73:戦いの始まり
裏側の真実への第一歩と―――破滅の始まり。
《SIDE:IZUNA》
あの話の後、うちはフーちゃんと町へ買い出しに出とった。
流石に、持って来た食料もそこまで多いって訳やないから、補充はしとかんとあかん。
しかし―――
「何や、大きな話になってきたなぁ」
「そうね……」
そう呟いて、うちらは同時に深々と嘆息する。
二千年前の情報を得られたんは大きいんやけど、流石に予想外な事が多すぎた。
二千年前、当時の文明を破壊した始まりの邪神、《黒堕の蝶》。
それが、あのアルシェールさんだった訳や。
以前のエルロードの話と比較して、アルシェールさんがエルロードに対応する邪神やと言う事はまず間違いない筈や。
今は世界を滅ぼそうとはしとらん、っちゅーとったしな。
さて、これで世界の生誕と二千年前の真実―――《欠片》の隠しルールの条件は満たした筈なんやけどな。
エルロードが現われる気配は無い。まだ情報が足りとらんかったんか、それともここが邪神の領域やからか。
せやけど、エルロードの目的っちゅーんは一体何なんや?
話を聞く限りでは邪神を倒す事。そして世界を崩壊させない事や。
せやけど、アルシェールさんが邪神である以上は天秤を釣り合わせる事は不可能なんやないか?
それとも、まだ何か見落としとる部分があるんか?
「―――な、ちょっといづな?」
「あ……にゃはは。フーちゃん、どないしたん?」
「どうしたのはこっちの台詞よ、いきなり黙り込んで考え事始めて」
「にゃはは、ゴメンゴメン」
あかんあかん。与えられた情報量が多かったおかげか、ついつい考えてまう。
しかし、この疑問はうちらにとってかなり重要なモンや。
「うちらは、生き残る為に仲間になったからなぁ……せやから、考えん訳にはいかんのや」
「……いづな」
うちは皆みたいに強い能力を持っとる訳やあらへんから、精々頭を使う事ぐらいしか役に立てんし。
せやから、出来る事は出来る限りせなあかん。
フーちゃんは、そんなうちの様子に小さく肩を竦めて見せた。
「そんなに言うんだったら、ちょっとぐらいあたしに相談しなさいっての。親友でしょ?」
「……せやね、ゴメン。まあ、エルロードの目的考えとっただけなんやけど―――」
「エルロード、かぁ……」
「……? フーちゃん?」
うちの言葉を聞いて、フーちゃんはぼんやりと虚空を見上げながら苦笑する。
何やろう、この反応。何か思いついたんかな?
「フーちゃん、考えた事があるんやったら教えてくれへん?
ちっとでもヒントが欲しい状況なんや。せやから、フーちゃんが思いついた事かて何かの役に立つかも分からん」
「ん、あー……うん。なら言うけど……エルロードって、元人間なんじゃないの?」
「へ?」
きょとんと、目を見開く。エルロードが元人間?
エルロードは二千年前の天秤の傾きから生まれた神の筈や。
そんなうちの表情を見たんか、フーちゃんは苦笑いを浮かべながら手をパタパタと振る。
「いや、アルシェールさんが元人間の邪神だって言うから、ちょっと思っちゃっただけよ。
ほら、神様達の中で、エルロードだけが人間の姿をしてるし。
それに何か、向こうの世界の神話に出てくる存在の名前じゃないから、仲間外れだなーって」
「ぁ……っ!?」
せや……何でうちは、今まで気付いてなかったんや?
いや、ちゃう。うちは未だに、この世界をファンタジーなものやと思って、そういうものやと決め付けとったんや。
こんな目の前にヒントがあったっちゅーのに!
「い、いづな?」
「せや、エルロードが名付けたっちゅーんなら納得できる。神が生まれたから邪神が生まれたんやない、邪神が生まれたから神が生まれたんや。
そこから正側の皿の上にあった力が崩れて、フェンリルとミドガルズっちゅー形を取った……それを名付けたのがエルロードなら、色々と説明出来る……!」
「ちょ、ちょっとー?」
力で言うならフェンリルやミドガルズの方が遥かに上や。
世界を覆っていた法則―――つまり神は、この世界においてあらゆる事を実現できる。
フェンリルやミドガルズっちゅーのは、つまり《神の欠片》の集合体なんや。
「あんがとな、フーちゃん。これでまた疑問が解消できたで」
「え、ええと……何だか良く分からないけど、どういたしまして」
何かフーちゃんが引いてるような気がするけど、そこは気にせんでおく事にする。
この世界が向こうの世界のコピーだって事も忘れたらあかんね。
魔物の名前も元の世界っぽいニュアンスのが多いみたいやし。
そういや、邪神龍も向こうの世界のドラゴンの名前がついとったね。
ここまで来ると、今回の邪神も向こうの世界の伝説とか神話とか何かの―――
「おん?」
胸中でそこまで考えて、うちは何か引っかかるような物を感じた。
何や、何かを見落としとるような気がするんやけど―――
「んー?」
海と、不気味な町。何か、喉元まで出かかっとるような気はするんやけどなぁ。
周囲を見渡しつつ考え―――うちはふと、視界の端にある路地から銀色の尻尾が覗いとるのに気が付いた。
……あれって、まさか。
「リルリル?」
「え、嘘!?」
うちの呟きに反応して、フーちゃんが顔を上げる。
うちの視線の先を追ったフーちゃんは、驚きに目を見開いた。
うーむ、この距離でリルリルがうちらに気づかん訳が無いと思うんやけどなぁ。
ほんなら、誘っとるんかな?
「フーちゃん」
「……ええ、追いかけてみましょ」
リルリルはジェイさんと一緒にこっちに来とった筈や。
ジェイさんと合流出来れば、こちらにはかなり有利に働くはずやしね。
うちらが近付いてみると、リルリルはそのまま路地の奥の方へと進んで行った。
フーちゃんと頷き合い、走ってその背中を追いかける。
けど、流石に速い。見失ってまいそうや……!
「フーちゃん、先行って! うちが一緒やと追い付けん!」
「了解!」
うちの言葉を受けて、フーちゃんがスピードを上げる。
やっぱり、瞬間的な加速ならまだしも、持久的な速さに関してはフーちゃんの方が上やね。
胸が重くて走り辛い、なんつー事を言うたらフーちゃんに怒られてまうけど。
とりあえず、うちは必死でフーちゃんの後を追う。
精々視界から完全に消えないようにするんが精一杯やけど、うちは何とか付いて行く事に成功した。
町の奥、貧民街っちゅーかスラムっぽい場所の一角。
そこに―――頭の弾け飛んだ人間の死体が転がっとった。
「……え?」
思わず、呻いてまう。
この死体の状況、どう見てもリルリルやフーちゃんが手を下したモンやない。
強いて言うなら、これは―――
「煉……ッ!? アンタ、何処にいるのよ!?」
そう、これは狙撃や。
煉君の銃の変化形態、《魔弾の射手》による超遠距離からの狙撃。
せやけど、そんなフーちゃんの叫び声への返答はあらへん。
周りは結構高い建物が多いし、こんな位置を狙うのは難しい筈や。
いくら煉君とは言え、こんなところで人間の頭を狙い撃つのは困難だろう。
こんな見事なヘッドショッ―――
「……フーちゃん。これ、人間やあらへん」
「え?」
周囲を見渡していたフーちゃんが、うちの言葉に反応して視線を下ろす。
っちゅーか、まず最初に気付いてないとおかしい筈やけど……この死体が流している血、緑色やった。
「え、これ……?」
「……わふ。邪神の、眷属」
「リルリル?」
死体を挟んだ向こう側に立っていたリルリルが、うちらへ向けて声を上げる。
感情の見え辛いその瞳の奥には、この死体へ対する確かな敵意が存在しとった。
「わう。この町は、既に邪神の領域」
「……ほんなら、リルリルがここにいるんは拙いんとちゃう?」
この子は、フェンリルの加護を強く受けとる存在や。
ここにいるだけでも、邪神はその力を察知してまうんやないやろうか?
しかし、リルリルはうちの言葉に首を横に振る。
「わう。わたしは、囮」
「囮って……まさか、狙撃の為の?」
「わふ」
こくりと、リルリルは頷く。
狙撃の為の囮―――けど、その煉君は一体何処にいるんや?
狙撃を繰り返すつもりなら、常にポイントを移動しとるはずやし、決して見つからない場所と言うのは難しいはずやけど。
「わう。レンは、邪神に見つからない位置に隠れている。わたしたちは、魔人を倒す」
「……魔人?」
聞いた事っちゅーか、忘れようにも忘れられん単語が耳に届く。
あの時、ベルレントでアルシェールさんが仕留めたと言う邪神の眷属。
確かに、ここが邪神の領域と言うならばいてもおかしくないとは思うんやけど。
「わふ。この町には、二体の魔人が存在している。でも、分離していて数が多い」
「そういう性質やったね……せやけど、すぐに別の人間に逃げ込んでまうんやないの?」
「わう。分離して憑依先を増やすにはそれなりに魔力が必要。何度も連続してできない」
「要するに、そいつを見つけ出して倒せって訳ね……」
とは言うものの、フーちゃんにはちっと難しい作業のはずや。
何せ、相手は人間の姿をしとる。人間を殺す気で攻撃できないフーちゃんには荷が重い。
どうした物か―――そう悩んでいる最中やったけど、リルリルは気にする事も無く先を続けた。
「わふ。早く倒さないといけない。邪神がどんどん力をつけてしまう」
「……何やて?」
「わん。この町そのものが、《儀式場》という魔術式で覆われている。
土地の形を変え、町並みすら変化させ、中に住む者達を己の眷属に変えて力を溜める。
あまり放っておくと、手がつけられなくなる」
「中に住む者達を、眷属に……」
フーちゃんは、呟きながら死体のほうをちらりと見つめる。
人にあらざる緑色の血を流す人間―――それは、既に邪神の眷属に変えられてもうた証なんやね。
この中にずっといたらうちらまで変わってまうのかと思うと、鳥肌が立って痒くなる。
流石に、住人全てが変質している訳や無い所を見ると、二、三日いた所で意味は無いみたいやけど。
「……了解や、まあ分かりやすい標的があった方がうちらとしても動きやすい。これから、魔人を探し出して攻撃するで」
「わふ。わかった」
「リル、ジェイとかはどこにいるの?」
「わう。ここは邪神の領域。今は話せない」
「あ、そうよね……」
少しだけ肩を落とし、フーちゃんは呟く。
あの人たちの助力を越えないんは少々心細いんやけど、まあ今はしゃあないやろ。
魔人を探し出して倒す、か。恐らく、今ここでリルリルと話した時点で、うちらは邪神の側から敵として判断された事やろう。
ほんなら、急いで戻って知らせなあかんな。
「あんがとな、リルリル。ほんなら、また後で!」
「あいつらに会ったら、こっちは無事だからって言っておいてね!」
「わう。わかった」
リルリルが頷いたのをみて、うちらは踵を返して走り出す。
予期せぬ形で戦いが始まってもうたみたいやけど、何をすればいいかも分からず手を拱いているよりはマシや。
相手は邪神、手加減する必要はあらへん。
うちらはうちらなりに、全力を以って戦わせて貰おうやないか!
《SIDE:OUT》
《SIDE:REN》
町の上空に張られた、アルシェールさん製の強力な隠蔽結界。
俺はこの中に隠れ、リルがおびき出した魔人を上空から狙撃すると言う仕事を行っていた。
結界は結構広く、真上から狙えるので、遮蔽物などはあまり気にしなくてもいい。
「あいつら、もうこっちに来てたんだな……」
リルがフリズやいづなと接触したのを上空から確認し、俺はそうひとりごちる。
出来るならば合流したい所だが、俺はこの仕事をこなさなくてはならない。
相手は邪神。決して、油断していい相手では無い。
だから、俺は一方的に有利なこの場所を利用出来るだけ利用しなくては。
「さてと」
リルはフェンリルの眷属だから、放っておいても向こうの方から接触してくる。
しかし、何度も繰り返してたら向こうも警戒してくるだろうしな……そうしたら、方法を変えなくてはならないだろう。
と、スコープで地上を確認していた俺の目に、一人の見知った姿が飛び込んできた。
「え、ミナ……?」
そこには、リコリスを引き連れたミナの姿があったのだ。
他のメンバーはいない……って言うか、何でリコリスがあそこにいるんだ?
いや、そういえばいつの間にかいなくなってたし、こっちにくる時に付いて来たのか?
それにしても、他の誰にもくっつかずにミナが行動するなんて……ホント、珍しいな。
「で、そのミナは一体何をするつもりだ……?」
スコープで覗き込みながら、ミナの様子を観察する。
いつもの周囲を恐がるような様子は無い―――まあ、周囲に人が殆どいないからと言うのもあるだろうが。
ミナはリコリスと何か話しながら歩いてゆく。リコリスの手の中には……あれはダウジングクリスタルか?
何かを探してる、って言う事なのか?
俺が疑問符を浮かべつつ観察していると、二人はある建物へと消えていった。
「……うーむ」
心配ではあるが……あの二人なら、間違った行動はしないだろう。
頭の片隅には置いておきつつも、俺は再びリルの方へと視線を移す。
俺は、俺の仕事をしっかりとこなさないとな。
《SIDE:OUT》