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IMMORTAL BLOOD  作者: Allen
サムヌイス編:邪神の封印と神のルール
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81:嵐の前の静けさ

「それが、わたしを愛してくれる人」

「羨ましいね、妬けてしまうよ」

「あなたにも、いた筈……ううん、今でも、いる」












《SIDE:MASATO》











 あれから邪神の封印が解けるまでは休憩と言う事になり、オレ達は思い思いの休み方をする事になった。

まあ、戦闘が夜になると言う事で、今のうちに寝ておこうと言い出す奴が大半だったが。

起きているのは結局、オレと煉だけだ。



「誠人、お前は寝ないのか? 番なら兄貴達がやってくれてるし、正直一番戦ったのはお前だろ?」

「それはそうなんだが、な。オレは寝ずとも動かずにいれば体力を回復できるから、それほど問題は無い」



 この身体はそういう点では便利な物で、寝ようと思わない限りは眠くならない。

そして、寝なかったとしても十分に体力を回復できる。

正直な話、もうガープと戦う事で消費した体力は回復し切っていた。

こういう時には便利な物だ。



「で……どうしたんだ、それは?」

「ははは……」



 胡坐をかいた煉の膝の上へと視線を向け、オレが呟くと、煉は苦笑交じりに頭の後ろを掻いて見せた。

そこには、猫のように身体を丸めながらその膝を枕にするミナの姿があったのだ。

そっと起こさないようにその髪を撫でながら、煉は小さく声を上げる。



「俺のマガジンに魔力チャージをしてくれてな。それで、流石に疲れて眠っちゃったらしい」

「ミナが、魔力を使って?」



 その言葉に、オレは思わず目を見開いていた。

ミナの魔力量は、オレ達の中でも随一―――いや、世界規模で見ても類を見ないほどの魔力容量を持っているだろう。

魔力消費で疲労を感じていると言う事は、その魔力の多くを使っているという事の筈だ。

ミナに限って、そんな事は無いと思っていたのだが―――



「ここの所は、流石に回復量よりも消費量の方が多かっただろうからな」

「ああ……成程、確かにな」



 思わず、納得する。

フェルゲイトを出てからここまで、安心しながら休息できる事はほとんどなかった。

しっかりとした休息がなければ、きちんと魔力を回復させる事はできない。

しかも、ミナはここに来るまでとここに来てからでかなりの魔力を消費している筈だ。

鉄の塔にオリハルコンの剣、教会に乗り込んだ時に見た巨大な分銅や様々な創造物。

極めつけは、あのオリハルコンで出来た巨大な剣だ。

貴重な金属であるほど消費魔力も大きいと言っていたし、流石に堪えたのだろう。



「マガジンへの魔力補充は結構大量の魔力が要るからな……俺は最大チャージが撃てるギリギリでいいっつったのに、全然聞こうともしなかったから」

「それだけ、お前の事が心配なんだろう。ミナにとっては、本当に久しぶりの再会だろうからな」

「ホント、どうしてここまで好いてくれるんだろうな」



 言いつつも、満更でもない様子だったが。

まあ、ミナは掛け値なしの美少女だ。そんな相手に好意を向けられて、気後れするならまだしも否定すると言う事は無いだろう。



「そういえば、その最大チャージとやらはどれだけの魔力が要るんだ?」

「最大六個分のマガジンをロードできる。ただ、全てロードするのに時間がかかる上に、溜めたらすぐに撃たないといけないんだ。

撃った以上は相手が何だろうが確実に当たる……けど、撃てるまで俺が無事かどうかが問題だな」



 煉の持つ背信者アポステイトの弾丸は、威力の低い状態でも上位の吸血鬼ヴァンパイアの身体を容易く撃ち抜き、高い状態ならばドラゴンの鱗すら破壊する。

それだけの威力を持つ弾丸が一つのマガジンに二十発。

あの《魔弾の悪魔ザミュエル》という魔術式メモリーは、その二十発分の威力を一点に凝縮した弾丸を放つ技だ。

それを六個……百二十発分の弾丸の魔力を、一度に放つと言うのだ。

一度放たれれば、想像を絶する威力が発揮される事だろう。



「オレ達はその間の護衛と言う訳か」

「ま、そうだな。しっかり頼むぜ?」



 おどけたように、煉は言う。

その実、最も重いプレッシャーを感じているのだろう。

こいつの弾丸次第で全ての勝負が決まると言っても過言ではないはずだ。

椿の予言した未来を破却する為にも、オレ達が何とかせねばならないだろう。


 だが―――



「オレは、お前の護衛に回れるかどうかだな」

「え?」

「あの魔人……ガープだ。奴は、必ずまた現われるだろう」



 あの時死闘を演じた、黒いバイザーの魔人。

何処までも戦闘狂で、分かりやすくそして単純にただ強い。

そして、再戦の約束を一方的に交わして行った男。



「奴と戦えるのはオレだけだ。オレが……オレの手で、あいつを倒す」

「そんな宿敵見つけたみたいな……お前、そんな性格だったっけ?」

「この世界に来る前はこんなモンだったんだ」



 普段のオレの姿からは想像が付かないだろうが、性格が改造される前のオレの性格は熱血だったと言ってもいい。

今でもその一部が残っているのか、時々感情のまま行動してしまう訳だが。

呆れたような表情を見せる煉に、こちらも小さく苦笑していた。

と―――そんな煉の口元に、小さく笑みが浮かべられる。



「All the world's a stage, and all the men and women merely players」

「……それは?」

「シェイクスピアだよ、知らないか?」



 名前ぐらいは知っているが、そんなに詳しく知っている訳ではない。

せいぜい、昔の詩人であるという事ぐらいだ。



「と言うか、お前は何でそんな暗記するほど知っているんだ?」

「言ってる事はいい事ばっかりだぞ? 知っといて損は無かったさ」

「……まあ、そうなのかもしれないが。それで、さっきの意味は?」

「この世は舞台であり、人間は役者だ。皆、それぞれの運命を演じているに過ぎない―――ってな。

ま、要するにお前はお前のやりたいようにやれって事だよ。お前の戦いなんだからな」



 そう言って、煉は笑う。

かかっているのは自分自身の命の筈だ。それなのに、オレのやりたいようにやれと言う。

こいつめ、最初からオレの背中を押すつもりだったのか。



「まあ、何だ。あんな楽しそうに戦ってる所見せられたら、戦うななんぞとは言えないさ。

やるだけやってこいよ、誠人。お前なら勝てるだろ」

「……感謝しておこう、煉」



 小さく、苦笑する。

確かに、心苦しく感じられていたのだ。

皆が邪神を倒すために戦っている中で、オレ一人だけ自分の為に―――決着をつける為だけに戦う事を。

それを、こいつは構わないと言う。



「わざわざ引用句まで使ってカッコつけたんだ、お前に恥じないようにはしてくるさ」

「何だかんだでいい性格してるよな、誠人」



 互いに言って、小さく笑う。

自分の死の予言を知ってすら、こいつはこうやって笑い飛ばせるのか。

椿も、まだ完全に破却された訳ではないと、そう言っていたというのに。

こいつは―――



「―――お前は、死が怖くないのか?」

「そりゃ、俺がお前に聞きたいぐらいだが」



 煉は、そう言って苦笑する。

あの時の戦いの事を言っているのだろうか。

それならば、あの時は自分が死ぬかどうかなど考えていなかったとしか言いようがない。

ただ純粋に、ガープと戦う事だけを考えていたのだから。

冷静に考えれば、かなりの無茶をやっていたものだ。

いづなに見られていたらかなりの文句を言われていた事だろう。


 ともあれ、オレはまともに考える暇も無かったから恐怖する暇も無かった。

だが、こいつは違うだろう。

今この瞬間、ゆっくりと緩慢に死に向かって歩んでいるかもしれないというのに。



「そりゃ、怖いさ」



 嘯くように呟き、煉はその視線を下す。

視線の先には、体を丸めて眠るミナ。そっとその柔らかな髪を撫でつつ、落ち着いた表情で煉は呟く。



「俺はようやく、俺だけの何かを手にする事が出来た。俺を純粋に思ってくれる、この子を」

「……お前だけの?」



 よく、分からない表現だ。

オレが首を傾げた様子を見てか、煉は小さく肩を竦めて見せた。



「うちの家族、皆優秀だったんだよ。それなのに、俺だけがみそっかすでさ」



 静かに、視線を上げる。

オレもまた、煉の表情からは視線を外していた。

過去の事を―――元の世界の事を思い出しているのだろう。

オレが二度と戻れない、その場所の事を。



「俺は何をやっても、兄貴―――向こうの世界にいる、本当の兄貴の事な。

とにかく、何をやっても兄貴の劣化版にしかならなかったんだ。

ようやく自分だけの何かを見つけたと思えば、興味本位に手を出した兄貴にあっさりと抜かれて行く。

親父もお袋も、そんな兄貴に負けない位に優秀で……俺だけが、どうしようもなかった」



 オレは、思わず沈黙する。

煉が非才という事ではないだろう。こちらに来てから、そんな事を思った事は無い。

恐らく、その家族とやらが並外れて優秀なのだ。



「確かに、家族は皆俺を蔑ろにするような事は無かった。皆、俺の事を愛してくれていただろうさ。

でも、それでも……俺は、兄貴には勝てない。俺が手に入れたものなんて、皆兄貴が簡単に手に入れる事が出来る。

だから、どうしても欲しかった」



 そっと、煉はミナの頭を撫でる。

その表情は複雑で、ミナでなければとても読み切る事は出来ないだろう。

だが、それを一言で表すのならば―――支配欲。



「兄貴には絶対に手に入れる事の出来ない、俺だけの何かが―――欲しかったんだ。

この世界に来て、俺はようやくそれを手に入れられた。ミナも、背信者も」

「お前、それは―――」

「ミナをモノとして扱ってるつもりはないって。ミナは大切な女の子で、俺達の大事な仲間だ。

それでも、思わずにはいられないんだよ、俺は」



 オレの言葉を遮り、煉はそう呟く。

支配欲に、独占欲に満ちた愛情。こいつがミナに対して抱いているのは、そういった感情なのだろう。

だれにも渡したくない、誰にも譲りたくないと―――そう言った所だろうか。

確かに、行き過ぎなければそれはただの愛情だろうし、今の所そういった兆候も無い。

だが……まさか、煉がここまで劣等感コンプレックスの塊だったとはな。



「だから、怖いよ。折角手に入れたのに、死ぬかもしれないってのは」

「……なら、何でそこまで落ち着いていられる?」

「許せないから」



 かた、と―――背負った刀が僅かに鳴った。

その声に含まれた殺意に、体が少しだけ反応する。



「俺から何かを奪おうとする奴が許せないから。それが人間だろうが邪神だろうが関係ない。

俺から奪おうっていうんなら、俺がそいつを殺してやる。

だから、恐怖なんて感じている暇はない。どうやって殺してやるか―――それだけを、考えていればいい」



 それは―――半ば狂気じみた愛情だった。

怨念と化すほどの強い思いが、こいつの恐怖を塗り潰している。

これが、九条煉なのだろう。

理解には程遠い、浅い考えかもしれないが―――この一面こそが、九条煉を構成する根本だ。


 それほどまでに、この男はミーナリアと言う少女を愛しているのだろう。

それに何も言い返す事が出来ず、苦笑する。



「お前は本当に……業が深い奴だな」

「全くだ」



 他の表現を見つけられず、何とか吐き出した言葉を、煉はあっさりと肯定した。

こいつは本当に、自分の感情の重さを理解しているのだろうか。

容易く人を殺せるその心。その歪みを、こいつ自身は理解しているのだろうか。

だが、口に出す事は怖かった。何かが、決定的に変わってしまうような気がして。


 ―――深々と、嘆息する。



「煉、お前も休んだらどうだ?」

「そうだな……まあ、俺の仕事なんて一回引き金を引くだけだろうけど、それでも集中したいしな」



 煉は頷き、毛布を手繰り寄せる。

いつも通りの表情に小さく息を吐き出し、オレは立ち上がった。



「お前はどうするんだよ、誠人?」

「適当に、辺りを見ておくさ。安心して休んでいろ」

「……サンキュ」



 ミナごと自分の身体を毛布で包んだ煉の言葉を聞き、小さく笑みながら踵を返す。

夜の闇に隠れた邪神の封印―――そこに、まだ動きは無い。


 けれど、何かが変わる確信だけは、脳裏に警鐘のように響き渡っていた。











《SIDE:OUT》





















《SIDE:JEY》











「ジェイ、グレイスレイドの先遣隊が来たみたいよ」

「ん、そうか」



 アルシェの言葉に、瞑想から意識を戻す。

こいつは先ほどの霊と会話をしていたようだが、周囲の結界への反応には瞬時に対応して見せたようだ。

しかし、グレイスレイドか……時間が限られている所を考えると、奴だろうな。



「……会って大丈夫なの、ジェイ」

「別に、問題は無いさ。多少面倒なだけだ」



 肩を竦めつつ、地面に響く馬蹄の音へと静かに意識を向ける。

騎兵だけを先行させた、と言った所だろうか。

まあ、急がなければならない状態で最大の戦力を、と考えれば自然とそうなるだろうが……あの聖女が無茶な事をしない限りはな。


 ―――と、近付いてきていた軍勢の足音は止み、一騎だけこちらへと近付いてくる気配を感じる。

その上に乗った男の姿を見上げ、俺は小さく嘆息した。



「やっぱり来たか、テオ」

「お前こそ……来ちまったのか、ジェイ」



 互いに、分かりきった事を口にする。

神の使徒である俺達に、それ以外の選択肢など無い事は分かり切っているだろう。

それでも、思わずにはいられない。

一度は邪神との戦いで死んだ、そして聖女によって仮初の体を与えられたこいつには。



「懲りないな、お前も。また無駄死にする事になりかねんぞ?」

「お前、あれを無駄死にだったとか言うのか?」

「……俺がやられてたら、お前が止めを刺してただろ」



 結局、どちらかが邪神龍を滅ぼしていたのだろう。

それが、偶然俺だったというだけだ―――まあ、死んでいたのが俺だったら生き返る事は出来なかっただろうが。

今回の事を考えると、その形が一番良かったのかもしれないがな。



「まあ、いい。傭兵のジェクト・クワイヤード、邪神との戦闘に参加する」

「七徳七罪、正義と憤怒のテオドール・ラインだ。作戦の参加を受け入れよう」



 互いに分かりきった名乗りを上げ、互いに小さく笑い会う。

これで、準備は完了したと言ってもいいだろう。

邪神と戦うための戦力である俺とアルシェ、そしてテオ。

俺達三人の力を持ってしても、邪神とようやく拮抗する程度だろうが―――そのバランスを崩す一撃を、あの小僧に任せる。


 勝負は一回きり、失敗は許されない―――ああ、上等だ。



「さぁて、人様の領域に土足で踏み込んで来ようとする不届き者に、思い知らせてやるとしようぜ」

「全く……ホント、仕方ないわね」

「頑固な奴だな、本当に」



 二人の方は見ずに、肩を竦める。

視線の先にあるのは邪神の封印。

日が昇るには、まだ時間があるが―――恐らく、日の出を待たずしてここは戦場となるだろう。

最早、後には引けない。



「さぁて、それじゃ、作戦会議と行くか」



 テオに促させ、歩き出す。

もう、戻れない戦いへと―――











《SIDE:OUT》





















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