか、とても嫌な感じがしてしまう。

何か、取り返しのつかない事を忘れてしまっているような―――



「……やめとこ」



 これから戦わなくてはならないのだ。

こんな所で気弱になっていても意味がない。

あたし達は戦わなくてはならない。一方的に押し付けられたルールでも、戦わなくては生き残れない。

嗚呼、本当に、どうしてこんな事になってしまったのだろう。


 二千年前、そこで何かがあった。

フェゼニアは見ていない、と言う。

アルシェールさんが邪神になった事は知っていたけれど、どうしてそうなってしまったのかは分からないそうだ。

けれど、そのせいでこんな戦いが生まれてしまった。

本当に辛い事があったと聞いたから、アルシェールさんにも聞きづらいんだけど。


 神がいる限り、邪神はまた現われる。

神を倒してしまえば、世界の法則はバランスを崩して―――あれ?



「邪神を倒しても世界は崩壊しないのに……どうして?」



 あたしが小さく呟いた言葉は、会議の声に紛れて誰にも聞こえなかった。

確か、フェンリル達は正の側の皿に載っていた力によって形作られた物。

なら、邪神は負の側の皿に乗っていた力で形作られている筈よね?

でも、それなら邪神を倒しても法則のバランスが崩れてしまう事に変わりは無いと思うのだけど。

どうして、どういうこと?

もしかして、どこかに間違った情報が混じっていた?

何処までが嘘で、何処までが本当なの?



「……」



 後で、いづなと相談しよう。

今は、とにかく邪神に集中しないと。

あたし達は……生き残るんだから。











《SIDE:OUT》





















《SIDE:REN》











 ゴーグルをかけて《暗視ナイトアイ》を発動しつつ、邪神の封印の方へと視線を向ける。

周囲はグレイスレイドの軍が灯した篝火によって照らされているが、流石にあそこまで遠い場所は見えないしな。

まだ暗い、けれど徐々に空が白み始める時間―――ある確信が、俺の中にはあった。



「……レン」

「ミナ?」



 ミナが俺の名前を呼び、俺がそれに応える―――このいつも通りのやり取りも、何故か久しぶりのような気がした。

ゆっくりと俺の後ろから近付いてきたミナは、隣に並んで一緒に封印の方を見つめる。

まあ、ミナもあそこまでは見えないだろうけど。



「もうすぐ、始まる」

「……ああ、そうだな」



 徐々に張り詰めてゆく空気。何かが蠢いているような気配。

人より感覚が鋭いだけあってか、そういった物を感じ取れてしまうのだ。

おかげで、眠気も完全に吹き飛んでしまっていた。

まあ、それに関してはむしろ助かるんだがな。


 と―――



「……ごめんなさい」

「え?」

「ごめんなさい、レン……ごめんなさい」

「ミ、ミナ? 何の事を謝ってるんだよ?」



 突然謝罪の言葉を口にし始めたミナに面くらい、思わず慌てながら声を上げる。

俯いたまま、もう一度小さくごめんなさいと言うミナに、俺は首を傾げていた。

どうしたんだろうか、一体。

まあでも、ミナの場合はこういう時、無理に聞き出すよりも話し出すのを待ったほうがいい。

言いづらい事はどんどん胸の奥に閉じ込めようとするからな、ミナの場合。



「……辛い戦いになる」

「え……?」

「きっと、辛くて苦しくて悲しい……そんなレンの心を読むのは、わたしも嫌。でも―――きっと、もう遅い」



 いつも通りの無表情で視線を上げる。

けれど、気のせいだろうか。まるで、何かに耐えるかのようにその表情は硬く感じられた。



「最後まで諦めちゃいけないって、言われた……でも、ダメだった。もうずっと昔から、わたし達が生まれる前から手遅れだったの」

「……ミナ」



 ミナが何の事を言っているのか、俺には分からない。

けれど―――俺は、そっとその頭を撫でていた。



「良く、頑張ったな……ありがとう、ミナ」

「ぁ……」



 俺の事を見上げたミナの瞳が、大きく見開かれる。

そしてその端から、ぽろりと小さな雫が零れ落ちた。

マザー”が死んだあの日以来―――あの時は見る事は出来なかったから、こうやって直視するのは初めての、ミナの涙。

何の事だかは分からない。けれど、ミナはずっと一人で頑張ってきたんだろう。

努力が報われるとは限らない。結果を出したとしても、認められるとは限らない。世界は、そういう場所だ。

けれど、せめて俺だけは、この子の事を認めてあげたい。


 俺の言葉を受けて、ミナの表情がくしゃくしゃに歪む―――けれどミナは、それを振り払うように頭を振って、その表情を隠した。



「まだ……ダメ。ここで泣いたら、戦えない」

「……なら、待ってるさ。戦いが終わったら、思う存分泣きにおいで。そのぐらいしか出来ないみたいだし」

「ん……ありがとう、レン」



 ようやく、謝罪以外の言葉を聞く事が出来た。

その事に安堵して、俺はそっと目を閉じる。

何があっても奪わせはしないと―――その決意を、心に秘めて。


 戦いの気配は、もうすぐそこまで迫ってきていた。











《SIDE:OUT》





















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