79:魔人ガープ
そして、一度目の激突。
《SIDE:MASATO》
『ハッハッハァッ!』
顔面の横を拳が突き抜ける。
舌打ちしながら刃を振るうが、肉薄されているおかげでそれほどの切れ味は期待できない。
ついでに言うと、こいつの拳は鱗より更に頑丈に出来ているらしく、威力を伝えながら斬っても弾かれてしまうのだ。
襲ってくる膝に対しては、刃の柄を振り下ろしながら迎撃する。
そして、身体を回転。細かい振りしかできぬ状態なら、こうやって刃を振るう距離を稼げば―――
「撫で斬る!」
『おおっとッ! いいぜェ、マサト! 良く付いてくるじゃねぇか!』
「そりゃどうも」
距離を開けたガープに対し、今度はこちらから斬り込んで行く。
インファイトの戦い方をしてくるこの魔人に対しては、受け手に回ってしまうのは不利にしかならない。
大上段からの振り下ろし。完全なる無拍剣の一閃であるそれは、しかし奴の拳によって防御された―――否、防御しかさせていないのだ。
『ハハハハッ! 何なんだ、テメェのその剣術!? カウンター入れられねぇじゃねぇか!?』
「嬉しそうに言われてもな」
生半可な攻撃では、こいつは容易く躱してカウンターを叩き込んでくるだろう。
それを避ける暇も無くしているだけでも、無拍剣は効果的であると言える。
尤も、互いにミスを待ち続ける千日手となりかねない事だが。
袈裟、一拍二閃、逆袈裟、突き、払い―――連続した剣閃を、奴は正確に拳で防御してゆく。
あまり目を慣らさせるのも拙いが……しかし、攻め続ける他に選択肢は無い。
『チッ……なら!』
「―――何!?」
オレが再び袈裟の一閃を放とうとしたその時、奴が突如として行った行動に思わず目を見開いた。
奴はオレの攻撃を防御する事をやめ、そのまま体当たりしてきたのだ。
当然、オレの一閃は奴の胸から腹にかけてを斬り裂く―――奴の骨が異常に硬い為か深さとしては浅いが、それでも大きなダメージになった筈だ。
しかしこちらも攻撃しながらでは躱す事は出来ず、その一撃を受けて後ろへ仰け反る。
肉を斬らせて骨を立つとは言うが、あれはリスクよりリターンが大きいからこそ取る行動だ。
ならば、今の行動の意味は―――
『ぐ……ハハハッ! 痛かったぜェ、オイ!』
仰け反ったオレへと、奴の回し蹴りが放たれる。
咄嗟に景禎を立てて防御するが、奴の伸びた爪先が僅かにオレの脇腹へと突き刺さった。
「ぐ……ッ!?」
痛みはシャットアウトされている。だが、その衝撃と体の中をかき回されるような感覚に、思わず吐き気を覚えた。
地面を削るように弾き飛ばされながらも、何とか体勢を崩さぬように踏みとどまる。
しかし、重い……スピードとパワーを兼ね備えた、本当に厄介な相手だ。
油断なく景禎を正眼―――最も汎用性の高い型で構え、ガープへと向き直る。
奴もまた、胸を押さえていた手を外し、血を流しながらも口元に獰猛な笑みを浮かべた。
『クッハハハハ! 最高の気分だぜぇ、マサトよぉ! 百年以上暇してたんだ、もっともっと楽しもうぜ!』
「やれやれ……」
本当に厄介な相手に目を付けられた物だ。
だが、オレ一人で魔人一体を抑えられるのならば十分だろう。
向こうの魔人さえ倒せれば、こちらにも救援が来るはずだ。
『オイ、マサトよ。ちっと聞きたいんだが』
「……何だ?」
『向こうの嬢ちゃんたちは、あの陰険野郎と戦ってんだろ? あの嬢ちゃん達は強いのか?』
「……広範囲火力と言う点なら、あいつらの方がオレよりも上だろう」
桜の精霊操作、フリズの分子干渉、ミナの創造魔術式……どれを取っても、かなり広い範囲で敵を殲滅できる強大な能力だ。
だが―――
「しかし、お前の相手を出来るのは、オレだけだろうな」
『ほう? そりゃどうしてだ?』
「お前の防御力を突破する攻撃力と、お前の攻撃に反応する為のスピードを兼ね備えているのはオレだけだ」
いづなならば、こいつの攻撃にも正確に反応して受け流す事ができるだろう。
また、椿ならばこいつの攻撃を避ける事だって容易い筈だ。
しかし、二人の攻撃力ではこいつにダメージを与える事は叶わない。
まあ、一人は狙撃と言う反則手段を持っている奴もいる訳だが、これだけ周囲に瓦礫が積み上げられていたら射線を確保できないだろう。
『本当だろうな?』
「まあな」
『チッ、だったら楽しめるのはテメェだけかよ』
本当にバトルジャンキー思考だな、こいつは。
まあ、フリズの能力が通用するならばフリズでも行けるかもしれないし、桜も場合によっては大丈夫かもしれないが……それを伝えてもこちらにメリットは無い。
どちらにした所で、オレが仕留める事が出来ればそれで問題は無いのだ。
だから今度こそ―――
「その首を貰う!」
『ハッ、やってみやがれ!』
叫び、駆ける。
脇構えに変えた型から、宣言通り首を刎ねる為の一閃―――しかし、距離が開き過ぎていたらしい。
走ってくる時点で、既にガープは回避の構えに移っていた。
奴は上空に跳躍し、オレの一閃を紙一重で躱す。
『ヒュウ、ギリギリだぜッ!』
何が嬉しいんだ、コイツは。
オレの一閃は僅かに奴の足を掠ったが、効果を上げる事は出来なかった。
だが、上空に逃げてどうするつもりだ?
確かに相手の攻撃は重くなるが、それでも軌道は読みやすい。
擦れ違い様にカウンターで一撃を加えれば、奴の鱗とて容易く斬り裂ける筈―――
『行くぜマサト、しっかり避けろよなァッ!』
「な―――ッ!?」
瞬間、オレは思わず目を疑っていた。
奴の肩の辺りから背中にかけて二つくっ付いていた、黒い楕円形の装甲。
それが後方へと開き、そこから魔力を噴射し始めたのだ。
瞬間、奴の体が一瞬で加速する。
オレは奴の装甲が開いた時点で直感に従い跳躍したが、それでも奴が地面に突っ込んだ時の衝撃に押され、撥ね飛ばされた。
「ぐっ!?」
何とか空中で刀を振って重心を安定させ、地面に着地する。
そしてオレは、目の前に広がっていた光景に思わず絶句していた。
地面が大きく抉れ、すり鉢状に陥没していたのだ。
「……まさか、そんな技があったなんてな」
『ククク、初弾はサービスって奴だ。これで終わっちまったら面白くねぇからなァ!』
陥没した地面から飛び出し、ガープは叫ぶ。
あれだけの勢いで突っ込んで行ったと言うのに、全くの無傷だ。
まあ、奴の鱗ならばそれも納得できないでもないが。
「拙いな……」
あの威力は拙い。いくら人造人間の体とは言え、あんな物の直撃を受ければただでは済まないだろう。
しかし、オレでもあのスピードを捉える事は難しい……どうする?
『おいおい、ビビッてんのかよマサトォ! 来ねぇんだったら……』
「っ! チッ―――」
『こっちから行くぜェ、オイ!』
再び、奴の背中から爆発的な魔力が噴射される。
咄嗟に左に飛びながら、奴の軌道上に刃を残すように振るう―――が。
「ぐっ!」
その爆発的な速度の威力に負け、剣が弾かれる。
あれだけのスピードだ、上手くカウンターを合わせられれば相当な威力になるだろうが、それに耐えられるだけの膂力を得るにはしっかりと地面を踏みしめていなくてはならない。
直線で突っ込んで行ったガープは周りに積み上げた瓦礫の一角を粉砕していたが、射線が通ったとしても煉ではあのスピードを捉える事は出来ないだろう。
「クソ……!」
対処法が思いつかない。
……いや、一つはあるが、ここでやるにはリスクが高すぎる。他に方法は無いのか?
そんな事を考えている間に、奴が瓦礫を撥ね飛ばしながら姿を現す―――刹那。
『ぬおおおおッ!?』
放たれた白い光の砲撃が、ガープの姿を飲み込んで吹き飛ばした。
驚愕して、それが放たれた方向へと視線を向ける。
そこに立っていたのは―――
「桜!?」
「ま、誠人さん……だ、大丈夫、ですか……?」
ふわりと、風の精霊を操りながら下りてくる桜。
どうやら、光の精霊を使役して先ほどの砲撃を放ったらしい。
流石の威力だが、あれで倒せているとは思えない。
しかし、桜がこちらに来ていて大丈夫なのだろうか。
「向こうはどうなっている?」
「わ、分からないです……いづなさんに誠人さんを助けるように、と言われて……」
いづなが言ってきたのか。
ならば向こうの方は大丈夫だと思いたいが……む、待てよ?
まさか、これは―――
『―――おいおいマサトよォ、さっき言ってたのは嘘だったのか?
こんな大層な一撃をぶっ放せる嬢ちゃんがいるんじゃねぇかよ』
「……!」
と、思いついた事を桜に伝えようと思った所で、瓦礫の向こうからガープが姿を現した。
一応効いてはいたのか全身から煙が上がっているが、元々全身が黒いので分かりづらい。
「確かに火力はあるが、桜ではお前のスピードには対処できん……それより、少々待て」
『あん?』
「何、ほんの少しでいい。そうすれば、お前に楽しい戦いを提供してやるぞ?」
『へぇ……そいつぁ楽しみだ。だったら早く済ませてくれよ、待ち切れないんでね』
コイツは単純と言うか何と言うか……まあ、何はともあれ単純で助かった。
そして、ガープに対して燃えるような殺意を放っている桜を宥めつつ声を上げる。
「桜、頼みがある」
「ぇ……あ、はい。何でしょう……?」
オレの方へ振り向くと同時、先ほどまで滾らせていた怒りが嘘だったかのように消え去る。
それに小さく嘆息しながらも、オレはその案を桜へと伝えた。
「オレの脚部鎧に風精霊を、景禎に雷精霊を付加してくれないか?」
「そんなに……ですか?」
「ああ、必要なんだ」
「……分かり、ました。それでは―――」
オレの言葉に頷くと、桜は虚空に向かって小さく声をかけ始める。
そして数秒後、見事オレの足は風を、そして景禎は雷を纏い始めた。
軽く刃を振るうと、弾けた雷光が地面を撫で、ばしんと爆ぜるような音を立てる。
よし―――
「ありがとう、桜。後は下がっていてくれ」
「ぇ……で、でも―――」
「頼む。奴とは、オレの手で決着をつけたいんでな。フェゼニアの力で防御していてくれ」
「……はぃ」
あまり納得は出来ていないようだったが、オレの頼みを聞いて桜は引き下がる。
そしてオレは、再びガープの前に立った。
「待たせたな」
『構わねぇさ。しかし、そいつぁ面白そうだな。けど、そんなんで俺様に付いて来れんのか?』
「試してみれば分かるだろう」
『ハッ! 全く、その通りだぜ―――!』
ガープの歓喜の咆哮。
それと共に奴の背中で魔力が弾け、オレの方へと一直線に突撃してくる。
オレはそれに合わせ―――真上へ跳躍した。
『ぬ……!?』
風を纏うオレの足は、空中を蹴りながら天へと昇る。
唐突に飛べるようになったオレを見上げるガープへ、オレは笑みを浮かべ―――手招きする。
瞬間、奴の口元に愉悦の笑みが浮かんだ。
『ハッハッハァッ! そォ来なくっちゃなぁァアアア!!』
魔力を噴射し、ガープはオレへと突進する。
対し、オレも宙を蹴り―――崖を駆け下りるように奴へと突撃する。
一合、刃と拳がぶつかり合う。
勢いの分だけ威力が増され、その反動がオレの腕にも返って来たが―――行ける。
風の精霊の力が、オレ自身のスピードを強化している!
『ハッッハァァァァアアア!! よく付いて来たな、マサトォォォオオオッ!!』
迸る雷光を身に受けながらも、ガープは歓喜の笑みを浮かべ続ける。
オレ達は互いに笑みを浮かべ、互いの攻撃を弾き返した。
そして、交錯するように二合。
「貴様の方こそ、遅れるな―――!」
『上等ォォォオオオオオオッ!!』
地面スレスレまで降下し、そして再び地面を蹴りつつ飛び上がる。
見上げれば、奴も空中で旋回して一直線に向かってきていた。
―――思わず、笑みを浮かべる。
「はああああああああああああッ!!」
『ォォォォオオオオオオオオオッ!!』
三合。刀と拳の鍔迫り合い。
至近距離から見つめ合う互いの顔には、恐らく同じ表情が浮かんでいる事だろう。
ただ純粋な闘争本能。互いを食い潰そうとする獣の咆哮!
成程、コイツの気分も理解できる―――オレに、こんな感情があったとはな!
互いに、右の蹴りを放つ。
そして同時に互いの脇腹に突き刺さり、同時に吹き飛ばされた。
鎧の無い部分に受けたおかげでダメージは響いたが、ダメージで言えば雷撃を受けている奴の方が上の筈!
「まだまだッ!」
『行くゼェッ!』
空中を蹴る。再び交錯の四合、そして立ち止まり振り返りざまの五合。
雷鳴が啼く。迸った雷光は、奴の拳の上から奴自身へと伝わっていく―――!
『ハハハハッ!! いいねぇ、ビリビリくるぜェエエッ!!』
「疾風迅雷と言った所か―――もっと喰らって貰うぞ!」
『そりゃあこっちのセリフだァ嗚呼アッ!』
放たれた蹴りを、景禎の柄で受け止める。
短いリーチながらもやはり威力は凄まじく、オレは大きく弾き飛ばされた。
距離を開けられ、オレは笑みを浮かべる。
顔を上げれば、奴も口を笑みに浮かべ、その拳を大きく構えている所だった。
「―――建御雷神」
イメージする。
雷の神にして剣の神。雷光を纏う神の姿。
その剣が雷を放つ姿―――それを、刀に宿った雷の精霊へと伝える。
瞬間、纏っていた雷光は勢いを増し、景禎は巨大な雷の集合体へと姿を変える。
ガープの構える拳は、その魔力を集中させてさながら砲弾のような様相を見せていた。
―――獰猛に、嗤う。
「―――斬り裂くッ!」
『―――ブチ貫くッ!』
互いの力が空気を震わせ、周囲の空気をひび割れさせる。
この力をぶつけ合う事―――それは、どれほどの歓喜だろうか。
感じた事も無い激情が身を焦がすが、敵への渇望が意識をシャープにしてゆく。
そして、オレ達は―――
『グオオオオオオオオオォォォォアァァアアアアアアアアアアアアアッ!?』
「ッ―――!?」
『何ッ!?』
唐突に響き渡った声に、力を霧散させていた。
互いに構えを解き、声が響いた方へと視線を向ける。
―――そこに、銀の弾丸によって粉々になり、巨大な剣に貫かれる魔人の姿があった。
『オイオイ、あの陰険野郎……もう負けちまったのかよ、情けねェ』
「仲間ではないのか?」
『生まれが一緒ってだけだ。仲間とか思うと反吐が出るぜ……ま、いい気味だ。しかし―――』
ガープは嘆息し、その手でがりがりと後頭部を掻く。
まだ戦いの最中だというのに、コイツらしくない反応だ。
『悪いが、勝負はお預けみてぇだな』
「何……?」
「ま、誠人さん!」
と―――唐突に、地上の方から声が響いた。
視線を向けてみれば、珍しく桜が大きな声を上げながらオレへと呼びかけている。
「な、何か大きな黒い靄が海の方に向かって行きます……! 何か、嫌な感じです!」
「黒い靄……?」
あの赤いギルマンを倒した時に出たという、黒い靄か?
それが海の方へ?
一体、何が起ころうとしている?
『あの野郎、最後の最後で自分を生贄にしやがったみてぇだ。何百年も存在してた魔人だ、生贄としちゃ十分すぎる』
「生贄……どういう事だ?」
『簡単だよ……親父殿の復活だ』
と―――そのガープの言葉と共に、周囲に巨大な地響きが発生した。
響き渡る鳴動に場が騒然となる中、ガープはやれやれと肩を竦める。
『勝負の続きをしてぇ所だが、復活の手伝いをせにゃ、蘇った時に何を言われるか分かったもんじゃねェ。
一時、勝負は預けるぜ、マサト。再戦は親父殿の復活した後だ』
「邪神が復活するのか……!」
『ま、そういう事だ……じゃ、また後で会おうぜ、マサト!』
そう告げると、ガープは海の方へと魔力を噴射しながら去って行った。
その背中を見送り、小さく息を吐きだす。
―――さてと、どうやら厄介な事になってきたようだな。
《SIDE:OUT》